第49話 襲われた魚屋

 ヒルデは午前中のクエストで、よほどお腹がすいたらしく、肉の焼串を8本も指の間に持っていた。メチャクチャ嬉しそうだ。


 美味しそうに食べている姿が可愛らしい。

 やっぱりヒルデって美人だよね。大口あけてご飯を食べる女の子なんて、今まで僕のまわりにはいなかったから、なんか新鮮だな。


 今日も魚屋さんは大盛況だ。常連さんもついてきた気がするよ。僕はてんてこ舞いになりながら、一生懸命魚を売っていた。


 その時、ヒルデが突然鋭い目つきで、僕をかばうように、魚を入れたタライと、僕の前に割り込んたかと思うと、双剣で飛んできた何かを打ち払った。


 え?な、なに?

 一瞬呆然とした次の瞬間。

 ──ビシャツ!!


 ヒルデが切り捨てて叩き落しきれなかった何かが、僕の顔面にぶち当たる。冷たっ!!

 僕は顔に当たったその何かに指で触れ、指先についた物と足元に落ちた物を確認した。


 なにこれ、泥団子……?

 泥団子の飛んできた方向を、お客さんたちも、なんだなんだと振り返って見ている。


 可愛らしい女の子が服の裾を引っ張って止めようとしているのは、いくつもの泥団子を片手で胸に抱えて、今まさに次を投げつけようと、僕を睨んでいる小さな男の子だった。


「やめなさいよ、ルーク!!」

「お前が……、お前が僕たちの邪魔をするから、僕らの魚が売れなくなったんだぞ!」

「わっ、ちょっ!」


 ルークと呼ばれた男の子は、女の子の制止を振り切り、再び泥団子を投げてきた。泥団子がお客さまたちに当たって悲鳴があがる。

 この子たち……、魚を売ってた子たちか!


「なんだよ!はなせよ!」

 ヒルデがタライを飛び越えて、男の子の両手首をガッチリとホールドする。


 男の子は泥団子を取り落とし、ヒルデに掴まれて身動き出来ない状態のまま、逃げ出そうと体を何度も引っ張るけど、大人の男でも勝てない、怪力のヒルデはびくともしない。


「あんたたち、魚屋をやってたの?

 自分たちのところの商品が売れないからって、こっちに嫌がらせ?あきれたわね。」

 ヒルデがため息をつく。


 ラナおばさんが、ふう、とため息をついて茶髪に青い目の男の子に近寄ると、男の子の目線にしゃがみこんだ。


「ぼうや?市場で店を出している人間が揉め事を起こしたら、子どもでも店ごと出入り禁止になるんだよ?わかっているのかい?」

 そう言われて男の子はソッポを向いた。


「あんたのお父さんかお母さんが、最初に店を借りる時に説明を受けている筈だ。

 おうちに帰って聞いてごらん。

 困るのはあんたの親御さんだよ?」


 そう、さとしてくれたのだけど、

「親なんていねえよ!みんなの食べ物を買うための、大事な稼ぎだったのに……!」

 と、男の子は叫んだ。


「こんな値段で売られたら、二度と僕らの魚が売れなくなっちゃうじゃんか!!」

 男の子は悔しそうに泣き出してしまった。


「ルーク……。」

 明るい茶髪に茶色い目の女の子のほうも泣きそうだ。

 この子たち、ひょっとして孤児なのかな。


「あのねえ……。ここの市場にどれだけ同じ業種のお店があると思ってんの?今まで他に魚屋がなかったのなんて、たまたまよ。」

 ヒルデも男の子の視線の高さにしゃがむ。


「この国は新鮮な魚が手に入りにくいのよ?

 あれば売れるんだから、ここだっていつライバルが現れるとも限らないのよ?」

 と、呆れたようにヒルデが言った。


「そうよ?私たちのお店だって、他にたくさんの肉の焼串のお店があるわ。」

 ポーリンさんも眉を下げながら言う。


「だけど味の魅力で、こんな端っこまで来てくれるお客さんがいるのよ。

 みんなそんなことで、いちいち文句なんて言わないわ。言いがかりというものよ?」


「う……うるさい!うるさい、うるさい、うるさーい!!全員邪魔してやる!」

 ルークくんは3人がかりで説得されても、なおもそう言って逃げようとしている。


「親のいる奴にはわかんねーんだよ!

 僕らがどんだけ食べ物に困ってんのか!」

 そう叫ぶルークくんに、女の子も悲しそうに顔を下げた。


「──僕もいないよ?親。

 捨てられたんだ、僕も。

 ……君たちと一緒だね。」


 僕はそう言って笑った。

 女の子もルークくんも、え?という表情になって僕を見上げる。


「ほ、ほんとか?」

「うん、こんなことで嘘は言わないよ。」

 僕はそう言ったんだけど、男の子はまだ疑わしそうな視線を僕に向けて来た。


 まあ、この子たちと違って、古着ではあるけど繕われてない、サイズピッタリの服を着ているし、僕には叔父さんもいるからね。


 それにスキルのおかげでお金を稼げるし、正直この子たちとは立場が全然違うとは思うけど、まずは敵意をといてもらわないとね。


 それにしてもこの子たち、ご両親に頼まれてお手伝いをしているんだろうと思っていたけど、親がいなかったのか。


 だとしたらうちの国で取れない筈の魚を、子どもたちだけでどうやって採ってたんだろう?孤児院のシスターが漁を?まさかね。

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