第十話 探偵と助手は疑いたい

時計の短い針が五時を指し、時計がポーンと音を出して時刻を知らせる。外からは音楽が反響して聞こえた。童謡の『七つの子』。子供達に家に帰らせることを知らせる音楽が、店の中に小さく聞こえきて。

「もうこんな時間か」

オッちゃんは壁に掛かった時計を見て、少し驚いたようにそう言った。双子もオッちゃんの言葉を聞いて時計を見る。本当だ、と八雲君は小さく言葉を漏らし、早いね、と出雲ちゃんは寂しそうに呟く。

オッちゃんと宇治川さんの話は、午後四時を少し回った位で何とか終ったらしい。佳子さんは二人の話が終る一時間前に「お先に」と私とカウンター席にいる人たちに挨拶をして帰っていった。そのまま私はカウンター席に戻り、双子と平塚さん、郁美ちゃんと一緒に、二人の話が終るのを待った。二人がカウンター席に戻ってきたときには、オッちゃんの表情は苦虫を噛み潰したように、とまではいかないものの渋い表情をしていた。調べることが多いな、と小さく呟いていたのを聞いた私は、だからあんな表情をしていたのかとひとり納得をしていた。宇治川さんも疲れた表情を表に出しており、カウンターに戻ってきた二人に平内さんは。

「お疲れさん。要、今から仕事頑張れよ」

とねぎらいなのか皮肉なのか分からない言葉をかけて帰って行った。宇治川さんは苦笑いをしながらも、平内さんの背を眺めて。

「ありがとうございました。また来てください」

嬉しそうに言っていた。

そこから五時まで私達は、休憩をすることにして(まあオッちゃん以外は何もしていないけど)各々飲み物を再注文。本日四杯目のコーヒーを頂いたのだった。

そして、時はたち、午後五時。

「どれ、俺達もおいとまするか」

そう言ってオッちゃんは立ち上がり、着ているジャケットの内ポケットから財布を取り出す。その姿を見て、八雲君と出雲ちゃんは同時に立ち上がる。私も、残りのアイスコーヒーを急いで飲み干し、席から立ち上がった。

「それじゃあ、限。私達は先に車で待ってるわ」

「お支払いよろしく」

「はいはい……」

しれっとオッちゃんの後ろを流れるような発言と共に通る双子に、呆れ声で答えるオッちゃん。

「はいよ、芹子ちゃん」

そう言って、私にハリネズミのキーホルダーが着いた小さな機械を渡してくる。

「ん、なに?」

「車の鍵。双子と一緒に行って開けといてくれ。流石に免許持ってないヤツに『エンジンかけとけ』とは言わねえけど」

「そうだね、失敗したらヤだし」

「自動車のエンジンかけを失敗する人類を、俺はまだ見たことはない」

「そう?それじゃあ、もしかしたら私が人類初の偉業を達成するかも!」

「人生最大の汚名をあげるかもしれないなら、乗るのは助手席にしておけ」

「分かった。ところでオッちゃん。もしエンジンつけるのを失敗して弁償とかになったなら、それは事務所の経費で……」

「落ちるわけあるかバカたれ」

「冗談だよ、冗談」

「つまらない冗談を言う元気があるなら、歩いて帰るか、芹子ちゃん?」

「うん、分かった。理解もしたし了解もした。私は助手席に乗る。運転席には乗らないし、周辺の機械もいじらない。だから歩きは勘弁して。暑さで死んじゃう」

ここから歩いて事務所まで帰るなんて、着いたときには私はミイラにでもなっている。

夕方とは言えこの暑い中を歩くなんてゴメンだ。ケチな私でも流石にバスを使う。

そんな私の冗談に「分かったなら良し」と双子同様に呆れながら言うオッちゃん。

「それじゃあ先に二人と車に行ってるから」

私はそう言うと、目線をカウンターの奥にいる宇治川さんへと移す。

「宇治川さん、コーヒーをたくさん頂いちゃってすいません。ごちそうさまでした」

「「美味しかったです」」

私がお礼を言った後で、双子もそろってお礼を言い、軽くお辞儀をする。

「いえ、こちらこそ。わざわざ来て頂いてありがとうございます。是非とも、また入らしてください」

「ありがとうございます。またね、郁美ちゃん。コーヒーごちそうさま」

「「ココアもありがとう」」

「また入らしてください!次も美味しく入れますよ!」



「ま、こうなるわな」

シーポートを出発してから約十五分。運良く信号にも引っかからず快適に進む車の中は、後部座席から聞こえる寝息を聞いて、運転中のオッちゃんがそう一言。

午後の暑い日差しを受けてサウナ状態の車内を、冷房がフル稼働して温度を下げようとする。簡単には下がらない車内温度も、十分もすれば心地委良い温度へと変わった。暑い暑いと言っていた双子は、車内が快適な温度となったとたん眠りについた。私は後ろをちらと振り返り、二人の可愛い寝顔を見た。すうすうと寝息を立てる二人に、私は静かに笑顔になった。こうやってみると、年相応のかわいらしい双子である。

