第八話 助手と双子は聞き出したい
「いやぁ、美味い!味がある!香りがある!これだけで、食事は美味くなる!思えば病院の食事は、薄くてマズかった。後はここに、鰹の刺身があれば最高なんだが……。おい要、刺身はないか?」
「ありませんよ、平内さん。退院後すぐにコーヒーなんて大丈夫なんですか?それに、お医者様には今日は安静にと言われてたのに、病院から直接来るなんて」
「いいんだよ、もう健康だ。医者も体が大丈夫だから、俺を退院させたんだろ?」
「まあそうですが……。あまり無茶はしないでくださいね。あと、コーヒーに鰹の刺身もどうかと思いますよ」
「分からねえか?あれが美味いんだよ!ま、俺はコーヒーの代わりに日本酒でも良いんだがな!なあおい、今度ランチメニューに鰹の刺身定食を入れるってのはどうだい?酒は、そうだな……?辛口の冷やが良い!」
「無茶を言わないでください。これ以上メニューを増やすと、お昼時が大変になります」
「そうか。いいアイディアだと思ったんだがな」
平内さんは、元々オッちゃんが座っていた席に座って、入れられたコーヒーを一口飲むと、宇治川さんとそんな会話を軽快にしていた。
オッちゃんは、平内さんが来たときに、すぐにテーブル席へと移動していた。その時、平内さんに席を譲っていた。なので今、私の隣にはオッちゃんではなく、平内さんが座っている。
「すいません平内さん。少しあちらの方と話がありまして。少し外します」
「はいよ。どちらさん?」
「探偵の方です」
「探偵!?ほう。そんなの実在してたのか」
「入院中に言ったじゃないですか……。走間さんに紹介して頂いた探偵さんです。六槻さんと言います。例の写真の事を調べて貰ってます」
宇治川さんの説明に「そうか……」と目を閉じて小さく頷く平内さん。オッちゃんの宇治川さんを呼ぶ声が聞こえ、宇治川さんは返事を返して「それでは」とコーヒーを持ってテーブルへと向かった。
宇治川さんが立ち去ってからも、平内さんは目をかけずに黙り込んだままだった。十秒ほどたっても変わらないままの平内さんに『流石にマズい……?』と心配した私達は「あのう……」と声をかけてみた。
「もう、これ以上は難しいか……」
そう、蚊が鳴くような声で呟いた。私は思わず、「え?」と聞き返してしまった、私の反応に、ようやく自分が話しかけられているのに気がついた平内さん。
「うん?どうかしたか、お嬢さん?」
「え、いや、いま……」
「今?時間は、二時くらいだったと思うが、それがどうした?」
「あ、いや。なんでも、ないです……」
不思議そうに私の顔をのぞく平内さんに、私は先程の言葉は何だったのか。というに言えず、そのまま言葉を飲み込んだ。すると今度は「お嬢さん」と平内さんから話しかけられた。不意を突かれた私は、「は、はい!」と挙動不審に返事を返す。
「お嬢さんは、あちらにいる探偵の知り合いか?」
平内さんはオッちゃん達が座っているテーブルに手を向けて、そう訪ねた。
「あ、はい。私と、あとこの双子も知り合いですね」
「そうかいそうかい。ところでお嬢さん、名前は?」
「申し遅れました!亀有芹子と申します。こちらの双子は、男の子は走間八雲。女の子は走間出雲です」
「亀有に出雲と八雲か。走間ということは冬志や師草のとこのだな。俺は平内 源三。ここの元オーナーだ」
「あれ、元、ですか?先程は宇治川さん、平内さんは昔から変わらずオーナーと言っていましたが?」
「ま、名前だけオーナーみたいなもんだ。シーポートの経営や販売その他もろもろ、全て要がやっているし。本当はオーナーも要にやってもらたいんが……」
「「宇治川さんがやりたがらない」」
「おー正解だ双子。よう分かったな」
「やりたがらない……?」
「俺がお店から居なくなるのが嫌だから、せめて名前だけでも置いてくれと言われてな。どうしても、ということで押し切られたんだよ。そんでしょうがなくオーナーを引き受けたってわけだ」
「ああ、そういうこと」
私が納得すると、平内さんは静かに頷いた。
「本当は、俺はもう、ここに居なくても良いんだよ。この店はもう俺の物じゃなくて、あいつに譲ったんだから」
平内さんの言葉に、私はなにも言えずに黙り込む。チラと横を向くと、八雲君と出雲ちゃんも静かに飲み物を口に含むだけだった。
「このままなにも変わらずに、全てが終っちまえばいい。変わらねぇ幸せのまま、安心していきたい。たまに、そう思うときがある。おっと、いきたいと言っても『旅に』だからな。『あの世に』という意味ではないぜ」
