第7話

「すごい…」


 目の前に広がる光景にアンは息をのんだ。そこには黄色の花が一面に並んで太陽の光をいっぱいに浴びていた。


 ヨイチとは別行動をしているアンが訪れていたのはこの街一番の観光名所である「千厘の花畑」だ。


咲いている小さく黄色い花「ナバナ」は暖かい春の日差しが当たり始めるこの時期が見頃だ。敷地一杯の花たちの中にはアンの身長を超えるものちらほら見受けられ、今が全盛期であることが分かる。


この「千厘の花畑」に木製のは小さな物御台が一つあるだけで、あとは人工的に花と花の間に作られた小道を使って近くで見ることができるようになっている。


見頃とあって街の人も稼ぎ時なのか花畑の近くに設けられた側道では屋台も出店していて観光客でにぎわいを見せていた。中には行列ができている店がいくつも見受けられた。


アンの手には先ほど屋台で購入したナバナのメープルジュースが握られている。もちろんアンは現在、絶賛無一文なのでヨイチからのお小遣いで購入したものだ。

お金を払うときに後ろめたさを感じたがおいしいものには逆らえないで気づけば買ってしまっていた。


屋台から近い場所にある休憩スペースで腰を掛けたアンはメープルジュースを呷りながら物腰のスカジに話しかける。


「忘れ物、見つかったかな?」

『昨日の今日でなくなっているとは思わないですけど…、見つけるのは無理でしょうね、アン様は悪い人です』

「やっぱりそうだよね…」


今頃ヨイチは一人で昨日の食事処へ訪れているはずだ。

「それはそうとスカジ。昨日の提案は強引すぎやしませんか?結果的に私は助かりましたけど。元はといえばスカジが荷物を外に置いて店内に入ろうと提案したのが…」


それはヨイチの用心棒にアンがなって二人で旅をするという提案だった。考えてみても大分おかしいし唐突すぎる。


ヨイチも笑って承諾していたが今朝から一人で考え込んでいるのをアンは見ていた。ぶつぶつ独り言をつぶやいていたのを聞くに相当二人で旅をすることを考えているみたいだった。


アンとしては申し訳ないことこの上ない。

『そこは謝りますけど、アン様が責任を感じてグズグズしていらしてるからですよ。ヨイチが良いというのですから素直に受け取っておきなさい』


昔から責任感が強くてバカがつくほどの真面目なことをスカジは知っていた。

『それに、アン様の目的を成し遂げるためにはヨイチは絶対に必要なのです』

「スカジ、ヨイチさんを巻き込むつもりなの?」

『彼は必ずのってきます。必ず』


 それはアンがヨイチに隠している一番深い部分だった。

いくら拭っても取り払うことができない暗く黒い部分。


そのことをたびたび夢で見ては動機が収まらなくなることもあるほどだ。

それはアンの祖国、グレイシャー帝国との切っても切れないつながりだ。

昨日の自己紹介の時にアンの出身がグレイシャー帝国だということがバレた時は相当に肝を冷やした。


国の内情については深く知られていないとはいえ一発で見抜かれたとなると少し恐ろしい。


もしかしたらヨイチはグレイシャー帝国に行ったことがあるのかもと考えたがアンの祖国は今も昔も変わらぬ鎖国国家だ。貿易などは当然なく旅人も来ない。


――まさかあの国に知り合いでも…。


そう考えてアンは首を横に振る。どれだけ考えても分からないものは分からないし、アンはヨイチのことを知らなすぎる。それはヨイチも同じだろうが。

ため息を一つついたアンは決心をした目をスカジに向ける。


 「分かりました。でもヨイチさんには私から話します」

 『はい、その方がいいかと』


 穏やかな春の風が吹き抜けていく。それはアンが育った国とは比べ物にならないくらい暖かくて優しくて。心を撫ででくれるような心地よさがあった。


 『では、行きましょう。ヨイチもそろそろ戻ってくる頃でしょう』

 「そうだね」


 アンは花畑に背を向けた。


 ――願わくば、春にまたこの場所へ来れますように。


 小さな願いを胸にそっとしまいアンは歩き出す。

 それを鼓舞するかのように、穏やかな春の風は鮮やかな黄色の花びらとともにアンの背中に吹いていた。

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