第176話 カーリー・タイナー(?)嬢
「ここですわ!どうぞですの!」
変わった話し方をする可愛らしい女の子が僕を連れて来てくれた場所は、研究室にふさわしい乱雑とした部屋だった。
一軒家の2階をすべて研究室にあてて、キッチンやお風呂場や寝室なんかは、すべて1階にあるらしい。研究用に借りていて、ここに1人で寝泊まりしてるんだそうだ。
初めてお邪魔する家だし、まずはご家族に挨拶を、と思ってたんだけど、いっこうに誰も出てくる気配がなかった。
ご家族はどちらでしょうかと聞いたら、私ひとり暮らしですわ!と言われて突然動揺しちゃったよ。確かに家の中に入る時に、ただいまも言わなかったね。
1人暮らしの女の子の家だと思うと、ちょっとドキドキしてしまったけれど、この乱雑とした生活感のない部屋を見ると、そんな風に思った気持ちが一気にどこかへいった。
なんていうかまあ……、女の子の家って感じはしないよね。カーテンも家具も、壁紙の色合いもなにもかも、可愛らしいものというのが1つもない感じだ。
部屋には天井まで届こうとする大きな本棚がいくつもあって、その上にも更に本や紙の束が乱雑に置かれていた。
そのせいでかなり部屋が狭く感じるね。
本棚の前には小さな木の机があって、その上には色んな色の薬品っぽい物が入った、試験管だとかの実験器具が置かれている。僕は思わずキョロキョロと部屋の中を見回した。
カーテンをピッタリと閉じてて、薄暗い雰囲気の部屋の中は、なんだか不思議な匂いがする。今までにかいだことがないような、どこか懐かしいかのような、不思議な匂いだ。
そしてふと、部屋の奥にある棚に置かれたいくつもの箱に気が付いた。……なんかガサゴソ、モソモソと音がしてない?
「私が研究しているのがこれですの!」
カーリー嬢が、その棚に置かれている箱の1つをこちらに運んで来ると、なかにはモソモソと動くたくさんの毛虫がいた。
「──へえ!斑紋蝶の幼虫ですか!」
「ご存じですの!?」
カーリー嬢が、意外!といった表情で嬉しそうに笑った。
「ええ、小さい時によくこうして……。
あ、これちょっとお借りしても?」
「もちろんですわ!」
僕はカーリー嬢の許可を得て、テーブルの上にあった透明な板を手に取り、箱の中から斑紋蝶の幼虫を一匹手に乗せて、透明な板に斑紋蝶の幼虫を移してやった。
透明な板を縦にしてやると、ピタッとはりついた斑紋蝶の幼虫が、そのまま透明な板を上にヨジヨジと登っていく。
「こうすると、落っこちないで、板の上の方まで行くんですよね。ほら、この反対側から見ると、動く短い足の動きが見えるんですけど、これがとっても可愛らしくて……。」
「〜〜!!!!!
そう!そうなんですのよ!
とっても可愛らしいですわよね!」
「ツルッとして見えるけど、実は薄っすら毛の生えた毛虫で、撫でるとその手触りも、案外気持ちがいいことにも驚くんですよね。」
「ですわ!ですわ!
とっても気持ちがいいですわよね!
でも、あんまり分かっていただけないんですの。気持ちが悪いとか言われて……。」
「まあ、毛虫は嫌いな人も多いですからね。
女性は特にそうだと思います。男の子は虫が好きですから。うちの弟も好きですよ。」
「まあ!そうなんですの!他にもたくさんの種類がいましてよ!毛虫が吐き出すものや、成虫になる時につくる繭なんかは、実は肌に良いものが多いんですのよ。」
「へえ〜、自然の神秘ですね。」
「ですけど、そのままだと吸収率が悪くて、塗るだけでも肌に良いんですけど、もう少し長く定着させたいんですのよね。」
カーリー嬢は真剣に毛虫から出る物を、化粧品なんかに流用出来ないかと、研究しているみたいだった。だけど今は泥のようにネットリしたタイプのものが殆どらしい。
「それで髪を保護して洗い流すと、地肌も髪もキレイになるんですけど、水に溶けにくくてかなりの量を使うことになるんですの。」
「それはあまり経済的ではないですね。」
「このままでは大量生産に向きませんし、たくさん使わないと浸透しないところに困っているんですのよ。すぐ乾いてしまって。」
水に溶けにくいなら、まあ、すぐに乾いちゃうよね。水分の少ない泥ならそうだもの。
「顔にもパックに使いたいんですけど、同じ理由から長時間キープが難しいんですの。」
「なるほど……。」
「あとは化粧水ですわね。水に混ぜただけだと、今ひとつ水と混ざらなくて、水分が乾いたところが乾燥してしまうんですの。」
毛虫の成分が、肌に透明感を出しはするんですけれどね、とカーリー嬢は言った。
確かに、肌に水を塗っただけと同じなら、乾いたはしから乾燥しちゃうよねえ。
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