その言葉に、私は安堵しながらも「はは……」と苦笑いをした。
言葉が言葉だけに、笑いづらい……。
「このままなにも変わらずに幸せで暮らしていることが一番だ。そうは思わねえか、お嬢さん?」
「え、私ですか?いやー、どうでしょうか?」
「お、あんまり乗気じゃないな?」
「そういうわけじゃないですが。どちらかというと、審議拒否ですかね。難しいことは私にはなんとも……」
「そうか。じゃあ例えばだ。例えば『どこかの誰かが受けた傷の、触らなければ感じない永遠に残る痛み』に、気になるから確認して欲しいと頼まれたなら、お嬢さんは頼みを受けて傷の確認をするか。それとも痛むからやめておけと諭して、触らずに痛みを放置するか。お嬢さんならどっちを取る?」
「うーん……。答えを無理矢理ひねり出すのなら、傷の確認をする、ですね。私は本人が傷の容態を知りたいというのなら、手伝いをします。ですが」
「ですが?」
「もしその傷が、ものすっごく痛そうだったなら、ちょろっと確認した後、本人には『大丈夫そう』ってお茶を濁す感じですかね」
「それはつまり、本人に嘘をつくって事かい?」
「まあ、そうですね。でも、嘘も方便とも言いますし。知らない方が良いことだってあります。それに、傷は触ると痛いんですよね?」
「あ、ああ。もちろん」
「なら確認するだけで触るのを終らします。私は、私以外の誰かでも痛む姿を見るのは嫌なんです。痛みが最小限での確認、これが私の答えですね」
それに、と私は続ける。
「本人が知りたがってたのは『傷の確認』だけですから。傷はあると確認した。それで十分約束は果たしました。傷の大きさも、深さも、治る見込みがないことも、知るのは確認する人だけで十分ですよ」
「そうか」
平内さんは感慨深そうに、そして、どこか腑に落ちた様子で頷いた。双子からは「「へりくつじゃない?」」と悪評を貰ったが、私は「うっさい」の一言で片付けておいた。
「なるほどねえ。言いたいことは分かった。それはそれで、良いのかもな」
「ん、どうしました平内さん?」
「いや、別に。ところで話が変わるが、要は写真について調べて貰っているっていってたが、状況はどんな感じだい?」
「えっ、いやまあ、あはは……」
私は目線をそらしながら乾いた笑いをする。さて、どう説明しようかを考えたのだが、いかんせん私一人の意見ではダメだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね!」
私はそう言って平内さんに背中を向け、双子を招集。
「ねえ、二人とも。何て説明すれば良いかな?」
「「正直に話した方が良い」」
「むう。『まだ調べ始めたばっかりです』って正直に言う?仕事をしてる身としては、どうかなと思うんだけど……」
「でも芹子。だったら虚言を織り交ぜて上手く説明できるの?」
「虚言って……。せめて嘘といって八雲君。まあ、自慢じゃないけど嘘をつく自信はゼロだね。それは八雲君も分かってる事じゃん」
「それに芹子、虚言を織り交ぜたところで、どうせ速効でバレるでしょ?」
「まーねー。それに関しては自信しかないね。私のつく嘘は二秒バレなきゃ上出来だよ。出雲ちゃんも分かってる!じゃ、そういうことで」
平内さんに向けてた背を今度は双子達に向けるようにし、私は平内さんと向かい合うように座った。
「平内さん、実はですね……!」
「進展はしてないんか」
「何故知ってるんですか!?」
「今の相談、ダダ漏れだったぞ」
「あ、あはは、はは……。すいません……。なにぶん、依頼を受けてから昨日の今日ですので、まだなにも……」
「プロが言い訳しても良いと思う、出雲?」
「プロとしてはあるまじきね。そうは思わない八雲?」
「二人とも私に厳しいよ!」
「「そりゃあそうでしょ。プロなんだから」」
「むう、すいません……。頑張ります……」
私がそう言うと、私達のやりとりを見ていた平内さんは声を出して笑い。
「いや、何というか。ま、頑張ってくれや、もう一人の探偵!」
「いや、私が探偵ではないんですが……」
「なに、違うのか?」
「正確には助手なんです。ウチの事務所の探偵は、今、宇治川さんと話しているオッちゃん一人でして。あ、名前は六槻 限って言います」
「限ね。源三の『源』と読み方が同じだな。親近感がわく。ま、何でも良いわ。頑張れよ、助手のお嬢さん!」
