第30話 おんなのこは、いつだって、強いよ



 古いレンガ造りの邸宅は、飾りのついた鉄柵と石壁に囲まれた、大きな門構え。

 見上げるほど大きな鉄扉の前には、下馬したクロッツとアクイラが、執事姿の羊の獣人とともに待ち構えていた。


 ひつじが、執事! と密かに杏葉のテンションが爆上がりしたのは、言うまでもない。


【オウィス】

【おお、おお、ガウルぼっちゃま! ご立派になられて!】

【元気そうだな】

【ぼっちゃまこそ……】

【ぼっちゃまは、やめてくれないか】


 苦笑しながら下馬したガウルが、両手で杏葉の腰を抱き上げ、そっと下してくれた。

 もこもこ羊が、モノクルで執事服を着ている――さ、さわりたい! とアズハはうずうずが止まらないが、我慢する。

 

【旦那様が、お待ちでいらっしゃいますよ……奥様も】

【ふう、分かった】

【皆様、どうぞ】

 

 とりあえずは、招かれた。

 第一段階クリア、ということで、皆が緊張感を持って門をくぐる中、リリだけが動けない。


「リリ?」

【……】


 杏葉が振り返ると、いつも元気なリリの姿が嘘であるかのように、しっぽは脚の間に入っているし、耳も垂れて震えている。

 

【無理は、するな。外で待っているか?】


 ガウルが優しく声を掛けるが、ぷるぷる顔を横に振る。

 両手でホットパンツの裾を握りしめて、足を踏み出そうとしているが、動けない。


「ん」

 ジャスパーが歩み寄って、手を差し出し、ニカッと笑った。

「無理ってなったら、インビジブルしてやるよ!」

「リリ、どうしても無理な時は、ジャスがインビジブルするって。大丈夫だよ」

 杏葉も、頷く。

【!】


 きゅ、とリリがジャスパーの手を握った。


「はは、いつもと逆だなあ」


 ダンが笑いながら、リリの頭を撫でる。

 

【にゃ~。ダンも良い匂いにゃね! やっと葉巻の匂い消えたにゃ】

「ダンさんも良い匂い、ですって。そっか、しばらく葉巻吸ってないですもんね」

「ああ、リリが嫌がっただろう?」

「リリが嫌がったから、我慢してたの?」

「そうさ」

【はにゃー!】


 ぴん! とリリの耳としっぽが立ち上がった。


【ありがとにゃ!】


 ジャスパーと手を繋いだまま、ダンの頬にすり寄るリリは、踏み出す勇気が出たようだ。


【いくにゃよ!】


 クロッツとアクイラ、そしてウネグはそんなリリを見て

【リリさんが弱ってるの初めて見たなぁ】

【か、かわいいです……!】

【ちっ、人と馴れ合いやがって】

 とそれぞれ溜息をつきつつ、後ろに従った。




 ◇ ◇ ◇




 一行は、裏庭のガゼボに通された。

 屋根の下に設置されたテーブルには、ティーセットと焼き菓子が並べられている。

 

 ガウルは、その歓迎するかのような用意に面食らう。杏葉も身構えた分、肩透かしを食らった印象になった。


「予想と違って、歓迎してくれるみたいですね?」

【……嫌な予感しかしないな】

「ガウルさん?」


 だが近づいてみると、屋根の下のテーブルには、椅子が六脚しかない。

 三脚ずつ対面になっていて、ガウル、ランヴァイリー、クロッツの順で着くように執事が促す。

 それ以外は、背後に立て、と。


【仲間を同じテーブルに着かせないとは、どういうことだオウィス】

【っ、旦那様のご指示でございます】


 ガウルが立ち上がってけん制すると、執事は申し訳なさそうに頭を下げるのみだ。


「ガウルさん、私たちは気にしませんから。ね?」

「とりあえずは、出方を見よう」

「この方がリリも安心っすよ。ね?」

【しかし、こんな無礼な】


 ――が、そんなガウルが口を閉じた。

 

【待たせたな】

 

 きっちりとジュストコールを着込んだ黒い狼がやってきたからだ。――銀狼の貴婦人をエスコートしている。そして、その背後には白い狼獣人の女性も。

 女性たちはドレス姿で、メイドに日傘を差されている。獣人であるものの、貴族文化が浸透していることに杏葉は目を瞬かせる。

 