「ね、オッちゃん。後どれくらいで着きそうかな?」

「材木屋の看板を見たからな。たぶん二十分もかからねえが……なんでだ?」

「二人とも、このまま寝かしといても良いかなと思ってさ」

「寝かしとけ寝かしとけ。静かで良いし、何より眠いのに起こすのは可哀想だろ。そんなもん、着いてから起こしゃいい」

「そうだね」

私はオッちゃんにそう返答して、前を向いた。

「私は眠いけど、我慢するよ」

「そうしとけ。残念だが、助手席に乗った時点で、お前は眠っちゃいけねえ事になってるんだ」

「えー。なんでさ?」

「助手の席だからだろ?運転者のアシストをしろってことだよ」

なるほど、と私が納得すると、オッちゃんが「そんな訳ねえだろ」と馬鹿にしてきた。軽口で遊ばれた私が、少しふくれ面になっていると「そう言えばよ」とオッちゃんは話題を変えてくる。

「芹子ちゃんはあのばあさんと何話したんだ?」

ばあさん、佳子さんと私が昼間に話していたことについて、オッちゃんは聞いてきた。

「ばあさんって、佳子さんのこと?別に普通のことを話しただけだよ?佳子さんは生まれも育ちも隣町だとか、宇治川さんのこととか。平内さんが『真剣な話』って脅すから、身構えてたけど、ただ世間話をしただけ」

「そうか。あまり期待はしてないが、佳子さんはリリーさんの事について何か知ってなかったか?」

「特には何にもなし。ただ、あまり過去を詮索するのはどうか、とは言われた。と言うのも佳子さん。そもそも私達が調べているのがリリーさんではなくて、宇治川さんの過去のことだと思ってたみたい」

「なるほど、釘を刺されたわけだ」

「釘?」

「リリーさんを調べると言うことは、必然的に宇治川さんの過去も調べると言うことだろ?その宇治川さんの過去についてあんまり勘ぐるなってことだよ。俺は依頼主との話で忙しかったから、代わりに助手の方にグサッ、と釘を刺した」

オッちゃんはトンカチを持っているように右手で拳を作り、空中で釘を叩くふりをした。

「まあ、釘を刺された、って言う程じゃないと思うよ。注意喚起ぐらいだと思うな。『調べた過去で自分か他人、もしかしたら愛した人すら傷つく』と言われたけど、私は確かに、って思ったもん」

私的には、気をつけてと言われた気がした。

何か、一つでも間違えたら、取り返しのつかないことになると。

そう言われた気がしたから。

「はーあ、なるほどね。明確かつ的確で確実に釘を打ってきたな。もしかしたら、なんか知ってるな……」

「ん、なんか言ったオッちゃん?」

「いや、何でも。それで、それだけか話したの?」

「そうだね。後は平内さんとお店のことについてかな。昔、シーポートが別の町にあったって、宇治川さんが言ってたじゃない?」

「ああ、言ってたな。俺の頭痛の種だ」

「遠いんでしょ?オッちゃんは平内さんが言ってた海の町に行くの?」

「そこなんだよ……。行けばリリーさんに関する情報があるかもしれないんだが、いかんせん遠いし、何より情報がなかったらと考えると、かなりの骨折り損だからな。今んとこ、もう少しこっちで調べてから行っても良いかなとは考えてる。その町に行くのは、こっちで数日調べて『何か情報があった』とき確認で行くか、『何も情報がない』ときの最終手段で行くかだな」

