江戸患いのせいで命を落としたくノ一の私は二十一世紀こそ殿方と恋がしたいのに、学校でクラスの女の子から好きになられる話、でござる

邑楽 じゅん

どうやら輪廻転生したようだ

 なんと我ながら愚かなことか。

 このようなことで後れを取ったばかりか、命を落とそうとは。


 腹の傷が痛む。

 額からとめどなく脂汗は出るのに、身体が寒くて仕方ない。

 目も霞んできた。


 私は徳川幕府直轄の隠密部隊に所属するくノ一、おせい


 幕府の命に背き、私腹を肥やす御家人を調査すべく私は各地を暗躍していた。

 仲介する廻船問屋・田中平右衛門たなかへいえもんの動きを探るために駿河から上野に回り、下総に向かう途中で江戸に寄っていた。

 私が名を変え大奥に潜入したのは、手を引く御中臈おちゅうろう千勢ちせが田中平右衛門と懇意の仲であり、彼女が芝の増上寺の境内にたびたび遣いを出して平右衛門の商いを有利にする見返りとして金銭を得ている――そこまでの情報は掴んでいる。


 しかし、どうであろうか。


 大奥での生活を長くしている間に、私がまさかの江戸患いになってしまった。

 相手方の隠密に正体を暴かれた時には、天は私に味方をしなかった。

 そして、このざまだ。


 あぁ、よもや江戸患いだなんて。

 ましてや私はくノ一。常に闇を歩き続けた者だ。

 齢十八でこの命をもう散らすとは。

 もっと滋養のある生活ができて、華やかな衣で着飾った年頃のおなごのように振る舞ってみたかったものだ。

 そして素敵な殿方との色恋も……。


 やがて私の目の前は真っ暗になる。




脚気かっけ? なにそれ? ビタミンB1欠乏症? だったらサプリ飲めばいいじゃん。あたしもちょうどコスメ買いたかったから、帰りにマシキヨかウェルチヤに一緒に行こうよ!」

 机に頬杖をついたまま腐っていた私にクラスメイトが声を掛けてくる。


 ここは二十一世紀の日本。

 この歳にもなれば武家の男子は元服、おなごも髪上げをするというのに、この時代では周囲の者はまだ寺子屋に通っている。

 挙句に、場合によってはこれからさらに四年から六年もの間、大学というところに通って学問に身を投じるというのだ。

 法的には大人だと言うのに、この時代の連中はいったいいつ自立するのやら。



 素晴らしい殿方との恋愛を期待したものの、あいにくここは女子校。

 おまけに私は鍛錬で得た身体能力を買われて陸上部に所属している。

 私はおなごの武器であった長い髪を切り、スカートとかいう肌寒い衣の下にズボンを履いて、腐っていた。



 江戸患いが再発したのだ。

 というか、こうして記憶を残したまま新しい命と肉体を授かって未来の日本にやって来たというのに、江戸患いだけは完治していなかった。

 教員からは「インスタントや清涼飲料水をやめて、もっとバランスのある食事を摂りなさい」と説教される始末。

 そんな得体の知れない物は口にするわけがない。


 改めて、私は徳川幕府直轄の隠密部隊に所属するくノ一、おせい

 この時代では久野市くのいちはるみという名のようだ。


 しかし、クラスメイトからはこう呼ばれる。

「江戸はるみ」と。


 日本史の授業では、家康公から始まる代々の将軍様の御名をそらんじただけでこの始末。試験でも江戸時代だけは妙に成績が良いからだ。

 当然であろう、私は幕府直参じきさんのエリートだったのだぞ。


「だいたいさ、はるみったらそれで部活休んじゃうんだから、栄養足りないんじゃないの?」

 先程声を掛けてきた、同じクラスの井塚百合枝いつかゆりえが発言を続けていた。

「こればかりは仕方なかろう。まぁその……私もよくわからぬのだ。こう倦怠感が続いて手足に力が入らないと跳躍も疾走もできぬ」

「はるみってあんまりご飯食べてないもんね。それじゃやっぱダメだよ」


 彼女は私と仲の良い友人――という設定のようだった。

 私も彼女が声を掛けてくるのはまんざらでもない。


 そこに放課後を告げるチャイムが鳴る。

「あ、ヤバい! あたし今日は部活で大切な発表があるんだった! ゴメンだけど、マシキヨかウェルチヤはまた今度ね!」


 そう言って百合枝は駆けていった。

 未来の日本でのんびり学問を受けて、恋にも忙しい日常をと思ったものの、おなごの学校ではそんなものは夢のまた夢だな。

「あいたた……」

 私は痛む膝に手を添えながら、椅子から立ちあがった。


 四本足の動物の肉食は禁忌だし、食べ過ぎては隠密行動に支障が出る。

 握り飯と木の実ばかり食べていたのが裏目に出たが、まさかサプリメントがあるとは――未来の日本恐るべし。


 私は百合枝に教えられたマシモトキヨツに向かってみることにした。

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