第7話 知らない真実があり
【いらっしゃー……ヒイィ!】
【そんなビビらにゃいでー】
リリが苦笑いするが
【団長様にリリ様に、ニンゲン!!】
お構いなしに口から泡を吹かせてしまったのは、真っ白なハツカネズミの獣人。
「こんにちは! あの、泊まらせてもらえませんか?」
杏葉は、必死だ。
さっきので、いかに人間が嫌われているかを実感してしまった。自分がちゃんと伝えなければ、と肩に力がものすごく入ってしまっている。
【う、う、んなこと言っても言葉……あれ?】
「泊まるだけです! お願いします! ベッドで寝たいんです!」
杏葉は力説する。なにせ、お風呂にも入りたいのだ。
だが、一つ不安なことがあった。
「あのでも、お金って、どうしたら!? 人間と獣人では、貨幣が違いますか!?」
振り返ると、全員がパチクリしている。
「心配するな、金ならある」
ダンが苦笑した。
「貨幣って難しい言葉知ってんのなー!」
とジャスパー。
【宿代は騎士団が持つから心配するな】
とガウルが言って、驚いたのは杏葉だ。
「え! 騎士団が払って下さるんですか!?」
「えっ」「なん!?」
杏葉の言葉で、ダンとジャスパーも驚いている。
【こちらの都合だし、宿の店主も安心だろう】
ハツカネズミがものすごく小刻みに何度も頷いた。
【ニンゲンコワイ!】
「怖くないです!」
【……というわけだ。店主、泊まらせてやってくれ】
【ちゅー、かしこまり……ました……】
【アタイの部屋もね。こっちに移ってくるから】
【ヒイィ!】
【食べないってえ】
「えっ、リリ、この人食べちゃうの!?」
「はっ!?」
「うそだろ!」
【あははは! 獣人ジョーク!】
「なんだあ、ジョークかあ」
「「はあ〜」」
――これは、色々お互いに学ぶべきだぞ、と杏葉は悟った。
【くくく。では、夜にまた来る。それまですまないが、宿から出ずに大人しくしておいてくれ】
「分かりま……あっ、でもあの」
【なんだ?】
「私、その、着替えがなくて、その」
【……リリ】
【はーい! いーよ、買い物付き合うにゃ】
「良かった!」
――そうしてようやく三人は宿に落ち着くことができた。
杏葉には一人部屋、ダンとジャスパーには二人部屋が用意された。
幸い、部屋にはシャワーがついていたし、見た目は人間のものと変わらず、戸惑わずに済んだ。
「なんとかなった、なあ、はは」
ダンは緊張からようやく解放されて、身体中の力が抜けたようだ。
杏葉は早速町へ買い物に出かけることにした。
リリがいれば問題ないが、ジャスパーも面白そうだからと同行してくれ、ダンはそのまま宿で休むことになった。
人間の二人は、町の住人を脅かさないよう、耳付きフードのついたマントをリリに買ってきてもらって、しっかり着込んでフードを深くかぶってから外に出る。
杏葉は犬、ジャスパーはなぜか垂れ耳ウサギ。
【なにが欲しいのにゃ?】
「えっとまず服とか、下着とか、それを入れる鞄とか……あ、でもお金……」
「金は、気にするなよ。正当報酬だ」
「正当報酬?」
「通訳してくれてるだろ!」
「! えへへ」
【どしたの? 嬉しい匂いするにゃ】
「えとね、私が通訳できてるから、お買い物はお給料でできるって!」
【それが嬉しいの?】
「うん! 通訳になりたかったの!」
【……そっかあ】
ニコニコのジャスパーとリリにそれぞれ頭を撫でられた杏葉は、理由が分からず首を傾げた。
「いや、すごいなあ」
ジャスパーが、フードから顔を出さないよう慎重に、空を見上げる。
「信じられない。俺、獣人の町にいる。あじゅのお陰だなあ」
「そう、かな……」
「そうだよ。あじゅがいなかったら、さっきの騎士団にとっ捕まって今頃は……」
ジャスパーはウインクしながら、首を親指で切る真似をする。
「ぎゃっ」
