第六話 探偵達は向かいたい
夏の昼下がり、太陽が人間の頭の真上へさしかかる一歩手前の暑い中、普段は使用しないバスを使い、私はオッちゃんとの待ち合わせの場所を目指していた。バイトが無事、終了予定時間である十二時に終わり、私達バイト組は館長さんからお疲れ様と言う言葉を貰い、解散した。永沢君と八城君とは図書館を出てすぐに別れた。何でも、永沢君が買いたい本があるとのことで、八城君はそれに付き合うらしい。悠香ちゃんと卯月さん、そして私は大学最寄りの駅まで歩いた。いつもは自転車通学の私がバスを使うことに二人は驚いていた。悠香ちゃんに至っては「ケチな芹子がバスを使う……?」と絶句していたっけ。
何て失礼な。
まあ私がケチなのは置いといて、駅で悠香ちゃんと卯月さんとは別れ、私は一人、隣町に向かっていた。バスの中ではお昼の時間帯ということもあり人は少なめだった。そのこともあり、私は無事に席に座ることができ、楽々に目的地へと迎えていた。席に座るとクーラーの冷たい風が私に優しく当たり、なんとも心地よかった。ふと、バスや電車のクーラーは弱い、と電車通学の悠香ちゃんは文句を言っていたことを思い出すが、自転車通学の私にとっては、クーラー所か漕がなくても自動で進んでくれる原動機だけでも、なんともありがたい。
「さて、オッちゃんはいるのかな?」
今からだと、待ち合わせ時間には余裕で間に合う。むしろ、早く着きすぎる位じゃないだろうか。私は揺れるバスの中で、オッちゃんが早く来ることを祈りつつ、涼しい車内から流れる景色を見ていた。
バスを降り、待ち合わせである宇治川さんが経営するカフェ近くのバス停を降り、私は辺りを見回した。まだ来てないだろうと思い、バス停でどうしたものかと困っていると、後ろからプッと車のクラクションの音。慌てて振り返ると、四人乗りの水色の自動車、たしかファミリーカーって言うんだっけか?まあともかく、車が私の前に止まっていた。運転席にオッちゃんの姿があった。オッちゃんは窓を開け、「おう」と私に言う。
「早いな、芹子ちゃん。こっちの方が芹子ちゃんよりも早く着くと思ってたのに、まさか負けるとは」
「まあ、たまたまね。混んでなかったから。ってあれ、オッちゃん。車なの?」
「おう。師草さんが貸してくれた」
「そう。……免許持ってたっけ?」
「持ってなかったら犯罪だろうが。ちゃんと持ってるよ。てか、何回か隣に乗せただろ」
「ごめん、知ってていった。だって、オッちゃんが運転する姿って珍しいから、毎回これは言わないとね」
笑いながら答える私に。
「俺も毎回答えてると思うよ……」
呆れながら答えたオッちゃん。
「乗ってもいい?私、宇治川さんのカフェ、詳しい場所は知らないんだよね。ケータイで調べながら行こうかなーって思ってたところだし」
「良いぞ。まあ、乗るって言っても助手席しか空いてないが」
「え、なんで?どう見ても四人乗りだけど……?」
「後ろは満席だ」
「え、満席?」
私がそう聞くと、オッちゃんは無言で後ろの窓を下げる。すると後ろから、「「はぁい」」と私に挨拶する二重の声。
「あれ、なんでここに八雲君と出雲ちゃんが乗ってるの?」
「強いて言えば、僕らが暇だからかな」
「ま、暇の理由は私達が夏休みだからと言うこともあるけど」
「いや、答えになってないって」
相変わらず意見の合わないそっくり双子の発言に、私は普通に突っ込んだ。
「宇治川さんのところに行くって言ったら、ついでに頼むって冬志から双子のベビーシッターを頼まれたんだよ」
「あー、なるほど」
少しばかり不満そうなオッちゃんの言葉に私が納得すると、オッちゃんの話を聞いていた双子は「「赤ちゃんじゃない」」と運転席の後部を同時に蹴った。「いて」とオッちゃんは一言つぶやき、それから、私を見て。
「とりあえず、出発するから乗ってくれや。待ち合わせには早いが、それならそれで、宇治川さんのとこで休まして貰おう。外じゃ、相変わらず暑い」
「ほいほい、分かった。それじゃあ隣に乗って……。あ、分かった」
「なにが?」
