第13話
―二年前…。
「はぁ!」
「まだまだ!ほら、よっと!」
「ぐっ!」
軽々と剣を弾き飛ばされたアンの眼前に修練用の剣が突きつけられる。
「参りました…」
「はっはっはっ、成長しねぇなぁアンは!」
突きつけた剣を肩に乗せたアンの剣の師匠、ダースは快活に笑う。
その笑い声を聞いたアンはむくれた顔をダースにぶつけた。
「師匠はひどいです。少しくらい手加減してくれても」
「甘えたこと言ってんじゃねぇよ、このバカ。手加減してお前が強くなるわけねーだろ」
「それは、そうですけど…」
「それに、そんなもので得た強さは本当の強さじゃない!」
「ではどうしたらいいんですか!」
アンだってむやみに剣を振るっているわけではない。ダースと出会ってから三ヶ月。着実に身に着けてきた剣術は最初の素人感があふれ出たものと比べると多少なりとも変化は出ている。
斬撃の強さはもちろん、駆け引きのタイミングや防御に至るまで、アンはしっかりと成長していた。
特に鍔迫り合いからの攻防はそれこそ一番だった。ダースもその点に関しては舌を巻いたほどだ。
だがいくら成長しても、アンはダースに勝つことはおろかただの一度も攻撃がダースをとらえたことがなかった。
変わらずむくれ続けるアンの頭をダースはなだめるようになでる。
「どうしたら強くなれるんですか…」
うつむくアンから撫でていた手を止めたダースはその横に座った。
「強くなるのはこの上なく正しい。お前のこの先のことを考えたらそれは重要だ」
優しい風が吹く。こんな風にダースがアンをなだめるように話すときは自然と風が吹くのだ。ただただ、すさんでいく心をそっと撫でるような優しい風が…。
「だがな、強さの在り方を間違えるな」
「在り方…、ですか」
「心が暗く傷ついたままだとその強さは黒色になる。それは邪悪なものを指すんだ。本質を間違えれば全てが崩れてしまう」
「黒色…」
「だからアン、強くあれ。どんなことが起きても強くあるんだ」
「強くあれ、ですか…」
それはアンの心にスッと入ってきた言葉だった。
「そうだ、そうすれば真の強さを、澄んでそれでいて綺麗な色の強さを手に入れることができるはずだ」
ダースはもう一度アンの頭をやさしくなで飛び切りの笑顔を見せた。
「大丈夫、アンならできるよ」
ハッと目を覚ましたアンはステージへ吹き飛ばされたことを思い出す。打ち付けられた体は全身のいたるところから悲鳴を上げていた。
特に掌打を受けた腹部の傷はかなり広がっている。
『アン様!』
「ごめんスカジ!私どのくらい…、」
『ほんの一瞬気を失っていただけです。それより前を!』
スカジの言葉とともに前方から殺気。ユナがクロノスを振り上げ一足飛びで近づいていた。
アンは前方に氷の壁を横一面に出現させた。そのままステージから飛び降りユナの背後に回る。
「あなた、しぶとい…」
「かなりピンチなんですけどね」
「大丈夫、もう、終わるから…」
氷の壁はまた空気中の水分へと変わっていく。
『かなりやばいですね。空気中の水分はまだありますがアン様の体が…』
いつもおかしなことを口に出すスカジもかなり焦っているようだ。
「大丈夫、スカジ、傷を凍らせてもらうよ」
応急処置として腹部の傷を凍らせて止血する。
「それにからくりも見えたしね」
不敵に笑ったアンは氷のつぶてを出現させる。先ほどよりサイズは大きめ。だが量は一緒だ。
「いけ!」
アンの掛け声とともに再び氷のつぶてがユナに向かって動き出す。
「巻き戻し」
先ほど同様に氷のつぶてが元の位置に空気中の水分へと戻っていく。
だが今度はユナが信じられない現象を目にした。たしかに巻き戻したはずの氷のつぶてがユナに迫っていたのだ。
「っ!早送り!」
凄まじい斬撃で氷のつぶてを落とすが背中に一つが命中する。
「ぐぅ…!」
そのまま前に飛ばされるが受け身をとって体勢を立て直す。
そしてここに来て初めて無表情だったユナの顔が明らかに崩れた。
――時結剣クロノス。
その能力は言うまでもなく時間操作だ。今の結剣の中で言えばその能力はトップクラスのものだろう。自身の身体能力をレジストできて、氷のつぶてを巻き戻しできる。ほとんど無敵と言っても過言ではない。そうでなくては五大結剣にも選ばれることはない。
だが手も足も出ない状態で、その身に攻撃をくらいながらアンはそのからくりに気が付いた。
ユナはここまで早送りを身体能力のレジストにしか使っていなかった。同じように巻き戻しを氷のつぶてにしか使っていない。
アンは早送りが身体干渉、巻き戻しが物体干渉しかできないことに気が付いたのだ。
そしてもう一つ。アンの腹部に掌打を放つ前、ユナは凍らせた足の氷は巻き戻しを使ったが、それと同時に出現させた氷のつぶてには巻き戻しを使わず早送りで身体能力を上げて対応していた。
そう、クロノスの巻き戻しの能力には一度に戻せる容量に制限がある。
そこでアンは十二個の氷のつぶてを一斉に放ったと見せかけて六個だけを放ち、巻き戻しを使った瞬間に残りの六個を放った。
時間操作を得意とする時結剣クロノスのからくりを時間差攻撃で突破したのだ。
それでも致命傷を与えられていない。
「まだです!」
「なっ!」
畳みかけるようにアンが剣を振りかざす。
「早送り!」
そうつぶやいたユナに何も変化は起きない。
「まさか!」
ユナは足元が凍っていることに気付いた。だがもう遅い。アンの斬撃が今度はユナの腹部を襲う。ユナは驚異的な身体能力を発揮しクロノスでガードする。
と同時にユナの背後で先ほど似たような衝撃が襲った。
「こおり、なんで…」
「視認できなければ、巻き戻しも使えないでしょう!」
「このっ!」
ユナの後ろから現れたアンの氷のつぶてがまたもや背中に命中。その勢いで前へつんのめったところをアンの掌打がユナのみぞおちを捉える。
「かはっ!」
声にならない痛みがユナを襲う。
そのまま意識が遠のくユナ。しかし…、
「早、送…り…」
小さなつぶやきとともにユナの右腕だけが尋常じゃない速さでアンの右腕を切りつける。
「あぁぁ!」
スカジを落としたアンは気力だけで距離をとった。両腕からは血が滴る。
ユナは最後の一撃を振るった後に倒れてそのまま気絶していた。
「ぐううううっ!」
『アン様!止血します!』
出血しているところへスカジの氷を張り巡らす。だがこの程度の応急処置で激痛が収まるわけではない。
『アン様!』
徐々に意識が遠のいていく。
まだだ。まだ安全を確保できたわけでは…。
ヨイチさんを守る役割をこんな中途半端に…。
「アン!」
アンの名前を呼ぶ声。
ぼやける視界に人影がうつる。
赤色の髪が左右で揺れる女性がアンを抱きかかえた。
「大丈夫か、しっかりするんだ!」
「間に合った…、良かった…」
アンはその人がララナットと確信すると安心した顔で意識が暗闇の中に落ちていった。
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