第二話 魔法


 

 王の間から出た透は二人の兵士に連れられて城の外に出た。元の世界は昼だったが、この世界は夜で満天の星が夜空にきらめいていた。

 

(これからどうするか……)

 

 まずは情報集めを最優先すべきだと結論づける。なにしろ、この世界に来たばかりでほとんど何も知らない状態なのだ。魔法に関することだけでなく地理的な知識も入れときたい。

 

 そのように考えていると、兵士の一人が剣を抜いてさきを透の喉元に向けた。


「どういうことですか」

 

「抵抗するなよ」


 そう言う兵士の声はきわめて冷たく高圧的だった。

 

「王の命令でお前を〈生廻せいかいの森〉に連れていくことになった。お前に拒否権はなく、抵抗すれば国家反逆罪として即刻死刑とする」


(そういうことか……)


 彼は瞬時に理解した。ディアグルは初めから彼のことを殺すつもりだったのだ。

 

 考えてみればそれは当然の処置と言えるだろう。異世界人なんて特異分子を野放しにするのはあまりにも危険すぎる。何をするかわからないからだ。特に透のような存在——闇属性の魔力を持ち魔族と疑われるような人間——を生かしておく理由などどこにもない。あの場で即処刑といかなかったのは、不都合な点がいくつかあったから。ただそれだけだったのだ。


 透は両手を縄で縛られ馬車に乗せられた。馬車は部屋のように中に入るタイプのもので四人が乗れるほどの大きさだった。

 

 二人の兵士のうち、一人が馬の手綱を握るために馬車の前方に、もう一人が透を監視するために一緒に中に入った。

 

「かわいそうだから少し教えてやるよ」

 

 同情心か親切心か、そう切り出して兵士は透に現在の状況について話してくれた。


 まず、今向かっているのは『ルールフォース王国』から西に約2kmほど進んだところにある〈生廻せいかいの森〉と呼ばれる場所だ。そこは魔物狩りや植物採取のために多くの冒険者が訪れ、そして死んでいく生命がめぐる森。入口辺りは弱い魔物しかいないため命の危険はさほどないが、中心に行くほど強い魔物が生息している。


 そして透が今から連れていかれるのは、ランクでいえばAランク——上級の冒険者が適するレベル——に区分されているエリアだ。本来城の兵士二人程度では危険で入れないような場所だが、今乗っている馬車には魔物を退ける魔法が付与されているため襲われる心配はない。


 しかし、ひとたび馬車から離れてしまえば獲物に飢えた魔物たちが襲いに来る。この世界に来たばかりで一度も魔法を使ったことがない透では生還はおろか、骨の一つも残らないようなそれほど危険な場所。それが〈生廻の森〉だ。


 また、魔法の属性についても説明がされた。魔法の属性は火、水、木、雷、風、土、氷、光、闇の九つでそれぞれ相性があり、普通人間は光属性を、魔族は闇属性の魔力を持っている。召喚されたときに水晶で見たのはあくまで適性属性であり、その属性しか使えないというわけではない。しかし、光・闇属性に関してはその魔力がなければ使うことができない、つまり人間は闇属性を、魔族は光属性の魔法を使うことは不可能なのである。


 よって闇属性が適性だった透はそれだけで魔族と疑われても仕方がないことだったのだ。


 

 一通りの話を終えた兵士はそれ以上喋らなくなった。


 馬車に揺られて目的地に着くまでの間、透はこの後どう行動するかを考えていた。



 

 ————————————


 


「降りろ」


 

「まあ、同情はするよ。だが仕方がないことだ」


 

「間違っても俺等のことを恨むなよ?恨むなら闇属性の魔力を持ってしまった自分を恨むことだな」


 

 そう言い残して兵士の二人は馬車を走らせ帰っていった。


 連れて来られた場所は広場のように少し開けたところだった。夜の森は静かで、風で葉の揺れる音がよく聞こえる。


(さて、どうしたものか……)