「オッちゃん、あわよくば私を待ってる間に、宇治川さんの入れるコーヒーを一人で飲もうとしたんじゃない?だから待ち合わせ時間よりも早く来たんだ」
「あ、バレたか?」
「やっぱりそうかー」
「鋭いね、芹子ちゃん。探偵業に向いてるよ」
「どうも、将来的には考えておく。ところで、ものは相談なんだけどさ、オッちゃん」
「ん、なんだ?」
「もし私がコーヒーを注文したとしたら、それはちゃんと経費で落ちるのかな?」
私が降りたバス停から坂道を上ったところ、隣町が一望できる高台に、そのカフェがあった。一軒家を改造したシックな作りのカフェは、意識をしなければ確実に家と間違うようだった。店先にある立て看板を見ると、宇治川さんが経営するお店の名前があった。
「えーと、なになに。しーぽぁと……?」
「「シーポートじゃない?」」
「あーなるほど!そう読むんだ。出雲ちゃん八雲君、よく分かったね」
「小学生に英語を負けるなよ、大学生……」
「いや、まあ……。え、英語は苦手科目なんだよ!」
「逆に聞くが、得意科目は何だ?」
「さ、出雲ちゃん八雲君。オッちゃんの事はほっといて、早速中に入ろー。ここは暑いからね。お店の中は涼しいと良いな」
そう言って私は二人の背中を押して、お店の中へと入っていって。
「やれやれ……」
オッちゃんはそう呟いて、静かに私の後に続いた。ドアを開けた私に続く。扉を開けると、目の前に長身の男性が一人。
「ああ、いらっしゃいませ。六槻さん。出雲ちゃんと八雲君、あと亀有さん、でよかったかな?」
カウンター席でテーブルを拭く店員さんから、そう声をかけられた。さっきまで外にいたからなのか、建物内に入って目が慣れない私は、声のする方角を向いたが、誰か分からなかった。数秒、目を細めてならしていくと、そこにいた人物が誰だかすぐに分かった。
「こんにちは、宇治川さん!」
「こんにちは。名前は当たっていたかい?」
「はい、バッチリです」
「それは良かった。さ、お好きな席へどうぞ」
そう言って宇治川さんは左手を使って私達を店内へと誘った。カウンター席は六席、テーブル席は十席。そのうち四席は二人席であった。私達はカウンター席を選び、四人並んで座ることにした。テーブル席のイチバン左端にオッちゃんから隣り合うように私、出雲ちゃん、八雲君が、それぞれ四つ足のシックな椅子を引いて座る。
「すいません六槻さん。昨日の今日でわざわざ出向いて貰って」
「いえいえ、これが仕事ですから。こちらこそ営業中に伺ったりしてすいません」
「いや、大丈夫ですよ。この時間帯は暇ですから」
「この時間帯は、ですか?」
私の疑問に、宇治川さんは「そうです」と肯定をした。
「この坂をもう少し上っていったところに大きな会社があるのですが、そこの社員さんがよく仕事終りによっていただけるのです」
「社員さんが?」
「そう。バスを待つ間とか、仕事終りに同僚となどらしいですよ」
「へえ。そういうのって、居酒屋とかが多いと思ってたんですが」
「会社に女性の方が多いからですかね。お酒はウチの店では出しませんし、それに出せる飲み物と言ってもコーヒーだけですから」
「なるほど」
「ま、俺は男だろうが女だろうが、美味いコーヒーのある店に寄って帰れる事がうらやましくてたまらないぜ」
納得していた私に、オッちゃんが本音をポツリと漏らした。
「オッちゃん。リトバイリトのコーヒーも美味しいと思うよ?」
「師草さんのは認める。あれは最高に美味い。そうじゃなくて、俺が言いたいのは『帰りに寄りたい』って事だよ」
「ん、どういう……。ああ、なるほど。オッちゃんの言いたいことは分かった」
そう言って、私は再度納得をする。
確かリトバイリトの営業時間は朝八時から夜六時までであり、オッちゃんが寄る頃には閉店と看板が掛かっていると言うことである。元々、仕事の帰宅時間がばらばらなオッちゃんがリトバイリトに通うのは、時間を見つけない限りは難しい話だろう。
「第一に、間違って冬志と鉢会ったらどうすんだ。俺はあいつの小言を聞きながら、あいつが入れたコーヒーを飲むことになるんだぞ。グチグチ言われながら。俺の求めてるコーヒーとは逆ベクトルの飲み物を飲まされるんだぜ。しかも、こっちが金を払って。おかしな話だよ。ありゃ食事でも休憩でもなく、ただの拷問だ」
