第一話 探偵助手は断れない
静まりかえった事務所の中で、ソファーで寝ていた私はゆっくりと目を覚ました。部屋を涼ましていたエアコンが止まっており、このまま寝ていたら熱中症になっていたかもしれない。幸いなことに、私が目を覚ましたのは、エアコンが止まってから数分だったので、特に問題はなかった。むしろ問題があったのは、私を襲う眠気の方であった。
「ふぐっ!んー!んー……」
私は、ソファーに横たわりながら背伸びをして目を覚まそうと試みるも、私の体には二割ほどの効果しか現れなかった。ふわぁ、と大きいあくびをして、寝ながら壁に掛かっている時計へと目を送る。時間は二時二十分を少し過ぎたぐらいだった。
「寝てた……よね……」
自分の中で少し記憶を整理する。なぜ、うら若き乙女が夏の暑い中、部屋の中で爆睡を決め込んでいたのだろうか?誰かに睡眠薬を盛られたぐらいしか理由が考えられなかった寝ぼけ頭がだんだんと整理され、ついには今日の朝のことから思い出せるまで整理できた。
「そうだ……。今日までに提出するレポートを徹夜で書いて、出したらそのまま午前中バイトしてたんだ……」
八月一日。
私、亀有 芹子が通う宗月大学は夏休みへと入っていたのだが、私の取った授業の一つにはテストがないものの、代わりに毎週レポートを提出しなければならないものがあった。テスト結果代わりにレポート結果で単位が取れるかどうかが決まるらしいのだが、私はどうにもレポートというものが苦手であった。今年の春から晴れて大学一年生になり、友人関係、学校生活、バイトなど、一通りの生活は慣れてきたものの、このレポートという存在だけは入学から今まで苦手意識が高まる一方だった。そんな中、足りない頭と親愛なる友達の助言付きノート、そして人体が取っても体に悪影響がない限度ギリギリまで摂取したカフェインのおかげで、無事にレポートを書き終え提出することが出来た。しかしながらその日は、バイトの予定も入っており、無茶をしてボロボロの体(自業自得)そのまま、校内にある図書室で図書員のバイトを行なったのだ。しかしながら不幸中の幸い、地獄に仏、バイト中のラッキーなことに、シフトは午前中のみであったことと、本日のバイト内容が本の整理のみであった事もあり、私は睡魔と再び格闘しながらも、なんとか仕事の遂行と帰宅に成功し、そのまま無意識にソファーへと倒れ込んだのだった。
そんなこんなで、こんな状況になったのは。
「まあ、私が悪いわけでして」
明らかにレポートをほって置いた私の責任であり、自業自得の結果だった。一週間前から準備をしていればこんな事は回避できたのだが、いかんせんずぼらで面倒くさがりの私は後回しを繰り返し、結果的には自分の首をひもで思い切り絞める結果となった。以上が私が実際に現実で見た悪夢を全てを思い出したと言えば聞こえは良いが、ただ単に眠気が取れて頭が回転を始めだした私は、お腹に力を入れて起き上がり、机の上に置いてあったエアコンのスイッチへと手を伸ばした。今は止まってしまっているが、時間設定ギリギリまで仕事をしていたエアコンのおかげで部屋がさほど暑くないが、とはいえ季節は夏である。二十七度の温度設定であっても、途中で止まってしまっては元の木阿弥。快適とは少しばかりずれのある室温に私は少し汗ばんでおり、なんとも不快である。私はエアコンのリモコンへと手を伸ばし、ピッとスイッチを入れる。エアコンはこの季節には最高の涼しさである二十七度の風を私に浴びせる。
ああ、なんとも心地よい。
文明の利器、最高。
などと思うって入る中、ガチャリ、と部屋のドアの鍵が閉まる音が聞こえた。そして鍵の閉まったドアを開けようとする外の人物の影。二回ほどドアを開けようとしたのか、ガチャガチャと繰り返した後、「あのバカ!」と悪態のつく声が聞こえてきた。
再びガチャリと、今度は鍵を開ける音がして、扉が開いた。涼んでいる私はドアに目線を向けると。