「そうだよね。車で三時間だもん」

「マジかよ、そんなに掛かんのか……。てか、なんで芹子ちゃん、そんなこと知ってんだ?宇治川さん、時間まではいってなかったが」

「平内さんに聞いたんだ。あ、あと『行きと帰り』じゃなくて『行き』だけで三時間だってさ」

「往復六時間かよ……。こりゃ、ますます気軽にいけねえな」

「歩きなら一日はかかるって」

「歩きって……。このご時世にこんな暑い中を歩くバカはいないだろ。芹子ちゃん、でたらめ聞いてきたんじゃねえの?」

「本当なんだって!平内さんも佳子さんも、一緒のこと言ってたんだから!」

そう私が反論すると、「あ?」とオッちゃんの眉間にしわが寄るのが、運転中でも分かった。私は「どうかした?」と尋ねると。

「いや。平内さんが言うのなら分かるけど、誰だっけ、あのばあさん……」

「ばあさんじゃないよ。足利 佳子さん。郁美ちゃんのおばあちゃんなんだって」

「その佳子さんが、なんで海の町まで三時間かかる事を知ってるんだ?行ったことでもあるなら別だけど」

「いや、しっかりと聞いたわけじゃないけど、確か知り合いがいて。もう亡くなってる人なんだけど、その人に話を聞いたって」

「尚更おかしくねえか、その話?」

「何でさ?」

「行ったこともねえ町に知り合いなんているか、フツー?」

「『隣町から向こうの町へ渡った友人から聞いた話』ってなら、なにもおかしくはないでしょ?もしくは逆に隣町に来た人に、とか」

「あーそうか。いや、実はな、芹子ちゃん。芹子ちゃんは知らねえと思うが、海の町ってのは昔、危険な町で……」

「それは知ってる。平内さんから聞いた」

それが私だけでなく、双子も聞いていた。とまではオッちゃんには言わなかった。

「あっそ。知ってたのならそれなら話が早い。なら聞くが、かなり危険な海の町に、わざわざ移り住む友人がいるか?俺が当事者なら、絶対止める」

「その、知ってるかもしれないけど、売春婦、とか……。移り住んだ人がイケナイコトをやっていたとか」

「なら、イケナイコトに気がついた時点で、友達と縁を切るだろ。自分が巻き込まれる心配があるからな。それに、向こうから越してきた人なら、海の町にいたこと自体隠すだろ。ヒドいこと言うようだが、ギャングが横行する町の出身者なんて関わり合いになりたくないしな」

むう、と私は息を吐くように言って、その後黙り込んでしまった。

オッちゃんの反論は一理ある。と言うより、もし私の友人がが、私の言ったシチュエーション通りになったのなら、私もオッちゃんと同じく、止めたり、縁を切ったりするだろう。仮に海の町の出身者が越してきたのなら、近づかないのがイチバンの選択肢だ。

「それなら嘘をつかれたとか……?あ、平内さんから聞いたとか!」

「んー、イマイチ納得ができねぇな。俺も当事者じゃないからなんとも言えねえが、俺の考えじゃ二つとも可能性は低い」

「なんで?」

「一つ目の理由に対しての反論は、佳子さんが海の町について嘘をつく意味がない。知らないなら知らないで突き通せたはずだ」

なのに、佳子さんは私に海の町について知っていることを話してくれた。

なぜか?

「あのとき芹子ちゃんに釘を刺す上で、または別の何かが要因で海の町の事を話さなければならなかったから。そこに芹子ちゃんがイレギュラーな質問をしたんじゃないか。例えば『詳しいですね』とか『行ったことあるのですか?』とか」

とっさの質問で不意を突かれてしまった佳子さんは、つい本当のことを漏らしてしまったんだ。

違うわ。

知り合いから聞いた、と。

「亡くなってるかどうかまでは分からねえが、揺さぶられた後の言葉は、十中八九、真実だろ。とっさに嘘つける人間なんていることにはいるが、限られてる。一般人にはまず不可能だろ」

「それじゃあ二つ目の可能性は?」

「平内さんから話を聞いたと言う可能性か?まあ別に、可能性だけなら無い話じゃない」

問題は、いつ話を聞いたのかということだ。

「最近になって平内さんから話を聞いたって言うなら、『何故、今になって話す?』と疑問は残るけど俺は渋々納得する。だが、もしそれが昔聞いた話だって言うのなら話は別だ。平内さんが隣町に越した理由は聞いたか?」

「えっと、たしか『逃げてきた』って言ってたかな……」

「決まりだ。平内さんから聞いたという線は確実に薄い」

昔の苦く苦しい思い出を、お得意様だからって今になって話すか?

俺なら一生、胸にしまっておくし、自分からは話すようなことは絶対にしない。

誰だって、探られたくない腹を自らさらけ出すなんて、するはずないだろ。

「確かに、平内さんは話したくなさそうだったな……」

「平内さんは俺達がリリーさんを調べているから話してくれたんだろ。そうでもなきゃ、自分のイヤな記憶なんて話したがらないだろ」

そして確かなことが一つ。

「平内さんと佳子さんは、宇治川さんの過去について何か知っている」

丁度のタイミングで、赤信号の前でゆっくりと車は止まった。

少しばかり沈んだ空気。

私は、目線を下にしながら。

「……なんか、人を疑うのって、あまり良いものじゃないね」

「探偵はそれが仕事だからな。五分前にあった友人ですら、仕事となれば疑うしかない。そこら辺はもう、割り切るしかない」

「そう、なのかな。人が信じられないから疑うのは、結構堪えるよ……。それがさっきあった、平内さんや佳子さんを疑うのは……」

「信じられないから疑うんじゃない。信じてるから、疑うんだ」

きっと、二人は何かを隠している。

じゃあ何で隠しているのか?

自分のため?可能性はある。

相手のため?無いこともない。

それとも?

