第173話 隣の席の騒ぎ
久し振りに来たアルムナイの町は、冒険者風の人たちがすっかりいなくなっていた。
一部それらしき人たちがいたんだけど、冒険者ギルドの奥から騒ぐ声がする。
「ニナナイダンジョンは、冒険者ギルドの監視下に置く為に一時封鎖されています。再開は再来週を予定しておりますので……。」
職員さんの困ったような声が聞こえる。
「なんでそんなことになってんだよ!?」
「それまで宿に泊まってろってのか!?」
「スタンピードの可能性がある為に現在調査をしています。終わるまでお待ち下さい。」
スタンピードと言われては、冒険者の人たちも引き下がるしかなかったみたいで、宿代が無駄だからよそに狩りに行こうと話しているみたいだった。まだまだ大騒ぎだなあ。
既に来ていた冒険者の人たちは、次々とこのあたりから離れていたんだろうね。武器さんや防具屋さん、狩りに必要な道具を中心に置いてる道具屋さんなんかは、店員さんが窓越しにあくびをしているのが見えたよ。
僕はそのまま職人ギルドへと向かった。職人ギルドは冒険者たちが町にいないからといって、そんなに暇ってわけでもないみたい。
職人は仕立て屋や家具職人、料理人や家を建てる人、薬師や錬金術師など、多岐にわたっているからね。特にアルムナイの町は、町全体が職人の町とされているくらいだしね。
職人は、ツテのない新人だと、スキルがないと雇って貰うことが難しい。スキルなしだと育つのに時間がかかるから、費用対効果の面で、どうしてもそうなっちゃうみたいだ。
だけどスキルなしの狩人がいたり、スキルがなくても剣術は習えばある程度のところまでいけるのと同じで、ないとまったくその技術が身につかないってわけでもないんだ。
特に代々家具職人や武器職人の家に生まれると、子どもの頃から仕込まれてるから、鑑定でスキルを貰ったばかりの人より、いきなり仕事が出来る人もいる職業だ。
だからスキルがなくても雇って貰えるし、実際の経験のある人のほうが、重要視されるんだよね。僕も化粧品職人経験のある人か、錬金術師のスキル持ちを探すつもりなんだ。
ちなみに職人ギルドは、職人さんの職業斡旋と同時に、希望する品物を作れる工房を紹介なんていうのもやっているよ。
例えば魔道具の大量生産を視野に入れた場合、職人1人じゃどうしようもないからね。
たくさん職人を抱えてて、生産ラインが組める工房がどうしても必要だ。
今じゃ平民の家でも当たり前のように使われてる、明かりの魔道具なんてのも、いろんな工房が商人からの注文を受けて作るんだ。
大きな工房ほど、色んな取引先の仕事を受けて、常に新しいのを作ってないと、作業が間に合わないみたい。
王宮の騎士団の武器なんか作ってる工房なんかは特にそうだと聞くね。杖より剣のほうが消耗が激しいから、予算がすぐになくなると、騎士団長がこぼしているみたい。
「すみません、化粧品や髪の溶剤を作れる職人か、錬金術師を探しているのですが。」
職人ギルドに入って受付で声をかける。
職人ギルドに入ると、職員さんたちは慌ただしくしながら、少し疲れた顔をしていたけど、僕を見ると、笑顔を取り戻してくれた。
「はい、研究ですか?開発ですか?制作工房の紹介が必要でしょうか?」
「研究もいずれと思っていますが、まずは手近な素材で開発出来る人を探しています。」
もともと僕の抽出する水自体に美容の効果があるからね。そこに少し素材を足すだけで開発出来るものでじゅうぶんだと思うよ。
工房を探すのは、作れることがわかってから、どの程度の規模の工房が必要なのか、素材を手に入れるのがどのくらい大変なのか、判断することになるからね。
とりあえず詳しいお話をってことで、仕切りの立てられただけの応接室へと通される。
しばらくすると部屋に別の職員さんが入ってきたから、僕は立ち上がって挨拶をした。
板に挟んだ紙の束を持った職員さんが、僕の向かいの席に座ったので、僕も椅子を引き出して座る。雇うのか都度依頼なのかなど、細かい条件を聞き出されていた時だった。
「──冗談じゃねえよ!このままの条件を押し通す気なら、うちは降りさせてもらう。」
オジサンの野太い声が隣から聞こえた。
「そんな、困りますよ……。」
「毎回毎回少ない数を急に短期納期でねじ込んでこようとして、そのたびに他の作業を止めることになるのが分からねえのか!」
「ですが、これを作れる工房は、このあたりでは、そちらしか……。」
「知らねえよ、よそにあたんな。」
「待って下さい、もう少し……。」
衝立の向こうの若い女性が困ったようにお願いを繰り返してる。騒がしすぎて、職人ギルドの職員さんの声が聞き取れないよ。
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