第四話 女子大生は気がつかない

真夏の大学というのは、日陰に隠れるとことが少なく、また隠れたとしても浴びる風が熱風であり、結局暑さは変わらない。暑さから逃げるには、教室か研究室、それか図書室などに逃げるのが賢明な判断である。もちろん、研究室に逃げられるのは大学四年生と大学院の生徒だけであり、私達一年生には教授達にテスト期間前の質問やレポートの提出がない限り、出入りすることはない。教室ならばクーラーが効いていて涼しいのだが、いかんせん受けている授業外で教室に出入りすることは、先生に睨まれて欲しい生徒以外にはいないだろう。

ともすれば。

必然的に暑さから逃れるための場所は絞られてくる。

図書室も比較的涼しく、授業外での使用でも怒られない有能な場所ではあるが、普通の生徒ならばやはりこちらを選ぶ。

「やっぱり、夏は食堂が安全地帯だよねー」

八月、午前九時。

夏休みである宗月大学の誰も居ない涼しい食堂に、私だけの声が響き渡る。

もちろん誰も居ない、というのは誤解である。食堂のおばちゃんは休み前よりは少ないが、それでも数人は勤務しており、清掃員さんだって仕事をしている。と言うのも、宗月大学は夏休みでも四年生や大学院生が研究のために登校する事を許可しており、私のような学校でアルバイトを行う人のためにも、食堂は開かれているらしい。

私は食堂のドアから一番遠い席に座り、背負っていたリュックから財布を取り出し、中身をチェックする。レシートや買い物のメモ帳が入ったままの財布の中から、一枚の紙を取りだした。

「じゃーん。朝食無料券かっこAかB定食専用ー」

ゴミ入れのような財布の中から取り出した朝食券に、私は独り言を付け加えて、その後「ふふふっ」とにやけ顔をした。荷物を席へ置き去りにし、私は財布をポケットにしまい、券一枚をしっかりと右手に持って食堂の受付に行く。

「おはようございますっ」

私の陽気な挨拶に「おはようございます」と丁寧に返してくれた食堂のおばちゃん。私が朝食券を渡すと「AとB、どっち?」と聞かれる。私は迷わずB定食と答えると、おばちゃんは「分かりました」と言って食堂のキッチン奥へと行き、定食を用意し始めた。山盛りに盛られたキャベツに目玉焼き、ベーコン、ウィンナー、納豆とノリに小鉢にはほうれん草のおひたし。ご飯、お味噌汁をお盆にのせて、私の元へと運ばれてきた。「おまちどおさま」と朝食券と引き替えにいただいたお盆を持って、私は意気揚々に席へと戻っていく。席に座った私は「いただきます」と少し小さめに挨拶をして、食事を始めた。普段は朝食を取らない私だが、今日は朝から図書室でアルバイトがあるために昨日同様に大学へと登校している。何でも、今日は図書室の大掃除を行うそうで参加できる人は全員参加するようにとのことだ。なので私は、朝からのバイトのために偶然貰った朝食無料券を使わない手はないだろうと考え、こうして食事をしていると言うわけである。

ふと、ご飯をかき込む手を止めて、私は自分のケータイの電源をつけ、ある写真を見た。昨日、宇治川さんから依頼の際に見た写真である。宇治川さんの許可を貰って、オッちゃんがケータイで取ったものを、分けて貰ったのだ。

昨日の、宇治川さんの依頼。

リリーさんの捜索に関しての依頼だが。

オッちゃんは、この依頼を条件付きで受けることにしたらしい。

その条件とは、『依頼が完了し、宇治川さんが納得できたら、契約金は貰う』とのことらしい。最初、宇治川さんは納得をせず。

「それでは六槻さんが損をするのではないか?」

と言っていたが、オッちゃんからすると「依頼が完了できる」自信がないことと「宇治川さんが納得できる」自信がないらしく、自分の力及ばずになるときには契約金はいらないと言うことを宇治川さんに了承して貰いたかったらしい。そのことをオッちゃんは宇治川さんへ説明をして。

「それでも良ければ、是非ともこの依頼を受けさせてください」

そう言っていた。

宇治川さんにも何とか納得してもらい、六槻探偵事務所は正式に、この依頼を受けることになった。

そこから、さあ早速調査を行おうかとはならず、時間も時間だったので後日、宇治川さんが経営しているカフェへと集まることとなった。私は、自身のバイトが午前中にある事をオッちゃんと宇治川さんに伝えて(もちろん、宇治川さんには用事があってとごまかしたが)集まるのは次の日の午後、つまるところ今日のバイトが終わってからとなった。