「「毎度コーヒーの購入ありがとう、限。店長には伝えとくよ」」
「いらんことを伝えんでいい、このちゃっかり双子。後々面倒くさいことになりそうだからな。出来ることなら今の話を忘れてくれ」
「「いやいや、お客様の意見は忠実にスタッフに伝えなければ」」
「声を合わせるな。似てない双子がお前らのコンセプトだろうが」
「「大丈夫、ちゃんとオブラートに包んで話すから」」
「お前らのじゃ破れそうで心配だよ……」
「失敬な。いくら僕達だって、限に害が及ぶ様には話さないさ。さて、どうすれば良い感じに伝えられるかな。出雲は、なんか考えある?」
「簡単よ八雲。店長にありのままを伝えれば良いだけよ」
「店長の入れるコーヒーはマズいって限が言ってたって?」
「『コーヒーは』と『マズい』の間に『とても』が抜けてるわよ。あと『言ってた』は『あざ笑ってた』にしときましょう」
「分かった分かった!口止め料としておごってやるから好きなものを何でも一つ頼め!」
諦めたようなオッちゃんに、私の横で、無表情で勝利のハイタッチをする双子。その光景に私と宇治川さんはクスリと笑った。
「それでは、何か飲まれますか?外は暑かったでしょうから、私との話は少し休憩を挟んでからの方が良いでしょう」
「ああ、助かります。実を言うと、俺は宇治川さんの入れるコーヒーが飲みたかったと言うのがありまして」
「おや、嬉しいことを聞きましたな」
「私も冬志さんから聞きました!師草さんが宇治川さんのコーヒーを飲んで、えらく感激したって。教わりたいとも言ってたらしいですよ」
「ああ、昔にそんなこともありましたね。カフェでコーヒーを入れる者から、これ以上にないほどの嬉しい言葉を貰いましたよ」
「すいません。それを、一杯いただけますか?」
「え、ズルっ!オッちゃん、一人だけ飲むの?」
「「さっきおごるって言ったよね?」」
私と双子から、壮絶なブーイングを受けたオッちゃん。
「分かってるって。すいません、四杯もらえますか?」
苦い顔のオッちゃんは、申し訳なさそうに宇治川さんに個数の変更を頼んだ。宇治川さんは楽しそうに笑顔で言った。
「はい、かしこまりました」
注文を受け取ってから数分後、私と八雲君、出雲ちゃんが注文したアイスコーヒーが目の前に出された。宇治川さんはその場でシロップとミルクをどうするかと聞いてくれて、八雲君はミルクのみを、出雲ちゃんはシロップのみを受け取っていた。私の右隣に座る双子は、昨日のデジャブかと言わんばかりに睨みをきかしている。宇治川さんはキョトンとしていたので、出雲ちゃんの隣にいた私は小さな声で「気にしないでください」と伝えた。そして私は続けて、シロップとミルクをお願いした。もちろん、私を見る双子は目を細めていたが、私は気にしない。
ちなみにオッちゃんはホットコーヒーを頼んでいたために、私達とは作るのが別途になってしまったらしく、宇治川さんがそのことについて詫びていた。何故この暑い日にホットコーヒーを頼むのか、と私が訪ねたところ、本人曰く。
「初めて飲むコーヒーはホットだろ?」
それが日本の常識だろとばかりの言われ方であった。
答えになってない答えに突っ込む気も起きなかったので。
「ゴメン、オッちゃん。氷が溶けるのを待ってる余裕はない。先にいただくね」
私はそう言って、シロップとミルクに手を伸ばした。専用の容器に入れられたシロップとミルクはを手に取り、二つまとめて豪快にアイスコーヒーへと投入した。さされていたストローでコーヒーが溢れないように回す。リトバイリトよりも数は少ないものの、大きめの氷がカランカランとぶつかる。音は、向こうで聞いたものよりも鈍い音であった。
コーヒーを一口ふくむ。
ミルクとコーヒーの香り、シロップの優しい甘さと、そして差し後に、コーヒーの苦み。
全体の冷たさが、体の熱さを和らげてくれた。
「はー、おいしー」
私が正直な感想を漏らすと、宇治川さんが。
「ありがとうございます」
笑顔でそう、言っていた。
