第3話:商人の娘


 神の怒りを鎮める代償に、


『三日以内にダンジョンを造って報告するように!』


 仕事が出来てしまった。

 転生前の適当さはどこへやらだ。


 さっそくスマホでダンジョンマスターについて学んでみたが、これがひどく有用な代物だった。


 スマホのダンジョンアプリを開くと、そこにはメイキング画面、キャラクター画面、参考資料などの項目がある。


「これをこうすると……これだけ魔力が必要なのか」


 スマホの中でダンジョンを構想すると、必要な魔力量や素材などが表示される。 そして


『ダンジョンを作成しますか?』

『はい』『今はやめとく』


 ここではいをタップすればゲーム感覚でダンジョンが造れてしまうのだろう。


 現代科学の進化は目覚ましいけれど、神界の進化も凄まじい。 しかし情緒はない。


「キャラクター画面でステータスも見れる……神器便利すぎる」


名前:隠樹創太

職業:ダンジョンガーデナー

能力値:戦闘力=小、体力=並、魔力=並、器用=高、精神=高

魔力貯蔵量:20


「おおー、異世界ぽい!」


 俺は無双できるタイプではないようだ。


「職業変わっちゃってるし」


 それは庭師としての頑張りが認められた気がして嬉しかった。


 ダンジョンにおいて最も重要な魔力は並なので、俺にダンジョンマスターとしての才能はなさそうだ。 しかしこのスマホに魔力を貯めておけるので、造れないことはないらしい。


「ダンジョン造るのは楽しそうだな」そう呟いて構想を練ろうとしたとき、


「ごめんください!!」


 見知らぬ少女がやってきた。






「私はセト商会の娘、ヘデラと申します」


 突然やってきたヘデラはそう言って、頭を下げた。


「無理を承知でお願いいたします。 父の所有する屋敷の庭を造っていただけないでしょうか?」


 まるで無理なお願いをするような言い方だけれど、普通に仕事の依頼だ。

 むしろ暇していたこちらとしてはありがたい。


「いいですよ」

「へ?」

「じゃあ行きましょうか」


 俺は呆けた彼女を連れて、馴染みの植木屋へ向かった。


「ここは……?」

「植木屋です。 ここで色々見て、イメージを固めていきましょう」


 俺はそう言って主人を呼ぶが、代わりに出てきたのは申し訳なさそうな表情をした奥さんだった。


「ごめんねえ、ソウタくんとことは取引できないの」

「はい?」


 意味が分からない。

 植木屋が取引してくれなかったら、仕事がなくてもあっても庭師として何もできないじゃないか。


「やはりホワイト商会……ですか?」

「そう……あまり大きい声では言えないんだけどね」


 ヘデラと奥さんだけで声をひそめているが、俺にはさっぱり分からない。


 植木屋を出ると、ヘデラは顔をしかめて言った。


「最近、この町にホワイト商会の支店ができたんです」


 ヘデラの話によると、都心の大商会によって町の商売が独占されつつあるようだ。 そして俺の庭を壊した白スーツも、ホワイト商会傘下の造園所らしい。


「ずいぶん強引なやり方をする商会なんですね」

「ええ、自分が儲けさえすれば他がどうなろうと構わない。 あなたも、そしてうちもこのままでは廃業してしまう」


 この調子だとおそらく他の店もダメだろう。


 彼女は諦めたような笑みを浮かべ、


「依頼を受けるって言ってもらえただけで嬉しかったです。 でももう大丈夫。 これ以上は迷惑かけられないですから、自分らでなんとか」

「できるの?」

「……するんです」


「そうですか」俺はそう言って、作業場へと向かう。 後ろを振り返ると、ヘデラが俯いて立ち止まっていた。


「早く行きますよ」

「え……?」

「戻って構想を練りましょう」

「いやでも木も花もないのに、何ができるんです?」

「ありますよ。 大丈夫」


 本当は爺さんから教わった技で庭で、あの白スーツを見返したかった。

 しかし今、優先すべきは己の感情より目の前の依頼主だろう。


――何もないなら創造すればいい。


 モンスターも罠もない、そんなダンジョンを神は許すだろうか。



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