第三者を守るために。

つかなきゃいけない嘘がある。

「思考しろ。そんでもって、人を疑い続けろ。相手を信じているなら尚更、敬意をもって相手を疑い続けなきゃならない。そして自分が真実を知ったとき、どうするかを決めれば良い」

「どうしたら正しいかを決めるって事?」

私の問いに、まっすぐ前を見たオッちゃんは「違う」ときっぱり否定した。

「どうしたら間違えないかを決めるんだ」

「……なんか難しそう」

「依頼なんだからやるしかねえんだ、これが。面倒だが明日、平内さんと佳子さんにカマかけてみるしかねえ」

「そんな言い方しちゃダメだよオッちゃん。なんか騙すみたいじゃん」

「分かってるよ……」とオッちゃんが私に反論してきたときにブブブとズボンのポケットに入れたケータイが震えだした。発信元は……。

「あれ、館長さんからだ。なんだろ……?」

「あ?あー……。まあ、なんだ。とりあえず出てみれば」

「そうする。ちょっとゴメンね」

私はオッちゃんに断りを入れ、ケータイの通知をオンにした。「もしもし」と通話先の館長さんに返事をすると。

『やあ、芹子君。今、大丈夫?』

「あ、大丈夫ですよ。どうしました?」

『午前中、図書館で話した写真のことを覚えてるかい?リリーさんの事』

「写真?あ、館長さんがどこかで見たって言う……」

『そう。あのあと私も気になって、皆が帰った後に図書室で調べてみたんだ』

「いや、図書室で調べたってあるわけがな……」

『そしたら見つけたんだ』

「何で学校の図書室で調べられたんですか!?」

『すごいよね。私もビックリしたよ。人間思い出せないことでも、頑張って必死になれば断片なら思い出せるんだね。それで見つけた資料というのが、昔の地方新聞の記事なんだけど……』

「そんなに気軽に流せるようなことじゃないですよ!?」

『夏休みに入る少し前に、私が一人で整理がてらチラチラと地方紙を読んでいたのだけど、見ていた資料の中に君の探しているリリーさんの顔写真が載ってたんだ。私はそこで、リリーさんの顔を知ったんだ』

「本当ですか!?いや、その前に何で、学校に昔の新聞記事なんてあるんですか!?」

『それは、学校の図書室だよ?調べたいことなら何だってあるさ』

「だからってそんな情報があるなんて……!しかも、何十年前の記事ですよね……。どうして保管してあったんだろう……?」

『まあ半分は私の趣味なんだが。私は、面白い記事をスクラップして置いておくのが好きなんだ。それこそ、有名な記事から地方の記事まで何でもね』

「職権乱用すぎる!」

『まあ、そう言わないでくれ。役立つ情報が載ってるかもしれないぞ』

「お願いします!教えてください!リリーさんについてなにが書いてあった……」

言葉にしたときには遅く、あ、と過ちに気がついた私が静かに横を向くと、前を向きつつ、されど驚いた様子で私を見るオッちゃんの姿が。

「お、オッちゃん、前向かないと、あ、あぶない……よ?」

「……芹子ちゃん、電話の相手は館長って言ってたから、水無だろ……。しかも依頼内容を知ってるって事は、しゃべったな?」

「ごごごごごめんなさい……………!」

私が素直に白状すると、オッちゃんは「はあ……」とため息を一つついた。

「ま、大方あいつが芹子ちゃんにしゃべるように仕向けたんだろうが、お前もしゃべるなよ……」

「ううう……ごめん……」

「ま、いいさ。あいつのことだ、ろくな事は考えてねえだろう。それよりも、今からコンビニに立ち寄るから、あいつとの電話を変わってくれ」

「え、良いけど、なんで?」

「情報提供の強要と、職権乱用のクレーム、そしてウチの助手をたぶらかした文句を館長様に一辺にぶつけてやる」



あのあと、オッちゃんはすぐに車をコンビニへと止めたオッちゃん。私が通話状態のままのケータイを渡したところ、エンジンをかけてドアを開けて外へと出て、館長さんと話し始めた。ちなみに聞こえてきたのはオッちゃんのみの声だが、会話の一部始終は。

「オイてめえ、なんで依頼内容知ってやがる」

「ウチの助手にどんな尋問したんだ、コラ」

「職務怠慢と職権乱用で訴えるぞ」

「お前が俺にしたことをお前は忘れていると思うが、俺は一から十まで全部覚えているぞ。時系列も出来事も全部だ。あ?なに喜んでんだ、あ?」

などなど。

もう、端から見ても身内から見ても、確実にチンピラである。

一通り文句を言ったオッちゃんはその後、冷静さを取り戻したのか館長さんの言うことに対して「ああ」と行程の合図値を数回繰り返し。

「分かった、俺が行く。大学前?車で行けるのか?ああ、分かった。そこで落ち合おう」

そう言って、ケータイの通話を切ったのが、十分位前の出来事であって。

「ほいよ、到着」

そして今、私は自分たちの事務所の前の通りに降り立った。私は助手席のドアを開け外に出ると、さっきまでクーラーが効いていた車内に比べ、外の熱気がムワッとやんわり伝わってくる。私がバタンと扉を閉めると、助手席の窓が機械音と一緒に下がっていった。

