第178話 新たな王家の影
「ひょ、ひょっと、レンジア……!」
「──気を付けて。あの子は王家の影。」
見えないレンジアの声がする。
「え!?カ、カーリー嬢が!?」
さっきわざわざ何度も、護衛中の僕に接触してまて引き止めて来たのは、そういうわけだったんだね。レンジアは彼女のことを知っていたから。だけどどうして?仲間でしょ?
今は僕の護衛をしてくれているレンジアだって、そもそもオフィーリア嬢の依頼で動いている王家の影だよ?なんか王家の影の中にも派閥とかあって、反発してるのかな?
「任務の名前はカナリー。私と同じ、オフィーリア嬢の手のもの。──蟲使いカナリー。私の居場所も、アレックスさまの居場所も、あの子は常に把握している監視者。」
「ど、どうやって!?」
「あの子は虫と話せる。虫を操れる。虫は小さいから人は気付かない。常に周囲を飛んでいても。みんな虫を付けられてる。」
こ、怖い……!!けど、確かにそれは気付かないよね。虫が近くを飛んでいても、そんなものだと思うだけだし、虫を振り払うなんてこと、人間には出来ない。
高いところを飛んで付いて来られたらなおさらだよ。オマケに虫と話せるなんて。どんな情報だって、彼女には筒抜けになる。蟲使い……。なんて恐ろしい能力なんだろうか。
「オフィーリアさま付きだけど、上の方の命令で来てる。上の方の命令のほうが優先。
あの子の耳と目は王家に直結してる。」
オフィーリア嬢の影でもありながら、王家の手先でもあるってことだね。レンジアからすれば仲間だけど、僕からすれば敵になる。
レンジアは、王家よりも僕を優先してくれてるっていうことだ。けど、このことがもしもバレたら、レンジアはだいじょうぶなの?
そのことだけは少し気になったよ。
だってこれはオフィーリア嬢の命令なんかじゃない筈だもの。現王太子のハトコであるオフィーリア嬢が、王家の影に僕の情報を渡さないようにする理由がないもの。
「……分かった、気を付けるよ。」
「あと、あんまり仲良くしないで。」
「──え?」
どういう意味か、レンジアに尋ねたんだけど、カーリー嬢──カナリーさんが戻ってくる気配がして、レンジアは黙ってしまった。
どうやらカナリーさんの任務とは、僕の居場所を監視して、報告するということのようだ。そしてその監視対象は僕だけでなく、他の人たち、たぶん叔父さんとかにも。
……ということは、今までもずっと、レンジアだけでなく、カナリーさんにも見られてたってことだよね?気付かなかっただけで。
うーん、怖いなあ。
まあよく考えたら、今までだって僕らを見張っている人たちがいたって不思議ではないよね。ただ僕らが気付いていないだけでさ。
王家の影は常に貴族を監視してると言われている。オフィーリア嬢のことがなくても、もともとそういう存在が、僕ら一人ひとりについていたと考えたほうが自然だ。
けど、僕の行動がバレちゃうのはマズイよねえ……。ただでさえ僕はこのスキルを国から隠しているんだもの。
それを1番隠さなくちゃならない、別の王家の影に自分から接触することになるとは。上の方って王家の上の人だよね?たぶんオフィーリア嬢の祖母である先代の王太后さま。
それにしても、カーリー嬢が王家の影か。
まさか別の影が僕だけでなく、レンジアのことも、常に把握してるだなんて。王家の影も王家からすると監視対象なんだね。
王家の影は一般人に紛れ込む為に、普段は別の仕事についているという。レンジアのリュウメン屋さんみたく、どこの土地に行っても出来る仕事ばかりらしい。
だから錬金術師としての仕事が、王家の影という本職の隠れ蓑なんだろう。だけどその実力は本物だし、本当に真剣に化粧品を開発したいと思って研究してたのが分かるんだ。
なんだかモヤモヤした気持ちでいると、カーリー嬢はちゃんと着替えを済ませて戻って来た。でも、なんだろう?なんだかとっても機嫌が良さげだ。凄くニコニコしてる。
よっぽど美容効果があったのかな?確かに僕の水はそもそも肌と髪にいい成分で出来ていたからね!きっと満足したに違いないよ!
──それにしても、化粧水や髪に使う溶剤に、毛虫の成分を使うとか、きっと誰もやったことがないよね。しかも僕の水だけの時よりも、物凄い効果だ!これは売れるよ!
カーリー嬢が部屋に戻って来たので、僕らはさっそく試作品を使って、化粧水とパックと、髪の溶剤の作り方の権利の内訳を話し合った。契約する前の大事な話し合いだ。
まずは材料の確保として、僕が抽出した水を定期的に提供する代わりに、その水を使って化粧品の作成に必要な、虫の成分をカーリー嬢が提供する。持ちつ持たれつだ。
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