第29話 一蓮托生と、絆と
「
ガウルが耳をぴくぴくと動かす。
旅の途中の川辺。
さわさわと生い茂る木の根元にそれぞれが座り、思い思いに水を飲んだり軽く体を伸ばしたりしていた。
川幅は狭くなってきているものの、流れは速くやはり橋がなければ渡れそうにない。
対岸のソピアは不気味に静まり返り、はるか遠くの山々の上に黒い雲が立ち込めているのが見える。あれほど巡回していた、人間の騎士団の姿も今や皆無。一層不気味に思える中、ダンは杏葉に言語フィールドをたのんだ後で、意を決して切り出した。
「そうだ。人間の王国ソピアで暗躍しているという集団だ。この際きちんと情報を渡しておく」
杏葉の言語フィールド内で、ダンとジャスパーは神妙な表情をし、皆の顔を見渡した。
「獣人やエルフの間には、その名は届いていないか?」
ダンの問いかけに、一様に首を振る面々。
「そうか……もともとは、この世界の創造神を
ふう、と息をつくダンの後を引き取って、ジャスパーが続ける。
「俺ら冒険者ギルドに調査依頼や、
「ああ。今回エリンが焦って行動を起こしたのも、そこにある。そんな集団がついに『魔王降臨』の儀式を行った、と」
――ざわ!
「情報の正確さはこの際置いておく。ただその話が出た直後から、ソピアの仲間たちとの連絡が途絶えたらしい」
「ソピアはもはや、相当危険かもしれないってことっす」
「そうだ。だから、もしも俺とジャスパーがフォーサイス伯爵家からソピアに渡れたら……そこでお別れだ」
か! と目を見開くガウルが、叫ぶように言う。
「ダン! 何をっ」
「ガウル。人間の問題に獣人を巻き込むわけにはいかない。だが、わがままを一つ聞いてくれ……アズハを、アズハをどうか頼む……!」
ダンが、がばりと頭を下げる。
ジャスパーも、それに従って、おでこを地面にこすりつける。
皆が絶句する中、
「嫌です!」
悲鳴を上げたのは、杏葉だ。
「アズハ。どうか残ってくれ。エリンにも受け入れを頼んでおいた」
「危ないんだって」
「なおさらです!」
「ダン。気持ちは分かる。だがもはや人間だけの問題ではないぞ……よく見ろ、川の水を」
ガウルが、冷え冷えとした目で促す、その先。
「これほど流れが速く、黒くなったのを今まで見たことはあるか?」
「!」
「な、なんで……」
「川沿いには、獣人の砦や集落もある。獣人の命もかかっている。とうに巻き込まれているということだ」
「エルフもネ。里にあれだけ人いれちゃったし? なにか成果持って帰らないとサ~、オイラ役立たずって言われちゃうヨ!」
ガウルとランヴァイリーの言葉に、ダンは地面の上でぎりぎりと拳を握りしめ、叩きつける。
「だが! ただでさえ人間以外がソピアに入ったことなどないのだ!」
「もし見つかって、獣人やエルフが来たってなったら……俺ら、庇いきれない……」
「ああ、そんなコト?」
ダンとジャスパーが、涙のにじんだ顔を上げると、銀狼の肩に気安く肘を乗せたプラチナブロンドのエルフが、にやりとした。
「堂々としちゃエ」
ガウルも、にやりと頷く。
「同感だ」
「「は?」」
ポカンのふたりに、ランヴァイリーが笑う。
「いやあ、ワクワクするよネ! 種族を超えた親善大使団、援助はいりませんか? ナンテネ」
「その通り。建前だけどな」
「ガウル、正気か? こんな時に?」
「ええぇ」
「こんな時だから、こそだ。フォーサイス伯爵家を動かすというのは、そういうことだ。当主は、目新しい利がないと動かんからな……」
杏葉が思わず
「えっ、ガウルさんのお父さんって、もしかしてがめつい……?」
と漏らすと
