第11話

アンとヨイチは動けずにいた。少女からでる異様な雰囲気が凄まじいものだったからだ。


少女の見た目はアンよりも頭を一つ小さい。そのけだるさが漂う少女はとても剣術を扱えるようなには見えない。さっきの完全な不意打ちも信じられない程だ。顔も無表情で何を考えているか分からない。


そして一際異彩を放っているのが…、

「スカジ、あの子の剣が…」

『結剣です。私と入れ替わりで五大結剣に入った子ですね』


それは少女の持つ剣だった。持ち手から刀身までが機械でできている。鍔の中央には時計があり規則正しく秒針が動いている。

少女の威圧感というよりも結剣の威圧感と言った方が正しいか。


「ヨイチさん」

アンが小声で耳打ちする。


「私があの子の相手をします。ヨイチさんは落し物を!」

言葉の途中で斬撃が二人のちょうど間に割って入る。二人はそれぞれ横に飛んでかわしアンが少女の前に出る。


「アン!」

「大丈夫です!ここは任せて下さい!」


アンはそう言って振り向く。

「用心棒は雇い主を守るのが仕事ですから」


アンの言葉にヨイチは頷き舞台へと走っていく。

この会場には舞台以外には何もない。あるなら舞台の裏だ。他の裏市の会場が潰されたいま、持ち運ばれた物はここにあるだろうとヨイチは考えていた。


「させない…」


その前に少女が立ちはだかる。ひるんだヨイチに少女が剣を振り下ろすが目の前に氷の壁が現れて斬撃をはじく。同時にアンが少女へ間合いを詰めて鍔迫り合いの体勢に持ち込んだ。


