私が自殺したいって言ってるんだから本気で助けなさいよ!

e層の上下

私が自殺したいって言ってるんだから本気で助けなさいよ!

「もしもし」

「はい、こちら心の健康ダイヤルです、どういたしましたか?」

「自殺したいんです」

「やめてください」

「いや、します。止めないでください」

「でも、止めないでほしかったら電話してきてないですよね」

「は?」

「死にたいのではなく、誰かに死を匂わせることによって構って欲しいだけでは?」

「いや、ちょっと言ってる意味わかんないですけど」

「本当に死にたい人は一人で死にますよ」

「あんた、ケンカ売ってるの?」

「いや、オタクは死にたくないはずです。だって声が元気ですし、もっと死にたそうな声してなきゃ変ですよ」

「死にます、じゃ」


 私は悩みに悩んだ末、心の健康ダイヤルとかいう、いかにも役にも立たなそうな、やってるアピールだけはいっちょまえな政治が絡んでいそうなところに電話をかけた。ま、案の定なワケ。コッチとしては何度もかけるもんじゃないけど、向こうは何度も何度も似たような話を聞くんでしょうね。だからあんな口が利ける。なんかおっさんだったし、人の気持ちとかわかるタイプじゃなさそうなのに。ヤナヤツヤナヤツヤナヤツ!

 ハー、いらいらしてまた、手首を切り刻みたくなってきた。

 もう痛くなきゃスッキリしないのに。もう他に切り刻むものなんてないからハムでも買ってきて、皮だけ切り刻んで食べてやろうかしら。

 救急隊員の人も「また手首切ってるよ」とか思ってるに違いないじゃない。

 一回の救急車に何円かかるかわかってるんですかー? とか思われるに100円。


 私は何度も冷蔵庫を開けたり閉めたりした。他にすることが無いから。毎回何も食べるものがないな、と確認すると、水を飲む。この繰り返し。

 私は隣人を気にせず、ベッドにダイブした。置いてあるマイメロのぬいぐるみが跳ねた。スマホをいじりはじめる。

 自殺で検索、検索。

 グーグルに自殺しちゃダメッなんて怒られる。でもさ、有名人の自殺一覧も載せてくれるグーグルの気の利きよう、好き。こんだけ有名人が自殺してんなら私も! って思うよね。やっぱりさ。

 最近は俳優からお笑い芸人まで有名人がよく自殺する。やっぱさー、やっぱなんだよね。

 検索結果には自殺対策の自治体がずらーっと並んでる。

 国が信用できるならこんなところにもまた電話してもいいのだけどね。

 さっきみたいになるのがオチでしょうけど!


 ツイッターに自殺したいなんて書き込もうもんなら、すぐにでもダイレクトメールが付くだろうし。女だって馬鹿にされてるのよ。体目的に決まってるじゃない!

 だいたい私が自殺したいっていう本気度がわかってないのよね。世の奴らは。「話を聞くよ」と間抜け面、もう料理初心者の作る野菜炒めみたいな顔して言いやがってからに。くそよ、くそ。なーにが量産型メンヘラよ! 私はオリジンなの!

 やめてよね。よくいるやつなんて言うのは。ハァ……。

 涙が止まらなかった。わんわん泣いちゃった。脱水症状起こしちゃうかも。もし私の涙が雨だったら、作物はみんな枯れちゃうでしょうね。もう生えたくないって、太陽なんて嫌いだって、光合成なんかするもんかって。葉脈を自ら切りきざんじゃうのよね。ずたぼろになって寂しくなってしおれて死んじゃうの。

 こんなひどいことが許されていいの? いいえ、よくないわ。

 私はイチゴの苗よ。いつか大粒なイチゴができることを夢見ているの。イチゴ狩りだってされちゃう。

「ヘヘッ、いいイチゴが育ってんじゃねーか」

「やめて、あなたたちのためにイチゴを実らせたんじゃないの」

「ほー、口ではそう言っていても体は正直だな。こんな真っ赤になってるぜ」

「ああ、本当だわ、私ったらなぜこんなに……」

「俺が狩ってやるよ、そのたわわなイチゴをよお!」

「やめてっ、痛くしないで!」

 そしてすみからすみまで味わいつくされちゃうの……。


 アイドルの私はステージに立っていた。ドームは満員でサイリウムは儚い蛍のようにゆれている。


「みんなー、今日は私のコンサートに来てくれてありがとー! じゃあ最後の曲いっくよー! 『私は死にたいの!』」


 ワー!!


