第376話 神隠しの話・その1
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「ぐわっ!」
「うわあああ!」
城の中から悲鳴が聞こえる。
「なにごとだ!」
海洋要塞国家ルリームゥ宰相、エンケモスズ・オードヴェルは、会議室入口近くで槍を構える兵士が、持ち場を離れて様子を見に行かない怠惰さに舌打ちをした。
そこに兵士が1人飛び込んでくる。いや、巨大な扉とともに室内に弾き飛ばされたのだと、その後ろから現れた人物によって、オードヴェルはすぐに気付かされた。
「……何者だ。
なぜ人間がここにいることが出来る。
ここは海底深い神殿。水の中で呼吸が出来る人間なぞ、いるはずもない。」
ロフマオ・ヤソ・モノノフ国王が、入口に立つ揺らめく黒い影と、その腕らしきものに抱えられるように座っている人間に尋ねた。
黒髪に赤い目、弧を描いた口元が、揺らめきながら天井にも届こうかというくらいに、体積を広げている黒い影の腕の上から、国王モノノフを見下すように笑っている。
ここは海中深い場所にあり、今この場も水に包まれた広間だ。人間が海中で普通に呼吸をし、生活出来る筈のない場所である。
また、連れて来る為には魔術をもちいて、深海の圧や空気のなさに、耐えうるようにしなくてはならない。そうでなければ圧に潰され、人間などはすぐに死んでしまう。
ルリームゥ王国が深海に城を構えている理由がそれだ。ここにたどり着けるのは、せいぜいドラゴンくらいのもの。
それでも水中では速度も攻撃力も半減する為、先の戦争時にも、かなり後半までこの城まで攻めてこようとはしなかった。
ついにドラゴンたちが覚悟を決めて、海中に潜り、城を攻めてこようとした際に、ドラゴンの大陸そのものを沈めたことで、戦争はいったんの終結をみたのだった。
ルリームゥ王国は安全な場所から、いくらでも兵士を送り込めるが、反対に地上では自分たちの戦力が下がってしまう。
ルリームゥの兵士たちは海で戦わなければ負ける。そうでなければ今頃、世界中がルリームゥ王国の配下に下っていただろう。
地上で最強なのはドラゴン。それは変わらぬ事実であったが、ドラゴンたちの食べる量は甚大だ。それを一度にどうにか出来るのが海に住まう魚や魔物たちである。
それらをドラゴンの手に渡らぬようにし、兵糧攻め出来る唯一の存在が魚人族だ。海流を操り、魚や魔物たちをドラゴンの住処に近付かないようにすることが出来る。
遠方まで狩りに来ても、ゆうゆうと付け回して食事の邪魔をすることが出来る。ドラゴンに唯一対抗出来る魚人族の執拗な攻め。
その結果、多くのドラゴンは眠りにつくことを選んだ。大陸を破壊され、人間たちの住むエリアまで逃げ、なりを潜めた。
「お初にお目にかかる。ロフマオ・ヤソ・モノノフ陛下。私はリカーチェ・ゾルマイン。
貴殿を救って差し上げようと、ここにまいった次第です。」
「……救う……だと?それにしてはずいぶんと乱暴な訪問のようだ。」
国王モノノフはさしたる動揺も見せずに、不敬な輩を見上げている。
「……第5王女、リリーフィア・アクタ・モノノフ殿下の行方をお探しなのでは?」
「貴様!なぜそれを!」
「──よい。」
傍らで武器を構えようとした兵士を、国王モノノフが左手でそっと制する。
「わたくしめには、優秀な占い師がついておりましてね。各国の国王のお困りごとなどを把握しておるのですよ。」
「占い師が……?」
「本当のことなら王宮お抱えの占い師よりも優秀だぞ……。」
大臣たちがザワザワと、顔を見合わせながら半信半疑でそうつぶやくように言う。
「それで?貴殿はそれに対して何が出来ると提示する為にここにまいったのだ。」
「……リリーフィア王女殿下がいなくなった理由を御存知でしょうか?
あれはそもそも神隠しなのです。」
「──神隠し?」
「空気の渦をご存知でしょうか?」
「海に突如現れるゲートのことだ。
そこを通った者は、二度と故郷の地を踏めぬと言う。海に関わって生きる者であれば、誰でも知っているものだ。」
「ええ。リリーフィア王女殿下は、空気の渦に巻き込まれました。」
「あれは海上に現れるものだ!
リリーフィア王女殿下は海中で突如消息をたったと聞いている!」
リリーフィア王女殿下を追いかけさせた騎士団長が食ってかかる。
「今この海では、不思議な現象がいくつも起きています。」
動揺することなく、ゾルマインが続ける。
「採掘した海底鉱山から、アリが穴を作ったかのように金が消え、目の前で突如として魚の群れが消えるという現象です。」
大臣たちがざわつく中、国王モノノフはゾルマインをじっと見つめていた。
「これは神の力によるもの。リリーフィア王女殿下は神隠しに巻き込まれたのです。」
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