第3話 いつもより過酷な朝

俺らは学校に間に合わせるため必死に走っていた。由利花は体力がないのですぐに疲れてしまう。だから、その限界まで走らせることにしている。


「疲れた…」

そう思った矢先、数分でばててしまった。まだ数分だけだぞ。


「大丈夫かよ。まあ、間に合いそうだし歩くか」

間に合うは間に合う。校門には辿り着けるだろう。教室に入れるかは微妙だけど。とりあえず校門通過で遅刻は回避できるから、それでいい。


「先行っていいよ」

「それでお前が迷子になる方がリスクある」

もし迷子になったら探すのが大変だ。授業に来ないとなれば、迷子になっているということだし、授業を抜け出して探す必要性すら出てくる。


「ごめんね」

「お前、付き合ってんなら要に迷惑かけるだろうし、少しずつ対策していかないとだな」

「…そうだね。そのうち」

顔をそらしてきた。絶対お世話になるつもりだったのにな、この人。


「まだ知らないんだろ、お前が極度で変則的な方向音痴だって」

極度というのは、一本の道でも間違いがあると迷子になることを指す。変則的ともいえる。特定の場面や状況、確率的に迷わないことがあることを指す。つまり、何年も迷子に付き合う俺ですら迷子になる原因がわからない。道を間違えたって気づくこともあるし。


要からしたらもう相当やばいほど迷子になりやすい人物なのはばれてそうだから、変則なのもそのうちばれるだろうし。


「う、うん」

また目をそらした。昨日結構のやばさだったと考えられる。


「まだ、すべてをお前に押し付けるわけにもいかないし、慣れるまでは練習に付き合ってやるよ」

「ほんと!!」

顔を一気に近づけてきて目がキラキラして喜んでいる。さっきまでの体力限界の顔はどこにいったんだろう。


「お、おう」

「ならさっさと学校行こうか!」

さっそうとステップを踏んでどんどん進んでいく。


「はー。由利花」

「何!」

「道逆」

早速迷い力を発揮してきた。


「あ、…」

テンションの上がったいい空気は一瞬にして凍り付いた。


そしてなんとか朝礼前に教室に入ることができた。


「おはよ」

席に着くと要が声をかけてきた。


「おう」

「悪かったな昨日急に。まさかすぐに返してくるとも思わなかったし」

「気にするな、覚悟の上で後押ししてやったんだから」

まだ俺には返答をしてくれていないけどな。


「というよりなぜ昨日電話に出なかった。そもそも彼女は何者だ」

あ、やっぱりその話になるよなー。そりゃ由利花が大変なヤツだとわかるだろう。迷子とかならまだしも、極度の方向音痴も完全にばれているようだな。


「帰ってからスマホ触ってなかったから気づかなかったよ。そもそもあの後で由利花が迷子になるってことを忘れていた。なんかいろいろ迷惑かけてごめんな」

なぜ俺が誤解されるんだってふと思ってしまう。迷惑をかけたのは俺じゃないし。あの流れで一緒に帰る方がおかしいと思うけど。


「まーな。あの」

「要君、おはよ」

話の邪魔をするかのように由利花が席から飛び出して挨拶してきた。


「おう、おはよ」

「もう二人仲直りしたんだ。いやーよかったよ。うん」

なんでこんなに焦っているんだろう。別に迷子になったことも帰ってきた方法も聞いているし。ってか仲直りってなんだ。


「昨日は大変だったな。あれは」

「要君。しばらくはりょうちゃんと一緒に帰るから安心して」

やっぱり焦っているなこの子。


「要。昨日何があった」

「そうだな」

「さっき言ったでしょ、迷子だよ。ほら」

「どうやって帰ったんだ?」

「スマホのマップで道を探った」

それは本人から聞いているな。やはり発案者は要だろうな。


「それでたどり着いた場所が」

「あー。もう時間だから座ったほうが」

スマホのマップで探って帰ってきたと俺はうかがっている。だけどそれ以降の話しがありそうだな。


「そうだな。この続きはまたあとでだ」

「あ、ちょっ」

この後は基本的に由利花の防衛システムが働くため、それ以降の話はできなくなるのである。まあ帰ってこれたことだし深追いはしなくていいか。


朝礼で席に着くと、気が楽になる。由利花は困らせるようなことはしなくなるし。朝からいろいろと急かせやがって。こんなんじゃあきらめる決心したのに、ゆらぎそうじゃないかよ。ほんと勘弁してほしい。離れようとしても離れられない関係。結局、どの距離感でも俺が一方的につらいのは変わらないってわけである。