「あ、オッちゃん」
「よう。起きてたか、芹子ちゃん」
ドアを開け私に気軽に挨拶をした男性、本名は六槻 限といい、三十歳のいい歳した大人を私は愛嬌を込めてオッちゃんと呼んでいる。百八十センチの高い身長とサイドを刈上げた短髪に顎にはやした髭、とどめに威圧的なグラサンとどう見ても近寄ってはいけない雰囲気を醸し出しているが、中身はとても気さくで優しく、豪快に笑う姿はとても安心感があり、私が知る善人ランキング一位の人間である。
「おい芹子ちゃん。俺が出かけるときに言ったこと、忘れたな?」
いつもは気さくで優しいオッちゃんが、少しばかりご立腹の様子でソファに座っていた私に近づいてきた。
「あれ、オッちゃん。なんか怒ってる……?」
「怒ってるよ。俺はものすごく怒ってる。何でだと思う?」
「えーと……。なんでだろー……」
「ヒントは芹子ちゃんが事務所に帰ってきたときと、俺が出かけるときが丁度同じタイミングだったんだ。覚えてるか?」
「えーと、あーと……。え、えへへへへへへ……」
「笑ってごまかすな」
「あ、はい……」
はあ、とため息を一つついて、オッちゃんは話を続けた。
「今日、芹子ちゃんが俺とすれ違いで帰ってきたときに、俺は伝えたことあったよな」
「あー……。言って……あ!言ってた言ってた!」
少し考え、そういえば、と私は記憶の中にオッちゃんの言葉をはっきりと思い出した。
「お、思い出したか!」
笑顔になるオッちゃん。
「ちなみに、何て言ってたか覚えてるか?」
「もちろん!えと、確か眠そうな私を心配してくれて『事務所で寝るのはかまわねえが、部屋の鍵を閉めるように』って言ってたよね」
「おお、正解!よく覚えてたなー」
「でしょー。えへへ」
「で、だ」
「ん?」
「事務所の鍵、開いてたんだけど」
顔から笑顔が消えるオッちゃん。それを見て、快適温度なはずのこの部屋で滝のように冷や汗を流し出した私はオッちゃんから即座に目をそらす。
「おかしーなー。俺はちゃーんと芹子ちゃんに鍵を閉めるようにーって言ったんだけど」
私の頭を右手の平でポンポン叩きながら尋問を開始したオッちゃん。見事罠にはまった私は「いや、あの……」と言葉を濁しつつ、何か打開策はないかと思考するが、だめだ、どう頑張ってもオッちゃんに拳骨を食らうフラグしか立たない。
オッちゃんは右手で叩くのをやめて、私の頭を掴んだ。
「なーんで、俺は余計な鍵を開け閉めしないといけなかったのかなー。芹子ちゃんに閉めておけといったはずのドアが開いてる訳がない。きっと俺が間違ってたんだ。きっと疲れてたんだ。とりあえずはカギは回したことだし、俺は鍵を開けたはずだから、ドアも開けてみよう。ガチャン。あれ、閉まってるぞ、おかしーなー。あ、そっか。おれはさっき、鍵を開けたんじゃなくて閉めたんだ。はて、なーんで閉めたんだろーなーと。なんて思ったんだけど」
「ごごごごごめんなさい……!」
ソファーに横たわりながらもガタガタ震えてた私に、オッちゃんは再度ため息をつく。私は、そのため息に体をビクッとさせとっさに両目をつぶった。
「何もなかったから良いが、用心はしろ。何かあってからじゃ遅え。下のハッチャケ双子も、冬志のばあさんも師草さんも、面倒くせえが根はいい奴らだ。だけどこの世は、いい人ばかりじゃねえんだから」
「うん、ごめん……」
「ま、何事もなかったんだ。今回はいいさ。だけど、次回は気をつけろよ」
心配させる様なことはすんなよ、と。
笑顔で優しく私に言って、オッちゃんは頭を二回ほど手のひらで軽く叩いた。
「ていうか、事務所で寝ないで自分の部屋で寝ろよ。ここは俺の仕事場だ」
オッちゃんはそう言って、右手で地面を指さした。
とある国道から一本外れた道を行き、まっすぐ進んだ先にある商店街。そこの一番端の一角にある小さな灰色の二階建てビル。一階はカフェのスペースとなっていて、お昼近くには食事に使う人も多数いる。そしてこのビルの二階、それがオッちゃんの事務所兼自宅でもある。自営業と言えば聞こえは良いが、実際に何をしている人かというと。
