第291話 宝石商人アザルド商会
アザルド商会は宝石商人としてはかなりの大手だ。父さまもエロイーズさんに送る宝石をここで何度か買ったことがあるから、キャベンディッシュ侯爵家にも出入りしている。
僕が受付でサンゴオークションに参加したいのだと告げると、事務所の奥から見知った顔の男性がやって来た。
「──アレックスさま!従業員より、ずいぶんと若い男性がサンゴオークションに参加したいと言ってきていると聞きましたが……。
なぜあなたさまがこちらに?」
「お久しぶりです、マイケルさん。」
懐かしい顔を見て、僕は思わず微笑んだ。
マイケルさんはアザルド商会会頭のご子息で、我が家にもよく来ていたんだ。
「弟が後継者になることになったんです。今の僕はキャベンディッシュ侯爵家に出入り出来る、卸商人を目指している立場の人間です。これから長いお付き合いになるかと。」
「それは……。その、なんと申し上げればよいのか……。」
キャベンディッシュ侯爵家、令息時代の僕を知ってる人からすると、そうなるよね。
侯爵家の跡継ぎから平民になるだなんて、よっぽどだもの。なにかやらかしたんだと思われてないといいんだけど。
「ここで話すようなことでもないですね。
積もる話はまた今度にしまして、まずはオークションに出したいサンゴを確認させていただけますか?」
「はい、こちらです。」
「こ、これは……!!」
アザルド商会の中が一気にざわつく。
「こんなにも巨大な人魚の唇と天使の肌を、5つずつもですか!?」
まあ、べつにいくらでも出せるけど、あんまり一気に出してもね。
ここに来るまでに、生命の海からサンゴを出しておいたんだ。大きさなんかも指定出来るから、大きめのものにしたんだけど。
「はい。今回は1度に5つですが、定期的にこの質のサンゴを納入可能です。」
「アレックスさま……卸商人になりたいとおっしゃいましたね。父を呼んで参ります。」
そう言ってマイケルさんは事務所の奥へと戻って行った。そうして今度は父親の、タイラー・アザルドさんを連れて戻って来た。
「アレックスさま……。大きくなられて。
お懐かしゅうございます。」
「タイラーさんも息災そうでなによりです。
今の僕は平民ですのでお構いなく。」
タイラーさんは僕のお祖父さまに年齢の近い人だから、孫気分で僕やリアムをかわいがってくれていたんだよね。
涙ぐみながら僕の手をギュッと握りしめてくれるタイラーさんに、僕までちょっとウルッとしそうになる。
「この方は?」
僕の傍らのミルドレッドさんを見て、紹介して欲しそうにタイラーさんが見ている。
「ミルドレッドじゃ!
美しいわらわは、常にアレックスの横におるものと決まっておるのじゃ!」
「その、仕事のパートナーでして……。」
「そうでしたか!
立ち話もなんですので、中へどうぞ。」
僕の出したサンゴは、マイケルさんと従業員さんたちが奥へと運んでくれた。
タイラーさんにうながされて、面会室のフカフカのソファーへと腰掛けた。さすがアザルド商会、いいソファーを使ってるね。
「今日はサンゴオークションに参加をご希望だそうですね。拝見しましたが、ひと目で素晴らしいものとわかるものばかりです。
これを定期的に納入可能だとか。」
「はい、それだけでなく、金などの宝飾品に欠かせないものも納入可能です。」
僕は抽出して時空の海のアイテムボックスに入れておいた金塊を取り出して置いた。
「おお……!なんと大きな金塊だ。それも本来金は鉱石の中に混ざっているもので、溶かして抽出するものなのですが、これは既に抽出済みであるように見受けられますが。」
テーブルの上に置かれた金塊を見つめて、驚愕したようにタイラーさんが言う。
「はい、腕の良い職人と出会えました。」
そういうことにしておこう。
「それにしてもこれは……。純度を調べさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです、ぜひ。」
純度を調べにいったん金塊が別の部屋へと移動される。しばらく思い出話に花を咲かせながら、オークション参加の為の書類に記入をしていると、慌てた男性が戻って来る。
そしてタイラーさんに何ごとか耳打ちをすると、タイラーさんの目が見開かれた。
「それは……、本当の話なのか!?」
「はい、何度も確認をしました。」
「わかった。下がっていい。」
タイラーさんは男性にそう言うと、僕の方へと向き直って真剣な表情になった。
「アレックスさま。あれはいったいなんなのですか?どれだけ熟練の職人に任せても、金の純度は100%にはなりません。鉱物がどうしても混ざってしまうからです。」
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