「私はプリンセス・アラモード~♪世の中なんか陰気なモード~♪なんか社会全般から自殺するように脅迫されている気がするの~♪これはスピリチュアルな話じゃないわ♪ユングの集合的無意識って知ってる? 多分それに影響を受けているんだと思う~♪ サビ行くよー!」


ワー!!


「切っても切っても切れないもの~それは縁じゃないわ~♪私の動脈よ~♪死にたいって気持ちも飽きるのよね、結局。死にたいって気持ちが盛り上がるときとそうじゃないときがあって、安定して死にたいわけじゃないから、うまく人に合わせて死にたいって気持ちが出てきてくれれば、助けを呼べるんだけどそうじゃないし、それも含めて死にたいの~♪死ねばなんでも解決! しかも一人で解決! 私でかいケツ!」


ワー!!


 泣き疲れちゃった。もう世の中馬鹿ばっかり。なんで私がこんな苦しい思いをしているのに誰も助けに来ないのよ……。私は仰向けになりながら時計を見た。

 午前1時。カーテンが締まってない窓からの薄明りしか部屋には届いてなかった。


 ピンポーン


 あらやだ。誰かしら、もうこんな時間なのに。ちょっと待って、午前1時よ、こんな時間に誰か来るなんて、ありうる? 体がざわざわしてきた。と、とにかく誰かに電話して追い払ってもらわないと。私みたいな若い女の一人暮らしは危なすぎる。

「大家の辻ですけどー」

 大家さん!? なんでこんな時間に。ふつー電話してからくるもんじゃないの!? 本物かしら……。わんわん泣いて化粧落ちまくってるのに。とりあえずキッチンからフライパンをもって、私は抜き足差し足で玄関へと向かった。

 

 ドアの前まで来るとのぞき穴からに顔を近づける。おでこがくっつくくらいに。外には確かにレンズですこし丸くなった大家の辻さんがいる。この時間なのにきちんとした格好。でもなんで……。

 私はあの鍵の上についてる2重ロックみたいなやつをつけたままドアを開けた。


「なんですか、こんな夜更けに」

「いやね、周りの方々からこの部屋の女性が『自殺する』なんて物騒な事を言っているなんて電話が来まして、もう慌てて来たんですよ。でもよかった、無事そうですね」

 あらかじめ考えてきたように早口でまくし立てた。演技っぽいというかセリフっぽいというか。

「そうですか」

「また部屋を血で汚すんじゃないかと……」

「また!?」

 私がどんな思いで毎回、手首を切っているのかわからないの! 心も一緒に切ってるのよ、1回1回本気なのに、それを「また」ですって!

「またってなに!? あなた私の何を知っているの!」

「すみませんすみません、近所迷惑なんで静かにしてもらえますか」

 一理ある。私は小声で返した。

「血で汚れたって別にたいしたことじゃないでしょ、生理だってどんだけ血がでるのか知ってます? 男のあなたには想像もできないんでしょうね!」

「いや一応、知ってますけど……。単刀直入に言いますとね。自殺されると困るんですよ。不動産としての価値が下がってしまいますので」

 ハァ、結局このおじさんもお金のことしか頭にないワケ。しかも私が死んだ後の話をしてる。許せますか? 許せませんよね。騒いでもいいですか? 騒いでもいいですよね。

「あのねえ!私の命とこの部屋の不動産価値どっちが大事なんですか!?」

「いや、お姉さんの命が一番大事ですよ」

「私はあなたのお姉さんじゃありません!」

「いや、じゃあ佐藤さん。もうここらへんで終わりにしておきませんか」

「終わりにするもんですか! 私は自殺する気満々ですよ」

「や、やめてください」

 ドアのすきまから手を伸ばす大家さん。それを猫の如く撃ち返す私。

「キー!」

「あの佐藤さん?」

 どこからか渋い声がした。誰? 狭い視界におっさん2人の警官が現われた。

「とりあえず中に入れて貰えませんか、ちょっと長くなりそうなんで」

 警官がいきなり現れて、私はちょっと冷静になった。警官の服って堅そうで威圧感があるのよね……。

「は、はい」

 私は一旦ドアを閉めて上のかぎをがちゃがちゃしてドアをおそるおそる完全に開けた。すぐにほっとした大家さんの顔が見えた。いや、なんかニヤついているすこぶる悪い顔の大家だ。いや、女の部屋に入れてうれしいぞ、ぐへへって顔よ。あっ。入んないで!