楽しそうにそう言って、もう一度大きく笑った。
「しかしまあ、なにも進んでねえんだろ?」
「まあ、そうなんですよねー。調べ初めとはいえ、何かもっと情報があれば良いんですけど。一体なにから取りかかれば良いのやら……」
開き直るようにそう言った私は、ぐでっ、と机に頬をつけるように倒れ込む。
「あの、平内さん」
八雲君の問いかけに「どうした、坊主?」と気さくに対応する平内さん。坊主、と呼ばれた八雲君は少し不服そうだったが、そのまま話を続けた。
「シーポートって、一度移転してるんですよね」
「ああ、そうだ。要から聞いたのか?」
「そうです。お店は移転する前、どこにあったのですか?」
「遠くの町さ。それこそこんな高台じゃなくて、一面に海の見える、そして海のある町だった。そして海の近くに、俺の店はあったのさ」
「海の近くにあったからシーポート。納得です」
「………………何が納得なの?」
疑問と共に起き上がった私は、隣に座った出雲ちゃんに小さな声で理由を聞くと「店名の由来よ」とさらりとあしらった。
「正解だ、嬢ちゃん」
私と出雲ちゃんの話がこれまた聞こえていた様で、平内さんは笑顔で答えた。嬢ちゃんと言われた出雲ちゃんは口をとがらせていたが、黙ったまま、平内さんのあだ名を受け入れていた。
「それって、遠い町なのですか?車で行くと、どれくらい……」
「ま、ざっと三時間はかかると見積もっても良いだろう。おっと、行きと帰りは合わせずにな。今の時期ならそれ以上かかるかも。行くのは勧めないぜ」
「うぇ、三時間……」
「今から行くのは、あまり現実的じゃないわね」
「だね。もし行くとなったら、探偵一人で行って貰おう。限の仕事だ」
私達は各々感想を漏らすと、平内さんはしみじみと。「ああ、遠いさ」と言う。
「今でこそ三時間で行ける様になったが、昔はもっと時間がかかった。ヒドいときはそれこそ一日掛かりだ」
「いやー。考えたくない」
「こんな暑い日なら、なおさらね。道中、熱中症で死んじゃわよ」
「雨でも嫌だよ。低体温症で死んじゃいそう」
「何で二人とも、死ぬこと前提なの……?しかも具体的だし……」
双子への突っ込みを聞いた平内さんは、わははと笑った。笑ってる姿を見た私も笑顔になると同時に、ふと、平内さん笑いが何かに安堵したからのように思えた。そして私は、頭にふっと思ったことを口に出した。
「ねえ、平内さん。カフェが前に居た場所にあったときのことって、どんな感じだったんですか?」
「お、探偵としての調査か?情報収集、ってヤツだな」
「まあ、目的の半分は」
そう私は答えて。
「後の半分は興味がありまして」
続けて、そう言った。
事実、平内さんの話を聞くと、この店が前にあった場所はどんなところなのか。この店は最初、どういう店だったのだろうか。私の中から色々な興味がわいて来ていた。
「普通の港町だったよ。どこにでもある、海が近くにある町。漁業よりも貿易の方が盛んだったな。おかげで外国の新しい物や車がよく見れたよ。買えはしなかったがな」
「へえ。貿易が盛んだって事は、やっぱり船が沢山あったの?」
「もちろんだ、お嬢さん。それこそ小さな個人用の船から大きな貿易船、豪華客船は見たことはなかったが、停泊してたってのは聞いたことがあったな。ただ、天候が変わりやすく、ちょっとした雨でも気が休まらない。台風なんて来たら大騒ぎさ」
「ここらの町なんかよりも、よっぽど大変でしょうね」
「そうだとも、嬢ちゃん。ただ、潮風は気持ちいいぐらいに爽やかだった。春も夏も秋も、もちろん冬も、四季折々の風が吹いていたさ。困り事と言えば、その心地よい風のせいで車は錆びた事だけだ」
「なるほど、潮風にやられたから」
「よく分かってるじゃねえか、坊主。海は俺らの敵ではないが、味方でもない。自然なんてそんな物だよ。俺達は、恩恵を勝手に受けてただけだ。俺らとしては助かったけどな」
「でも、話を聞くと素敵な町ですね。なんか移動したのがもったいないって言うか」
何気なく発した私の一言を聞いて、平川さんは「まあ、な」と声のトーンを一つ落として、少しうつむいた。
「どうしても移動しなくちゃならんかったんだ。いや、逃げなきゃならんかった、の方が合ってるな」
「逃げなきゃならんかった?」
私は首をひねって、平川さんの言葉をオウム返しで言うと。
「そうだ」
