第85話 蟲使いのカナリー

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「ふふふ、これは良い毛並みの子が育ちましたねえ。なんて可愛らしいんですの。あなたは精鋭部隊入り決定ですね。」


 カナリーの指の上を、枝についた葉を探すように、毛虫がモゾモゾとうごめいている。

「旦那様があなたを見たら、どんな嬉しい悲鳴をあげますことやら。楽しみですの。」


 葉っぱをモシャモシャと食べている毛虫をつまんでは、そう言って嬉しそうに微笑むカナリーは、コロコロと太った毛虫を別の飼育箱に移して、新しい餌を飼育箱に入れた。


「またそんなことをしているの?毛虫の何がそんなに面白いのよ、カナリー。

 ──カナリー?」


 マリンはカナリーに声をかけたが、カナリーは毛虫に夢中で、まったく振り返らなかった。マリンは、ふう、とため息をつくと、


「そういえば、この間珍しい毛虫を山で見つけてね……。青くてとてもキレイでね。」

 と、腕を組みながら天井を見上げるようにして、独り言のように言った。


「青くてキレイな毛虫ですって!?それはどこにいたんですの?もちろんそのかわい子ちゃんは、連れ帰ってくれましたわよね?」


 と、カナリーは目をらんらんと輝かせながら、毛虫はしっかり飼育箱に戻して、秒でマリンの前に移動したかと思うと、両手のこぶしをブンブンと振りながらそうたずねた。


 この速度で移動出来るのは、さすがに腐っても王家の影である。隙をつかれたマリンは少し驚いたがそれを表情には出さなかった。


「……やっぱり聞こえているんじゃないの。

 毛虫のことじゃなくても、ちゃんと返事をなさい、カナリー。仕事よ。」


「──毛虫ですか!?すぐによりすぐりの、かわい子ちゃんを見繕って……、」

 カナリーはさっそく飼育箱から、まるまると太ったドギツイ色の毛虫を取り出した。


「だーかーらー、どうしてすぐに毛虫に結びつけるのよ!蟲使いカナリー、あなたのスキルは分かるんだけど、そればかりが私たちの仕事ではない筈よ?」


「そうですよ!」

「カナリーはおバカさんなのです!」

 双子の王家の影見習い、ライムとジャファが、マリンの影からピョコッと顔を出した。


 背の丈は、ようやくマリンの膝を越した程度の、幼い可愛らしい女の子たちだ。この年齢にしてはよく口が回る生意気盛りである。


 見習いなので、まだ現場に出ることは当然少ない。だがそれでも王家の影だ。普通の子どもたちには出来ないことが出来る。


 カナリーほどではないにしても、ひと目につかぬように移動することが可能だ。当然2人のスキルがあってこそであるが。


 王家の影は基本世襲制だ。代々王家につかえる彼らは、その殆どが遠い親戚にあたる。

 特殊なスキル持ちとして生まれることの多い一族であり、魔法使いは殆ど生まれない。


 近接職絡みのスキルは割りと生まれるが、それでも特殊なスキル持ちに比べると数が少ないほうだ。スキル次第では、まれに捨て子の中から選ばれることもある。


 そして、ライムとジャファは、この仕事をするにあたって最も相応しい、隠密という姿と気配隠しのスキルを持っていた。


 それと同時に移動速度強化という、走る速度を自在に操れるスキルに、全身持久力強化という、疲れにくいスキルも持っている。


 元々の攻撃力はなくとも、スピードが乗ることで威力を増すことが出来、かつ2人揃うことで敵を翻弄することも可能だ。


 まったく同じスキルを持って生まれてくるとは、まさに王家の影の一族として、将来コンビネーションバトルをする為に、生まれてきたかのようだった。


 そんなエリートな2人からすれば、日がな一日影としての仕事もせず、毛虫と戯れているカナリーは、理解し難い人物だった。 


 たが、目にも止まらぬスピードで動き続ける2人を捕まえるのは、マリンでも至難の業だが、カナリーだけは虫の力を使って、その動きを難なく止めることが可能だ。


 幼い2人がイタズラをするたびに、カナリーが駆り出されて、捕まってオシリペンペンをされるので、会うと悪態をついている。


「ライム、ジャファ……。

 あなたたちはどうしても、この子たちの可愛さを認めないみたいね。」


「毛虫なんて可愛くないのです!」

「そうなのです!」

「マリンだってキレイだと言っているのに、あなたたちときたら……。」


「それはカナリーが、毛虫の話をしないと、こちらを振り向きもしないからよ。

 私も別にキレイだと思ってないわ。」


 なんてこと、とカナリーは首を振った。

「やっぱり私の趣味を理解して下さるのは、オフィーリアさまのお父さまだけですの。」


 ふう、とため息をつくカナリーに、

「あなたあれ……、オーウェンズ伯爵が喜んでいると思ってやってたの?」

 とあきれるマリン。


「──?もちろんそうですの。ジャックさまが私に仕事を指示する際におっしゃいましたの。カナリー、お前の毛虫で、旦那様を喜ばせて差し上げなさい、と。」


 恐らくジャックはそれを比喩のつもりで言ったのであろうが、毛虫が大好きなカナリーは、同好の士が現れた!!と、ウッキウキでオーウェンズ伯爵に与えていたのだろう。


 毎回取ってくれ!とオーウェンズ伯爵が泣きながら悲鳴をあげていたのを、喜んでいるからだと勘違いしているらしい。


「……どうして恐怖の悲鳴を、喜んであげている声だと勘違い出来るのかしらね。」

 マリンはそう言ったが、こうなったカナリーに事実は理解出来ないだろう。

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