第373話 たちの悪い人

 かなりの距離を走ったけど、正直あんまり疲れてないな。この分ならまだまだ余裕かも知れない。キリカの指導が良かったんだな。


【オニイチャンのスタミナは、騎士としては少ないですが、魔法使いや文官としては多いですからね。そのせいです。】


 そうなの?


【今までにないものを生み出す為に、何度もギリギリまでスタミナを使っていたじゃないですか。空っぽになるまで使いませんでしたから、MPを増やす時訓練の時程ではないですが、以前よりも増えてはいますね。】


 なるほど。魔法科や文官科の中では長距離に向いてるってことか。僕の前を走っていた人も既にいない。ルーデンスさまがピッタリと後ろに付けて来ていて風よけにされてる。


【あまりよくない状態ですね、オニイチャンが無駄に疲れてしまいます。】


 かと言って、ルーデンスさまが追い抜く様子もないしねえ。どうしたものかな。

 そう思っていた時だった。


 ──えっ?


 突然何かに引っかかった僕の足がもつれて転びそうになる。

「パダイン!」


 僕はあれから、空中を歩く呪文、パダの弱点を改良する魔法を編み出してあったので、それを思わず唱えた。


 パダは足の接地面しか空中で地面にならないから、体勢を崩してしまうと空中から真っ逆さまに落ちてしまうんだ。


 パダインは空中にクッションのようなものを生み出して、落っこちそうになったら受け止めてくれる呪文なんだ。


 僕の前に見えないクッションが現れて、それが地面に激突する前にポヨンと受け止めてくれる。その隙にルーデンスさまが僕を追い抜いて前を走って行った。


 なんか今、後ろからわざと足を引っ掛けられたような……。気の所為かな?


【気の所為じゃないですよ、オニイチャン。

 あいつ、オニイチャンの足を引っ掛けて、オニイチャンを転ばせたんです。】


 えっ?ルーデンスさまが?

 なんだってそんなこと?

 みんなに人気の王太子さまが、そんな卑怯な真似をするかな?


 後続の人たちが、次々に僕を追い抜いて行ったけど、僕はキリカの言葉に呆然としてしまって、すぐに走り出せなかった。


【すると思いますよ。だってあいつ、人が見てないところでは、卑怯者ですからね。】


 キリカがアイツ呼ばわりって……。

 初めてじゃない?

 え?ルーデンスさまって、ほんとにそういう人なの?信じられない……。


 でも、キリカは情報と通信の女神さまだ。

 人に見られていなくても、キリカは神の目でそれを見ることが出来るんだ。


 そのキリカがそう言うってことは、ルーデンスさまは人の見ていないところでは、他人に嫌がらせをする人だってことだ。


「うちの国は大臣たちもあれだけど……。

 まさか王太子までそういう人だなんて。

 王族か公爵家じゃないと、接する機会が少ないから、知らなかったなあ……。」


 リシャーラ王国の王族の子どもは、王族同士か公爵家の子どもとしか遊ばない。

 だから王家主催のパーティーで、遠くからお見かけするくらいしか接しないんだけど。


【オニイチャン、そろそろ行かないと、後ろからどんどん来てますよ。

 騎士科に負けたら補講でしたよね?】


 そうだった!急がないと!僕は慌てて走り出した。一度足を止めてしまったことで、ペースを取り戻すのに時間がかかったけど、ようやく先頭集団が見えてきた。


「アレックスさま。」

 その時横から聞き慣れた声が僕を呼び止めた。振り返ると……、オフィーリア嬢!?


「ど、どうしてここに?」

 オフィーリア嬢も僕と同じ運動服を身に着けて走っている。


「アレックスさまがルカリア学園に入学すると聞いたのですわ。わたくしも週に2日の通学での卒業を取り付けましたのよ?

 冒険者と魔法スキルでの一芸入試で。」


「そ、そうだったのですね。

 やはり魔法科に?」

「はい、特待生クラスになりました。」

「さすがレベル4魔法使いですね。」


「はい、スタートでレベル4は貴重とのことで。ぜひとも卒業して欲しいと言われましたの。冒険者も続けたいので、週に2日の条件を飲んでいただきましたわ。」


「そうだったのですね。そんなに冒険者の仕事がお好きだとは知りませんでした。」

「いえ、冒険者と言うよりも……。彼女と一緒にいるのが楽しかったからですわね。」


「彼女?」

「彼女も同じく一芸入試で、わたくしと同じく週に2日の通学の条件で、騎士科の特待生クラスにお入りになられましたわ。」


「そ、そうなんですね?

 それはどなたなのですか?」

「ほら、前を走っていらっしゃいますわ。」

 先頭集団のはるか先を走る女の子がいた。


 ルーデンス王太子を軽く引き離して、1番でゴールテープを切った、耳の下くらいの長さの赤い髪、少しつり上がった青い目。かなりぺったんこの胸元。


「先日上級片手剣使いにスキルが変化したのだそうですわ。上級片手剣使いは貴重ですもの。王宮騎士団でも即入団して欲しがる逸材とのことで、特別入学が決まりましたの。」


 タオルで汗を拭いていたその女の子が、ルーデンス王太子の後からゴールインした僕に気が付いて、ニコッと微笑んだ。


「アレックス!私もオフィーリア嬢と一緒にルカリア学園に入学することになったのよ!

 クラスは違うけどよろしくね!」

「ヒルデ!?」


────────────────────


遅くなりました。

たちの悪い人間は、しつけのなってないワンちゃんサイラスよりも、実は王太子。

そして集まるヒロインたち。


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