第86話 屋根裏部屋の密(?)談
「毛虫じゃないとすると、なんの虫が欲しいんですの?よりどりみどりですわよ!」
「毛虫じゃないわ。コバルトのところよ。あなた、コバルトとの連絡係をなさいな。」
「──連絡係?」
「オフィーリアさまが求められているから、必要な仕事のひとつだとして、虫と戯れることを許しているけど、たまには他の仕事もなさい。あなたは王家の影なのよ?」
「なのよ?」
「ですです!」
ライムとジャファが、マリンの足の脇から双方顔を出して言う。
嫌そうな表情を浮かべるカナリーに、
「ちなみに、さっき言った青い毛虫ね、コバルトが任務に当たっている場所の近くの山に生態してるやつで……、」
「行きましょう。」
言うが早いか、場所も聞かずにカナリーは飛び出して行ってしまった。
「まったくもう……。」
「マリン!連れて行って!」
「私たちも行く!」
「元からそのつもりよ。あなたたちも、いざという時の為に、アレックスさまのお顔を覚えなくてはならないから。行きましょう。」
マリンとライムとジャファがコバルトのところに着いた時、さすがと言おうか、カナリーはちゃんとコバルトの居場所を特定して、先に到着していた。
カナリーは蟲使いのスキル持ちだ。虫を操り、その波長を追うことが出来る。知らない間に虫を付けられていて、王家の影と言えども、それから逃れることは出来ない。
マリンも自分につきまとう虫に気が付いていた。アレックスを監視しているコバルトもまた、カナリーから監視されていたのだ。
突然現れたカナリーに、コバルトは口を上向き三角のようにして、目を半開きにしながら、カナリーと見合っていた。
「久しぶりね、変態のコバルト。」
「変装擬態。変態違う。変態はお前。
虫しか愛せない。気持ちが悪い。」
「失礼ね!」
「こっちのセリフ。」
お察しの通り、この2人、仲が悪い。
コバルトを馬鹿にしているカナリーと、カナリーを馬鹿にしているコバルト。どちらも引かないので、いつもこんな感じである。
「変態!変態のコバルト!」
「コバルト、変態なの!?」
「変態違う。カナリーが言っているだけ。」
カナリーの言葉を繰り返して、楽しそうにキャッキャとはしゃぐライムとジャファに、コバルトが真顔でツッコミを入れる。
「コバルト、あなたに新たな指令がくだされたわ。とても難しい任務よ。」
「新たな任務……?オフィーリアさまの命にて、アレックスさまを監視中。出来ない。」
「それは分かっているわ。その上で出来ることよ。コバルト、あなたにアレックスさまを誘惑するよう、指令がくだったわ。」
「ゆうわ……く……?」
意味が分からない、とでも言いたげに、コバルトは無表情のまま、コテン、と首を傾げた。無理もないとマリンは思っていた。
そんな任務にあたらせた事も、そんな任務につく為に育てた事も、なかったのだから。
「これは“上”の方からの任務よ。」
コバルトがピクリとする。
「あなたがオフィーリアさまの指示に従うこと自体、“上”の方からの指示によるもの。
“上”の方からの命は絶対。わかるわね?」
「わかる。けどわからない。」
「どんなことが?」
「誘惑。なにをすればいい。」
「ああ、そうね……。」
マリンは、はあ……、とため息をついた。
「アレックスさまを、オフィーリアさまではなく、あなたに夢中にさせなさいということよ。こう言えばわかるかしら?」
「わかった。やってみる。」
「頼んだわよ。カナリーは、その様子を逐一報告しなさい。それがあなたの仕事よ。」
「青い毛虫ちゃんはどうするんですの!?」
「……仕事をちゃんとこなしたら、山に探しに行っても構わないから……。」
「私も問題ありませんの!」
「こいつ、見張り、嫌……。」
コバルトがカナリーを指差す。
「嫌でも仕方がないわ。手が空いているのがカナリーだけなんだもの。」
「私は毛虫ちゃんの研究で忙しいですの!」
「そればっかりじゃ駄目ってことよ。
さあ、ライム、ジャファ、アレックスさまのお顔をようくご覧なさい。そしてしっかり覚えるのよ。いざという時の為に。」
マリンは魔導具をライムとジャファに手渡した。壁や床程度であれば、向こう側を見通せるもので、近付かないといけないという難点はあるものの、この仕事に便利な道具だ。
「見るー!覚えるー!」
「アレックスさま、カッコいい!」
「カッコいいね!」
「ライムのお婿さんにする!」
「ジャファのお婿さんにもするー!」
「するー!」
「駄目。アレックスさま、渡さない。」
「ケチー、コバルトのケチー!」
「ケチー!」
「ちょっと、あなたたち、もう少し静かになさい。対象者が起きてしまうでしょう?」
「はーい。」
「ごめんなさーい。」
「みんな、早く帰って。アレックスさまはコバルトが見てる。みんなで見なくてだいじょうぶ。コバルトだけが見ればいい。」
「……へえ。アレックスさまって、マルキチによく似てるのね。可愛らしいじゃない。」
「似てない。」
「──マルキチがなんなのか、聞かなくても分かるの?コバルト。」
「どうせ毛虫。」
「それの何がいけないんですの?
マルキチは私が世話をしている中でも、最も可愛らしい子ですのよ?」
「アレックスさま毛虫になんて似てない。」
「似てますわよ!」
「似てない。」
彼らがこの話をどこでしていたのかと言うと、アレックスの部屋の真上にある屋根裏部屋である。
そして大騒ぎをしている声は、無理やりに寝たふりをしている当のアレックスに丸聞こえであった。
「──誰かいるのか?」
突然ガチャッと屋根裏部屋のドアが開き、セオドアが注意深くあたりを見渡す。
全員隠密のスキルを発動させている為、息を殺せば誰にも気付かれることはない。セオドアは念の為部屋の中を見回るも、王家の影の存在に気付くことなく部屋を出て行った。
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王家の影は仕事は出来るが、基本ポンコツ集団……ばかりというわけでもないです笑
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