【にゃっ!?】
リリの耳が、ピクピクと動いた。
「あっごめんリリ!」
【にゃー? アズハ、怯えた匂いする。こいつ嫌なことした!?】
リリがシャー、と牙を見せたので
「違う違う!」
ジャスパーが慌てて否定する。
【んー?】
ギロリ、と覗き込むその目は、
「違うって!」
【ほんとかにゃー?】
「いじめてない!」
ジャスパーがブンブン首を振るのに、リリはずいずい近づいていく。
【いじめっ子は、食べちゃうにゃよ?】
「食べちゃうの!?」
杏葉が思わず言うと、ジャスパーは青くなった。
「嘘だろ!」
【しゃー!】
リリは、爪をにゅ、と出して両手でジャスパーを引っかく真似をした。
「うは、こえぇ!」
【獣人ジョークにゃ】
「なんだあ、ジョークかあ」
ぺろり、と舌を出すリリに、杏葉とジャスパーは、思い切り笑った。
◇ ◇ ◇
ディナーを一緒に、というガウルの誘いで、杏葉達のいる宿の向かいのレストランに入った。
念のための配慮で個室が用意されて、ホッとした杏葉ら三人。一方の獣人騎士団は、ガウル、リリともう一人――
【どうもー! クロッツでーす】
ドーベルマンだ! と杏葉が怖がって思わず後ずさると
【大丈夫、ボク、優しいよ!】
首をコテン、とされた。でもやっぱりドーベルマン。
「ええっと……クロッツさん、だそうです。こちらはダン、ジャスパー、私はアズハ」
杏葉はそれぞれを手で差して名前を言った。
【よろしく! ダン、ジャスパー、アズハ!】
「よろしく、だって」
ダンとジャスパーが礼をすると
【気楽にしてくれ】
ガウルが言い、それぞれが椅子に着くと次々と料理が運ばれてきた。
「気楽にどうぞですって。お気遣いありがとう!」
杏葉が先回りして言う。
「はは。感謝する」
「ありがとうございます」
ガウルはその様子に目を細める。
【さて……貴殿らは戦争を止めたいと言っていたが、本当か?】
「戦争を止めたいのは、本当です!」
「! ああ!」
「止めたいっす!」
出てきた料理は意外にもとても美味しく、お腹の減っていた杏葉は、バクバクと食べた。食べた後に、そういえば用心しろって言われてた! と思い出してダンとジャスパーを見ると、二人ともモリモリ食べていて、安心する。
【ふうむ……】
なぜか考え込むガウルに
【人間達、たぶん、知らないんにゃねー】
とスープをふーふーするリリは、やはり猫舌なのだろう。
「知らない、って?」
【それがな。大いなる誤解があるようだ。俺達は、ソピアと戦争をしたくて用意しているわけではない】
「えっ!? ソピアと戦争したいんじゃ、ないの?」
「な」
「え」
【魔王の復活に備えているだけだ】
「魔王の復活に備えてる……ってどういう?」
「魔王だと!?」
「え、え?」
【んー、本当に知らないみたいにゃねー】
リリがスープから顔を上げて、鼻をぴくぴく動かした。
それを横目で見るクロッツが、
【まあ、ソピアってエルフと親交ないっすからね】
と、鳥の脚の骨をガジガジかじりながらケロリと言う。
【そうか……】
それを受けて考え込むガウルに対して、杏葉は「エルフ」という単語に反応してしまった。
「エルフって、ひょっとして、あの、耳が長くて寿命も長い!?」
【そうだ。よく知っているな】
「エルフだと?」
「そんなの、おとぎ話の……」
ダンとジャスパーが驚いているので、こちらの世界の人間でもそうなのかと納得し
「人間の中では、おとぎ話なんです」
と杏葉は伝える。
【ならば、こちらの知る真実を説明しよう】
「獣人の国リュコスでの真実を、説明してくれるそうです!」
ガウルの言葉を正しく聞き取ろうと、杏葉はスプーンを置いて背筋を伸ばした。
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