私がアイスコーヒーでリラックスしている間に、宇治川さんはホットコーヒーを入れ終え、オッちゃんの前にカップを置く。それと同時に、八雲君は、そう言えばと聞いて。
「宇治川さん、店の名前って何て読むんですか?」
「お店の名前かい?シーポートって言うのだけども、英単語で書いてあったから読めなかったかな」
「はい、一名読めないのがいましたので」
「がふっ!や、八雲君ストレートすぎる……」
「私達の中で読めなかったアホが一人いまして、確認のために聞きたいんです」
「い、言い直さなくても良いよ、出雲ちゃん」
「と言うか、芹子ちゃんが読めなかったんですよ。大学生のくせに。大学生のくせにな!かーっ。情けねえったら、ありゃしねえ!」
「二回言わなくても良いでしょ、オッちゃんのアホ!さっきも言ったけど、私は英語は苦手なの!」
「じゃあ芹子ちゃんは何の教科が得意なんだ?さっきも聞いたけどなにが出来る……」
「ところで宇治川さん!シーポートってどんな意味ですか!」
オッちゃんの言葉を遮り、私は宇治川さんへと質問をした。「まったく……」と呆れたオッちゃんの声が聞こえてきたが、そこも無視しておいた。
「ええと、たしか『港町』だった気がします」
「港町?山の上にあるのに?」
「この店は一回移転しているのですよ。昔は、カフェが海の近くにあったらしいのですが、いかんせん私はこちらの店に移転してから働き始めたので、詳しくは分からないというのが、正直な感想ですね」
へえ、とカウンター席にいる全員がはじめて知る情報に声を合わせた。
「あれ?こちらの店に移転してから?ここって、宇治川さんが開いたお店じゃないんですか?」
「ああ、説明していませんでしたね」
宇治川さんはそう言うと、お尻のポケットから財布を取り出し、そこからさらに一枚の写真を撮りだした。以前見せて貰った、宇治川さんと平内さん、そしてリリーさんが写ったあの写真。
「ここに写っておられる平内さんが、ここのカフェ、シーポートのオーナーなんです。写真の場所は前のお店での写真でして。ですが、写真の場所とここじゃ内装が全然違いますが、写真の中も私がいるここも、れっきとしたシーポートなんです」
その言葉に、私を含めた四人はえっ、と驚き、まじまじと写真を見る。数秒の沈黙の後、オッちゃんが一言。
「ということは、この写真に写っておられる平内さんって……」
「シーポートのオーナーです。私はただの従業員。雇われてる身でして。シーポートがここに移転してからずっと、その関係は変わってません。といっても、平内さん自身、今はお店に立つことはないのですが」
「確かご病気で……」
声のトーンが落ち、少し暗くなる私に、「それがですね」と平内さんは明るく言う。
「今朝ごろ病院に行ったら、本日、平内さんの退院許可が下りたのですよ」
「そうなんですか!」
「はい。退院後も通院しないといけませんが、それでもとりあえずは一安心です」
「本当に良かったですよ」
私は本心から感想を言って、それを聞いた宇治川さんは嬉しそうに笑っていた。
「でも、良いことを聞いたね。しかも二つほど」
私は自信満々の笑顔で話し始めた。
「宇治川さんとリリーさんが写真を撮った場所が昔のシーポートなら、平内さんは何か知っているかも!それに退院したなら話を聞くチャンスもあるし!」
「あー、それはどうだろうか?」
私の発言に、眉を潜ませるオッちゃん。
「なんでさ、オッちゃん」
「宇治川さんが写真を撮った場所が昔のシーポートって分かっている事は、平内さんも知っていることだろう?」
「そうだけど、それが何か?」
「つまりは、だな」
「写真を撮った『事』も『場所』も覚えている平内さんはきっと、宇治川さんに自分の知っていること全てを話していて、新しく聞けることは少ないだろう。って言いたいのね」
「ピンポン、出雲」
シロップ入りのコーヒーを飲む出雲ちゃんに、オッちゃんは人差し指を向けてそう言った。
「もっと言えば、退院したばかりの人に対して、こちらから押しかえるのは人間としても探偵としても失格である。と言うことだね」
「大正解だ、八雲。察しの良い双子だな」