「ふはははは! そうだ。血統と金にしか興味がない!」
銀狼はそれを笑い飛ばす。
「そうにゃよ。アタイなんてごみくず扱いなのにゃ~ん」
「リリにはまた辛い思いをさせるな」
ガウルが片眉を下げて見やると、リリは苦笑しながら正座姿勢のジャスパーの後ろから抱き着いた。
「仕方ないにゃん。ジャスの匂い嗅いどくにゃん」
「あんでだよ!?」
「臆病で安心するにゃん」
「狩猟本能か!」
「まだ食べにゃい~ぐふふ~弱るまで
「うおおおお……ネコ、コワイ」
クロッツが「リリさんは執着心すごいすからねえ」と何でもないことのように言い、ジャスパーはますます真っ青になった。
「……」
「どうしたんですか、ウネグさん」
そんな中、黒
「っ、なんでも……ない」
リリはそれを目を細めて眺めながら、ぽそりと「認めるのは、怖いにゃね」と呟いた。
「リリ? 怖いのか?」
ジャスパーが、後ろ手にリリの頭を撫でてくれたので
「にゃー」
遠慮なく頬を摺り寄せながらゴロゴロを喉を鳴らす。――ジャスパーからは、優しい匂いがした。
◇ ◇ ◇
フォーサイス伯爵家は、獣人王国の最北西、ソピアとの国境にある。
古くから続く由緒ある狼の血統を重んじ、その戦闘力と機動力を生かした物資輸送(川を使うのも含めて)を担い、一財を築いている。
突然の訪問とはいえ先触れは必要だと、クロッツとアクイラが先に馬を走らせて行った。
【はあ。アズハには、相当に不快な思いをさせるに違いない】
伯爵領に入り、もうすぐ着くという頃。
馬上で耳を垂らすガウルの声には、いつものような覇気がない。
【傷つけたくはないが】
「ガウルさん。私は前にいた世界で大きな夢がありました」
杏葉は、そんな背中の銀狼に、努めて明るい声で話しかける。
【夢?】
「はい。通訳になることです! 通訳、というのは、自分の国以外の言葉をたくさん覚えて、言葉の分からない人同士を繋ぐ役割のことです」
【つうやく】
「そうです! 私は、こちらの世界に来てその夢を実現しようと、頑張っているところです。言語フィールドもその一つ」
【そう、だな。とても助かっている】
「私、最初の宿屋で言いましたよね。『言葉が分からないだけで、心も分からないとは限らない』って」
【はは、遠い昔のようだな】
「ええ、ほんとに! 実際には、言葉が分かっても、心は分かり合えない人もいます。攻撃してくる人ももちろんいるでしょう」
【そうだな】
「良いことばかりではないけど、先入観や無知でもってただ排除することは、悲しいです。仲良くなれなくても、知ることはできます。対話をするためのお手伝いも、通訳の役目だと思うんです」
【!】
「甘っちょろい、て父によく言われましたけどね!」
【父君は、アズハが傷つくことを恐れたのだろう】
「じゃあ、ガウルさんも親心ですか?」
【っ!】
ぴるるん! と銀狼の耳が動く。
【違うぞ、アズハ】
杏葉は、銀狼を見上げる。
「ふふ、よかった。もし私が傷ついたなら、癒してください……私のもふもふで」
【! ……約束する】
ガウルは、杏葉の頬に自身の頬をすり寄せ、クルルルと喉を鳴らす。
杏葉はそれに応え、手で撫でながら自身の頬でその柔らかな毛を堪能した。
――やがて、レンガ造りの大きな邸宅が見えてくる。
【あそこだ】
「わあ、素敵なお屋敷ですね!」
否が応でも皆の緊張感が高まる。
【ある意味戦場だ。皆、気合いをいれろ!】
団長らしいガウルの鼓舞に、それぞれ頬を自分で叩いたり腕をぐるぐる回したり、空を見上げたりなどして、応えた。
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