俺と付き合わない未来だって考えられたうえでのこの結果だ。だったら、俺があきらめをつけるよりもあいつが楽な環境にしてやったほうがいいと思う。

「はぁ。また新庄は来てないのか」

由利花のせいで気づくことができなかったが、新庄まだ来てないのか。新庄未央。深夜アニメガチオタクで遅刻の常習犯。とあるゲームがきっかけで俺と知り合い、さらにとあるアニメがきっかけで由利花と友達になった。由利花からしたら数少ない女友達だ。学校からバイト、そしてアニメが日課というシンプルハードスケジューラーである。なのに提出物は忘れたことがなく、成績なんて俺よりもいい。さらに出席日数も調整してる悪い方向での頭脳派である。隣の席だというのに気づかないとか、どんだけ追い詰められてんだよ俺。

「おい、僚友。お前おこしに行けって言ってるだろ。友達なんだからさ」

「いや、言われてないんですけど」

「私との仲だろ。察しろ」

俺に朝礼に普通に会話をしてくる担任は小野田若葉。きっかけは忘れたが、なんやかんやでこんな洒落を言えるくらい仲のいい先生である。

「遅刻しそうな人はもう一人いるんで間に合ってます」

「っちょ、それどういうこと?!」

由利花が反応してきた。みんなにはバレているが、本人は隠している状態だったのに。わざわざ自白するとはさすがだ。

「あ、」

照れてる顔を見ると普通におもろい。周りの空気は完全に凍ってるな。ムードメーカーなら笑いになっていただろうが、不思議で近寄りがたい人物がこうやってもしらけるだけだし。

「ってことで未央は無」

「ハイセーフ」

新庄についての会話の最中に教室に入ってきた。ちゃんと五分の遅刻で。

「五分遅刻だ」

「いや、五分後行動ってやつですよ」

「それを言うなら五分前だ」

「そかそか。っまどっちでもいいや」

そういい、何もなかったかのように席に着く。

「ナイスタイミング」

小声で話しかけてきた。

「何が」

「しらけたおかげで入りやすかった」

ずっと入るタイミングをうかがっていたようだ。俺と由利花が作った雰囲気がベストタイミングなのは納得いく。

「ってことで明日から起こしてね」

「無理だろ家遠いわ」

「だろうね」

このマイペースプリ。俺の状況を全く知らないからいつも通りに俺と接してくる。これはこれでありがたい。

朝礼が終わると速攻で未央が顔をふせた。

「お前どれくらい寝たんだよ」

「えーとゲーム閉じたら遅刻ギリギリだった」

「それ一徹だろ!」

「違うよちゃんと寝たよ二夜も」

おそらくゲームの世界だな。

「なんでそれで頭いいんだよ」

「ゲーム攻略より簡単。成績良ければ誰も文句言わないでしょ。バカ親すらも」

こいつは家の人とそんなに仲が良くない。こういう性格であるし対立関係が続いている。今は成績がいいことを理由に親に何も言わせないようにしている。

「っまいいや。さっさと寝ろ」

「寝るわけないじゃん」

「なんでだ」

「めずらしいかわいい寝顔見れるんだから」

伏せた顔を横に向けた新庄の視線の先には、同じく顔を横にして目をつぶった由利花がいた。朝早起きしたというから誉められることだが、結果これか。遅刻しそうで急いだってのも原因だろうが。さっきの恥ずかしさの反動ってのもありそうだ。総じていままでにないことを朝起きてから連続で起こってエネルギーはつきたってことだ。

「写真撮ろうかな」

「やめておけ」

「いいじゃん。ってかいつ告んの?」

胸にやりが飛んできたようだ。ものすごく痛い。

「るせー」

「なにその反応もしかして取られた?」

さらに斧が飛んできた。めちゃくちゃ痛い。

「・・・」

何も返答ができない。どうどうと振られた報告するのは自分で自分に傷をつけるものだし。

「あーなんかごめん」

「別に要らないしゃーない」


「なら私にも…」

俺に聞こえない小さな声で何かをささやいている。

「なんだよ」

「あ、いやなんでも。そうだ。なら二人で遊びに行かない?バイト休みだし」

「それができたら行ってやるよ」

「え、なんで?」

「彼氏ができたところであいつが昨日と変わるわけがない。つまり俺がいないと家に帰れない。つまり、俺は由利花につかまるってわけ」

「え、何自意識過剰?」

「ちげーわ」

自意識過剰なんかじゃない。ただの勘だ。だが、この勘は当たる気がする。

「っまいいや。話疲れたから寝るおやすみ」

ガチ寝に入った。これは二時間目までは確実につぶすな。揺さぶっても机から降ろしても起きることはなくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る