私は写真の、リリーさんをじっと見た。

とてもキレイな顔立ち、それでいて優雅な雰囲気をまとったその姿は、やはり見とれるものがあった。

「おっす、亀有さん。一人?」

「どうも」

私が写真を見ていると、机を挟んだ前から男性の声が聞こえた。ふと目をやると、前には二人の男性の姿があった。一人は小さめの身長ではあるが、両腕の筋肉が彼がひ弱でないことを証明してくれる逞しさ、坊主頭に近い程刈上げた髪型が印象的な活発そうな青年と、もう一人は耳を半分まで隠れる程の男性にしては長めの髪にハンサムな顔は、女性受け抜群間違いなしのクールそうな青年が立っていた。

「あれ、八城君に永沢君。どうしたの、こんなところで?」

活発そうな青年の名前は八城 晴斗。クールな青年の名前は永沢 圭介と、私と同じ宗月大学の一年生であり、そして、図書室に働くアルバイト仲間でもある。

「どうしたの、こんなに朝早くから?」

「朝早いって言っても、九時だけどね。永沢と一緒に朝食を食べに来たんだよ。永沢は寮生だから」

私は八城君の言葉に「なるほど」と返した。地方からの生徒のために、だいたいの学校には寮が存在するのだが、ここ宗月大学の寮は大学の敷地内に存在するのだ。夏休みに限らず学校が長期の休みの場合、四年生と大学院生は登校を認められる他、寮生も学校の登校が認められている。まあ、『登校を認める』と言うより『住むことを認める』と言った方が納得しやすいと私は思うのだが。確か寮生は、寮生が集まって食事するスペースがあるのだが、生憎寮生以外の使用は認められていない。そのために、寮生以外の人と朝食を取りたいと言う人もいるため、学校の食堂で朝食を取る寮生もいるのだ。そして永沢君と八城君が、良い例である。

ちなみに、寮の夜の食事を作っているのが、何を隠そう昨日ごちそうになった、走間草師さんであられるのです。

でも、もったいないなー。と私は二人に言う。

「寮の食事って美味しいんでしょ?私は食堂のご飯も好きだけど、寮生以外食事禁止のブランドがあるのなら、やっぱりそっちに目がいきそうだなー」

「ん?美味いのは夜で、朝は普通じゃなかったっけか?なあ、永沢?」

八城君が永沢君にそう聞くと、永沢君は私の顔をじっと見て、八城君の質問をスルーした。八城君は少し呆れたように左肘で小突くと、ビクッと体を強ばらせた永沢君は我に返ったようで「どうした?」とクールに答えていた。

「どうしたじゃねえよ。寮の朝食は美味しいのかって聞いたんだ」

「ん、あ、そうか。すまん、ぼーっとしていた」

「大丈夫?寝不足かなんか?」

私がそう心配すると、永沢君は「大丈夫だ」と言って私に向かって軽く頷いた。そして、寮の朝食の感想の話を続けて話し初めた。

「いや。まあ、何というか……。寮の朝食について参考にならない感想で良ければ」

「うん」

「どうなんだ?」

「至極普通だ」

「あっはっはっはっはっ!」

私は吹き出して笑ってしまった。

「ちょ、永沢君っ!まじめな顔してその発言は卑怯だよっ!」

私がケラケラと笑う一方で、八城君は頭を抱えながら「お前なぁ……」と一言。

「普段から真面目なんだから、こういう時は少しはその真面目さを抜いてだなぁ」

「ん?別におかしいことを言った覚えはないのだが……?」

「本人が気づいていないところが、また面白い!」

絶え間なく笑う私に、困ったように頬を掻く永沢君。八城君は「もういい……」と何かを諦めたようで、永沢君の肩を叩き「飯を取ってこようぜ」と元気なく聞いて、永沢君は八城君がなぜ元気がないのか分からなそうな表情をしていたが「わかった」と了承した。

