第421話 ルカリア学園の裏庭の出来事②
明らかに異様な雰囲気に飲まれて、少女は思わず逃げ出そうとするも、すべての方向を少年たちによって塞がれてしまっている。
後ろにある池に向かってジリジリと後ずさるほかなく、とうとう池のふちまで追い詰められてしまった。
「ル、ルーデンスさま、これは……いったいどういうことでしょうか……?」
「私と楽しみたいのだろう?」
ルーデンスは楽しそうに首をかしげる。
「楽しみたいとは?」
「恋人になりたいんじゃないのかい?」
「そ、それはそうです、が……。」
「恋人がどういうことをするのか、君にはわかっているのかな?私はいずれ王妃になるべく婚約者をめとる義務がある。今だけの恋人にするとなると、することはひとつだ。」
君もそれが目的で来たのだろう?と。大勢の見目麗しい若者たちの前で、そういう行為だけを目的にやって来たかのように言われて羞恥と怒りで目の前が真っ赤になる。
一緒に出かけるだとか、互いの家に訪問するだとか、それだけで済むはずがないとは思っていたし、いずれ求められたらそういうことも……と考えなくはなかったが、それだけが目的かと言われれば話は別だ。
恋愛結婚が認められない貴族にとって、結婚後に自由に恋愛を楽しんでいる夫婦は少なくないし、それだけを目的にしている人たちも少なからずいると聞くが、今の少女は恋に夢見る普通の年頃の女の子だ。
憧れの王太子殿下を相手に、恋愛の真似事がしたかったに過ぎない。ひょっとして、そういうことをお手軽に出来る相手として見られているのだろうか。
だからこんなにも大勢で取り囲んで、そういう女性に尊厳などないという態度を、全員で示してきているのだろうか。
好きだからこそ嫌いになれない、疑いたくない、苦しい。だけど。唾が塊のように飲み込みづらい。そんな筈はない、と心では思いたい。だが本能が警鐘を鳴らしている。
『やはりそうだわ……。ルーデンス殿下は、私にこんな大勢の男子生徒たちの相手をさせようとしている。早く誤解を解かなくちゃ。』
「勘違いさせてしまったのなら申し訳ありません。私はただ、ルーデンス王太子殿下と、もう少し親しくなりたかっただけなのです。」
「わかっているよ。私はただ、私とだけではなく、私の友人たちとも、親しくして欲しいと思っているだけだ。」
「し、親しく……とはこのように大勢で取り囲んで、逃げ場を失わせるような行動を取って行うような、親しさの意味でしょうか?」
ルーデンス王太子は、一瞬真顔になった後で、ニイッと目を細めた。
『噂は……本当だった……!』
ルーデンス王太子殿下につきまとう噂。
女生徒を何人も泣かせていて、それを権力を使って黙らせているのだという話だった。
ある日突然学園に来なくなる少女の話。
全員が美しい少女で、平民であったり、下位貴族であることが殆どだが、それにルーデンスが関与しているというものだった。
『まさか、ねえ……。馬鹿らしいわ。』
王太子殿下ともあろうものが、もし本当だったとしたら、そこまでの噂にのぼるほど、その話題を放置する筈がないと思っていた。
どうせ見目麗しく、かつ王太子であるルーデンスに対する、やっかみなのだろうと信じてはいなかったが。
自分と正式にお付き合いしてしまえば、そういう噂も払拭されるだろうと考えたのは間違いだった。違った。違うのだ。
知られたところで、下位貴族や平民の口など、王族や上位貴族であればいくらでも塞げる。噂にのぼったところで、他国に知られて非難されない限りどうとでもなるのだ。
ましてや大勢を相手にそんな目に合わされたと知られたら。自分から恥をさらす女生徒はいないだろう。そこまでわかっていて、彼らはこの遊びを楽しんでいるのだ。
『こんなのが、将来、自分たちの国を背負って立つ、国の中枢に位置する立場になる人間たちだなんて……!』
まだ社交界デビューもしていなかった少女は、彼らの父親たちも似たようなことをしているという、大人の貴族であれば当然の噂として知っている事実を知らなかった。
よく見ると、ベンジャミン・グリフィスの脇の茂みは少しあいていて、なんとか体に触れられずに走り抜けられそうな気がする。
あそこから逃げるしかない。
少女は意を決して一気に走り抜けた。
「──あっ!?」
だがそれは罠だった。追い詰められた獲物が逃げるさますら楽しむかのように、あえて希望を持たせてみただけのこと。
茂みに入った瞬間、あらかじめ結んであった草につま先をとられて、少女は派手に前のめりに転んでしまった。倒れた少女の体の上に、ニヤついたベンジャミン・グリフィスがのしかかって、力ずくでおさえこんでくる。
「いや……!」
押し戻そうとするがかなわない。
「──まったく、あぶないなあ!」
その時男子生徒の声がして窓があいた。
「ニールはすーぐ爆発させるんだからな!」
少女が見上げた先にある、開いた窓から焦げ臭い匂いが漂ってくる。ここは部活棟なのだ。おそらく何かの部活の部室なのだろう。
「えと……。これってどういう状況?」
パル・ヒックスが頬を指でかきながら、開いた窓から顔を出し、地面に倒れ込み涙を浮かべる少女と、それを押さえつけてながら自分を見上げている、ベンジャミン・グリフィスを見下ろしていた。
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