第56話 初めての狩り

「も、もう、出てってよ!」

「無理。四六時中監視する。命令。」

「僕に監視がバレたことを、オフィーリア嬢に報告するよ!?」


「それは困る。……了解。」

 そう言って、女の子はお風呂からようやく出て行ってくれた。


 僕は慌ててお風呂から上がって服を着る。こいつをどうにかしたかったけど、今もどこかで見られているかも知れないと思うと、それも出来ない。うう……。


 明日からは、あの子がお店に立ってる隙にどうにかするしかないなあ……。

 でも、どこに行ってもあの子の視線がある気がしてしょうがない。


 ……そうだ!!アイテムボックスの中だ!

 あの中なら僕しか入れないからね!

 あそこなら人目を気にすることもない。

 

 それに思い至ると安心してキッチンに行った。お風呂に入ってる間に、夕ご飯を作ってくれたみたいだ。僕が食卓につくと、叔父さんが随分長湯だったんだな、と言ってくる。


 お風呂場の騒ぎは聞こえてなかったみたいだ。う、うん、まあね、と濁して夕ご飯を食べる。おかげで結局料理を手伝えなかったなあ。──あの子、風邪ひかないといいけど。


 ベッドの上で横たわって本を読みながら、うつらうつらしてくる。天井を見上げても、今度はあの子の姿はなかった。でもたぶんどっかで見てるんだろうな。


「──ねえ。いる?」

 僕は独り言のように呟いた。

「……いない。」

 天井から声がする。ふふっ。ほんと天然。


「君の名前、教えてよ。」

「名前、ない。」

 予想外の答えが返ってきた。

「え?どういうこと?」


「任務ごとに呼ばれる名称はある。

 でもそれは名前じゃない。」

 どんな育ち方をしたんだろうな?

 名前がないなんてこと、ある?


「うーん、じゃあ、これから君のこと、ハイドレンジアの花に似てるから、レンジアって呼ぶことにするよ。どう?」

「別に構わない。」


「名前ってね。親から子どもへの、最初のプレゼントなんだって。だから、僕から君へのプレゼン……ト……。すぅ……。」

 僕は話しながら眠りについてしまった。


『私の名前。私だけの名前。温かい。

 初めての気持ち。なぜ?

 ──アレックスさま……。

 ずっとこのレンジアがお守りします。』


 レンジアがそんな風に心に決めていたことも、寝顔をマジマジと見られていたことにも気付かずに、僕はぐっすりと寝たのだった。


 次の日、朝ご飯を食べると、叔父さんが朝から狩りを教えてくれると言ってくれた。

「ここに住むのなら、一角ウサギくらい狩れないとな。弓矢の使い方を教えてやる。」


 叔父さんは剣士だけど、一角ウサギは弓矢で狩るらしい。一角ウサギは素早いから、弓矢のほうが効率がいいんだって。


 向こうでお昼ご飯も食べるからと、叔父さんと一緒にお弁当を作る。

 サンドイッチと干し肉と、水の入った布の革袋を持って、僕たちは近くの山に登った。


 たまにこうして数を減らしておかないと、山から降りてきて畑を荒らしてしまうんだって。だから一角ウサギは討伐依頼が定期的にあるし、叔父さんみたいな狩人は、依頼がなくとも狩りをするんだそうだ。


 ──ヒイヒイ、ふう。

 息を切らして山を登る。叔父さんは慣れたもので、気軽に平地のように登っていく。


 日頃人が入るような場所じゃないからか、道はほぼ獣道というやつで、途中までしか地面の見えている場所がなかった。


 途中から木々の間に入って、そこから魔物の痕跡をたどりつつ、獲物の居場所を探すのだそう。一角ウサギは割と低いところにいるから、これでも大変じゃないほうらしい。


「運動不足だな。まだ若いのに情けないぞ。

 ちょっと鍛えないといかんな。」

 叔父さんはどんどんと山道を登りながら、足を止めずに僕を振り返ってそう言った。


 Sランク冒険者の叔父さんが鍛えてくれるって、ちょっと怖いんだけど……。

「お手柔らかにお願いします……。」


「そこ、木の根っこが集中してるから、気を付けるんだぞ。──うわっ!?

 ……こんな風になる。」


 叔父さんは木の根っこに盛大にけつまずいて、鼻をおさえながらそう言った。

 叔父さん、こんなにドジで、よくSランクになれたよね……。


 そのままどんどん進んで行くと、叔父さんが突然腕を出して僕が進むのを制した。

「……どうしたの?」

「──シッ。」


 叔父さんが唇に指を立てて僕を静かにさせる。前の方を見ると、ちょっと開けて日の当たる場所に、一角ウサギが10数体、モシャモシャと木の葉を食べているのが見えた。


 ちなみに魔物はぜんぶ1体、2体と数えるらしい。魔物という大まかなくくりで、同じ生き物だからなのだそうだ。

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