第3話

「お見苦しいところを…、ほんとすみません…」

「いいや、とりあえず無事でよかったよ」


トイレから戻ってきた少女は両目に涙を浮かべて謝った。

先ほど反省を生かして遅いペースで焼き飯を口に運んでいる。

その様子に安心してヨイチも食事を続けた。


やがて食事を食べ終わり、腹休めにコーヒーを飲んでいたところでそれまで黙っていた少女が口を開いた。


「えっと、ほんとにすいませんでした。修繕費だけでなくごはんもごちそうになってしまって。もとはといえば私が勘違いせずにちゃんと話を聞いていれば…」


出会った時のとげのある態度はそこにはない。

この少女は、本当は優しく責任感が強い子なのだとヨイチは感じていた。


「もういいよ。そんなに謝らないで。俺も悪かったしって、これじゃらちが明かないな。この話はこれで終わり!別の話、そうだ君のことを聞かせてくれないかい?」


「私のこと…、そうですね。それであなたに何か返せるとは思わないですが…」

コホン、と一つ咳ばらいをして少女は顔を上げる。黄色い瞳とヨイチの瞳が合う。

「私の名前はアンネ。アンと呼んでください。今はいろいろな国を巡って旅をしています。この街にはつい先日到着したたばかりで…」


「その若さで旅を?一人で?」

「はい、色々あって国を出てしまって、あてもなく放浪しています」

苦笑交じりに少女は言う。


「なるほどぁ。俺もそこそこ長いこと旅をしているけど、アンみたいに若くて綺麗な子にあったのは初めてだ。いまいくつなの?」

「えっと…、」


アンは手を口に当てて少し考える。

しまった、女性に年齢を聞くのは失礼だったかとヨイチは思った。しかし、アンは何か別のことを考えているようで難しい顔をしている。少し逡巡した後に、

「多分、二十一歳です」


「そ、そうなんだ」

 失礼でなかったと分かってヨイチは無でおなでおろす。

「えっとあなたの名前は…」

「あ、あー俺はヨイチ。君と同じ旅人だよ。年は二十六」

「あなたも一人で旅を?」

「そ、俺も独りで旅をしてる。俺はこの待つに来たのが二週間前かな。そろそろ次に向けて準備をしていたところなんだ」


そこから二人はどんな街に行ったとか、こんなことがあったとかお互いの旅の話を話題に徐々に打ち解けていった。

それもあってかアンの表情にも少しずつ笑顔が見え始めていた。

「しかし、ほんとに一人で、すごいね」


実際に二十一の女性が、多分旅立つ前はもっと若かったであろうアンが一人で世界を回るのはすごい大変なことだ。かなり苦労したのではないだろうか。

「それは、もうだいぶ前に慣れました。あと、本当は一人じゃなくて…」


アンは机の上に水色の剣を置く。透き通るようなその剣は近くで見るとより一層美しく柄の部分は氷の結晶のような六角形が飾られている。

「スカジ」

『はい、アン様』


その剣からはヨイチを凍らせたとは思えないほど優しく暖かな声が聞こえてくる。

「驚いたな。しゃべるのか」

ヨイチは素直な感想をアンには伝えた。

「はい。私はこのスカジと二人、という言い方があってはいないですが、これまで共に旅をしてきました」


ヨイチのように独りの旅とアンの一人の旅は全然違ったのだ。アンには話を聞く誰かがいて、心配してくれる誰かがいて、今日まで旅を続けてきたのか。


しかし、ヨイチはアンの剣を見ながら少し考えて、ため息が出た。

「氷結剣スカジか。またとんでもないものを持っているね」

「スカジをご存じなんですか?」

アンは目を見開いて驚いている。

「そりゃ、元五大結剣の一つだからね。砕けた氷結剣スカジ。俺はちょっとだけ剣に詳しいからね」


――結剣。

それはこの世界に存在する能力があるといわれているとても貴重でそれでいて異質な剣だ。単純に言えば魔剣だ。その結剣の中でも最上位に位置するのが五大結剣。少し前までこの氷結剣スカジもその中に入っていたが行方知らずになり除名されていた。

結剣が異質と言われている理由は、その結剣の所有者が異能を使うことができるようになるからだ。


例でいえば、つい先ほどアンが見せた周囲を凍らせたり、ヨイチの手をピンンポイントで凍らせたのがそうだ。もはや魔法と言ってもいい。氷結剣スカジだからできる氷の異能だ。


だがデメリットも存在する。氷結剣スカジのデメリットは大気中または近くに水分がなければ発動できないのだ。

それはほかの結剣も同様でデメリットを補いながら結剣を使用する必要がある。

そうは言っても結剣に認められなければ異能を使うどころは触れることさえ結剣が拒否するので所有者側もそれに見合う人間でなければならない。


「それに…、」

ヨイチはアンの白い髪と黄色い目を交互に見る。

その様子をアンはきょとんとした顔で見ていた。

「アンはグレイシャー帝国の人でしょ?」

「な、なんでそれを知っているんですか⁈」


アンは驚き大声を出して席を立つ。そこには焦りのようなものも感じられた。

小さくすいませんといって席に座るが動揺を隠せていない。


「まぁ、その容姿だからね。グレイシャー帝国特有の白髪、黄色い目に白い肌、そして氷結剣スカジだ。何も言わなくてもグレイシャー帝国の人だって言ってるようなものだよ」


『ご名答』

動揺しているアンに変わって答えたのはスカジだった。

もともと氷結剣スカジはグレイシャー帝国の所有する結剣だった。

『アンはグレイシャー帝国の国民です。家出をし、旅の途中で私は拾われました』

 明らかに噓だと分かる理由をその場ででっち上げてスカジは堂々と言った。

「ちょっと、スカジ。なにを」


『あなたが何も話さないのがいけないのでしょう?迷惑ばかりかけて、そのうえ無一文だなんて。これからどうするんですか?体でも売りますか?あ、確か腎臓は一つ売っても大丈夫そうですよ。聞いてますか、アン様?』

スカジの半ば説教のような話を聞いてアンはうつむいている。


「ま、まぁそのくらいに」

『いえ、アン様にはこれくらい言わなければダメです』

アンはまた両目の端に涙を浮かべてうつむいていたが突然ヨイチの方を向いて。

「よ、ヨイチさんさえよければこの体を…」

「そこまでしなくても大丈夫だから!無理しなくていいから!スカジも何言ってんの!」


白く透き通るような肌がこの時ばかりは真っ赤に沸騰していた。

それはもう全身から湯気が出ているようだ。どこまでもこの子はまったく。

しかし、アンをこの状態にしたスカジは反省するそぶりがまるでない。


『若い少女、食べ損ねましたね』

「ちょっとお前黙ってろ!」


いつも冷静なヨイチだがこのときばかりは大声を出した。

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