第174話 取り引き方法への提案
「見ろ、今月だけで6回もだ。こんなことを繰り返すなら、うちは受けられん。」
そう言って、オジサンさんが放り投げた台帳らしきものが、テーブルの上から落ちた。
勢いが良すぎて、テーブルの上に乗らなかったみたいだ。台帳が開いて、僕の足元に広がる。僕の向かいの席の職人ギルドの職員さんも、ちょっとビクッとした。
「おっと、すまんな。」
オジサンは無関係な僕には優しく声をかけてくれる。オジサンが拾おうとした台帳を見て、僕はアレッ?と思った。
「あの、すみません、差し出がましいようですが、気になることがあるので、ちょっとその台帳を僕に見せていただけませんか?」
「あん?」
突然の僕の申し出に、オジサンが眉間にシワを寄せて僕を睨んできた。でも、僕が思う通りなら、これって解決できると思うんだ。
「ちなみにこれって、何年分ですか?
特定の取引先だけの分ですよね?」
「5年分だが……。ああ、確かに、この向かいのヤツの依頼分に限定されたものさ。」
オジサンは困惑したまま返事を返してくれる。僕は台帳を拾うと、1番最初の年の分からを、パラパラとめくって確認する。1回の注文数と1か月の注文回数を数えてみた。
「たぶんですけど……。ああ、やっぱりそうですね。毎月4回から6回、1度に3つから多くて5つ、同じものばかり注文をしてますね。それをこの5年間繰り返してますね。」
「ああ。そのたびに専門のチームに、レーンを組み直させなきゃならねえ。王宮の頼みだかなんだか知らねえが、ホイホイ作れるもんでもねえんだ。こちとら迷惑なんだよ。」
オジサンは怒りのこもったため息をつきなからそう言った。たいした売り上げになるわけでもないのに、王宮っていう重要な取引先だから、今まで仕方なく受けてきたんだね。
「まとめて注文をよこせっていったら、あんたんとこの部下、名前なんだっけか?そいつが偉そうに、なんで出来ないんだとかなんとか逆ギレしてきやがって。なめてんだろ。」
「は、その、申し訳ありません。ただ、予算をそのたびに申請しなくてはならなくて。」
若い女の人なのに、この人が上司なんだ。部下の尻拭いに出て来たってところかな。
王宮は、貴族の家と同じく、いちいち何にお金を使うのか申請して、許可を取らないと予算がおりない仕組みだからね。
事前に決まってる、固定の物以外を買おうとすると、大変なんだって、キャベンディッシュ侯爵家の家令が昔こぼしてたな。
消耗品なんかは特にそうだね。急なお客さまの為の料理の材料とかね。魔導具の明かりに使う魔石とかもどの程度で切れるか分からないから、事前に申請出来ないものみたい。
「下請けだと思って馬鹿にしてやがる。こっちはこれでもこの国じゃ、かなりでかいほうの工房なんだ。あんたんとこだけが取引先じゃねえ。王宮だからってデカい面すんな。」
頼んでる立場だって理解してんのか!?とオジサンは吠えた。取引先は対等じゃないとね。嫌になるのもわかるよ。
お客さんのほうが偉いなんてことはありえないよ。まあ王侯貴族はそうした人が多いから、その人もそういう考えなんだろうね。
「それで、この製品なんですけど、これってくさるものなんですか?どのくらい保管期限のあるものなんでしょう。」
「こいつは騎士が乗るお馬さんたちの特別な餌さ。加工してからまあ、半年はもつな。
こいつを普通の餌に混ぜてやれば食いつきもいいし、栄養豊富で長く走れるようにもなる。遠征に行く馬には必須の餌さ。」
「ふむ……。でしたらこれ、月に1回50個作って保管しておくのはいかがでしょうか?注文は多くても1か月で30個ですよね。」
僕は衝立の向こうの女の人にたずねる。
「あ、はい、そう、ですね、確かに。」
衝立の影から顔を出して、こちらを見てくるメガネをかけた、肩までの長さの明るい茶髪の女の人は、とってもキレイな人だった。
「月に1回なら工房の予定に合わせて、空いてる時に予定を組んで事前に作れますよね。
注文があるたびに、作っておいたものの中から、先入れ先出しでどんどん出荷する。」
これならどうでしょう?と僕が聞くと、
「かなりかさばるものだぜ。
保管料はどうする気だよ。」
とオジサンが言った。
「保管のきくものだし、と思いましたけど、かさばるのなら……。マジックバッグがあれば保管料なんかもいらないですよね?その予算を確保することは出来ますか?」
女の人に向き直ってたずねる。
「はい!それでしたら、手持ちの中からこちらに預ける分としてお渡しが可能です!」
と女の人が笑顔になった。
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