「ありがと、オッちゃん。オッちゃんは今から、館長さんに会いに行くの?」

「なんだ、聞いてたのか?」

「少しだけ。オッちゃんの声しか聞こえなかったけど、『落ち合う』とか行ってたから」

「そうか。落ち合うは落ち合うが、迎えに行くって言った方が良いかもしれないな」

「どういうこと?」

「芹子ちゃん。後ろの寝てる二人を降ろしたついでに、冬志に閉店後のリトバイリトを使わせてくれと言っといてくれ。宇治川さんの依頼に関してだって言えば、あいつも納得するだろ。俺は水無を連れてくる」

「館長さんとリトバイリトで話すって事?」

「芹子ちゃんもあいつがどんな情報を手に入れたか聞きたいだろ?それに冬志もいる方が良い。依頼の仲介はあいつなんだし、少しは依頼の内容も知っておいた方が良いだろ。ああでも、あいつが少し寄るところもあるらしいから、夜遅くの閉店後が都合が良いんだ。だから閉店後に使わせろって言っといてくれ。イヤとは言わねえはずだから。行く前になったら冬志に連絡するよ」

「いろいろと了解。冬志さんには私から話しておくよ」

「すまん。後ろも頼んで良いか?二人が降りたらこのまま出発する」

「はーい。ちょっと待ってね」

そう言うと私は助手席から近かった後ろのドアを開ける。まだすうすう眠っていた八雲君が開けた熱気を感じ取って、一瞬顔を歪ませるが、目は閉じたまま。私は、八雲君の方を揺さぶって。

「八雲くーん。起きてー」

優しく声をかけた。ゆっくりまぶたを上げた八雲君が寝ぼけた顔で私を見る。開ききってない右目を手でこすり眠気を取ったり、左目を頑張って開こうと思ったりと頑張り何とか。

「なに、せりこ……」

「八雲君、事務所についたよ。ほら、降りて降りて」

「うん……」

目が完全に開ききっていない中、ゆっくりと後ろの席から降りてくる八雲君。立ち上がったとき、少しばかりふらついたが、何とか力を入れて踏ん張り、今度は力を込めた方とは逆にふらつくと言うことを無限に繰り返していた。

「出雲ちゃーん。起きてー、出雲ちゃーん」

「…………」

「出雲ちゃーん?い、ず、も、ちゃーん!」

「…………」

「えっと、マジ寝……?」

「たぶん、ねてる……。まじに……」

どんなに肩を揺すっても、大きめの声で呼び起こそうとしても、目を瞑ったままの出雲ちゃん。代わりに八雲君が目をこすり、ふらふらになりながらも彼女の状態を答えてくれた。

私はこれ以上揺さぶっても無理だろう、と判断して出雲ちゃんをドア近くへと引きずる様に寄せて。

「よいしょ、っと」

彼女をおんぶすることにした。

「大丈夫か芹子ちゃん?何なら、俺が代わりに運ぶが……」

「いや、たぶん、いけると、思う……」

と、強がってはみたものの、腕に来る重みは、かなりのものがある。小学生とはいえ高学年である彼女は体つきも子供らしく軽いのだが、私がおんぶするには、少しばかり厳しいかもしれない。とはいえ、この状態で何百メートルも歩くわけじゃない。

私は二、三歩、抱えながら歩いてもよろめかないことを確認して。

「うん、大丈夫。いける」

「ま、無理はするな。俺はこのまま水無に会いに行くが、ヤバかったら冬志を呼べよ?」

「大丈夫だよ、そこまでひ弱じゃないって。私は二人を送っていくから。んで、さっきの事を冬志さんに話しとく」

「頼んだ。んじゃ」

そう言って、助手席の窓を上げて、車はゆっくりと走り出す。私は、オッちゃんを見送った後、ふらふらになっている八雲君の右手首を掴み、こっちだよ、と誘導しながらリトバイリトに入っていった。ドアを開くと、チリンチリンとベルの音。カウンターにいた冬志さんは相変わらず「いらっしゃい」とハスキーな声と共に笑顔で対応する冬志さんの姿があった。私達の姿を見る度にぎょっと顔を驚かせながら。

「一体全体どうしたんさね?」

「どうもです、冬志さん」

「ただいま、てんちょ……」

「お、おぅ。お帰り、八雲……。と出雲、は寝てるのかい?」

「はい。ぐっすりと。移動で疲れちゃったんだと思います。出雲ちゃん、布団に寝かして上げたいのですが……」

「代わるよ。小学生の女の子だからって、おんぶはさすがに重いだろ?」

「すいません……。玄関からここまでが限界で……」

「十分さね。どれ」

冬志さんは私の後ろに回り、両手を出雲ちゃんの脇の下に挟み込み軽々と持ち上げ、そのまま抱きかかえるようにだっこした。

「八雲は後ろにくっついてこれるかい?」

「ついていくだけなら……」

八雲君は無言で頷いた。

「それじゃあ、布団まで頑張りな。すまないけど芹子。双子を布団に連れてくから、その間、店を任せるさね。空いてる席に座って待ってて」

「分かりました」

そう言って私は、昨日と同じカウンター席に座って、店の奥に消えていくふらふらした八雲君と、抱きかかえられながらもなおぐっすりと眠ったままの出雲ちゃん、それらを大変そうに連れて行く冬志さんら三人を見送った。

