第5話 ひとめぼれは、突然に
「慎重に行くぞ」
荷台から
「あの……もしかして」
杏葉は、感じていた疑問を投げてみる。
「二人とも、獣人と接するのは」
「「はじめて」」
「わーおー」
ということは、少しだけ杏葉の方が先輩である。
不安がよぎる彼女の肩を、ダンが斜め後ろからぽんぽんと優しく叩き
「俺もジャスも、逃げるのは得意だ。絶対見捨てないから、心配するな」
と声を掛けてくれる。
どんどん近づいてくる町の門に、しまった、ちゃんと打ち合わせしとけばよかった!? と動揺するが、時すでに遅し。町の人達に気づかれ、門に出てきたのは……
【やや】
【人間、か?】
二匹のオコジョ。一人は白くて、一人は茶色い。
ダンとジャスパーがどうすべきか迷っているうちに
【怪しいぞ!】
【どうする、捕まえるか?】
と二人が物騒なことを言い始めたので、
「はい、人間です!」
杏葉は馬車からよいしょ、と降りて門に近づきなるべく笑顔を作って、言った。
「おい!」「あじゅっ!」
と慌てる二人を置いてゆっくり近づく。
すると
【な!】
白オコジョは驚き
【ジジジジッ!】
茶オコジョは、虫のような鳴き声を発した。
「あ、そんな警戒しないで!」
ペットショップでバイトをしていた杏葉は、それがオコジョの警戒音だと知っていた。
【……! おまえ、言葉……】
「はい! オコジョさん? 可愛いですね!」
【な】
【イタチじゃねえよ! て、言わせろよ!】
「ふふ。だってしっぽ、細くて黒いからそうかなって」
【【まーなー】】
「うふふふ! すっごい可愛い!」
【【……】】
二人のオコジョは、ぴくぴくと鼻を動かした後で顔を見合わせてから
【おまえ、いいやつそうだから】
【うん……今は町入るの、やめとけ】
とそれぞれ口にする。
「え? どうして?」
【あー、その、なんだ】
【無事でいたいならさ、引き返した方が】
「そう……」
杏葉が残念そうな顔をすると
【あのさ。三日後なら多分】
白オコジョが、こそりと教えてくれる。
【あっ、おまえっ! 怒られるぞ!】
茶オコジョが、わたわたと慌てふためいた。
そこへ――
【何を揉めている?】
凛とした低い声が、突如として降ってきた。
【【! 申し訳ございませんっ!!】】
二人のオコジョの背後から突然現れたのは――銀色の狼。
高価そうな騎士服に身を包み、腰に帯剣している。その後ろから、立派な尾も見える。
一目で身分が高いと分かるその狼に対して、門番と思われる二人は、頭を深く下げて迎えていた。
一方、杏葉の背後で様子を窺っていたダンとジャスパーは
「まさか……!」
「銀狼!?」
と激しく動揺していた。
【人間が、何の用だ――ま、言っても分からないだろうがな】
狼が頭上から発する声は、杏葉の耳には全く入っていかない。なぜなら――
「かっ」
【ん?】
「かあっこいいーーーーー!!」
――と、大絶叫したあとに、抱きついたからだ。
【は!?】
「「嘘だろっ!!」」
【【ええええ!?】】
この場にいた全員が、予想だにしていなかった事態に対処できなかったのは、言うまでもない……
◇ ◇ ◇
【放せ】
「もふもふ!」
【もふ……? 参ったな】
銀狼ことガウルは、本当に参っていた。
人間が川を渡ったとの情報が入り、たまたま近くにいたため、見回りに来た。
町の門番と誰かが揉めていると気づいて顔を出したら、なんと人間。しかも女の子に抱きつかれるとは。
【川を渡った、というのは、お前達か?】
杏葉が無遠慮に首の辺りにしがみついて、グリグリと頭を押し付けてくるので、ガウルは柄にもなく大変戸惑っている。本能で勘違いしそうになる。狼にとってボディタッチは、求愛行動なのだ。