オッちゃんの仕事は、探偵である。
探偵と言っても、やっている仕事は浮気の調査やペットの捜索、その他の調べ事など、まあ何でも屋の方が近い。テレビや映画でやっている『探偵』とは似ても似つかぬ仕事ぶりだ。
まあ、たまに仕事を手伝う私としてみれば、しょっちゅう事件に遭遇するのも勘弁して欲しい話なのだが。
「えー、いいじゃーん。オッちゃんもさっきは良いって言ってたし、冷房も涼しいしソファは広いし、それに何より人なんて来ないし」
私は、頬を軽く膨らませて、オッちゃんに小さく抗議をした。
「人が来ないのはほっとけ。それに、仕事がないよう聞こえる言い方をすんなよ」
「でも本当じゃーん」
「ほう?これ以上減らず口を叩く気か?」
「いえ、何でもありません!」
右手で拳を握ったり開いたりを繰り返すオッちゃんに対する私の反応は素早く、私は右手で敬礼をしながら了解しましたとポーズする。
「おし、よろしい」
オッちゃんはこの部屋で一番大きい机へと向かい、右手に持っていたビニール袋を置いた。
「ねえオッちゃん、どこ行ってきたの?」
「ん、ああ。コーヒーがなくなりかけてたから、買ってきたんだよ。あと二、三回入れたらなくなっちまうからな」
「へー」
「しかもよ、ほら見てくれ」
オッちゃんは袋をあさり、取り出したコーヒーの袋とフィルターを私に見せた。
「これは、一人分のコーヒーを入れるフィルターなんだ!気軽に本格的なコーヒーが飲めますよって勧められてよ。俺も即座に買ったね。いやー、こういうのを待ってた!」
「へー」
「で、こっちが夏限定のブレンドらしい。酸味が強くて浅煎りだから飲みやすいぞ!早く飲みたいなぁ、おい!」
「へー」
「あとよ、春限定のブレンドが安かったから買ってきた。この前飲んだ深煎りのヤツ。店員が言うには『攻めすぎた』らしく、あんまり売れなかったらしい。半額だったもんで、ついつい買っちまった。俺は、このブレンドも好きなんだけどな」
「へー」
「……芹子ちゃん、さっきから反応が一緒だぞ?ノリが悪ぃって言うか、興味がなさそうていうか」
「まあ、控えめに言って、興味はない」
「もう少し控えめに言え!」
いや、だって。
私はコーヒーを飲むときはすぐに牛乳と砂糖を入れちゃうし、風味やらコーヒーの味とかもさっぱり分からないから、オッちゃんには本当に申し訳ないが興味が欠片もない。浅煎り?とか深煎り?と言われても、何がどう違うのか、私のお馬鹿な舌では区別がつかない。
結論として、上手けりゃ何でも良い訳で。
「まあ、オッちゃんが入れるコーヒーは全部美味しいから、知識と興味がかけた私でも何の問題もないでしょ?」
「お、嬉しいことを言うじゃねえか」
私がニッ、と歯を見せて笑うと、オッちゃんも口角を上げてニヤリと笑う。
「そんなことを言ってくれるお嬢さんには、これだな」
「いや、そんなお嬢さんなんて、照れるなぁ」
「ん、そうか?それじゃあ小娘のほうが……」
「お嬢さんでお願い」
「はいはい。それじゃあ、お嬢さんにこれを」
「なになに、お土産?」
「まあ、慌てんなって。すぐ見せっから」
そう言って、オッちゃんが袋から取り出したのは。
「ほらよ。『インスタントアイスコーヒー』だ!」
コーヒーだった。
「これはな、中に入ってるパックと二リットルの水を違う容器に入れておけば、勝手にアイスコーヒーが出来るって代物だぜ!しかも一週間も保存が利く!どうだ、夏っぽいだろ?」
「へー」
「さっきと反応が一緒だぞ!?」
「そりゃ一緒にもなるでしょ……」
何で変わると思ったの。
私に何かしらのお土産(食べ物)を買って来たのだなぁと少しばかり期待した自分もいたのだが、そこはオッちゃんだ。期待に添う形になるはずもなく、出されたのはさっきまで見てたものと同じ、コーヒー。それは、流石の私もガッカリとした反応になる。