ふと、壁側の時計を見た。

十七時四十五分。

「もうこんな時間なんだ……」

シーポートを出たのが五時ちょっと過ぎだったけど、電話のためにコンビニとかも寄ったからな。移動は三十分とちょっと。往復で一時間くらいかな?向こうにいたのが四時間ぐらいだとすると……。

「五時間は超えて連れ回したんだ。そりゃあ、双子も疲れるわけだね」

そう言う私も、なれないバス移動や車移動で少しばかり眠い。今、布団に入れば、出雲ちゃんのように寝てしまうだろ。しかしながら、昨日の午後も惰眠を貪っていた。二日連続は流石にオッちゃんに怒られる。

「何より館長さんが来るからね。起きてないと」

しかし、寄り道とは一体どこにだろう。いや心配はどちらかというと『どこに行くのか』じゃなくて『何時に来るのか』と言うことだ。日をまたぐまで待たされる、と言うことは無いと思うけど、それでも二十二時以降に来たとして、それはそれで冬志さんと師草さんに迷惑をかけるわけだし、何より私が起きている自信が無い。

出来れば早く来てほしいものだけど……。

「悪いね、芹子。待たしたさね」

店の奥から帰ってきた冬志さん。もちろん後ろからついてくる子も抱きかかえられている子もいない、両手が自由な状態で帰ってきた。

「どうでした、二人とも?」

「どうしたもこうしたも、八雲は布団に入った瞬間に寝たし、出雲は起きもしないよ。ああい言うところは、まだまだ小学生さね」

「まだまだ手がかかりそうですね」

私がにっこりと笑顔で答えると、冬志さんは呆れた笑顔を浮かべながらも、嬉しそうに。

「全くだよ。ところで、探偵は一緒じゃないのかい?」

双子を寝かしつけ、カウンターに戻って一息着いた冬志さんは、思い出したかの様に私に聞いてきた。

「さっきから六槻の姿を見ないのだけど、どうしたんだい?」

「ああ、今、人を迎えに行ってて。あと、まだ車を借りるそうです」

「へえ。あ、これかい?」

右の小指をピンだけを立たせて、ニヤッと口角を上げ、悪いことを考えていそうな笑顔で私に尋ねてくる。

「ん、小指ですか?」

「女のことさね。今の若い奴らはこのジェスチャーは分からないか……。ま、そんなことはどうでも良い。どうなんだい?あの六槻の唐変木が女に会うって?」

「どうって……。まあ女性である事は確かですね。でも、彼女とか、そう言う関係じゃないんじゃないかな?確か先輩後輩の関係だって。今は私の大学の図書室で館長をしているのだけど」

「あら、良い関係じゃない!あいつも独身が長いからね。この辺で一つ、いい話があると良いんだけど」

「それが、仲はあまり良くないというか……。オッちゃんが一方的に毛嫌いしているみたいな感じで」

「そいつは、もしかしたら女の方が照れ隠しで冗談を言ってしまうだけかもしれないさね。それをあのバカが本気でとらえるだけなんじゃないかい?」

「いやぁ、どうでしょうか?私にはなんとも」

正直、電話の内容を聞いている私には、恋仲になれる関係とは思えないんだけど……。

「なんだい芹子。鈍い反応さね」

「まあそりゃ、鈍くもなりますよ。恋とか愛とか言われても、私、正直よくわかんないし」

「そりゃそうか。恋をしたことない奴に聞いても無駄だったさね」

「むー。好きな人がいるとかいないとかで何か変わるものですか?」

「変わるさ。恋を知れば、恋した人のために生きたくなって、愛を知れば、愛した人と共に生きたくなる。ま、こればっかりは、知るきっかけに個人差があるだろうし」

「そう言うものなんですかね?」

「そうさ。芹子もそのうち分かるかもしれないし、一生分からないかもしれないさ」

「ずいぶんな二極化ですね……」

「人生なんてそんなもんさ。んで、その女ってのは美人なんかい?」

「へ?あ、はい。綺麗な方ですよ。なんか、女優みたいで」

「へえ、それはそれは。一目見てみたいものさね」

「あ、そうだ。会いたいと聞いてオッちゃんからの伝言を思い出した。ねえ、冬志さん」

「なんだい?」

「オッちゃん、いまから館長さんと会うんだけど、閉店後で良いからリトバイリトを使わせて欲しいって頼まれてさ。夜遅いけど、使わして貰えないですか?」

私の言葉に「良いさね良いさね!」と即答した冬志さんは続けて矢継ぎ早に。

「是非とも使ってくれ!いつ来るのかは分かるかい?コーヒーは入るのかい?あ、あたしはどこに隠れてれば良い?」

「ちょ、ちょっとまって冬志さん!顔が近いって!私、海老反りになってるから!」

本日二回目のカウンター席での海老反り。

昼にもあったな、こんなこと。しかもまったく同じ光景で。

既視感と言うかデジャブというか。

「とりあえずバック!バックして冬志さん!背骨が折れる!」

「こりゃ失礼」

顔を引っ込めて、二歩下がる冬志さん。私は、腰をさすりながら背筋を戻して。

「リトバイリトにつく前には冬志さんに連絡を入れるって言ってました……。あとコーヒーは入らないと思います。お店の時間外ですし、それに今日、死ぬほど飲んでたし……。あ、それと。隠れなくても良いですよ。私もオッちゃんと同席しますから」

