第9話:病床の令嬢


***


 ――今日もまだ生きている


 朝、起きてまず初めに思うことがそれだった。


 生まれつき体が弱いから、普通にさえ生きられない。


 ほとんど外に出れず、学校にも行けず、将来が見えない。

 この先いつかまともになれる時は来るのかと。


 優しい家族には感謝しているけれど、一生面倒を見てもらうだけなのだろうか。



「そういえば」


 ふと思い出す。 兄が新しく雇ったらしい庭師の話を嬉しそうにしていた。

 兄がはしゃぐ姿が珍しいから、詳しく聞いたけれど「楽しみにしとけ!」と教えてくださらなかった。


「楽しみに、ね」


 そんな気持ちはもう枯れている。

 あるのは明日への不安と虚無感だけ。


 ただ先日、久しぶりに外出した時に見たセト商会の庭は素晴らしかった。


 まるで物語の世界に入り込んだかのようで。


 現実を忘れさせてくれる物語は好きだけれど、大嫌いだ。


 焦がれても私には届かない世界を見せつけられているようで、苦しくなる。 


「ホント退屈」


 それでも私から本を取ったら何も残らないからやめることも出来ない。


(どうして生まれちゃったんだろ)


 そう思いながらカーテンを開いた。


「え」


 景色が違う。


「赤い」


 気になって窓を開ける。

 後で心配性のメイドに叱られるかもしれないけれど、こんな気持ちは久しく感じていなかったのだ。


――本で読んだことがある。 秋になった山々はまるで化粧をしているようだと。


「これが紅葉……?」


 呟きは初夏の風にさらわれ空へと消えた。


 胸が高鳴り、雪肌に命が灯る。



***


 次の日、屋敷に行くと案内されたのは庭に設置された即席のテラス席。

 メイドに紅茶を入れてもらい、ガレット子爵とティータイムだ。


「どうでしょうか……?」


 前世で見た紅葉を想像してみたがなかなかいいんじゃないだろうか。

 個人的には大成功だが、ガレット子爵が気に入らなければ意味がない。


「素晴らしい。 期待通りだよ」


 俺はホッとして焼き菓子に手を伸ばした。


「あの浮いているのはなんだい?」

「ああ、あれは」


 どこからともなく現れふわふわ空へと消えていく泡。

 それは俺がスマホで創ったオリジナルのモンスターだが、正直に言えないので、


「亡くなった師匠秘伝の魔法なんです。 綺麗でしょう?」

「ああ、綺麗だな」


 適当に誤魔化せた。

 この世界は秘伝といえば良識のある人間は深く突っ込んでこなくなるので便利だ。


「あ、もしかして妹さんですか?」


 二階の窓が開かれ、寝間着の女の子が出てきた。


 手を振ってみると、振り返してくれる。


「後で紹介しよう」


 ガレット子爵がものすごく上機嫌だ。


「妹の笑った顔を久しぶりに見たんだ。 本当にありがとう」


 彼はそう言って頭を下げた。


「ホントに! 頭下げないでください!」

「はは、それもそうだな。 俺も後で教育係に叱られるのはごめんだから、これっきりにしとくさ」


 今回の依頼である『世界』については作れたかは分からない。


 これは俺の記憶の世界だ。


 本当の世界が見たいなら、いつか自分の足で見に行ける日が来ればいい。


 それまでの退屈くらいは紛らわせてあげれただろうか――


 まだ話したこともない令嬢を想いながら、俺ははらりと散った赤の行く末を見つめた。

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