【お初にお目にかかる。エルフの大使殿。わたしはマルセロ・フォーサイス伯爵。こちらは妻のサリタだ】


 即座にランヴァイリーが反応し、

【はい。ランヴァイリトリウスと申しマス。ランヴァイリーとお呼びくだサイ】

 と礼をした。

【はっは。噂通り長い名前なのだな。とても覚えられん】


 黒狼は、言いながらサリタを椅子に座らせ、自身も腰かける。


【楽にするが良い】


 だが、ガウルは身じろぎもできないまま、絞り出すように言う。


【……なぜ、ブランカがいる】

【開口一番、それか? まずは座れ。人間まで引き連れて来て……無礼にもほどがあるぞ。ブランカ嬢は貴様の婚約者ではないか】

「へ!?」


 杏葉が思わず声を上げると、マルセロはぎろりと睨んだ。

 

「っ」


 その迫力に、慌てて息を呑み込む。

 

【……ブランカ・デルガドと申しますわ。ご同席、ご了承くださいませ】


 膝を軽く折るカーテシーをしてから、白い狼の令嬢は椅子に着いた。所作がとても滑らかで、思わず全員が見入る程のオーラが漂っている。


【私が許可したのだから、良いのだブランカ嬢。さあ座れ、ガウル】

【……】

「その前に! ひとつだけ良いですか? あ、私アズハと申します」


 ぺこり、とお辞儀をしてから杏葉が一歩進み出ると、マルセロは目を見開き一瞬目が合ったものの――すぐにそらし、そして当然のごとく返事もしない。それにめげる杏葉ではない。

 

「通訳をさせて頂きます!」

【まぁ】


 マルセロの代わりに、サリタが反応してくれた。


【言葉がお分かりになるのね?】

「はい、そうです」

【なんだと!? 怪しげな人間に、同席は許さん。今すぐ出て行け】

 

 激高するマルセロに、ガウルが立ったまま噛みつかんばかりだ。

 

【いきなり、何を!】


 そんなガウルの横に進み出て、杏葉は手で制した。

 やはり椅子の数は、はじめから『認めない』という意思表示だったか、と悟った上で黒狼伯爵に相対する。

 

「なぜ、怪しげだと断言されるのですか?」

【我々の言葉を使うなどと! エルフの大使だからと対応してやったが、やはり人間とは相いれん。帰れ】


 だん、とテーブルを拳で叩きながら立ち上がるマルセロに対し、

【対応してやった、とはまた上からダネ~伯爵。あ、エルフにとって、伯爵って地位は何の影響もないヨン。なんなら、オイラの方がだいーぶ年上ダシね?】

 ランヴァイリーが頭の後ろに手を組みながら、飄々ひょうひょうと告げる。

【っ】

「待ってください。私、気が付いたんです。その服装や所作は、人間の文化です。獣人同士の挨拶に礼やカーテシーは必要ですか? 私の今までの旅では『獣人ジョーク』が挨拶でした。お互いの種族によって、強いものが弱いものに対して『食べないよ』と誓うことで仲良くなるんですよね?」

【おのれ】

「人間の文化を取り入れておきながら、会話もせず種族だけで中身を断じるだなんて。伯爵って言っても、薄っぺらいんですね!」

【ガルルル! 言わせておけば!】

【アズハ!】


 煽りすぎたかな、ともちろん杏葉も思っている。

 膝はガクガク震えているし、脇と手のひらには汗がびっしょりだ。

 ガウルより二回りも大きな黒い狼が、青い目で杏葉を上から睨みつけ『ガルルルル』と盛大に喉を鳴らしているのだから、立てているだけでも褒めてもらいたいぐらいだ。

 それでも、杏葉も負けじと足を踏ん張って睨み返している。獣人騎士団の面々すらその迫力にたじろいでいるのに、杏葉は小柄で華奢な体でもって、その圧に耐えている。

 そのことにガウルは感動を覚えたし――密かに惚れ直した。

 

 

【……オホホホホ!】


 突然、サリタがおかしそうに扇の向こうで笑った。

 ブランカも、気のせいでなければ、楽しそうな顔をしている。


「サリタさん? ブランカさん?」

【マルセロの負けね。気に入ったわ!】

【ええ。わたくしもです! それに、もう番のようですよ?】

【うぐっ……】

 

「え?」

【え……】

 

 杏葉とガウルは、顔を見合わせた。

 

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