第372話 長距離持久走開始

 お昼ご飯を食べ終えて、全員運動服に着替えて体育館に集合する。体育館は講堂のような建物だけど、運動専門に作られた建物らしい。屋内訓練場があるなんて贅沢だなあ。


 壇上の上に教師らしき人が立っていた。

 刈り上げられた明るい茶髪が上に逆だっていて、青い目をしていて少し怖そうだ。


「ここにいるのは魔法科と文官科だけだな。

 騎士科は既に午前中から走り始めている。

 お前たちが走り始める頃には、騎士科が後ろから追いついてくるだろう。」


 ええ、午前中から?

 お昼ご飯も食べないで?

 凄いなあ。それだけ動かないと、スタミナを減らすことが出来ないんだろうけど。


「いくら魔法科と文官科とはいえ、午前中から走り続けている騎士科に抜かされるような生徒は、補講があるので気を引き締めるように。とはいえ基礎訓練が目的の授業だ。ペースを乱さず、最後まで走り抜けるように。」


 みんながザワザワとしだす。そりゃそうだよね。いくら午前中から走ってるとはいえ、午前中から走らなければスタミナを減らすことの出来ない騎士科と比べて、勝てる気がしないもの。恐らく後ろから追い立てられる筈だ。そんな中でペースを乱さずって……。


「騎士科のほうも、魔法科と文官科に負けるような奴は補講だと言ってある。

 そのつもりで走れ。そうでなければスタミナを使い切るようなことは出来んからな。」


 壇上の教師がニヤリと笑う。つまり全力に近い速度で、だけどペースは乱さずに、それを維持して走れということ?


 短距離のつもりで走れば早々にバテるし、だけどのんびり走ったら追いつかれるし、スタミナを使い切ることも出来ないのか。


 騎士団が常に毎日ぐったりするくらい訓練をしているのは、王宮に見学に行った際にもキャベンディッシュ侯爵家の私設騎士団の訓練でも知ってるけど、騎士の訓練恐るべし。


 もともと魔法科と文官科を希望する生徒たちは、僕も含めてそういう訓練を受けていないから、まずペースを乱さない安定した走り方というものがよくわからない。


 ……これは慣れるまでしんどそうだなあ。

 みんながゲンナリしてる中、僕もちょっと不安になってきてしまったのだった。


 長距離持久走のルートの説明を、壇上に魔道具で映し出して説明してくれる。要所要所に教師が立っていて、それ以外はルートを頭に入れて走るみたいだ。


 ロープとかで仕切ったりしないんだな。

 そのほうがわかりやすいけど、さすがに全部の距離をそうするのは難しいのかな。


 校庭に移動させられて、魔法科、文官科の順番で並ばされ、一斉にスタートするんだ。

 サイラスが僕に気付いて、振り返ってニヤニヤしている。相変わらず元気だなあ。


 魔法科のほうが気持ち前なのは、文官科よりも更にスタミナがないと思われてるからだそう。まあ実際少ないよね、魔法使いって。


 ちょっぴり前だからって、それほど差はないと思うけど、これが伝統で通例らしい。

 教師が銃で空砲を鳴らした。

 みんなが一斉に走り出す!


 わわわ、人がたくさんで走り辛いよ。

 最初は少し遅れて行こうかな。

「うおおおおお!!」


 僕が様子見している間に、サイラスは先頭をぶっちぎりで走り出した。

 飛び出すか後ろにいたほうが、走りやすいのは事実だけど、疲れちゃわないかな?


【オニイチャン、最初は前を走る人の後ろについて、体力を温存してくださいね。】


 あ、うん。

 キリカの声が聞こえる。キリカの指示に従って走ることになっているから、言われた通りに前を走る人の後ろについて走り出す。


 最初は僕のペースじゃなく、前の人のペースで走るから、出来るだけ安定して走っている人を、キリカが見極めて教えてくれる。


【こうすれば前の人が風よけにもなるので、疲れにくいんですよ。】


 へえ、なるほどねえ。


【来ましたよ、オニイチャン。

 ──騎士科の生徒たちです。】


 軽く振り返ると、たくさんの生徒たちが走ってくる。もう追いついたんだ!

 先頭は王太子、ルーデンスさまだ。

 ルーデンスさまは騎士科なんだよね。


 さすがルーデンスさま。先頭なのに疲れを見せないお姿だ。──ん?

 突然ルーデンスさまが、僕の後ろにピタッとついて走り始めた。


 まさか、僕の真似をしてるの?

 僕が前の生徒を風よけにしながら走っているのに気がついたのかな?

 短時間でそれに気付くなんてさすがだ。


 まだ騎士科の生徒たちからしたら、半分しか走ってないわけだしね。ここでまた体力を温存しとこうってことかな。

 

「あれ?」

 前のほうでうずくまってる生徒がいる。

 ──サイラスだ!


「うう、は、腹が……。」

 お腹をおさえてうずくまっている。

 どうしたんだろ?


【あんなにタップリ走る前に食べるからですよ。走る前は消化がよくて栄養が吸収されやすいものを軽く食べるべきです。】


 なるほど、たくさん食べてたものね。

 それでお腹が痛くなっちゃったんだな。

 僕がサイラスの横を素通りすると、サイラスの僕を呼ぶ叫び声が聞こえた。


「アレックスぅう!

 お前!俺に毒を盛りやがったなぁ!」

 ちょっと!みんなの前で何、とんでもないこと言ってるかな!?自業自得でしょ!?


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