第6話 対談、そして



 案内されたのは、騎士団が逗留している宿の食堂。

 ガウルが三人の人間を連れて行くと、やはり獣人の団員達が騒ぎ出した。


【まさか、人間!?】

【団長、なぜ!?】

【みな、落ち着け。害意はなさそうだ】

「こんにちは、みなさん! はじめまして!」


 ガウルに促されてテーブルに着く杏葉が、できるだけ明るくを心がけて、口角を上げて挨拶をすると、そのテーブルを取り囲んだ全員が動きを止めた。


【言葉……】

【嘘だろ】

「敵意、ありません!」


 杏葉はそう言って両手を挙げる。

 獣人騎士団に囲まれて緊張していたダンとジャスパーも、剣の柄から手を離して、同じように両手を挙げて見せる。


【リリ、いるか?】

 ガウルが呼ぶと

【ほーい!】

 軽く応えてタタッと走ってきたのは、猫の獣人。

 

 虎柄で、うす茶色の瞳を細めて耳をピクピクさせると髭も動く。桃色のプレートアーマーに、黒いホットパンツでニーハイの黒いブーツ。短剣を両腰に下げている。名前と小柄な背丈と格好からして、女性のようだ。

 

「か、可愛いー!」

【良く言われるにゃ!】

「私は、アズハ」

【リリにゃよー】



 ――波長が合いそうな二人を、周りは思わず微笑ましく見てしまった。



【おほん。ではアズハ。改めて、私は獣人騎士団長のガウル。後ろの二人が誰なのかと、入国した目的を聞かせてくれないか】

「はい! 獣人騎士団長のガウルさん! 後ろの二人は、私の父で冒険者ギルドマスターのダンさんと、ザブマスのジャスパーさん」

 杏葉が、振り返りながら紹介すると、

「! ダンだ」

「ジャスパーっす」

 それに合わせて礼をするダンとジャスパー。

「入国した目的は、戦争を止めたいから、です!」

「「!」」

【ほう?】


 途端に警戒心を高める獣人騎士団と、慌てるダンとジャスパー。


「私、初めて獣人のみなさんと接しました」

 

 杏葉がニコニコと、周りを見る。

 騎士団員達と、それぞれ目が合う。

 警戒心、猜疑心、興味、色々な感情が見て取れた。

 

「色々な獣人さんがいらっしゃるんですね! ウサギさんに、クマさん、牛さん。話してみたいです!」

【……】

「その中に、なんで人間は入れないんですか? 言葉だけですか? なら、私、話せます!」

 びし、と杏葉が手を挙げる。

「みなさんに人間のこと、知って欲しいです! あと、みなさんふわふわだから、是非とも触りたいです!」

【ぶっ】

【あはははは! 面白いにゃー!】

「突然来て、疑う気持ちも分かります。でも言葉が分からないだけで、心も分からないとは限らない、と思いませんか」

【……】

【へーえ】


 リリが、興味津々で杏葉の顔に鼻を寄せて、スンスン匂いを嗅いだ。

 髭が当たってくすぐったい、と杏葉からクシャミが出て、リリが【ごめんにゃ】と笑う。


【団長、『嘘の匂い』はないにゃよ】

「嘘の匂い?」

【うん。アタイ、匂いで感情が分かるんにゃよ】

「リリって、すごいね!」

【にゃはは、アズハって面白いにゃ。あ、団長が好きなのも、ホントにゃね!】

「だって、すっごくすっごーーーーく、カッコイイもの!」

【にゃははー】


 杏葉とリリは、じゃれ合っているようにしか見えない。

 

【んんん、おっほん】

「アズハ、何話してるんだ?」

「嘘の匂いって?」

「この子はリリって言って、他人の感情が匂いで分かるんですって」


 ニィッと笑いながら、リリがダンとジャスパーの匂いもスンスンと嗅いで回る。


【ジャスパー、そんな怖がらなくていーにゃよ、襲わない】

「ジャス、怖がらなくていいって」

「!」

【ダンは……なにこの匂い。よくわかんないにゃ~】

「ダンさんの匂いは、分かんないみたい」

「あー、コイツのせいかな」

 ダンが懐から葉巻を出すと、リリはそれをスンスンとして

【にゃっ!】

 と仰け反って嫌がる。

 