「そうだ。亀有さん、飯は一人なの?」

「そうだよ。今さっき食べに来たところ」

「俺と永沢、相席良いかな?」

「もちろんいいよ」

「ありがとう。それじゃあ永沢、朝飯を取りにいこうぜ」

「ああ」

八城君の言葉に永沢君は頷き、二人は食堂のおばちゃんが居るキッチンへ食事を取りに行った。



二人を見送ったと、私は再度ケータイに取った写真を見る。順番に要さんと、平内さん、そして、名も知らぬリリーさんと、一人ずつの顔を凝視した。

「名無しのリリーさん。いや、名前はあるのか。そうすると本名知らずのリリーさんになるのかな?」

私はそう、独り言を言って。

「一体どうやって見つけたら良いのか……」

はあ、と大きくため息をついた。

「どうした、ため息なんてついて」

「あ、永沢君。まあ、ちょっとね。困り事というか、何というか」

私はそうお茶を濁しつつ、ケータイの電源を落としてポケットにしまった。私が何も事情を言わず「何でもないよ」と返すと、永沢君はそれ以上聞き出そうとはせず、「そうか」と身を引いた。そして私の向かいに、定食を積んだおぼんをおいて、そのまま着席した。

「もし悩み事とかなら、一人で抱え込まない方が良いと思うぞ?」

「あ、違う違う。そんなんじゃないよ。違うバイト先で、少し無茶な依頼があって。ちょっと頭を抱えてたの」

探偵事務所のバイト、とまでは言わずに私は再度、お茶を濁しながら説明をした。永沢君は「そうか」と納得してくれて先程と同じように、踏み込もうとはしなかった。

「まあ、なんだ。俺が力になれるようなら、その時は惜しみなく貸すよ」

「いや、たぶん永沢君の力は夏休み前のテスト期間で十分に借りちゃったけど……。今更だけど、ノートありがと」

私は両手を顔の前に合わしながら二回ほど軽く会釈をした。

「いや、あれぐらいは別に。たいした事じゃない」

「いやいや、たいしたことだよ。かなり助かったもん。私が書いたノートは、なに書いてあるか分かったものじゃなくて。永沢君ぐらい綺麗に書ければなー」

「本人すらもよく分からないノートとは、少し気になるな……」

「見てみる?って、今は持ってないけどね」

私は「えへへ」とあたまを書きながらそう言うと、永沢君は声には出さずに静かに笑っていた。

ここ宗月大学では、主に三つの授業課程がある。

一つめは基礎科目。これは読んで字のごとく、数学や科学、主に理系の基礎を学ぶ授業である。これはまあ、同じ学科の人が集まって受ける授業であり、基本を押さえていれば何ら問題のない。基本を押さえていないから、私はマズかったのだが。

二つめは学科科目。これは、生徒の学科によって受けられる授業が変わるというもので、経営科の私が受ける『経営学』を機械科の永沢君は基本的には受けることはできないと言うものである。逆に、機械科の『設計学』だっけかな?私はそれを受けることができないのだ。

三つめは教養科目。これは英語などの言語系とか、自然や美術などの基礎科目に当てはまらないものが集まる科目である。基本的には基礎科目と同じ扱いだが、こちらは文系の授業が多いというところだろうか。どちらも偏らずに授業を受けるようにとのことで、二つに別れているのだ。

つまるところ私達は、これら三つを強制的に受ける「必修科目」と自分たちで選べる「選択科目」の単位数をそれぞれ超えなければ卒業はできません。と言うことなのだ。私は前期の教養選択授業で、永沢君と三つも授業がかぶっていた。そしてそれをいいことに、私とは頭のレベルが遙か上を行く永沢君の勉学の力を大いに借りて、私は何とか無事にテストを乗り越えたのであった。

私は「しかしながらー」と話を切り返す。

「今更だけど、永沢君が同じ授業取っててくれて助かったよー。教養の授業科目、悠香ちゃんも卯月さんとも全然違ってて、ノート取り忘れても誰も聞く人が居なくてさ」

「あ、うん、まあね」と少し目をそらしながら答える永沢君。何で目をそらすのだろう?何かやましいことでも……何て考えたが、永沢君がそんなことを考える人ではないことは、この半年、授業でお世話になりまくっている私が一番分かっていることだったので、まあ杞憂だろう、とかってに結論づけた。

「うん。偶然、本当に偶然だけど授業がかぶって良かったよ」

「本当、それね!しかも私が取った選択教養科目の四つのうち三つもかぶって。助かったとしか言いようがないよ。卯月さんはドイツ語行っちゃうし、悠香ちゃんはスポーツ取るしで。二人と授業が違うから、選択科目で助けが求められない状況でさー。なんかもう、学科授業と図書館バイト以外では会わないくらいだもん」

