神のお告げ
第11話 王家の影
──チリンチリン。オフィーリアが従者を呼び出す為のハンドベルを振って鳴らす。
「お呼びでしょうか、オフィーリアさま。」
執事が部屋に入り、恭しく頭をさげる。
「コバルトを。」
「──おそばに。」
どこから現れたのか、オフィーリア専属の影であるコバルトが、スッと絨毯の上にひざまずいた。
灰色の癖の付いた猫っ毛に大きな青い目。少年のような幼い体付き。だが、コバルトの本当の姿を知るものはいないという。
オフィーリアの大祖母は、先代の国王の母親である元王太后だ。
つまり今の王太子はハトコにあたる。
コバルトは大祖母から貰った誕生日プレゼントの内の1人で、王家の影としてつかえている人間だ。父親もこのことは知らない。
大祖母もオフィーリアが王家に嫁いでくる可能性を考えてのことだろう。ひと目見てこの子は狙われると判断をしたのだ。
実際王家の影がいなければ、さらわれてしまったであろう出来事も何度かあった。それくらいオフィーリアは目立つ存在であった。
「キャベンディッシュ家のアレックスさまの行方を探してちょうだい。そして見付け次第何ごともないよう、護衛を続けて。
連絡係はジャックにお願いするわ。」
ジャックと呼ばれた執事は、かしこまりました、と言った。ジャックは家令の補佐の立場だが、ほぼオフィーリア専属と言ってもいい役回りの人間だ。
「──御心のままに。」
そう言うと、コバルトは来たときと同じように、またスッと姿を消した。
「それと。お父さまにちょっと嫌がらせをしておいてちょうだい。毛虫がやたら首筋に落ちてくるだとか、美人の前でやたらとけつまずくだとか、そんなのでいいわ。」
「オフィーリアさまを怒らせるとは、旦那さまも身の程知らずですね。婿養子の立場だから、この家で唯一、王家と縁続きの血を持たないことが、後ろめたいのでしょうが。」
執事のジャックは元々伯爵家の三男坊で、オフィーリアの父親であるジェイコブとは、同じ学園で学んだ顔見知りの間柄だ。
「ご自分の発言権を強くしようと、オフィーリアさまのご友人関係や縁談に、クチバシを突っ込むたびに、オフィーリアさまの怒りを買っているというのに毎回飽きませんね。」
ジェイコブは同じく三男坊だったが、腐っても侯爵家の出だった為、家格を重んじる貴族同士の婚姻が結ばれたのだ。ちなみに子どもの頃から毛虫が大の苦手である。
「私を怒らせるたびに、首筋に毛虫が降ってくるのを、毎回なんだと思っているのかしらね。懲りないお父さまだこと。」
オフィーリアはそう言って紅茶を一口飲んで微笑んだ。ジェイコブがオフィーリアを怒らせるたび毛虫が降ってくるせいで、ジェイコブは貴族の女性たちからさけられていた。
「それはカナリーにやらせましょう。
──聞いていたな?カナリー。」
「かしこまりました。」
天井からそう声がすると、しばらくして遠くの方から、取ってくれ!取ってくれ!と、ジェイコブの悲鳴が聞こえてきた。
「相変わらず仕事が早いわね。」
「常にストックしているらしいですよ。
旦那さまは、あれですからね。」
こともなげに後ろ手に手を組んだまま、ジャックがそう言うと、オフィーリアはクスクスと拳を口元に当てて笑った。
「アレックスさま……。必ず探し出してみせますわ。すぐにおそばに参ります。
わたくしのいる場所は、生涯あなたのそばだけですもの。」
オフィーリアは服の下に隠していたペンダントトップを取り出して手に持ち、うっとりと目を細めて頬を染めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バッカスの村は森を切り開いた新しい土地で、まだ住む人の少ない場所だった。畑ばかりで家がほとんど見えないや。
その中で遠くからでもわかる、ちょっと大きなレンガ造りの家と、その前に広がるたくさんの畑が、叔父さんの買った家と土地だった。叔父さんは玄関の前で待っててくれた。
父さまと似た顔立ちだけど、冒険者をやっていただけあって、精悍でたくましく、男らしい雰囲気で、とても格好いい。
「よう、アレックス、大きくなったな。」
「お久しぶりです。」
「オリビアの避暑の護衛について行って以来か。俺も歳を取るわけだ。」
母さまと唯一行った、レグリオ王国の海への旅行は、父さまが仕事でついて来られなかったので、当時現役の冒険者だった叔父さんに、依頼という形で同行を頼んだんだよね。
叔父さんと母さまと僕の3人だけという、他に護衛もつけない気楽な旅で、母さまもかなりリラックスして喜んでくれたんだ。
そんなことでもないと、平民になった叔父さんと関わることが出来ない。貴族と平民になった元貴族の関係ってそんな感じらしい。
正直寂しいけど、それが決まりなんだと言われたら仕方がないよね。
うちはまだそうやって、父さまが叔父さんと接する時間を作ってくれたほうだと思う。
母さまよりもエロイーズさんのことを大切にしてたのだけは納得いかないけど、叔父さんのことは好きだったんじゃないかなあ。
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