第5話
「用心棒?」
その言葉を聞いて首をかしげたのはアンだ。
あの後、ヨイチが宿泊している宿屋の滞在スペースでスカジの話の続きを聞いていた。
『そうです。今日一日でアン様がヨイチ様に借りた金額はとてもじゃないですがすぐに返済するのは難しいでしょう』
「それはたしかに…」
「何回も言うけど俺はそんなに気にしてないよ」
ヨイチがアンに貸したお金は約三年分貯めた位のものだった。
正直に言ってヨイチのお金の使い道は旅の必要経費くらいなので必要以上に持っていても困らない。移動は常に徒歩なので移動費には困らないし、長期滞在をすることもないので宿泊費用も多くなくていい。
ヨイチの旅のスタイル的にも名所を回るくらいで土産やご当地の名産品にもあまりお金を使うことはなかった。
「そういうわけにはいきません」
アンはきっぱりと言い切る。どこまでも責任感が強い子だ。
『アン様が用心棒をして旅を一緒にする。ヨイチ様は旅先で売った結晶の利益をそのまま借金返済に当てる。こういった感じでどうでしようか』
ヨイチの現状を踏まえると話的には悪くない。用心棒として元ではあるが五大結剣スカジとそれを扱えるアン。
それに結晶を売ってその利益が入ってくるのなら借金返済ができる。アンの責任と罪悪感も少しは軽くなるだろうと考えていた。
『もし用心棒としての力量に不満があるのなら問題なく。私がおりますので』
「大丈夫だよ。知ってる」
スカジにそう切り返してアンに視線を向ける。
「どうかな?俺としてはいい落としどころだと思うけど…」
アンはもうすでに決意は決まっているようだった。
「はい、それで構いません。よろしくお願いします」
深々とヨイチに頭を下げる。顔を上げたアンは少しだが微笑みを見せた。これで少しは責任も取れたのだろう。
「正直最近一人じゃ道中が心許なくてね。徒歩移動だし夜道の警戒とか野営とか大変だったんだ。アンみたいに強い女の子がいてくれると助かるよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます…」
アンは頬を紅潮させながら礼を言った。あまり褒められたことがないのか少しもじもじとしているのが可愛らしいなとヨイチは思う。
早くに故郷を出て、人と関わらずに旅をするのはそれだけ普通の人と同じ経験ができないということだ。
旅に出ることは特別だ。見られないものを見て、そこにしかない体験が、感動がある。それだけでなくそこを離れるときの寂しさがある。それが旅だ。日常では味わうことのできない非日常の特権だ。
長年の旅生活でヨイチのそういう風に考えるようになった。
これからはアンと二人。今まで独りで旅をしてきたヨイチにとって誰かと過ごすことは初めてだ。
また違う旅の形を知ることができるかもしれない。
「じゃあ、準備のやり直しだね。二人の旅は初めてだからあんまり分からないけど、ひとまずは二人分をそろえないと。今日はここの部屋をもう一室借りるからアンはそこに泊まるといいよ」
「そうですね。ありがとうございます。では私は今の宿舎から荷物と退室手続きをしてきます」
そう言ってアンは立ち上がりスカジとともに宿舎から出ていく。部屋代を貸すと言っても今回はすんなりと受け入れてくれたアンを見てヨイチは安心した。
やるべきことが明確になったおかげで迷わなくなった。ヨイチとしてもその方がよかった。
一つ伸びをして部屋で休憩しようと階段を上りかけたところでバタバタと騒がしい音とともに扉が開かれた。アンが走って戻ってきていた。
ヨイチを見つけて近づいてくるアンはどこかまた申し訳なさそうで目じりに涙が浮かんでいる。
「どうしたの?」
「す、すいません。退室手続きに払う宿代を貸してください…」
うなだれるアン。また彼女の罪悪感ポイントがたまってしまったのだった。
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