「へえ。亀有はなぜ、スポーツの授業は取らなかったんだ?文野と一緒の方が良かったんじゃないか?」

「取りたかったけど、人数多いから抽選になって、それで見事に落ちた」

「なるほど」

「ちなみにドイツ語を取らない理由は、私が言語系が苦手だからでーす。ああもう誰だよ、英語を必修科目に指定した先生は……」

「英語は仕方ないだろう」

「まーねー。今の世の中、英語ができないとか論外かもしれないし」

「それは言い過ぎじゃないか?」

「いやいや、分からないよ?二十二世紀じゃ日本でも英語が中心の言語になってるかも」

「俺はそこまで生きている自信がないな」

「私は、百二十歳まで生きるのが目標だよ?」

「それはすごいな」

「いやいや、本気にしないでよ……」

私があきれ顔で自分の発言を撤回すると、永沢君は「すまん」と一言、申し訳なさそうに謝った。

「俺は、冗談とか上手く話せなくて。八城は冗談を上手く返せるヤツでさ」

「あー。八城君の人当たりの良さは、私もすごいと思うよ。初めて会う人でも仲良くなれるもんね。それでいて、プライバシーに踏み込みすぎないし」

「俺も八城みたいに、上手く冗談を返したり明るくなれればと思うよ」

「永沢君が八城君みたいに」

私は永沢君の言葉通り、頭の中で永沢君をベースに八城君の性格をインプットとしてみた。のだが、どうにもイメージしにくいというか、永沢君のクールな表情と八城君の活発で人当たりの良い性格がどうしても相反してしまう。

「いやぁ、やめておいた方が良いんじゃないかなぁ……」

二人が混ざり合った姿は、こう、無理矢理例えるなら、そうだなぁ……。まるで、ざるそばを温かい汁で食べるような……。あ、違う。これじゃあ美味しくなってしまう。

「とにかく、永沢君は永沢君のままで良いと思うよ。無理せず八城君になることなんかないよ。うん、そうだよ。やめておこう」

「そうか?」

「そうそう。八城君本人もきっとそう言うと思うよ。今。いないけど」

と言うより遅すぎる。食堂のキッチンはすぐそこなのに、いっこうに来る気配がない。ふと食堂を見渡すと、八城君の姿がどこにも見当たらなかった。

「あれ、八城君は?」

「あいつは一緒に食堂の食券売り場まで行ったんだが、売り場についてすぐに『高すぎる!』と言って、校外のコンビニまで買いに行ったよ」

「あー。まあ、妥当だよね。食堂で朝食はセレブリティーのすることだからね。朝食無料券がなかったら私も来なかったし」

気持ちは分かる。と私は頷きながら言った。

食堂の食事は、とにかく高い。まあこれは私の意見であり、値段による見解の個人差はあるが、大学生が毎日の食事代にかける金額としては良心的とは言えない値段であろう。むろん朝食も、ランチほどではないが、それでも言いお値段をする。

定食のランクで値段もピンキリだが、一番安い朝食でも七百円は失うことになるだろう。

「食堂のご飯は美味しいんだけど、高いからねぇ。私もそう易々とは来れないよ」

「へえ。亀有は何時もどこで飯を食べてるんだ?」

「お昼は食堂で食べてるよ。でも食べるのは違うところで買ってきたお弁当だけどね。家にいるときは、余り物で食べちゃうかな。夜なら適当に作るけど、昼に食事を作る気はないからね」

「すごいな。食事は自分で作っているのか」

「適当な野菜と安物のお肉を適当に使って作るズボラなご飯だけどね。本当に面倒くさいときとかはお弁当とかになっちゃうかな」

「外食はしないの?」

「お金がありませんぜ、ダンナ」

へっへっへ、と苦笑いをしなながら、はぁ、と小さくため息をついた。

「まあでも、誘われれば行くよ?卯月ちゃんと悠香ちゃんとは月一ぐらいで行ってるし。永沢君は八城君とかとは行かないの?」

「いや、八城や学科の友達とはよく行く。だけど、誘われることが多いが自分から誘ったことはない」

「へえ。やっぱり、あれ?男友達と行く事が多いの?」

「多いと言うか、飯を食いに行くのは男としか行ったことが無い。と言うより、生まれてこの方、家族や親戚以外の女性と食事に行ったことがない」

「え、嘘!?」

「いや、本当だけど」

「えー、意外だなー」

「亀有、それは少し心外だ……」

「あー、ゴメン。そうじゃなくて、合コンとかやってると思ってたからさ」

永沢君が所属する機械科は、女っ気のない男子校状態の学科である。もちろん、女子生徒もいないことはないらしいが、名前の通り『機械』に関する勉学をするところなので、学科に対する女性人気は低く、男子のみが目立つ学科なのである。