「すまん……好きなんだ」

 ダンはさすがに嫌がっているのが分かって、申し訳ない気持ちになる。

「ごめんなさい、葉巻が好きなんですって」

【鼻もげる】

「鼻って、もげるの!? 大丈夫!?」

 杏葉が思わず立ち上がって、リリの頬を両手でわしわしすると

【だーいじょーぶ!】

 にゃはー、と笑ってくれた。

「もふもふだ! 可愛い!」

【それほどでもー!】

 思わず杏葉は、ほっぺたをスリスリしてしまった。柔らかくてフワフワで、お日様の匂いがする。

【おいアズハとやら】

「はい、ガウルさん!」

【……なんでもない】


 リリはそれを見てまたニヤーとする。


【珍しいの見たにゃん。アズハすごい】

「へ!?」

【団長~そんな心配しなくても】

【うるさいぞリリ】

【にゃっ!】


 うおっほん、とまたガウルは咳ばらいをする。

 

【とはいえ、人間と接するのは初めてのことだ。はいそうですかと放置するわけにはいかん。すまないが、しばらく騎士団の監視下に置かせて頂きたい】

「しばらく私達を監視します。て、誰が?」

「「!」」

【まーアタイだろねー】

【その通り。リリが同行する】

「リリさんが、一緒に?」

【リリでいーにゃー。よろしくー!】

「嬉しいっ!」

 リリが、ダンやジャスパーにも手を差し出したので

「分かった」

「よろしく」

 と、二人とも笑顔で握手を交わす。

 それを見たガウルが椅子から立ち上がりながら、

【とりあえず宿に落ち着いてから、今後の話をしよう】

 と提案してくれた。

「宿を紹介して下さるんですね、助かります!」

 杏葉にとっても、さすがに二日も野宿は嫌だったので、ほっとした。

「じゃ、宿に行ってからまたお話しに戻ってきますね」

【そうしてくれ】

 

 歴史的な人間と獣人の初対談はこうして終わ……


【待てよ】


 るわけはなかった。


【団長、何なごやかに話しているんですか。人間ですよ!】


 前に出てきたのは、巨大な焦げ茶のバッファロー。

 大きな鼻の穴からフンフンと鼻息が漏れ出ていて、杏葉の前髪が巻き上がった。

 申し訳ないが、思わず顔を背けてしまう。


【すぐに牢屋にぶち込んで、ソピアへの見せしめにすべきだ!】

【そうだそうだ!】

【人間なんて、信用ならん!】


 バッファローに誘発されて次々騒ぎ出す獣人騎士団に、杏葉が恐怖を覚え、ダンとジャスパーが不安になると

【黙れ!】

 とガウルが叫び、グルルルルと歯ぐきと牙を見せつけて喉を盛大に鳴らした。――途端に静寂が訪れる。


【ブーイ。現時点で何もしていない者を牢に入れるなど、例え人間相手でも許されんと俺は思う。見ろ……】


 ガウルの指差す先で、杏葉が真っ青になり、震えていた。

 ダンが抱きしめて背をさすって、リリもその頭を撫でてやっている。

 ジャスパーはその横で、刺し違えてでも……と覚悟を決めていた。


【こんな風に恐怖を与えてまで、見せしめにしたいのか? ならお前達は獣人ではない。ただの獣だ】

【!】

【俺達には誇りがある。それを忘れるな】

【はっ……】


 バッファローのブーイが引っ込んだので、杏葉は恐る恐る

「……牢屋、いれない?」

 とガウルに聞いた。

 

【いれない】

「ほんとう……?」

【悪いことをしたら、いれる。アズハは悪いことしたか?】

「してない!」

【なら、入る必要ないだろう。怖がらせてすまなかった】

「よかった……」

 

 とはいえ、牢屋というパワーワードは、杏葉にとって恐ろしい以外の何ものでもない。涙が出てきてしまった。



 この時点で、人間に同情的なのは半分以下か、とリリは密かに周辺の匂いを探る。

 それほどまでに獣人と人間との関係は

 だがガウルは――



【アズハ、泣くな】

「ぐし、ヒック、ズバヒュ」

【……すごい音がしたけど大丈夫か】

「(こくこく)」

【ふ。忙しいやつだな。この宿は騎士団がいるから怖いか。ふむ……俺が出向こう】

「ぶし、ガウルさんも、一緒に?」

【ああ】

「へへ、よかった」

 


 ――と、あくまでもきちんと交流したいと思っていた。


 

【……リリ】

【ほーい。ネズミの宿にゃね】

【頼む】

【じゃ、いこー!】

「ぐす、宿に、行きましょう、て」


 ダンとジャスパーは、肩の力を抜くことができないまま、頷いた。

 

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