第8話

「すっごく綺麗だったんですよ!」


 アンは夕食のオムライスを頬張りながら今日行った観光名所の「千厘の花畑」の解説をしている。


 ヨイチもこの街に来た最初の日に訪れたがその景色は素晴らしいものだということは分かっている。


 ちなみにアンはしっかり三杯目のオムライスでその食欲はとどまる事をしらない。

 「それでですね!ナバナのメープルジュースが凄く美味しくてですね!」


 「千厘の花畑の」すぐそばには養蜂場もありそこで作られえた商品も販売しているらしい。自給自足というやつだ


 「ア、アン。分かったからケチャップを拭おうか」

 「あ、す、すいません…」


 アンは恥ずかしくて顔をそらしながらケチャップをナプキンでゴシゴシと拭う。

 「それでヨイチさんはどうだったんですか?」

 「うーん、収穫無しかな。心当たりは探したんだけど…、どこもダメだったよ」


 ララナット・リリベルと出会ったあと、思いつく限り昨日の訪れた場所を周り、周辺の人にも尋ねたのだが結局手掛かりは得られなかった。


 「そうですか。大事なものなんですか?」

 「他のものは無くしても替えが利くから諦めるんだけどね。あれは大事なものなんだ。」


 実際ポーチ自体は無くしても別段なんの問題なかった。また買えばいいしそれこそその街のものを買えばいい思い出になるだろう。 

だがヨイチが大事なのはそのポーチの中身だ。

それはヨイチの存在を明らかにするものであると同時に秘密の一つである。


 『それよりヨイチ。あなた、浮気しましたね?』

 「は?」


 それまで黙っていたスカジのあまりに突拍子のない質問にヨイチはつい素っ頓狂な声を上げる。

 「ですから浮気、しましたよね?」

 「何言ってんだよ」


 そう言われてもヨイチには心当たりがない。

今までそんな関係になる異性がいなかったわけではないが今のヨイチはただの旅人。

 もちろん浮気をするような女性などいるはずもなかった。


 アンはオムライスをリスのごとく頬張った状態で目をパチクリさせながらヨイチの顔を眺めている。

 スカジは深いため息をついて尖った声をヨイチに向ける。


 『あの子たちがこっちに来ます。』


 スカジそう言うと宿の扉が開いた。食堂がしんと静まり返る。それはそうだろう。

黒色の軍服に高い位置で括られた赤髪。そしてその凛々しい顔つきを見ればこの街に来れば旅人でも気づかないわけがない。  


開いた扉の先にいたのは昼間のヨイチが警護施設で偶然出会った陽光の騎士団団長ララナット・リリベルだった。


 ララナットは周囲を探るように観察してやがて目印を見つけたのかわずかに口角を上げる。


 その視線の先にいたのはヨイチだった。やがて重たい靴音と共にララナットはヨイチの元まで近寄って手を上げた。


 「早く見つかってよかった。ヨイチ、情報が手に入ったんだ」

 「ほんとですか」


 感嘆を上げるヨイチだがアンは状況が呑み込めなくなって頬張ったままの状態でオロオロしている。


 「こちらのお嬢さんは君の連れか?」

 それを見たララナットがアンのことを尋ねる。


 「そうです。この子はアン。僕の用心棒です」

 「ヨイチ。自分で戦わずにこんな美少女に守られるとは…、君はクズか」

 「そ、それはちょっとひどいけど、何ともいえないな…。」


 頭を掻きながらヨイチは苦笑する。

 アンは段々と落ち着いてきたのかララナットを凝視していた。視線に気づいたララナットは口角を少し上げる。


 「すまない、お嬢さん。びっくりさせたかな。私は帝国自由都市モンステラにある陽光の騎士団のララナット・リリベルだ。ヨイチとは落し物の件で少しな。」

 「そうですか。私はヨイチさんの用心棒。アンと言います」

 「それ、俺がさっき言ったよ」

 「ご、ごめんなさい…」


 アンは両手で顔を隠してしまったが耳まで真っ赤になっている。そんなアンをララナットは何故か訝しげに眺めていた。

 「それで情報って、まさか見つかったのは…」


 ヨイチがララナットに会ったのは正午。あそこから半日で情報を提供できるほど陽光の騎士団の対応は素早かったのだ。


 「あいにくとポーチではないが、ラティモスのシッポを捕まえてな」

 アンの横に座り込みララナットは話を続ける。


 「ヨイチ。君のポーチがラティモスの裏市に出ていたらしい」

 「えっ?」

 「ちょうど君のポーチのオークション中に街の警護隊が突撃したみたいでな。その捕らえた者から情報を聞き出した」

 「そうだったんですか…」


 ヨイチは事の深刻さを秒刻みで感じ始めていた。

 「ではポーチはどこに?」

 「既にラティモスの拠点は三ヶ所に絞って捜索しているんだが見つかっていない。なんとか期待しているところなんだが…」


 ヨイチは腕を組みながら、ララナットは口に手を当てながら心当たりを探す。

ラティモスのオークション会場は特定の場所で行われている。


今まで街の警護隊が見つけられなかったのはその数が多すぎるが故に人員を割くことができなかったからだ。


しかし、陽光の騎士団が加わり人員に厚みができた。それで三ヶ所まで絞ることができている。


「それなら、早くしないと…」

「そうだ。時間がかかれば場所の候補が増える」


ララナットの言う通り進展がなく時間がかかれば警護隊も撤退せざるを得ない。そうなれば撤退した場所が新しく候補に挙がってしまう。


二人が再び無言になって模索しているところでアンが遠慮気味に手を上げた。

「私、多分知ってるかも、知れないです」


その発言に二人はアンに視線を向けた。

「ヨイチさん、今から向かいますか?」

ヨイチとララナットが視線を合わせる。


「裏市は基本夜だ。時間もそんなにあるわけではない」

ヨイチは頷きアンに問いかけた。

「アン、その場所はどこなんだい?」


アンの示した場所は陽光の騎士団が示した三ヶ所に当てはまらなかった。ましてやヨイチも思いつかなかった場所だった。


ララナットは疑いながらもアンの示した場所を確認して三人は席を立った。

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