「ヨイチさん!」

「アン、ありがとう!」


 ヨイチは少女の横を通り抜け舞台の裏へと足を踏み入れた。

 舞台裏にヨイチが消えていくのを見届けてアンは鍔迫り合いの体勢から少女を押し返して距離をとる。


 「あなた、何者ですか?」


 「あたしはユナ、ユナ・エリス」


 そう言って少女は再び切りかかろうとするが、

 「凍ってる…?」


距離をとったアンはすかさずスカジの力を使い少女、ユナをその場に足止めした。

「そう、これがあなたの力、なんだ…」


 アンがこの少女との戦闘でやるべきことは二つ。


 一つはヨイチの忘れ物を探す時間を稼ぐこと。


 もう一つはララナットへの作戦のための時間稼ぎだ。


 しかし、アンの神経は最大級の危険信号を発している。ユナは今まで剣を交えた中では一番強いであろうことが直感で感じ取れる。


 当然ながらアンは結剣同士での戦闘経験がない。なんなら旅に出てから初めて今日初めて結剣持ちに出会ったのだ。それも二人も。


 スカジの力があって今までの戦闘を戦えていたが、幼いころより剣術を学んでいたわけではなかった。どちらかと言えば武闘派で剣術に関しては素人の域だ。


スカジを手にしたのはちょうど旅を始めた約三年前。

二年前に出会ったある人、アンからすれば師匠となる人に教わって剣術を身に着け始めたが元々の基礎能力は平凡以下だ。


それでもスカジの力がアンの戦闘能力の大半を占めているのは否めない。

そして目の前の少女、ユナはアンとわずかに剣を交えただけでその基本的な技量がアンの倍以上の力を持っていることを認めてしまった。


 加えて能力が未知数の結剣だ。いやでも警戒せざるをえない。

「スカジ、あの子の結剣のこと、どのくらい分かる?」

『あの子は時結剣クロノスです。残念ながら能力に関しては全く分かりません、ですが多分、最新です…』


 落胆と焦りのある声音でスカジはそう言った。

スカジが分からないのであれば探り探りやっていくしかない。

幸いスカジを扱える条件である大気中の水分はこの空間に十分ある。


 ユナはクロノスで足止めしていた氷を無理矢理に砕きアンを正面から切りかかる。アンは迎え撃つように剣を交えるが瞬時に再度ユナの足元を凍らせる。


 そのままユナの腹部に掌打。

 「ぐぅ!」

 ステップを踏んで後方へ移動する。これはアンが中々上がらない剣術にスカジがアドバイスして生まれた基本の技の一つだ。アンの武闘能力とスカジの力を合わせてものである。


剣術の差がある相手でもある程度ならやっていける。それが結剣持ちでなければ。

 ユナは再び氷を砕き先程同じ様に正面突破してくる。


 「何度来ても同じです!」

 その時、ユナの口が微かに動いた。


 「早送り…」


 「なっ⁉」

 再び鍔迫り合いに持ち込もうと一歩前に出たアンが違和感を感じたのと左腕に痛みが走ったのが同時だった。


本来目の前で鍔迫り合いをしているはずのユナはアンの後ろでユラユラと揺れている。


 「消えた?」


 左腕を抑えながらアンは距離をとる。傷は深くはなく先ほどの威力の掌打を打ち込める位には問題なさそうだ。だが痛みがないわけではない。


 「外した…」


 ユナはまた正面でクロノスを構える。


 「次は、とる…!」


 一足飛びで切りかかりながら間合いに詰めるユナ。

 「くっ!」

 アンはそれをスカジで流しながらユナの周囲に氷のつぶてを出現させる。最初にヨイチと出会ったときに見せたサイズよりも小さいが逆に量を増やした十二個の氷のつぶてが周囲に現れる。


 「動いて!」

アンの掛け声とともに氷のつぶての一つがユナに向かって動き出す。確実に命中したと思ったアンだが目の前で信じられない現象が起きた。

再びユナの口が微かに動く。


 「巻き戻し…」


ユナに向かった氷のつぶてがユナにあたる寸前で止まり最初の位置に戻ったのだ。そしてあろうことかそのまま消えてなくなってしまった。


 「噓…!」

 『アン様!』


 啞然としたアンにユナが迫る。一瞬のスキを突かれたアンは動けなかった。いや、動いていたつもりだった。反応はできていた。

しかし、ユナがまた消えたのだ。ついさっきアンの左腕を切りつけた時と同じように…。


 「早送り…」


そうつぶやいたアンは腹部に今までに味わったことのない衝撃を受ける。とっさに氷のつぶてを腹部に出現させたが見事に砕かれて後方へはじけ飛んだ。

まともに切られてはいないものの左腕の怪我と合わせてダメージは相当あり、体力はみるみるうちに削られていた。


「むぅ…、意外に頑丈」

ユナも今の一撃で決まったと思ったのだろう。無表情だった顔がほんの少しだけ困惑しているのが見て取れた。

『アン様、大丈夫ですか!』

「ぐっ!大丈夫!」


左腕を抑えて立ち上がったアンは腹部の方から温かみを感じる。おそるおそる覗くとユナが切りつけたところからはじんわりと血がにじんで水色のアンの服で赤い横一文字が浮かんでいる。


「氷の壁がなかったら真っ二つですか」

アンは苦笑交じりにそうつぶやく。


 スカジの力は確かにすごい。アンも幾度となく助けられてきた。その力に頼りきりになっているのがアンには情けなくてしょうがなかった。


 だがアンは首を振る。今の自分の力でやるしかない。ヨイチさんを守れるのは私だけだ。まだ空間内の水分はある。充分やれる!


 『アン様。彼女のクロノスはどうやら時間操作が可能のようです』

 「これはかなりやっかいだね」


 相手の能力についてはアンも先ほどの、二回目の打撃の時に気付いていた。あれは時間操作で自分の動きを早くしたものだ。


 「身体能力をレジストできるのね」

 『そうみたいですね。その逆、先ほどのアン様の氷のつぶてが消えたのは時間操作で元の空気中の水分に戻したのだと…』


 それが可能なら大気中の水分量にさほど変化がない今の状況に納得がいく。それと同時に相手の能力を考えたアンは苦虫を潰した表情になる。


 これではスカジの力が最大限発揮できない。しかし、同時にもう一つ、この結剣のデメリットがまだ明らかになってないことをアンは思い出した。


 「っ!」

 そこへ再びユナが切りかかる。

 その斬撃をスカジで受けたアンは足元がぐらついた。ダメージの蓄積がじわじわと表れ始める。


 ――長引かせるのはまずい!


 アンは再びユナの周囲に小さい氷のつぶて十二個を出現させユナの足元を凍らせるが…、


 「巻き戻し…」


 先ほどの氷のつぶて同様、足元の氷は空気中の水分へと返っていく。


 「早送り…」


 アンの目の前で剣を交えていたユナは一瞬で消え、そのままアンの目では追うことのできないスピードで氷のつぶてを斬撃で砕いていく。


 ユナは勢いを殺すことなくそのまま防御の構えをとっているアンのスカジをクロノスで押し返して腹部に掌打。


まるでアンの技の意趣返しのように繰り出された掌打は腹部の傷口を開くのに充分な威力だった。


 「あぁぁぁぁ!」


 吹き飛ばされたアンはステージに背中を打ち付ける。苦痛が全身を駆け巡り、苦悶の表情を浮かべる。


 ユナの掌打を受けたアンの腹部の鮮血は、鮮やかにその範囲を広げていた…。

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