何の二番煎じだよ。
「それにガッカリポイントはそこだけじゃないんだよね。ほら。コーヒーって、食べられないじゃん」
「そりゃ、飲み物だからな。腹を膨らますことを期待する方がアホだ」
「そーだけどさー。液体だけじゃ私のお腹は膨らまないんだよー!ギブミー炭水化物!ギブミータンパク質!そしてヘルプミー高カロリー!」
「カロリーに助けを求めるなよ。高カロリーって言うとショートケーキとかか?」
「ケーキも美味しいけど、個人的には白飯にお肉だね。牛!豚!羊!」
「あれ、鳥は?」
「オッちゃん、私はお肉が良いって言ってるじゃん?鳥はお肉じゃなくて、鳥だよ。いや、鳥も好きだけどね」
「鳥も肉だろ。なんだその謎理論」
「ま、オッちゃんがどうしてもと言うのならば、しょうがない!鳥も肉と、認めよう!」
「どちらにせよ女の子が選ぶもんじゃねえけどな……」
「分かってないなー。今世紀の若者のトレンドは肉だよ?」
「『今世紀』も『若者』も『トレンド』も、何一つ使い方があってねえ。それは単に、ただお前が肉が大好きなだけじゃねえか」
「タンパク質は重要だから!人間の生きる糧だから!」
「大豆でも食ってろ」
「植物性に頼るなど、あってはいけない!私はあれを、タンパク質とは認めないから!」
「はいはい。農家とベジタリアンへの謝罪は、後で聞いてやるから」
そう言うと、オッちゃんはインスタントアイスコーヒーの袋を持って、私に聞いた。
「このアイスコーヒーは時間がかかって今すぐには無理だが、普通に暖かいコーヒーなら今から入れるのは可能だ。俺は飲もうと思うけど、芹子ちゃんもいるか?」
「あ、飲みたーい。私には砂糖とミルクも……」
たっぷり入れてね、と言うとしたとき、ドアに三回ほどノックする音が聞こえ、そしてドアは、こちらが了承の判断を下すまでもなく、キィと音を立ててと開いた。
「あ、いた」
「鍵が開いてるんだから、それはいるでしょ」
開いたドアの先には、一般良識を持つ人間が見れば、百人が百人とも美少年または美少女と答えるであろう、格好良いまたは可愛い二人の少年少女がいた。美少年の方は、耳が隠れるほどに伸びた髪に、童顔の残る整ったハンサムな顔立ち。身長は低いが、幼い見た目相応の身長であった。美少女の方は、自身の腰まで長く伸ばした綺麗な髪を黒いリボンでまとめていた。そしてこちらも、美少年同様に童顔を残したかわいらしくも整った顔立ち。そして美少年と同じか少しばかり高い身長も、年相応のものであった。
やあ。と、私は見知った二人に挨拶をした。
美少年の名は走間 八雲。
美少女の名は走間 出雲。
下の階に住む十歳の彼と彼女は、葉飛小学校に通う五年生の双子だ。
名前からすれば、兄妹もしくは姉弟である事が予想できるが、この二人の場合、間違いではないものの、当たりでもない。さて、なーんだ。などとナゾナゾを出題するような紹介の仕方で恐縮なのだが。
正解は双子である。
まあ当たり前に考えれば、普通、というか人を馬鹿にした答えである。
が、しかしながら。
この平凡普通の当たり前な答えに異常をきたす問題が一つ。
双子が男女で生まれる場合、普通は似ていない、と言うことが大前提である。
が、しかしだが。
この双子はそうではない。
まるで鏡に映したように。
水面の自分に話しかけるように。
線対称の論議と面対称の意義を問うように。
八雲君と出雲ちゃんは見事なまでに『同じ』なのである。
彼女が『彼』を演じられる。
彼が『彼女』に身代れる。
彼が彼女で彼女が彼。
「お邪魔するわね」
「こんにちは、芹子、限」
双子は、おのおの挨拶をして事務所へと入ってくる。
「おう、いらっしゃい。どうしたよ?と聞く前に、まあ座れや」
「おいでおいで!是非ともこの芹子お姉ちゃんの隣においでよ!」
