第16話

翌日、正午。


 警護施設から少し歩いた場所にある街の門はここへ入って来た時と比べて少し寂しい雰囲気が漂っていた。


 ヨイチは自分の荷物をわきに置いてとある人物を待っていた。

 「こっちだ、ヨイチ」


 声のする方を向くとその待ち人、ララナットが手を挙げて立っている。

 高く結んでいるいつものポニーテール今日ははほどいてあり、服装も騎士団の装束ではなく薄桃色のワンピースをまとっている。


 一目見ても陽光の騎士団団長ララナット・リリベルだとは思えないのに腰に差している結剣のせいでやはりララナット・リリベルだとわかってしまう。


 「どうしたんですか。その格好」

 「なんだ、私が私服を着ているのはおかしいか?」


 ヨイチの言葉に不満を感じたララナットは結剣に手をかける。

 「いえそんなことは、剣をしまってください」

 「私とて休みはある。まぁ半休で昼番だがな」


 つまりこの後にすぐ仕事があるのか。ラティモスの案件で片付けるべきことは多い。


ヨイチが裏市の会場であったラティモスの首領ベインについては昨日の時点でララナット伝え捜索が始まっている。


 アンと闘ったユナという少女は警護施設で預かられたのち、都市の方へ移動になるそうだ。その動きについてもララナットに一任されているらしい。


とはいえ休みを使って見送りをしてくれるララナットをヨイチは嬉しく思っていた。こんな経験は長いこと旅人を続けているヨイチにはあまりなかった経験だからだ。

 そしてララナットの横にはヨイチの頼んだものがあった。


 「少し小さいが二人で移動する分には問題ない。耐久性も十分のはずだ」

 「ありがとうございます!」


 ヨイチがララナットに頼んだもの。それはキャビンだった。だが引っ張る動物を見てヨイチがぎょっとする。


 「何ですかこれ」

 「運搬用のリザードだ」


 キャビンとつながれていたのは通常の何倍かというほどのトカゲだった。イグアナともいえるかもしれない。


 「ともかくありがとうございます。これで良い旅ができそうです」

 「その割には顔が引きつっているぞ」

 「そ、そんなことは…」


 ヨイチは目をそらし苦笑いで答える。

 じーっと見つめていたララナットだがやがてため息を一つ吐いてヨイチの肩をポンとたたいた。


 「何かあれば私は協力しよう。たとえどんなことがあってもだ」

 「分かりました。その時が来たら人類最強剣士の力を貸してください」

 「あぁ、まかせておけ」


 差し出された手をヨイチは握り微笑みを交わして心で思う。


 ――いつかその日が来るならば…。


 手を離したララナットが視線を後ろにそらして微笑む。

 透き通るような涼やかな声がヨイチの耳に届いた。

 後ろを振り向けばアンが自分の荷物と一緒にサンドイッチやフィッシュバーガーを持ってこっちに向かっていた。その腰には氷結剣スカジが見えている。


 「アンの食欲はそこを尽きんな」

 あきれ顔でララナットが苦笑する。

 「当面の問題は彼女の食費ですね」


 そう言ったヨイチとララナットが顔を見合わせて声を出して笑った。

 二人の所についたアンは状況がつかめていないのかオロオロとしている。

 目の端に浮かぶ笑い涙を浮かべたララナットは並んだ二人を交互に見て一つ咳払いをして頭を下げる。


 「この度は本当にありがとう。協力、感謝する」

 「そんな、頭を上げてください」

 「そうだよララナット、もとはといえば俺たちが悪いんだから」


 頭を上げたララナットは二人の顔を真剣に見つめた。


 「これから大変なことがあるだろう。死ぬほど怖いことが、泣くほど恐ろしいことが、耐えられないほど理不尽な運命が…」


 そして二人の両肩を掴んで抱き込んだ。


 「だが立ち向かえ、逃げるな、その足で、その手で運命を叩き壊し、望む未来をつかみ取れ。幸せになれるように…」


 抱き寄せた二人の体を離し、今度は二人の頭を優しく撫でる。


 「何かあれば私はお前たちの剣になる。その未来を叩き壊す剣に…」


 ララナットの目にははっきりとした心配の色が浮かんでいた。

 アンとヨイチは顔を見合わせ頷き二人同時に頭を下げた。


 「ララナットさん、ありがとうございます」

 「お世話になりました」


 顔を上げたララナットの顔にはまだ不安の色が残っていたものの次第に安心した表情に変わり静かに頷いた。


 荷物をキャビンに運び込んだアンとヨイチは最後にもう一度ララナットに礼を言い、たずなを握る場所へ二人ならんで乗り込んだ。


「よい旅を、な」

小さく手を振るララナットにアンとヨイチも会釈をしてたずなを動かしリザードを動かす。


街を出たキャビンは加速をはじめどんどんとその場所から遠ざかっていく。

振り返りはしない。そうすればその街のことを思い出してしまうから。居心地の良さが染みつけば、慣れてしまえば、堕落してしまう。旅人にあってはならないことだ。


だから、ただ前へ前へ。


気の向くまま風の吹くまま。


「これからどこへ行きましょうか?」

風でなびく白髪を抑えアンはそう問いかける。


「そうだなぁ、どこへ行こうか」

行き先はヨイチにも分からない。ならば今はこのたずなにゆだねよう。


そうすればいつかはどこかにつく。

その場所がアンの深く暗く黒い闇を少しでも払ってくれると信じて…。


二人が乗ったキャビンが通りすぎた道には風に吹かれた黄色いナバナの花が二人を見送るかのようにひらひらと舞っていた。 

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