第166話 僕の出生の秘密・その2
【“心配しなくてかまいませんよ。
もちろん生命の危機になるようなことをすれば、話は別でしたけれどね。アレックスの危機は、この世界の危機ですから。”】
「あ、うん、そういうことは、別にされてないからだいじょうぶ……。
ただちょっと僕が嫌いってだけで……。」
エロイーズさんが危険思想の持ち主じゃなくて良かったよ。リアムまで、僕と同じ、母親のいない子にしちゃってたかもだもの。
【“セオドア。……いいえ、テディ。”】
母さまが、叔父さんを、子どもの頃の愛称で呼んだ。
【“今からあなたに伝える話は、世界の危機とはまったく関わりのないことがらです。
私は人間の貴族の娘として、その秩序にのっとり、あなたの兄と婚姻を果たしました。
先ほど伝えた通り、私はあなたの兄に対して、気持ちはありませんでした。
アレックスを生みだす父親として過不足がないことから、特にそれで問題はなかった。
私はアレックスの兄弟である、この子たちのことも、1人で作り出しました。
だから子どもの父親、夫というものの存在が、私にはその時までなかったのです。”】
「はい、存じております。
この国にいる者であれば、いえ、アジャリべさまの庇護下にある者であれば、皆存じ上げていることです。」
アジャリべさまは、処女出産の女神さまなんだよね。まあ、人間みたいに産んだわけではないんだけど。
【“あなたの兄は優秀な当主であり、賢明な魔法師団長でもありました。
ですが優秀な夫でもなければ、賢明な父親ですらなかった。”】
「それは……。ごもっともです。」
叔父さんが苦しげに声を漏らした。
父さまには結婚する前からエロイーズさんがいたからね。僕にあまり関心なかったし。
【“私はあなたと過ごす時間で、初めてそれを知りました。
……アレックスが覚えているかは分かりませんが、毎年3人で出かけましたね。”】
えっ、何それ。僕知らない。
小さ過ぎて覚えてなかったのかな。
「兄が俺に護衛の仕事を頼んでくれましたので、一緒に過ごさせていただきましたね。」
そっか、毎年父さまが、叔父さんに冒険者の仕事を依頼してくるようになったと言っていたっけ。それが母さまの護衛だったんだ。
あとお祖父さまの葬式の時もだよね。
【“私が死ぬ最後の年には、2人だけで出かけましたね。……あなたの兄は、良き夫、賢明な父親ではありませんでしたが、私たちの良き友人であり、賢明な理解者でした。
……私たちの間には、それでも何もなかったけれど。
私とアーロンが夫婦であること。
あなたがアーロンの弟であること。
エロイーズさんが、アーロン以外を愛せなかったこと。
私も、あなたも、アーロンも、エロイーズさんも、それを互いにどうしようもなかったけれど。
それでも私にとって、あなたと過ごした時間は、かけがえのないものでした。
……誰かを想う、人の子の気持ちを、理解することが出来ました。
あなたがくれた、セケオの実のペンダントは、私が唯一手放さずに、この世界に持ってきたものです。これは私の大切な宝物。
神である私からは、これ以上の言葉を伝えることは出来ません。ですが、話す機会があれば、どうしても伝えたかったのです。
最後まで、私のよき友人でいてくれてありがとう。”】
「……もったい、ない、お言葉……です。」
叔父さんの声が震えていた。
そっか……。母さまも叔父さんのこと……。
叔父さんが父さまだったらなって、僕が思っていた時に、母さまも同じことを、叔父さんに対して思っていたんだね。
……そっか。だからエロイーズさんは、あんなにも母さまのことが嫌いだったんだ。だから母さまの持ち物に執着をするんだ。貴族の決まりだから、どうしようもないけど。
自分が愛する男の子どもを産んで。
その妻におさまったままで立場を譲らず。
自らは愛する男と両思いな女性。
それがエロイーズさんから見た、母さま。
母さまはもう亡くなってしまったから、奪われたものに対する怒りをぶつける相手がもういない。だからソックリな僕を嫌った。
失われた時間を埋めようとするみたいに、自分が手にする筈の、母さまに奪われたと感じたものをかき集めて、自分の心を守っていたんだ。そう考えると悲しい女性だな。
貴族の決まりって、なんであるんだろ?
そんなのなければ、みんなで幸せになれたのにね。エロイーズさんみたく、悲しみ続ける人も生まれなかったよ。
世間には叩かれるだろうけど、互いが互いのほうを向いて幸せなら、それでいいじゃない?──決めた!僕は世界を変える役目として、最初に貴族の決まり事をなくそう!
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