おっちゃんは双子にそう声をかけ、私は双子に両手を大きく使い、『こっちこっち』と私が座るソファの左右をばんばんと叩いた。無言のままの双子はオッちゃんの指示通り事務所に入り、私の右に八雲君、左に出雲ちゃんが静かに座った。
「いやー二人とも。いつ見ても似ているねー。双子だけど似すぎてるねー」
私は右手で八雲君のほっぺたをつんつんと突きながら言うと、八雲君は私の手をうっとうしそうに払い、そして一言。
「そりゃ僕らは似てるでしょ」
「え?でも、普通男女の双子は似ないんじゃなかったっけ?」
きょとんとする私に、今度は出雲ちゃんが説明をする。
「私達は異性の一卵性双生児なのよ。だから似ているの」
「へー、そうなんだ」
「と言うよりも芹子。私がこの説明をするのは、今ので三回目よ」
呆れながら言う出雲ちゃんに、私はそうだっけ?と首をかしげた。
「そうだよ。芹子は双子の話題になるといっつも僕らに聞いてくる。そして聞く度に出雲が説明してる」
「マジか!ゴメンね、出雲ちゃん!」
そう言って私は左にいる出雲ちゃんに抱きついた。出雲ちゃんは何の抵抗もせずに抱きつく私を受け入れて、「大丈夫よ」と言ってくれた。
「だって芹子が一回で話を理解してくれるとは思っていないもの」
「辛辣!辛辣だよ、出雲ちゃん!」
「そうだぞ出雲。本当のことも言って良い時と悪い時があるからな」
「八雲君も大概に辛辣だけどね!」
これはやばい。
にやつき顔の小学生二人にいじられる大学生がここにいる。
「でも八雲。今は言って良い時じゃないかしら?」
「確かに。出雲の言う通りかもな」
「違うね二人とも!今は言って良い時じゃないんだ!」
そして今後も、そんな時は来ないよ。
私の威厳にかけてそんな時は絶対来させない。
「はは、なんだ芹子ちゃん?小学生に会話で負けてら」
そんな私に塩を塗るように、オッちゃんが笑いながら馬鹿にする。
「うっさい!オッちゃんのアホ!」
「おいおい、アホはねえだろアホは……」
「そうだよ芹子。本人が必死で隠したいことを言葉にするのは無礼だね」
「ちょっと待て八雲。お前は俺がアホを隠しているように見えてたのか?」
「いや、限は自分自身がアホとは気づいていないんじゃないかしら?」
「ちょっと待て出雲。お前は俺がアホだと言っているのか?」
「私は、オッちゃんの事をアホと思ってるよ!」
「ちょっと待て芹子ちゃん!お前にだけは言われたくねぇ!」
「いや、なんでさ!?」
私の抗議に、おっちゃんは「なんでだと?」と眉間にしわを寄せ、形相が鬼のように変化していった。それを見て、私は瞬間的に理解した。あ、やべ。地雷を踏んだ。って。
「お前、高校生の成績は三年間すべてが赤点ギリギリの低空飛行だったじゃねえか」
「あー、いや……。でもほら、ちゃんと卒業できて大学にも通ってるし!」
「当たり前だ。高校を卒業できてなかったら、推薦のお前は大学には行ってねえからな」
「そうだよ!それに私の通ってた私立高校、進学校だったから!この地域一帯の学校としてはレベルは高いほうだと思う!」
なぜだろう。
墓穴を掘っているとしか思えない。
「ほう。つまりは『進学校で学業レベルもかなり高い高校を卒業した』芹子ちゃんは、やればできる子である、と言える訳だな」
「も、もちろんだよオッちゃん!私はやればできる子だよ!」
なぜだろう。
刑事ドラマの追い詰められた犯人よろしくが如く、断崖絶壁に立たされている気分だ。
「それじゃあつまり、やればできる子な芹子は大学でのテストもバッチリだったんだ」
「えっ、八雲君?」
「当たり前でしょ。やればできる子の芹子が大学で単位を落とすわけがないわ」
「ちょ、出雲ちゃんまで!」
突然の八雲君、出雲ちゃんの裏切りに似た発言。ここで私は、今まで感じていた違和感とともにハッと気が付いた。
私、オッちゃんと双子たちにはめられた。と。
双子の表情を交互に見てみると、無表情ながらも楽しそうな雰囲気を醸し出している。オッちゃんの方は相変わらず眉間にしわを寄せているが、口角はほんの少しだけ上がっていて不敵な笑みを浮かべていた。
