あたしは勘違いしていたようだ

「うそっ! SFってスペースファンタジーじゃないの!?」

「違うよ。サイエンスフィクションでしょ?」


 あたし、井塚百合枝はビックリして裏返り気味の変な声を出してしまった。

 ここは演劇部の部室。

 秋の文化祭で発表する舞台のプロットを三年生のみんなで発表し合っていた。


 部長であるあたしは三年間の学園生活で最後の舞台。

 卒業公演でもあるため、基本的には最上級生である三年生が書いたお芝居をするのが伝統になっている。去年はセンパイが書いたシナリオで。来年は二年生の誰かが話を書くのだろう。


 副部長の指摘にあたしはたぶん耳まで真っ赤になっているはずだ。

「でもSFって近未来のお話でしょ? ヂョーヂ・ルカースの『スターウェイズ』もスペースファンタジーじゃない」

「あれはスペース・オペラっていう、またちょっと違うジャンルだけどね」

「だったら宇宙もサイエンスも似たようなものだよね!」

「イツカは偏ったジャンルばっかり読むからねぇ」


 副部長が言うとなんかすごい説得力……周りのみんなもうなずいてるし。

 あたしの目指すSFってもう全然違う話だったのかな?


「それでイツカはどういうものをやりたいの?」

「せっかく女子校なんだから、もっとタカラヅカ的な耽美で華美なものをやりたいの。それで宇宙を舞台に離れ離れになった幼馴染の宇宙人が、実は敵対し合う惑星の王子と王女で……」



 企画会議は終わった。

 かろうじて男女の恋愛は話の筋に残ったもののSF設定はナシ。

 厳密に言うと、あたしの考えたスペースファンタジーはね。

 サイエンスフィクションで男女の恋愛は面白かろうという話になり、副部長のアイデアに一部盛り込まれることになった。


 過去からやってきた現代人の女の子は、テクノロジーの発達した近未来に飛ばされる。

 男女の仲の機微や色恋は、互いの感情ではなくAIの判断を最優先する風潮が支配しているのだが、未来に飛ばされた女の子が気を紛らわせていたのは、いつの間にか廃れていた星占い。それに願いを託す女の子と偶然出会ったAIプログラマーの青年の、朴訥家と夢想家の恋のお話――。

 うぅ~、なんか青くて寒いわ!

 あたしはもっと壮大なお話を舞台にしたかったのに!


 学校を出た後も、どこか気が晴れず、というか気恥ずかしさでなんとなく胸が痛いので回り道をすることになった。

 そしたら、マシモトキヨツから出てくる江戸はるみ発見!

 あたしと一緒にコスメ買いに行く約束してたのに、先に行ったんだ。

 そりゃそうか。はるみはビタミンサプリ買うって言ってたもんね。


 あたしは早足で歩くと、はるみの背中に近づいていった。

「何奴?」

 急に振り向いたはるみに、あたしはビックリしてまた変な声を出しちゃった。

「ちょっとなんであたしが近づいたことわかったの? マシキヨ寄ったの?」

「なんだ、百合枝か。驚かすにしても、もう少し気配を消して足音も立てずに、かつ素早く移動することだ。でないと敵に怪しまれる」


 案の定、はるみの手にはビタミンサプリがある。

「これで滋養を付ければ私の江戸患いも治るであろう。この後は小売の店子たなこから玄米を買おうと思っているのだが……」


 その時、はるみは急にあたしの肩を叩く。

「どうした、百合枝よ? どこか元気が無いな」

 あたしは別にはるみと一緒にマシキヨに行けなくて露骨にガッカリしてない。

 それに演劇部の卒業公演があたしの望む作品じゃなくなって落ち込んでる訳じゃないし……いや、訳なんだけど。そんなにガッカリしてるつもりは無い……事は無いかもしれないし、してると言えなくもないかもしれない。

「いや、まぁね。人生ってなかなか思い通りにならないもんだね?」

「そこまで落胆する何かがあったのか? それはもしかして……うん、まぁ、お前も年頃だもんなぁ。私の江戸患いよりは余程良いと思うが……同じおなご同士、気持ちはわかる……ような気がするよ」


 すると、はるみは入浴剤の小袋を分けてくれた。

「風呂にでも入って気を紛らわすのだ。湯治は良いぞ。恋の病だけは治せないが」

 はるみがくれたのは、名湯の温泉の元ではなく、美肌に効きそうな乳液配合のバスパウダーだ。

「これでおなごを磨いて、次の恋に備えるのだ」


 そう言うと、はるみは足早に歩いていった。

 とても追いかけるには敵わないくらいの早さで足音も立てず。


 相変わらずよくわかんないけど、いつもあたしの事を気に掛けてくれる、はるみの優しさが嬉しかった。

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