「そうなんかい?いくらあんたがあの探偵の助手だからって、人の恋路を邪魔しちゃダメさね」

「恋路って……」

「ま、冷たい飲み物ぐらいは用意しとくよ。確かダンナが入れてくれたアイスティーがあったはず」

「へえ。何のお茶なんですか?」

「知らん。ダンナが『用意しとく』って入れてたから、少し拝借するだけ」

「それって飲んでも大丈夫なんですか……?」

「大丈夫さ。ダンナの料理の腕は天下一品だよ?」

「それは知ってます。勝手に飲んで良いのかって方の心配をしてるんです。師草さんに怒られませんか?」

「ああ、それなら心配入らない。あたしが拝借するんだから」

「え、なんでですか?」

「ダンナがあたしに怒った姿をあたしは一度も見たことはないし、あたしに文句を言おうものなら、百倍でお返しするだけだから」

「あはは……」

それは冬志さんに逆らえる人なんて存在しないからです。何て思ったけど、まあ思っただけで言葉にはせず、笑いながら目線をそらす。

「んで、芹子はこれからどうするんだい?あたしで良ければコーヒーを入れるけど」

「あ、せっかくですけど遠慮します。今日はコーヒー飲み過ぎちゃって……。オッちゃんと同じ量飲んだんですけど、私の胃に五杯目は無理そうです」

「あら、それは災難、だったのか?まあ、ドンマイ。宇治川さんもダンナや六槻と一緒で『飲ませたがり』だからね」

「美味しかったんですけどね。今日はもう、あの風味とは遠ざかりたいです」

「そらそうさね。美味しいものは程々がイチバンさ」

「まったくです。それで、いつオッちゃんがやって来るのか分からないから、とりあえず事務所で待ってようかと。暑かったんで汗もかいちゃったし、早めにお風呂でも入ろうかなと思います」

「それがいい。今日は暑かったから。さっさと風呂に入ってさっぱり……あ!」

急に何かを思い出したように、冬志さんは一言大きな声を発した。

「ど、どうしました?」

「しまった、双子を風呂に入れるのを忘れてた……。いやでも、今から起こすのも悪いし……。それよりもまず、出雲が起きるかどうかさね……。八雲は起きるは起きるけど、愚図るだろうし……」

「お風呂行ってきまーす」

ぶつぶつと呟く冬志さんに、私は逃げるようにリトバイリトを出て、事務所へと向かった。



私がオッちゃんから連絡が来たのは、時計が二十時を回った後であった。オッちゃんと館長さんはすでにリトバイリトについており私を待っていると。急いで事務所を出て階段を駆け下りて再びリトバイリトを訪れ目撃した姿が、カウンター席に隣同士に座り話をする二人であった。

嬉しそうではなく、されど嫌がってはなさそうに身振り手振りを交えてコーヒーの話をするオッちゃんと。

恥ずかしい訳じゃないけど、すこし緊張している様子で上品に話を聞く館長さん。

「おおぅ……」

何というか。

入りづらい空気感があった。

私が扉を開けてしまったので、店内にはベルの音が鳴った。二人は入り口の方へ向き私の姿を確認すると。

「よう芹子ちゃん。遅くなったな」

「やあ、芹子君。こんばんは」

「あ、どうも……」

私が申し訳なさそうに返事を返すと、カウンター席の奥にいた冬志さんは哀れむような目で私を見ていた。

「冬志、テーブル席借りるぞ?」

「え、あ、ああ。良いさね。自由に使ってくれ」

「いや、お前も聞くんだよ。宇治川さんの事だ。芹子ちゃんも来てくれ」

そう言って、テーブル席に移るために飲み物を持って立ち上がった。館長さんもオッちゃんの後に続いてテーブル席に移る。

テール席ではオッちゃんと館長さんが隣同士に座ったので、私は館長さんと対面するように座り、冬志さんは私の前に飲み物を置いてくれ、その後、横に椅子を大きく引いて座る。

「さて、芹子君」

皆が着席してから、会話の口火を切ったのは館長さんだった。

「内容は、電話で入ったとおりだ」

「えと、リリーさんに関する新聞記事、でしたっけ?」

「そう。これを見てくれ」

館長さんが出してきたのは何枚もの紙が厚く重ねられたファイルの、とある一ページ。

「この記事の、ここ」

私と冬志さんに見えやすいように置かれたファイルの右のページ。とある町ので行なわれたコンテストの歴史について。その中で見る美しい女性の写真が数枚ピックアップされている中の、右上の写真。

