第5話:太古の森と白いベール
朝、庭の確認に向かうと屋敷がなにやら騒がしい。
「あの、庭師の隠樹ですけど何かあったんですか?」
手近にいた使用人に声をかけると「すぐに来てください」と急いだ様子で連行された。
「一体何をしたんですか?!」
ヘデラが庭を指差して叫んだ。
「ああ、良くできてますね」
「……これは一体何ですか?」頭痛をこらえるようにヘデラは頭に手を当てた。
「庭です?」
「ど、こ、が庭ですか!? どう見ても森!屋敷の庭が一晩で大自然ですよ!? 一体何をどうさしたらこうなるんですか!????」
門を抜けるとまるでゲームステージのような森林が広がる。
森を分割するように屋敷まで伸びる砂利道を進むと、ところどころに壊れた遺跡が点在している。
森を抜けた先は草原。 そしてぽつんと青い屋根、白壁の屋敷が建っていた。
「綺麗でしょう?」
「確かに綺麗ですけど、素晴らしい景色ですけど……色々と不思議なことが起こりすぎて素直に感動できないんですよ……」
「一晩でどうやって」と頭を抱えるヘデラの疑問に俺は曖昧な笑みで答えることしかできなかった。
ひと様の屋敷一帯をダンジョン化しました。 でもモンスターはいないから安心してね、なんて言われたら安心して眠れなくなってしまうだろう。
この世界にはまだダンジョンという概念はないが、異世界なんだから何があるかわからない。 ダンジョンを知っている勇者が召喚されるかもしれない。 転生者や転移者がいないとは限らないのだから、余計なことは言わない方がいい。
「ご満足いただけましたでしょうか?」
「ええ、ええ、もちろん。 まだ頭が追い付いていないけれど、本当にありがとうございました」
貴族が気に入るとは分からないが、出来る限りのことはやったつもりだ。
これが庭と認められるかどうかは分からない。
「爺さんならなんて言うかな」
こんなの庭じゃねえ、って言うだろうか。
それか造りがいのない庭だと口を尖らせるかもしれない。
「爺さん、俺さ」
今回の仕事で気づいたことが一つある。
「やっぱ派手な方が好きだわ」
爺さんが造る庭は若者の俺には渋すぎる。
今はまだ分かりやすい見た目にインパクトがある庭が好きだし、創っていて楽しい。
――まあいいんじゃねえか。
そんな声が聞えた気がした。
〇
「本日はお時間割いていただきありがとうございます」
馬車で貴族と対峙するのはいつまで経っても慣れない。
「今日は楽しみにしているよ」
貴族の青年は気楽な様子だ。 見た目通り年齢は二十台そこそこだが、かなり優秀らしい。 私は貴族の世界のことは全く分からないけれど。
「それでそちらが」
「うん、僕の妹だ。 仲良くしてやってくれヘデラ」
彼の隣に座る娘。 白いワンピースに白いベールで顔を隠している。
「よろしくお願いします」
「……」
喋らない彼女はかすかに頷いたように見えた。
彼女は体が弱いらしい。 貴族との商談の後、調子が良いときに限り相手を頼まれていた。
しかし未だに彼女の声は聞いたことがない。
慣れた気まずい空気。 しばらくして馬車が止まった。
(大丈夫だろうか)
オキの造った庭は素晴らしいものだ。
しかしあれを庭と認めるかは意見が分かれるとこだろう。
貴族の彼は温厚だ。
しかし私は彼のことを知り尽くしているほど長い付き合いでもない。 何が逆鱗に触れるか分からない、それだけが心配だ。
「ここから歩くのかい?」
屋敷の前で馬車を降りるよう促すと、怪訝な表情をされた。
しかしあの庭は歩いて、感じてこそより感動できると思っている。
「はい、もしお辛いようでしたら」
「……」
「いや構わないよ。 何か意味があるんだろう?」
友好的な表情に見えるのに、勝手に「無いわけないよな?」と言われている気がして、気が重くなる。
「……ええ、もちろんです。 ではご案内いたします」
先導するのは門を通るまでだ。
「門を抜けたら真っすぐ道が伸びていますので、道なりにお先に進んでください」
「うん? うん」
「……?」
門が開く。
そしていつ見てもこの瞬間は感嘆してしまう。
現実から夢の世界に入ったような、不思議な感覚。
「これは……素晴らしいね」
彼の呟きに思わず頬が吊り上がりそうになる。
「……きれい」
聞いたことのない鈴を鳴らしたような澄んだ声がした。
彼が驚いた様子で妹を見ている。
彼女は何かに誘われるようにゆっくりと歩き出した。
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