排除と将来

「レナードよね?」

そう声を掛けてきた女性にエレオノーラは身構え、レナードの手を握る。


「どちら様?」


「えっと幼馴染かな」

困ったようなその顔は、あまりいい人物ではないように思える。


「幼馴染?」

エレオノーラは更に警戒心を強める。


幼馴染という事はレナードの昔を知っているという事だ。


自分にはない思い出を共有した女性。


どのような人物かは知らないが、敵となるならば容赦はしない。


「あなたは誰ですか? レナードの婚約者は殿下ですよね。それをわかっていて隣にいらっしゃるの?」

咎めるような口調で話しかけられた。


「申し訳ございません」

存外常識を持っているものだなと、自分がその本人だとは言わず、手を離す。


知り合いだとでも言って非礼を詫びよう。


お忍びがバレるのも、レナードが浮気者とされるのも嫌だ。


素直に謝ったエレオノーラを見た後、レナードに向かって女性は笑いかける。


「でも相手があの氷姫だったら仕方ないわよね、たまには羽目を外したくなるわよ」

その場の空気が凍り付いたが、女性は気づいていない。


「氷姫とは、エレオノーラ様の事ですよね?」


「そうよ。見目麗しい王女様、でも心のない人形のようで、婚約者が見つからず、ついには人の好いレナードに手を出したと噂になっているわ」


「ラウラ、そんな事はないって言ったじゃないか。本当のエレオノーラ様はとても感情豊かで可愛らしい女性だって」

唐突な誉め言葉に、エレオノーラは俯く。


「まぁ! では何故他の女性と一緒に居たの? 浮気をしているなんて王女様に知られたら酷い事になるわよ」

ラウラはそっと小さな声で持ち掛ける。


「多少の融通を図ってもらえれば黙っていてあげるわ。そうね、愛妾にしてもらって、王城に住まわせてもらえればいいわよ」

脅すように言われレナードは顔色を青くさせていた。


エレオノーラはただラウラを見つめるのみ。


「あなたも同じでしょう? 私も楽な生活をしたいわ。いつまでもうだつの上がらない父のもとにいるのは嫌」

ニコルに目配せをすると頷いてくれている。


後で素性を調べ、糾弾をするつもりだ。


「残念ですが、わたくしとあなたは同じではありません。わたくしはエレオノーラ殿下の許可を得ていますので」

何とかこの場を取り繕い、去りたい。


浮気者と言われても、本人はここにいるのだから、修羅場などにはならないが、この女性の脅しに屈するつもりはもちろんない。


これ以上話せば凍らせてしまう自信もある。


「彼とのデートの時間が少なくなりますので、邪魔しないでくださいね」

怒りの滲んだ声音だが、それでも尚何かを言おうとしたラウラが、急に顔を赤くし、倒れこんでしまった。


「だ、大丈夫?!」

心配し、駆け寄ろうとしたレナードをキュリアンが止める。


以前の二の舞いになっては後が怖い。


「警備隊を呼んでます、あとは治癒院に連れてってくれますよ」


「それって……」

キュリアンは倒れた原因を知っているようだ。


駆けつけた警備隊にキュリアンが何らかの話をし、ラウラは連れて行かれる。


ついでに他の倒れたものも連れて行ってもらった。


「街中は危険ですね、すぐ馬車に乗りましょう」

ニコルが黒塗りの家紋のない馬車を呼び、乗り込む。


間を置かずに来たことから手配はすでにしていたようだ。


「あの、説明してもらえますか?」

馬車に乗り込み、レナードは説明を求める。


何故ラウラは急に倒れてしまったのか。


「私は風魔法が使えますので、あの女性の周囲の空気を奪いました。人というのは呼吸が出来なければ気を失います」

あれ以上行えば殺すことも出来たが、そんな事をしたらレナードが悲しむと考えた。


それと事情聴取でデートの時間を奪ってしまってはエレオノーラががっかりするだろうから、悔しいがあそこで止めた。


「王配のレナード様、そして素性を知らないとはいえエレオノーラ様を貶める発言は見過ごせません。よって少々手荒でしたが、排除させて頂きました。もしも本当に親しい御方なら今後は軽率な発言は控えて頂きますよう、レナード様よりご助言を差し上げてください」

エレオノーラを貶すものは許さない、しかしレナードの知り合いという事でこれでも押さえた方だ。


ただ次はない。


「親しいというか腐れ縁なんだよね、ただ領が隣で年も近いから話しかけられるんだけど、どちらかというと子分のように扱われるから距離を置いてたんだよね」

避けていたのによりにもよって今日は会うなんてと、苦笑いするしかない。


ニコルのやったことはやり過ぎだとは思うがラウラの発言も酷かった。


あれで懲りてくれればいいのだが。


「あれはどちらの方ですの?」

エレオノーラもまたラウラをあれ呼ばわりするほど嫌悪している。


品もなくまた自分を侮辱した者だ、好感を持てという方が難しい。


「イースティ侯爵家の令嬢です。普段はもう少し大人しくしているのですが、僕には何だか我儘なんですよね。ミカエルの前ではそうでもないのに」

侮られているのは間違いないので、正直もう会いたくない。


「今後はキュリアンに対応を任せればよろしいですわ、レナードはわたくしの夫、あの女性にも立場をわからせなければなりませんから」

背後にある王家の存在を大々的に示さねば。


「護衛騎士のオズもつけましょう、そろそろ今任せている案件も終わるでしょう」

キュリアンの提案に頷く。


「そうね、いいと思うわ」

オズは護衛騎士で本来ならばエレオノーラかレナードのどちらかに常に付き添う予定だったが、他の用事で忙しかった。


だが、それももうすぐ落ち着くはずだ、本来の任務に戻ってもらおう。


「レナード様はオズとは殆ど会ったことはないですよね?」

ニコルの確認に、レナードは考え込む。


「そう言えばほとんどないですね、名前くらいしか」


「普段はニコルとキュリアンで事足りますから。彼女にはドレス関係で色々と頼むことが多いのですよ」

お洒落が大好きで華やかな装いを好むオズは、エレオノーラ達の衣装デザインを担当していた。


護衛の仕事を差し置いて頼んだのはパーティ用のドレスや婚姻の準備などだ、それだけ全幅の信頼を寄せている。


「本日は婚姻後についての話も進めたいものですわ。子どもの事とか」

微笑むエレオノーラと対照にレナードは困惑する。


「まだ、そういう話は、早くないかな」

顔を真っ赤にするレナードにエレオノーラは微笑む。


「いやですわレナード、もう式は半年後ですよ?」

あと少しなのだ、待ち遠しくてたまらない。


その前にしっかりとレナードの事を皆に見せる舞台も整えてある。


今更何を言われようともレナードとの婚姻が覆ることはないのだけれど、家族以外を納得させる大事なことだ。


国内外問わず広くレナードの良さを伝えなくては。


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