 話を聞く限り、生還はまずできないと考えるべきだろう。かといって、このまま野垂れ死ぬのは癪だ。透に生存願望はなかったが、それは自殺願望があるという意味ではない。


 まさか異世界に来ていきなりサバイバル生活を余儀無くされるとは。透は自身の不運さを嘆いた。


 彼は常日頃多様な知識を得るようにしているため、森で一晩明かす術を知っている。手先も器用なので技術についても申し分ない。学校では目立つのが面倒なので隠しているが、実際は勉強も運動もかなりできるほうで、わりとなんでも卒なくこなせるタイプの人間だった。


 ただ一つ問題があるとすれば、それは魔物の脅威だ。一応水晶に魔法名が浮かんでいたので魔法を使うことは可能なはずだが、一度も使ったことがないのは事実である。


(試してみるか)


 そう思った矢先、後方かなり近い場所からガサッと草をかき分ける音が聞こえてきた。


「……!」

 

 突然のことに透は驚いて固まる。見なくてもわかるほどの強烈な殺気を感じ、むしろなぜ今の今まで気づけなかったのかと自身を叱責する。

 

 後ろを振り向くとはそこには、体長およそ4mほどの熊がいた。目は赤く血走り口からよだれを垂らしていた。


 透は久しく抱くことのなかった感情——恐怖に心を支配された。


「グガアァァァ!!」

 

 熊が咆哮を上げる。額に汗が流れるのを感じた。これほどの圧を感じたことなど人生において一度たりともない。今すぐに逃げろと本能が叫ぶが、身体が石にでもなったかのように動かなかった。透は生まれて初めて蛇に睨まれた蛙の気持ちを体感した。


 彼が動けずにいる間にも熊はじりじりと距離を詰めてくる。少しずつ互いの距離が縮まり、いつしかその距離は熊の手が届くほど近くなっていた。


 灼眼しゃくがんの怪物がその目の前にいる獲物を仕留めるために巨大な右腕を振り上げた。


(殺される!)


 命の危険が目前まで迫ってきてようやく透は金縛りから解放された。咄嗟に身を躱≪かわ≫そうとする。しかし、ただの高校生が躱せるほど甘い一撃ではなかった。


「ぐっ……!」


 熊の攻撃をもろに食らった透は吹き飛ばされ、地面を転がってありったけの速度で木にぶつかった。


「かはっ……!」


 衝撃で意識が飛びかける。視界がぼやけ身体の複数の器官で異常が起きている。頭から生暖かい液体が流れるのを感じ、血が出ているのだろうとぼんやりとした頭で考える。


 文字通り満身創痍だった。骨の折れた左腕を見る。熊の攻撃をガードしようと咄嗟に構えたが、まさか一撃で折れるとは思わなかった。あまりの無力さに自分が情けなくなる。


「はあ……はあ……」


 痛みに顔を歪める透。たった一度の攻撃で死の手前まで追い込まれた。当然のことだが、今までにこれほどの怪我をしたことなどあるはずがなかった。


(このまま死ぬのか……)


 遠くなりかけた意識の中でそんなことを考える。死んでもいいとは思っていたが、こうもあっさりくたばってしまうのか。別に生きることに未練など全くないが、だがこんなしょうもない幕引きでいいのか。

 

(そういえば魔法も試せてないな)


 まだやれることがある。そのことを思い出した透はわずかに瞳に生気を取り戻した。


 そうだ。どうせ死ぬならやれることをすべてやってからでいい。何もやらずに無様に死ぬなんてとてもじゃないが受け入れられない。そう思い、痛む身体に無理やり命令を出す。


 未だに意識が残っていることすら奇跡に等しい状態だが、精神力と人並み外れた生命力で透はなんとか立ち上がることができた。


 この世界に来た時から漠然とだが感じることのできた魔力の存在。そしてその力が自分の中にもあるということもなんとなく理解していた。


「ふう……」


 深く息をつく。それだけで肺が潰れたのかと思うほど痛かったが、心を落ち着けることができた。自身の中にある魔力に意識を向け、それを使うような感覚で魔法を発動する。


「《赫薊野犴かっけいやかん》」


 その名を呟いた途端、全身からとめどなく魔力があふれ出た。


 

「うゥ……」


 


「GUAAAAAAAAA!!」


 

 

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クラスごと異世界召喚されたけど俺だけ追放されたので魔族側につくことにしました ひとねこ @hitonekodesu

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