第420話 ルカリア学園の裏庭の出来事①

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 ルカリア学園の裏庭は、広くてとても明るく。大きな透明度の高い池が広がり、そこで恥ずかしそうにしながら少女が1人、指先を弄びつつ、呼び出した人物を待っていた。


「やあ、おまたせしたかな?」

 少女はその声に、紅潮させた顔をハッと上げて、目の前の人物を見上げた。


「ルーデンス王太子……!」

「しっ。声が大きいよ。いくら裏庭とはいえ誰かに気付かれてしまうかも知れないよ。」


 リシャーラ王国王太子、ルーデンス・ソバト・リシャーラは、人差し指を唇に立てて、声をそばだてるよう少女に命じた。


「あ、はい……。その……。いらしてくださってありがとうございます。」

「うん、君の用事はわかっているよ。」


 ニッコリと美しく微笑むルーデンスに、少女は更に恥ずかしそうに頬を紅潮させて、目線を下に向けた。


 ルカリア学園は、貴族の子息子女、商人や騎士の子、平民までもが通う、実力主義の学園だ。入学に際して大金を必要とするが、試験である程度の成績をおさめた者や、また有用なスキル持ちである場合には、その入学金も学費も免除を受ける。


 その為、魔法や近接職のよいスキル持ちであれば、無料で入学することは可能である。

 だが実際には、平民の中に中級以上のスキルを持ち合わせる人間は、ほぼ生まれない。


 しかしなぜか食いあぶれて冒険者になる者の中に、たまにいることがある。

 その為一定以上のランクの冒険者にも、広く門扉を開いているが、読み書きが出来る必要がある為、実際に入学することは少ない。


 貴族や裕福な商人の子であれば、読み書きは家庭教師から習ってきているが、平民はそもそもその機会がないからだ。


 たまに教会で週に1度、読み書きの教室を開いている祭司もおり、その地域に住む平民は読み書きが習えたりもするが、大抵の平民は文字が読めないし、書くことが出来ない。


 広く、といいつつも、実質貴族と裕福な商人の子が大半の学園なのだ。

 そんなルカリア学園在学期間中だけ、自由恋愛を楽しむ人間も少なくない。


 リシャーラ王国の貴族は法律により、親にのみ婚姻を決める権利が存在する。

 好きあっていようとも、親が認めない相手との結婚をすることが出来ない。


 その為、ルカリア学園在学中のみの恋人を作るというのが、ルカリア学園の伝統のようになっている。──卒業したら縁の切れる、かりそめの恋人たち。


 それでもつかの間の逢瀬を楽しむ若者たちは後をたたない。上位貴族の若者たちも、唯一自由恋愛が出来る期間として、在学中に積極的に恋人を探している。


 ましてや今年は、王太子、ルーデンス・ソバト・リシャーラ。法務大臣、フェアファクス公爵が子息、ハリソン・フェアファクス。


 財務大臣、デヴォンシャー公爵が子息、グレイソン・デヴォンシャー。筆頭補佐官、アルグーイ公爵が子息、ボビー・アルグーイ。


 宰相、エリンクス公爵が子息、ラーニー・エリンクス。防衛大臣、グリフィス侯爵が子息、ベンジャミン・グリフィスまでもが、同じ学園内に存在しているのだ。


 普段は近付くことすら出来ない上位貴族の令息たちに、自由に言葉をかけることが許され、親しくなれる可能性すらある。ルカリア学園に通う少女たちは浮足立っていた。


 ただし、年の終わり近くに、着飾ってのぞむパーティーがある為、男性のほうに、かりそめの恋人にドレスを贈ることの出来る財力があるか、女性のほうに自分でドレスを用意出来る財力を求められることが多い。


 もちろん極端に見た目がよければ、そういうものは抜きにして求められる場合も多い。

 少女は貧乏な子爵家の出だったが、見た目にはかなり自信があった。


 ましてや相手は王太子。ドレスを贈るのになんら不都合のない財力を持つ者だ。

 少女はわずかな可能性にかけて、王太子ルーデンスを裏庭に呼び出していた。


「私のような家格で、ルーデンス王太子に釣り合わないことはわかっています……。

 ですが今ルカリア学園にいる間だけでも、おそばにおいていただけないでしょうか?」


 顔を上げた少女は、ヒュッと息を飲んだ。

 笑顔なのに、どこか恐ろしいものを見たような気持ちにさせられる表情。ルーデンスの後ろにスッと現れて並び立つ少年たち。


 法務大臣令息・ハリソン、財務大臣令息・グレイソン、筆頭補佐官令息・ボビー、宰相令息・ラーニー、防衛大臣令息・ベンジャミンが、ニヤニヤとした表情で少女を見つめていて、どこかうす気味が悪い。


「あ……、あの……、これって……?」

 少女は急に不安になってたずねた。

 少年たちが1歩前に出て、少女は思わずあとずさるが、後ろは池だった。


「私と遊びたいんだろう?私はいつも楽しいことは、友人たちとわかちあっていてね。」

 ルーデンスは底冷えのする笑顔で言った。


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ロクデナシの子はロクデナシ。

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