今度は八雲君へと、人差し指を向けた。八雲君と出雲ちゃんは「「どうも」」と声を合わして流すようにお礼を言った。
「そういうことで、芹子ちゃんの考えは難しいということなんだ」
「むう……」
「難しいって訳だがチャンスがないって訳でもない」
「本当!?」
「こちらから会いに行けないのなら、向こうから会いに来てくれればいいわけだ。ま、難しいを通り越して無理難題レベルだ。一縷の望みに賭けるのは嫌いじゃないが、期待はしない方が良いだろ。違う方面から地道に探すしかないな」
「そっか。はあ……」
「どうしたよ?」
「良いアイディアだと思ったんだけどなあ」
「ま、早々解決するわけでもねえさ。もしも奇跡的に会えたとしても、何か新しい情報が手に入るって保証もないしな」
カップを持ち上げ、最後の一口を飲み終えたオッちゃんに、私は納得したように一言。
「ま、それもそうか」
「そうそう。さてと」
そう言うと、飲み終えたカップと置き席を立ち上がるオッちゃん。
「宇治川さん。昨日あのあと、頂いた写真を手がかりに私なりに調べてみたのですが、その報告も兼ねて、少し別のテーブルで話したいのですが、良いですか?」
真面目な表情で宇治川さんにそう言うと「分かりました」と返す宇治川さん。
「とは言っても、特に情報が合ったというわけではないんですけど。むしろメインは、宇治川さんへの質問でして」
「私に、ですか?」
「先程、お店のシーポートが別の町にあったと仰りました。私は、この町のことについては調べましたが、移転前の町はまだ調べてなかったし、はじめて知りました。私も知らない情報が、宇治川さんの中にあるかもしれません。そこからまた、新たに何か進展があるかもしれません」
「ああ、その、すいません……。黙っていた訳ではないのですが、こんなに早く動いてくれるとは思っていなかったので……」
「いやいや。本来、今日が詳しく話を伺う日でしたからね。むしろ私がフライングで調べてしまっただけですので、宇治川さんに非はまったくありませんよ。ですが、状況を整理しておきたいのも含めまして、どこか別のテーブルで、邪魔されずにお話を聞きたいのですが」
「かまいませんよ。一番奥の角にあるテーブルでよろしいですか?」
「結構です。お願いします」
「では、飲み物を持って行きましょう。他の皆さんもグラスが空でしょう。何にしましょうか?」
大丈夫ですよ。と乾いた笑いで遠慮したオッちゃんに、宇治川さんは。
「依頼を受けて頂いたお礼です」
そう言って、私達に再度注文を聞いた。
「それじゃあ、遠慮なく。ごちそうさまです!」
オッちゃんが頭を下げ、私と双子は遅れてお礼を言った。
オッちゃんは先程と同じコーヒーを、出雲ちゃんと八雲君はアイスココアを注文した。
「亀有さんはどうしますか?」
「私は、そうだなあ。うん、オッちゃんと同じでお願いします。今度はホットで」
「分かりました。すこし、お待ちください」
宇治川さんはそう言うと、新たにコーヒーを入れる準備をし始めた。そして、コーヒー豆の入った缶を手に取ったとき、「カラン」とドアにつけられたベルが鳴った。コーヒーをトルテをやめ「いらっしゃい」と体全体をドアへと向けて挨拶をした。ドアの先には小柄な体型に、薄い黄色のポロシャツに茶色の綿パンツをはいた初老の男性が一人、豪快な笑顔で立っていた。後頭部が少し後退していたが、散切りになった白髪交じりの黒髪が、何か強そうな雰囲気を醸し出している。
「よお、要!」
男性は宇治川さんに気軽に声をかける。
「えと、宇治川さん。お知り合いで……」
私は声をかけられた宇治川さんに聞くと同時に、目線を宇治川さんに向けると、目を大きく見開き、目の前の者がいることに信じられないというぐらい、驚いていた。息が止まっており、声が出せない宇治川さん。どうにか振り絞って、一言。
「平内さん……」
「ええっ!」
「この人が……」
「「まさかのオーナー登場」」
宇治川さんのお言葉に、私もオッちゃんも驚き、そして双子が、まとめるように締めくくった。
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