「だからてっきり『彼女を作りたい』って男子が多いのかなと思ってさ」

「いないことはないが、それでも『彼女を作るより運転免許証を作りたい』ってヤツや『ゲーム買いたいがために貯めたバイト代を何で女に費やす?』とか言うヤツも多い」

「へー、そうなんだ。なんか他学科の事情を聞くのは新鮮だね」

「部活やバイトをやってないと、他学科の者と話す機会なんてないからな」

確かに、と私は相づちをうった。

「ねえ永沢君。私一つ疑問が思い浮かんじゃった」

「なに?」

「永沢君て女性人気高いじゃん?」

「いや、まあ。それは、どうなんだろ……」

私の言葉に、困ったように返す永沢君。私が「自信持って良いよ!」と励ますと「ありがとう」と微妙な顔をしながらもお礼を言った。

「それでさ、永沢君は女性と食事に行ったことが無いって言ったじゃない?」

「うん、言った」

「やっぱり女性と食事したいなって、とかって思うときあるの?」

「えっ!まあ、それは……うん、ある」

「おぉー、やっぱりあるんだ。なんか恋バナチックになってきた!」

「でも行くなら、見知った顔や仲の良い人と行きたい」

「え、そうなの?」

「実際に異性から食事を誘われたことはあるが、あまり親しくもない女性と知り合いも抜きの食事に行くのは勇気がない」

「へー。あ、だからさっき『誘われることが多い』って言ったんだ」

「そう。かといって知り合いの女性がいるのかと言われれば、バイト先以外にはいない」

「あー、機械科は女子生徒少ないからね。なら、部活動やクラブ、サークルに入るとか?女子生徒の多い部活動ならなおさら知り合いになれるでしょ。そんでもって仲良くなったら食事に行くとか」

「自動車サークルには同じ機械科の知り合いがいるから遊びには行くけど、入ろうとまでは思わないな。それに、自動車サークルも男ばかりだし」

「それに」と永沢君は続ける。

「異性と飯を食いに行くときは、俺は自分から誘いたい。好きな人なら、なおさら」

「ん?別にどちらから誘うなんて、たいして変わらないと思うけど」

「プライドの問題だな。他の人はどうか知らないけど、好きな人に対して起こす行動は特別だと思うから」

「へぇ」

女性だからなのか、それとも誘った経験がないからだろうか、はたまた初恋がまだなのだからか。イマイチピンとは来ず、素っ気ない返事しかできなかった。

「まあでも、永沢君から誘われて断る女子はいないでしょー。いたらそいつは、本当に酔狂なヤツか、ただのアホだね」

「いや、そんなことはないだろう」

「永沢君。さっきも言ったけど、自分に自信を持って。大丈夫。頭の悪い私でも、永沢君がかっこいい事は理解できてるから。きっと、悠香ちゃんや卯月さんもそう答えるって。むしろ、断るヤツがいたら私が近づいて説教してあげるから!」

私がそう言うと、永沢君はふっ、と笑った。そしてなぜか、少しだけ安心したかのようにも見えた。

「ありがとう、亀有。少し勇気が持てた。相談に乗って貰ったみたいで悪いな」

「どういたしまして。いいのいいの、何時も助けて貰ってるのは私だし!」

「……ところでさ、亀有」

「ん、なに?」

「今日のバイトの仕事は、確か片付けだったよな」

「そうだよ。そういえば、館長が午前中に仕上げるって気合い入ってたっけ」

「もしかしたら、バイトは午前中で終わる予定だよな」

「うん。予定通りなら、そうだね」

「えと、なんだ、その……」

「ん?」

「その、相談に乗ってくれたお礼というか、何というか……。昼飯、一緒にどうだ?」

「あーゴメン。私さ、昼一から違うバイトの予定が入ってるんだ。今日は、ちと無理でして。本当にゴメンね」

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