第9話 小さな決意

 僕がスキルを発動させると、僕らの目の前が発光する。眩しい光の奔流に包まれて、背の高い木で出来た扉が現れて、手も触れていないのに、扉が勝手に開いていく。


 色んな種類の魚が泳いでいる姿をイメージする。すると、扉から出てきた、色とりどりの魚たちが、空中を優雅に泳ぎだした。


「凄い!凄い、凄いよ、兄さま!」

 まだ海も魚も見たことのないリアムは、幻想的な光景に興奮してはしゃいでいた。


 リアムにとって、僕との思い出は、楽しいものばっかりでありますように。

 僕らはその日遅くまでおしゃべりをして、互いに抱き合って眠ったんだ。


 出立の朝、僕は家を出る前に、ミーニャのところへと向かった。今日は畑仕事を手伝っていると、マーサから事前に聞いてあった。


 ミーニャは畑で雑草取りをしていた。

「──ミーニャ!」

「アレックス!」


 ミーニャが嬉しそうに顔を上げる。

「……その格好……、もう、いくの?」

 マーサから聞いていたんだろう、何も言わなくとも察してくれたみたいだ。


「うん、これから叔父さんのところへ行くんだ。……しばらく会えなくなるね。」

「そう……。寂しくなるね。」


「それで……、その……。」

 次の言葉がなかなか出て来ない。ううっ。

 ミーニャはじっと僕の言葉を待っていた。


「ぼ、僕、これから商人として頑張ろうと思ってるんだ。僕が食べていかれるくらい稼げるようになったらさ、その……。」


「アレックス。

 ──私も一緒について行っていい?」

 ミーニャは恥ずかしそうにそう言った。


「ええっ!?いいの!?

 で、でも、僕はこれから叔父さんの家に世話になるから、いきなりミーニャは呼べないんだ。だから、僕の家を手に入れたら……、僕の……、お嫁さんになってくれない?」


 しまったああああ!!一足飛びでプロポーズしちゃったよ!!ミーニャに好きって、待ってて欲しいって言うつもりだったのに!


 ミーニャが一緒について行っていい?なんて上目遣いで、恥ずかしそうに聞いてくるから、ついついテンション上がっちゃったよ!


「──はい、喜んで。」

 ミーニャは僕を見つめて、嬉しそうに微笑んだ。か、かあいいよう……。


「ミ、ミーニャ……。」

 僕は思わずミーニャの両肩を掴んで、そっと顔を近付けた。


「──それはまだダメ。」

 ミーニャが人差し指で僕の唇にそっと触れて、少しだけ怒ったかのような、でも嬉しそうに困ったような表情で、僕を制してくる。


 さ、さすがに早かったか。

 プロポーズを受け入れてくれたから、僕と同じ気持ちなんだと思ってしまった。


 女の子はロマンチックなのが好きっていうものね。もっと素敵なところで、改めて結婚を申し込んで、その時は絶対するんだ!


 待っててくれると言うミーニャに手を振って別れを告げて、家令が呼びに来るまで、自分の部屋で待っていた。


 この時はまだ、僕は能天気に、何事もなくミーニャと結婚出来るものだと思っていたから、頑張ることしか考えていなかったんだ。


 家令が部屋のドアをノックする。時間だ。

 父さまとリアムが見送りに来てくれる。エロイーズさんは部屋から出て来なかった。

「……こんなことになってすまないな。」


 馬車に乗り込む前に、父さまが小声で話しかけてくる。僕も声を抑えて答えた。他の使用人たちには聞こえないだろうけど、エロイーズさんの耳に入ったら面倒だからね。


 彼女は僕のことが気に入らないみたいだから、最後まで何か言いかねないし。

 今も少しカーテンをあけて、窓からちらりとこちらの様子を伺っている。


「いえ。がんばります。」

「これをセオドアに渡すように。」

 そう言って父さまが差し出してきた手紙を僕は受け取った。


「では。」

「兄さま……!」

 泣きそうなリアムを見ていたら、行ってきますも、さよならも言えなかった。


 僕は少し考え込んでから、父さまに今まで育てて貰ったお礼を言った。そして、くれぐれもリアムを頼みます、と。


 この人はリアムの父親だけど、万が一リアムにも魔法スキルが付与されなかった場合、最悪遠い親戚から養子を取りかねない。


 今後よほどのことがなければ、オーウェンズ伯爵家が、リアムの後ろ盾となってくれるだろうけど、よもやとは言い切れないのが、伝統を重んじる貴族だからね。


 息子が可愛いエロイーズさんですら、キャベンディッシュ家の当主の決定には逆らえない。そのくらい、キャベンディッシュ家にとって魔法スキル持ちは重要だから。


 一応言っておくべきだと思ったのだ。

 話し合えるのはこれが最後だから。僕はこれから、平民として生きていくのだから。

 ──捨てる子どもは僕だけにして欲しい。


 僕はリアムに向き直って、彼の目を真っ直ぐ見つめる。そして彼にだけ聞こえるような小さな声で伝えた。僕の決意を。

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