目の前のカップに手をかけ、コーヒーを一口飲んだ平内さん。私達はそれを静かに見守って、平内さんの次の言葉を待った。
「普通の港町だった。賑やかで、活気のある、でもどこか寂しい。俺は、あの町が好きだったよ。どこにでもある普通の町が。ただ一つ、あの町には普通じゃないこともあったんだ」
「……それは、一体?」
「ギャングが横行する町だったのさ」
「ギャング、ですか……」
「暴力で町を取り仕切る輩が多かったんだ。町の中心部に一つ。海近くに一つ。お互いにに『町を牛耳るのはウチだ』と対立していたよ。あの町に住んでいる身としては、まったくもって迷惑な話だったが」
「それは……。なんか、怖いですね……」
「まあな。海のギャングは貿易を牛耳っていて、外から来る物にこっそり金になる物を仕込んでおいた。それを密売することを生業にしていた。町のギャングは海のギャングが仕入れた物を目当てに来た奴らから金をふんだくってたのさ。それこそ、売春婦やクスリを使ってあれやこれやをやっていた。ところが、海のギャングは、町の奴らが自分たちよりも儲けが良い事に腹を立てていった。町のギャングも、海のギャングが今も昔もでかい顔することにイライラしていた。互いが互いにいがみ合っていたし、互いが互いに気に入らなかった。そしてついに、どこかのチンピラが撃った一発の銃声が合図となって抗争が始まったわけだ」
「ますます、気味の悪い話になってきましたね……」
私が正直な感想を漏らすと、出雲ちゃんが私の袖を引っ張った。
「どうしたの、出雲ちゃん?」
私が振り向くと、出雲ちゃんだけでなく八雲君も、身を乗り出して私に近づいてくる。当の本人である出雲ちゃんは私にまっすぐと目線を向けて、堂々と話し始めた。
「ねえ芹子」
「なに?」
「ばいしゅんふ、ってなに?」
「………………」
子供に『赤ちゃんはどうやって生まれてくるの?』と聞かれる親の気分だった。
二人のまっすぐな目が私に突き刺さる。
これは想像以上に痛い……。
というか、知らなくて当たり前か。この言葉と小学五年の双子とは、縁もゆかりも会った話じゃない。最も、私にだって縁はないけど。説明しない。というのも二人に失礼な話だろう。かといって、私に上手く説明できるだろうか。
「あーそうだね……。売春婦ってのはね、二人とも。えっと……。その……」
やばい、説明無理そう……。
「売りたくもない春を売るしかなかった女性に対して使う、女性に対して決して使ってはならない言葉。今はそれで覚えておけば良い」
案の定、というよりも想定通りに言葉に詰まった私に、平内さんは助け船を出してくれた。
「「どういうこと?」」
「いずれ分かるときが来る。そして、この言葉を女性に使ってはいけないことも覚えときゃ良い」
二人は腑に落ちない表情で顔を見合わせて、再度、平内さんに向いて「「うん」」と返事を返した。私も、頷きはしなかったものの、平内さんの言葉を記憶した。
「ま、そいつらが居たおかげで、町の中では抗争の日々だった。毎日どこかでは銃声が聞こえて、毎日、亡くなる者が出た。年寄りも若者も、赤ん坊だって犠牲になったさ。日に日に亡くなる人は増えるのに、状況は悪化していくばかり。そしてそれは、ついには俺達の生活まで侵入してきた」
「………………」
「おかしな話だよ。同じ町に住んでいる同士がいがみ合う日々。なのに、撃たれて死んでいくのは関係のない住民たち。昨日会った友達が今日の朝には葬儀場で寝ているなんて事もあった。あれは悪夢さ」
「それは、その、何というか……」
何か言わないと、とは思ったのだが、気の利いた言葉が言葉に出せない。八雲君と出雲ちゃんも、私と同じ心境だろう。
平内さんの言葉に嘘は見当たらない。
全て見てきた現実だからこそ、私達は圧倒されたんだ。
私が言葉に詰まっていると、平内さんは「大丈夫」と声をかけてくれた。
「何十年前の話さ。それに、ここに来た理由は『怖くなった』からだ。その時に要と会ったって言うのもあったが、本当の理由としては抗争にもギャングにも嫌気がさしてな。銃音なんて、聞いてて気持ちの良いもんじゃない。この高台で聞こえるカラスの鳴き声のが、遙かにマシだよ」
「……そんなことがあったとは……」
私の言葉に、平内さんはニカッと笑って。
「昔の話だよ。今の俺達にはもう、関係のないことだ」
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