【おい……】
無理やりにでも引っペ剥がしたいが、人間はか弱い。
しかも今ガウルの爪は、戦いに備えて鋭く伸ばしていた。
【はあ……仕方がないか……】
色々諦めた後で、すう、と大きく息を吸って
【放せと言っている!】
と強めに吼えた。
「!」
杏葉はさすがにその声で我に返り、背後のダンとジャスパーが、殺気を発した。
「アズハ!」
「大丈夫かっ」
「ごめんなさい!」
杏葉が途端に身体を放して謝ったので、全員がホッと息をついたのだが、
「あまりにも狼さんがカッコよくて、理性がぶっ飛んじゃった!」
と、割ととんでもないことを言った。
昔母親に『あなたは、好きなものには猪突猛進ね』と呆れられた前科を持つ杏葉は、突然現れた大変好みな『推し』を目の前に、その本領を発揮していた。
【は?】
「あ、私、アズハって言います!」
【あ、ああ、俺はガウルと言って】
「ガウルさん! 名前までカッコイイ!」
【そらどうも……】
「目が青い!」
【ああ】
「全体は銀色なのに、顎のところだけ毛が白いんですね! 触ってもいいですか?」
【っ、ダメだ!】
「うっ」
しょぼんとされると、こちらの方が罪悪感にかられるのはなぜだ、理不尽だ、とガウルは思う。
【ええと……とりあえずアズハと言ったか】
「はい! ガウルさん、大好きです!」
【は!?】
「ちょっ」
とダンは絶句し
「あじゅ!?」
とジャスパーも動揺、
【【やったー!】】
と門番オコジョは何故か目をキラキラさせて、両手を取り合う。
【あー……とりあえず、落ち着け】
「はい! カッコイイですね!(ふんすふんす)」
【落ち着きそうにないな……】
ガウルはこれでも、騎士団長として誰からも恐れられる存在として生きてきた。
正直言って、種族がなんであろうと、ここまで素直に好意をぶつけられたことは、今までに一度もない。
【変なやつ】
「はう!」
【まあいい。言葉、分かるようだな】
「分かります!」
【目的を話せ。なぜここにいる?】
「えっと」
【……立ち話もなんだな、来い】
「はい!」
【えっ、良いのですか!】
白オコジョが驚くと
【ああ。とても演技には見えんし、言葉が通じるなら、な】
とガウルは答える。
【なら、馬車を預かろう】
茶オコジョが言って、馬に触れようとするとダンとジャスパーが動きを察知し「馬を奪われる」と勘違いをしてしまった。危うく剣を抜くところを、杏葉が慌てて止める。
「待って! 大丈夫!」
「「!?」」
「ガウルさんが、町の中で話をって。で、馬車を預かってくれるって!」
「ふう」
「そ、か」
二人は殺気を引っ込めて、茶オコジョにすまなそうにお辞儀をする。それから身振り手振りで荷台から鞄を下ろしてから、馬車を託した。
茶オコジョも手を振って、なんでもない、の意思表示を返してくれた。
その様子を興味深そうに見ていたガウルは
【なるほど。言葉はアズハだけか】
とニヤリ。
「……う」
【アズハを騙せば、人間を利用できそうだな】
「っ! ガウルさん! やっぱり大好きです!」
【は!?】
「だってわざわざ、注意しろって教えてくれるだなんて! なんて素敵な人なんですかっ。見た目通り凛々しくて実直で誠実な……」
【……もう分かった黙ってくれ、頼む】
ガウルは真っ赤になって、おでこを手で押さえている。
――が、そのしっぽはブンブン振られていた。
「ぶくくくく。熱烈だなあ、あじゅ!」
「ちょっと待て! まさか、俺は一日で娘を嫁に出すのか!?」
――こうして、歴史に残る人間と獣人との、世紀の初対談は、始まったのである。
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