 大家さんはそんな私の心を知ってた知らずか扉をまたいだ。そして警官たちも一緒に私の中になだれ込んできた。でもここは私の城よ。なにかあったらただじゃおかないから。六畳一間に集まる。あっという間に部屋は男だらけになり、私はベッドにどさっと座った。

「どうして自殺するなんて言うんです?」

 警官は2人いて若いのとおじいさん。いま喋ったのは若いの。

「お嬢さんまだまだ若いんだからこれからでしょう」

 おじいさん。

「理由なんてありません、強いて言うなら流行ってるから」

 口をとがらせながら言った。

「あと社会が自殺しろっていう圧迫感みたいなのを感じるの」

「やめときましょ、鈴木さん。親御さんも心配しちゃうし」

 大家さん。

「死ねば関係ないでしょ」

「お仕事は何をしていらっしゃるの?」

 おじいさん。

「関係ある? 職務質問なら外の怪しい人にだけして」

 この公僕が。偉ぶってからに。

「とにかく私はなんとなく自殺すべきなんじゃないかと思ってるわけ。どうせ死ぬなら速い方がいいでしょ」

「いや、やめてください」

「嫌。自殺するって言ってんの! この麗しい私が! 偉い私が! 若い私が! 耳をかっぽじって聞きなさい。じ・さ・つ・す・る!」

 私は52ヘルツのクジラのような思いで言った。

「はい……」

 大家さんは、うんざりした「またかよ」みたいな顔をして返事をした。

「そのまたかよって顔! やめなさい!」

「はい……」

「またした!」

「すみません……」

「この騒ぎ何回目なんですか?」

 思わず若いのが口を挟んできた。

「はじめてよ。文句ある?」

「わかりました」

 おずおずと引き下がる。若いの。

「わかりました? あなたに何がわかるっていうの?」

「いや、その……」

 もじもじしちゃってあなた警官でしょ!

「その腰に着けているのは何? 拳銃でしょ! それを使って私を止めるべきじゃないの!?」

「いや、でも自殺するって言ってる人に、殺すぞと脅しかけても意味ないのでは?」

「なんてこと言うの!」

 おじいさんの言葉に頭が熱くなってきた。

「あー、じゃあその銃で私を殺しなさい。やれるもんなら。あー、これで自殺はやめられるわね。あー、よかった、さあ早く」

 警官たちは苦笑いをした。いや、馬鹿にした。私を。鼻で。もうする、もうするよ。

 私は隙を見てキッチンへと一目散。そこにあるギラリと光る包丁をもった。

「や、やめなさい!」

 いまの私は宮本武蔵。あれ、違う。なんか偉い侍。腹切るんだから。

「覚悟ならできてるのよ」

「あなたは今、とても興奮してる。とりあえず落ち着こう」

 若いの。確かにいつの間にか鼻息は荒いし、手は震えているし、本当は死ぬのだって怖い。でも、これから将来ずっと自殺することを考えなきゃいけないくらいなら本当に死んだほうがマシじゃない。頭の中に永遠にちらちら自殺が見える。そんなの苦しいよ。

「ああああああああああああああ」

私は叫んだ。叫んだ。叫んだ。気が付くと警官に包丁を奪われて、取り押さえられていた。床に押し付けられ、大勢の男たちが私の背中を押している。……ああ、犯される。そう思うとなぜか気分が楽になった。もしかしたら私はレイプされたかったのかもしれない。そうだ。このまま服を引ん剝かれて、もう汁が飛び交う空間になって欲しかったのだ。もう自分という器がなくなるくらい、自我がなくなって雌奴隷になるような気持ちになりたかったのだ。力づくで警官に抑えられている私の脳内は気持ちいい物質がドバドバ出ていた。過呼吸でよだれも止まらなかった。

「あひあひ」

 キモチガイイ。脳が犯されている。男に力づくにされるのいいよぉ。股もびしょびしょになっていた。

「や、やめてください」

 いや、もっとやれ。私を求めて!

「急におしとやかになりましたね」

「興奮状態が収まったようだ」

「鈴木さん、よかった……」

 私は気が抜けた。エクスタシー。



「あの、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

 私はくしゃくしゃになった髪を手ぐしで元通りにしながら言った。

「いや、鈴木さんが自殺しなくてよかったですよ」

 大家さんは優しく声をかけてくれた。

「じゃあ、我々も帰ります。また何かあったら呼んでください」

 大家さんと警官たちは去っていった。


 やっぱり私は自殺を誰かに止めてほしかったんだ。それも言葉ではなくてちからで。もう大分スッキリした。今日はよく眠れそうだ。



いやっ……やめて……、大家さん、私はそんなつもりじゃ……。警官は大きくて黒い警棒を私の目の前にぶらぶらとぶら下げている。もっと見たい、でも貞操の硬い女を演じなきゃ……。私の口に黒い警棒が……無理矢理……。

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