そこに写っていたのは。

「この人、見た目が君に見せて貰ったリリーさんにそっくりじゃないか?」

私はすぐにケータイに保存した写真と見比べた。

大きな瞳、背中まで伸びたストレートの長髪。整った顔立ちから見せる笑顔は、同性の私も見とれるほどに美しい。

「同じだ……」

「本当に。あたしの老いた目でも分かるよ」

「ああ、たぶんリリーさん本人だ」

「あ、あの!館長さん!」

息をのみ心臓の鼓動が早くなる私は、感情そのまま、考えもなしに館長さんへと尋ねた。

「この!この人の名前って!名前は!」

「まてって、芹子ちゃん。とりあえず落ち着けって。落ち着いて、記事を読んでみろ」

オッちゃんにそう諭され、私は深呼吸をして心臓の鼓動の高鳴りを沈めていった。落ち着いてきたところで館長さんに見せて頂いた記事をなぞるように見ていった。百年の歴史がある由緒正しい美しい女性を決めるコンテストであると言う内容、美しい女性の写真の数々、そしてリリーさんであろう人物の写真。その下。写真がいつ頃撮られたと言う情報と、住所と年齢。

そして、名前。

「え……」

固まる私に、横からのぞき見てきた冬志さんは、代わりに読み上げる。

「ええと名前は、『足利 里子さん』か」

「………………………」

「ん、どうした芹子?固まっちゃって?」

「オッちゃん、この名前って……」

まっすぐ戸惑いの目を向ける私に、オッちゃんが一言。

「一文字違いが偶然とは思えない。俺は、関係していると思っている……」

「なんで……」

どうして同じ名字なのか。

なんで嘘をついたのか。

リリーさんと何の関係があるのか。

宇治川さんの何を知っているのか。

リリーさんか宇治川さん、もしくは両方に恨みを持っているのではないか。

色々なことが私の頭の中を巡り巡る。

名前を見て思い浮かぶ静かで優しい笑顔。

「どういうこと、佳子さん……」

足利 佳子。

そして。

足利 里子。

名前が似ていると言うには、何か作為的なものがあったとしか感じられないほど。

写真を見ても知らないと言っていった佳子さん。

なのに、これは……。

「足利 里子の住所も調べた。佳子さんが昔に住んでいた家とまるっきり同じだったよ」

「それじゃあ、なんで…………」

「分からん。分からんが、ここから考えられる事がある」

足利 佳子と足利 里子は関係者である。

そして。

足利 佳子は宇治川 要とリリー、足利 里子の関係について、何か知っている・。

「そんな……。でもそれじゃあ、佳子さんは宇治川さんにも平内さんにも私にも『何も知らない』って嘘をついている事になるんだよ!?何で!?一体何のために!?」

「落ち着けって、芹子ちゃん」

「落ち着けったって……!一体全体、これはどういうことなの……?」

「知るためには、方法は一つしか無いよ。芹子君」

館長さんは冷静に、私の問いに答えた。

「こればっかりは、今の私達には憶測しか出来ない。事実を確認するには、やはり、本人に直接聞くのがイチバンだ」

「そういうこった。まあ、これでやることは決まったな」

オッちゃんは、そう言った。

「あのばあさんに聞くことが出来たわけだ。この写真を見せて関係が無いとは言わせない。佳子さんは、正体不明のリリーについてか、または足利 里子について何か知っているはずだ」

ここまで知っちまったら、後は疑うしかない。

オッちゃんの言葉に言いようのない不安が心を覆う。

「とりあえず明日、俺一人で佳子さんと会って見る。そこで話を聞いてみようと……」

「……まって、オッちゃん」

オッちゃんの話を止めて、私は睨むような目線をオッちゃんに向ける。

「私も行く」

「いや、別に話を聞きに行くだけだ。俺一人で十分だ。お前は事務所にいろ」

「オッちゃんは言ってたよね。『信じられないから疑うんじゃない。信じてるから、疑うんだ』って」

その人は確かに言っていた。

人の過去を探る事は、誰かが傷つく事になるかもしれない。

それは本人かもしれないし。

それは他人かもしれないし。

それは思い出の人かもしれない。

けれど。

「私は探偵の助手だ」

私には真実を知る権利がある。

私には真実を知る義務がある。

その扉を開くのは、とても難しく、重く、大きすぎて、今の私じゃ非力かもしれない。

何より、当事者ではない私が他人の過去を知ることに意味は無いだろう。

だけど。

それでいい。

別にかまわないんだ。

自分が真実を知ったとき、どうするかを決めれば良いんだ。

真実だけが正しいわけじゃない

嘘のみが悪いわけじゃない。

ただ、見に行くだけだ。

そう、だから。

「だから私は、疑いに行くんだ」

シーポートで会った人々を信じるために。

私は真実を疑いに行こうと決めたのだ。

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