「そういうことだ芹子ちゃん。大学の前期単位結果、楽しみにしているぜ」
不敵な笑みをした威圧顔が、言葉の声で、そして質で、私を追い詰めてきた。
「お、おう……。任しといて……。あはは、は、は……」
追い詰められたネズミは猫を噛むことなく、ひきつった顔でオッちゃんの言葉を了承した。
「ま、結果が悪かったら拳骨を食らわすとまではいかないまでも、かなり痛いデコピンを芹子ちゃんのおでこに落とした単位の数だけ打ち込……」
「と、ところで出雲ちゃん八雲君!オッちゃんが事務所にいる時に遊びに来るなんて珍しいね!今日はどうしたの!」
オッちゃんの話を遮るように、私は八雲君と出雲ちゃんになぜ事務所に来たのかを聞いた。オッちゃんは「はぁ」とため息をついたが、私の学業の話を戻そうとせず、そのまま双子の反応を待った。
「え、僕たち遊びに来たんじゃないよ?」
「私たち、確かに二人に会いに来たけど、その理由に『遊びに来た』と言った覚えはないわ」
「ん、違うの?」
私は首をかしげたが、同時にそういえば、とも思いだした。
双子は、私とオッちゃんは居るか、と聞きながら部屋に入ってきた。遊びに来たというのなら用事は私だけで十分であり、オッちゃんは居ようが居まいが関係はないはずだ。逆に下の階のカフェから使いで事務所の家賃や地域イベントに関することを伝えに来たならば、私が関わる事は、ほぼ皆無である。
と、すればだ。
この双子が私たち二人に用事があることは、もっと詳しく言うのであればこの双子が住む階の住人がオッちゃんと私に用事があるとすれば、内容はおのずと絞られる。
私はオッちゃんをチラと見ると、少しばかり表情が引きつっていた。たぶん、オッちゃんも同じことを考えているのだろう。
私だけでもなく、オッちゃんだけでもない。
私たち二人の呼び出しの意味を。
「八雲、出雲。一応だ。一応、確認で聞きたい。お前らの言う用事が何なのかを確認させてほしい。もちろん、今から入れるコーヒーを注いだ後でじっくり話を聞いて……」
「確認する必要はないよ」
「コーヒーを入れる必要もないわ」
落ち着いて状況の整理を行おうと、あるいは無駄な悪あがきを行い、無表情な双子の言葉が遮った。だって、と双子は話を続けた。
「下で店長が待ってるから、今から急いで来て欲しいって」
「もちろん芹子もよ。限と一緒に来て頂戴って、店長が言ってたわ」
店長、つまりは一階のカフェの店長さんに呼ばれているという事だろう。そして重要なことは、オッちゃんだけでなく、私も呼ばれている。
オッちゃんだけでなく、私にも召集をかけている。
と、いう事はつまり。と
頭の中で条件を絞り混み、整理して、答えをだす。が、この答えはきっと間違いだろうと願いであり希望でもある一縷の望みを信じながら、私は双子に聞いてみた。
「ち、ちなみに用事って、何?」
「さあ、分からないわ。何も聞かされてないもの」
長髪をかき上げながら、無表情に出雲ちゃんは言い。
「僕も聞いてないけど、大体は予想できることでしょ」
無表情であきれながら、八雲君はため息をついた。
頭を抱えるオッちゃんの代わりに、私は八雲君と出雲ちゃんに、私たちが呼び出される用事の予想を聞いてみた。すると二人は、あまり人には見せない恍惚な微笑で、きっと今から起こることに対して悪戯っ子の様にワクワクしながら、私の予想している内容を一言一句そのまま同じに私へと返してきた。普段ならまったくもって息の合わない異性一卵性双生児が、珍しく声をそろえながら。
「「そんなの決まってる。六槻探偵事務所」」
私と、オッちゃんに、言ったのだ。
「「新しい依頼に決まってる」」
「ははは、だよねー……」
私はオッちゃんと同じ様に引きつりそうな顔を何とかこらえつつ、双子にそう返した。
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