声を掛けたのは
「レナード様ですよね?」
不意に声をかけられ、二人は振り向く。
「あなたは……」
「ミリア=クノーツ子爵令嬢です。だいぶ前にレナード様が飲み物を掛けてしまった令嬢ですね」
名を思い出せないレナードのためにキュリアンが耳打ちする。
エレオノーラが初めてレナードを意識したあのパーティで、レナードが転んだ時にワインを掛けてしまった令嬢の一人だ。
その中でも一番被害が大きかったのがミリアだ。
茶色の髪を可愛らしくまとめ、ふわふわしたドレスをまとっている。
小柄で可愛らしい女性、動きもぎこちなく、場慣れしていない雰囲気がありありと見える。
エレオノーラとは全く違うタイプの女性だ
「あの時の! その節は失礼いたしました!」
レナードは頭を下げる。
(こういうのが威厳と程遠いよな……)
内心で苦笑をしつつ、キュリアンはミリアを見る。
「クノーツ子爵令嬢、何か御用でしょうか? 弁済についてはアドガルム王家より十分にお渡ししたと思いますが?」
「嫌ですわ、そんな話じゃないのです。私はレナード様とお話がしたくて」
顔を上げたレナードにミリアが微笑みかける。
「あの時は動転してしまって、すっかり世話になったのにお礼も言えず。本当にありがとうございました」
ミリアは頭を下げる。
「謝らないでください。クノーツ子爵令嬢。そもそも僕が悪かったのです、僕がドレスを台無しにしてしまったので……」
「どうぞミリアと呼んでください。あのような状況でしたが、私、声をかけられて嬉しかったのです。あんな風に男性に優しくされたのは初めてでしたから」
頬を染めるミリアを見て、キュリアンの顔が険しくなる。
(あまり良くないな……)
この女性はレナードの優しさに気づき、どれ程のものかわからないが、好意を抱いている。
エレオノーラがいない隙を狙って話しかけてきたのも気に食わない。
「きっとエレオノーラ様も、そんなレナード様に心惹かれたのですね。エレオノーラ様が羨ましいわ、こんなに素敵な婚約者様がいるなんて」
「ありがとうございます、えっとミリア様。そう言っていただけるのは嬉しいです。まだまだ未熟ですが、エレオノーラ様を支えられるように頑張ってますので」
「レナード様は今のままで十分素敵ですわ。私も、もう少し早くにお会いしたかった……そうすれば」
「えっ?」
最後の方はレナードは聞き取れなかったようだが、キュリアンの耳には届いていた。
「そろそろエレオノーラ様のもとに戻りましょう」
不穏を感じ、この場を離れようと提案した。
そんなキュリアンの促しをミリアが止める。
「キュリアン様、もう少しだけレナード様と話させてください。憧れの方とようやく話が出来たのです、もう少しだけお目こぼしをしてくださいな」
キュリアンの頬が引きつる。
何たる無礼だろうか。
キュリアンが聞くのは主の命令だ、こんな小娘のものではない。
二人に見つめられたレナードは困りつつもキュリアンの方につく。
「すみません、エレオノーラ様を待たせてますので」
「レナード様!」
ミリアがレナードの背中に縋りつく。
キュリアンはぎょっとした。
レナードは王女の婚約者だ、それをこんなに馴れ馴れしく、堂々と触れるとは。
「クノーツ子爵令嬢、レナード様はエレオノーラ様の婚約者です。そのような事はおやめください」
(とっとと離れろ!バカ女!)
内心でキュリアンは焦る。
こんな場面をエレオノーラやニコルに見られたら、極刑だ。
特にニコルは容赦しない。
「少しだけ、このままで。だって、初恋の人なのですもの」
「は、初恋?!」
予想だにしない言葉に、レナードはさっと顔を青ざめさせる。
「申し訳ないけど、僕はそんな柄じゃないよ」
体を離させるとミリアはほろりと涙を流した。
あざとい女にキュリアンは嫌悪するが、レナードはそうではない。
落ちた涙を見て、レナードは慌ててハンカチを取り出す。
「とにかく泣かないで、ね?」
レナードが差し出したハンカチをミリアが受け取り、手を握る。
「やはり、お優しい方……」
そのままレナードに近づこうとしたミリアを冷たい声が制した。
「何をしてるのです」
声のした方を見れば、硬い声と硬い表情のエレオノーラとニコルが立っていた。
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