第10話 オーウェンズ伯爵家

 いつか必ず、君を守る為に、この家に関われるように生きると決めたことを。

 リアムの目が大きく開かれる。僕はリアムの手を握って、ぎゅっと握りしめる。


 彼は僕の言葉を聞いて、涙を流しながら笑っていた。僕はその手を離して、馬車へと乗り込んだ。御者が馬に鞭を入れる音が響く。


 馬がゆっくりと歩きだす。窓から顔を出して手を振ってリアムに笑いかけると、リアムも泣きながらも笑って手を振ってくれた。


 やがて、その姿が見えなくなる。

 僕の新しい人生が始まった。

 家を出るとすぐに、キャベンディッシュ領を抜ける為の街道を進む為の広い道に出た。


 キャベンディッシュ家の馬車が送ってくれるのは途中までだ。僕は乗り合い馬車に乗り換えて、馬車をいくつか乗り継いで、叔父さんの住むバッカスの村を目指した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 その頃、オーウェンズ伯爵家では。

「……お父さま……。キャベンディッシュ家と婚約破棄って、どういうことですの?」


「オ、オ、オ、オフィーリア、少し落ち着きなさい。代わりにリアムくんと結婚するんだから、キャベンディッシュ家との婚約は何も変わらない!相手が変わるだけだぞ?」


 柳眉をひそめて冷徹に怒りをあらわにする美しい我が娘に、オーウェンズ伯爵はオロオロしながらご機嫌取りに必死だった。


 国一番と誉れ高い、知性と教養と美貌を兼ね備えた美少女ではあるが、怒ったオフィーリアが、自分の妻以上におっかないことは、オーウェンズ伯爵は身を持って知っていた。


「……わたくしはキャベンディッシュ侯爵家と婚約したつもりはありませんわ。

 アレックス様だから受けたのです。」


「なにを言うかオフィーリア、王家からも婚約の打診があったのに、先にキャベンディッシュ侯爵家と婚約してしまったから……。

 ああ、自分の運のなさが悔やまれる。」

 オーウェンズ伯爵は嘆いた。 


 確かに、国王陛下からの婚約の打診はあったが、それはあくまで候補の一人として。

 また、それはオフィーリアだから希望したわけではなく、先代に王女が嫁いだ過去のある、オーウェンズ伯爵家へのものだった。


 オフィーリアには2人の妹がいるから、その為そのどちらでもいい筈だが、オフィーリアと比べると見劣りがする。他の婚約者候補たちを出し抜ける程ではない。


 事実王太子の婚約者選びは難航しており、未だに決まってはいない。どの令嬢も甲乙つけ難しと評価されているようだった。


 その点ではまだ、オフィーリアの妹たちにもチャンスはあるのだが、オフィーリアであればすぐに我が家に決まっていたのに、とオーウェンズ伯爵は考えていた。


 そもそも、その時点でキャベンディッシュ侯爵家からの婚約の打診に、オーウェンズ伯爵は飛びついていた。


 オフィーリアたっての希望で、かなりスムーズに、通常よりも早い手続きで、オフィーリアの婚約者はアレックスになっていた。


 通常の手続きをふんでいれば、王家の打診にも間に合ったのだ。王家が同時に希望した場合、貴族は譲らなくてはならない。


 婚約を結ぶ前であれば、多少の打診順は誤差の範囲として許容される。

 だからオーウェンズ伯爵は、自分の運のなさを歯噛みしているのだった。


「婚約破棄なぞすればお前が傷物になってしまい、今更王家との縁も結べない。

 だから仕方なくお前をやることに決めはしたが、本来であればお前は将来の国母になれる筈の存在だったんだ。」


「興味ありませんわ、王家なんて。」

 前髪を切りそろえたストレートの長い薄紫色の髪に、高い魔力保持者であることを示す金色の瞳の美しい少女は、そう言って冷たく父親を見据えた。


「あんな、なんの価値もない男のところなんぞに、お前をやってたまるものか!

 キャベンディッシュ家とは婚約を継続しなくてはならないから、せめて弟をと思った父の心がなぜ分からんのか!」


 オフィーリアの心を射止めたアレックスのことを、オーウェンズ伯爵は恨みに思っていた。だからこれは単なる意趣返しなのだ。


 キャベンディッシュ侯爵家の跡取りは、必ず魔法使いでならなくてはならない。それはキャベンディッシュ侯爵が、代々引き継いできた国の要職に後継者をつかせる為だ。


 別に世襲制というわけではないのだが、経験のある親から教育された子どもは、当然他の人間よりも、必要な資質、能力、知識を兼ね備えて社会に出てくるので選ばれやすい。


 アレックスが魔法スキルを得られなかったのをこれ幸いと、アレックスを平民に落とす為に、オフィーリアと婚約破棄させたいオーウェンズ伯爵と、オフィーリアと結婚したいサイラスによって仕組まれたことだった。


「わかりません。わかりたくもありません。

 ともかく、わたくしの夫はアレックスさまただお一人と、わたくしは心に決めているのです。他の方なんて嫌ですわ。」


「そうは言っても、キャベンディッシュ家はもう長男を平民として放逐してしまったと聞いておる。アレックスはもうどこにもおらんのだ。どこに行ったのかすらもわからん。」


「……もう、いいですわ。」

「そうか!わかってくれたか!」

 オーウェンズ伯爵は、愛娘が納得してくれたと思い、ご機嫌で部屋を出て行った。

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