第17話 深まる謎

「なあ大丈夫か。起きろよ」


 ハルヒトは自分が気絶させた警備員の肩を何度もゆすっていた。


 隔壁外で見つけた女の子が脱走した上に危険物指定を受けていることをアナウンスから知り、それほどに危険な奴が徘徊しているターミナル内でこのまま彼を無防備な状態で放置するわけにもいかないと判断しての行動だったが、まさか殴って気絶させた張本人に起こされるとは思ってもみない彼は事の成り行きに多少の混乱があるかもしれない。その対応を思うだけでもハルヒトは気が重くなるし、それらしい言い訳だって考えないといけないことには正直面倒くささだって感じている。


 なんてことを考えていると、警備員はぱっちりとした猫目を開けて馬鹿みたいな顔をした。


「あ、んー?」


 間の抜けた声を出してから警備員ははじけるように跳びあがった。視線を外さないようにと後ろ走りを行う警備員は、ハルヒトの目の前で追い詰められた犯人のように壁に後ろ手をつけて、素早い動作で左右を確認してから玉の汗を浮かべた狭い額を三回拭って一言いう。


「俺をどうするつもりだ!」


 やっぱり面倒くさいことになったとハルヒトは思う。


 しかしそのことを表情にはおくびにも出さずに、ハルヒトは今の状況がどれだけ切迫しているのかを雰囲気によって醸し出す。それを察した警備員が姿勢をそのままに生唾を呑み、それから目の前にいる男がいったいなにを言い出すのかを彼はじっと待っているようだった。


 ハルヒトは口を開いた。


「実はターミナルに侵入者がいるんだ」


「侵入者⁉」


 警備員は驚いたが、なにか思い当たるふしでもあるのか目線を下にしてすぐに黙った。彼は警報が鳴らされることを事前に知っているのだ。だからこそ、その情報をうまく利用してやれば、ハルヒトへの誤解を解くことも、現在の状況を説明することだっていくらかたやすくなるのである。


「俺はその情報をいち早く知らされていて、そしてその侵入者がこの階にいるという可能性があったんだ。それにこんなことは初めてだから、目についた者は侵入者だっていう心構えもしていた。まあつまり——」


 わざと気まずそうに間を空けると、警備員はハルヒトの言わんとすることを汲み取って、

「人違いで俺を殴ったってことかよ」


 非難するような目つきでハルヒトは睨まれる。


 その細められた目つきはますます猫っぽくなっている。


 しかしこれも計算の内である。


 ハルヒトの口からすべてを語ってしまうよりも、こうやって相手の口からあえて推量を語らせることにより事実の誤認は気づかれにくくなる。ハルヒトは内心ではほくそ笑みながらも、外面ではいかにもすまなそうな顔をして猫目の警備員に謝った。これでライブラリに侵入したのが自分であることを疑わせないし、すぐにアナウンスの内容を伝えることで警備員の意識を自分から逸らすことにも成功した。


 問題はこれからの行動だ。


 アナウンスからは追加の情報は来ないし、あの少女が脱走したところでなにを目的に動いているのかがわからない。前者については、例えばアナウンスで避難場所を告げたところで、その避難の原因である侵入者にも避難場所の情報が伝わってしまうのだからなんの意味もなさないと予想ができる。後者については、あの隔壁外で紡がれた少女の——やっと会えたね——の言葉を思い出し、まさか彼女の目的は自分ではないかと思うがそれは彼女のことなど本当に知らないのだからあり得ないと思う。


 動悸が早まる。


 胸を押さえてうずくまる。


 あの少女のことを思い出すと、自分のものではない埋め込まれた記憶が顔をのぞかせる。そしてライブラリからインストールした文書の『観測者』という単語があの少女とどういうわけか重なった。なあおい大丈夫かよと声をかける猫目の警備員にハルヒトは大丈夫だと手を振って答え、その間に警備員が眠っていた時に目を通した文書の内容を思い返す。



 結局のところで、歴史の消失(ロスト)なんて行われていなかった。



 不都合な歴史を隠蔽するためにターミナルの上層部が手を回し、およそ三百年ほど前に行われた世界規模の戦争は、そしてその後に行われた事の顛末は、幻想都市セイレンに住んでいる人々の目にも耳にも入らないように都市規模で情報が操作されていた。世界を巻き込むほどの規模で行われる悲痛の戦争はせせこましい人間同士の諍いや激しい国家間での闘争が原因ではなく、ある日突如として現れた『観測者』を名乗る存在が突然世界を覆うような大量の毒をばら撒いたことに始まる。その影響で百億に達しようとしていた世界人口の八割ほどが失われ、事の重大さを理解した人類は戦力を集うための新世界連邦を設立した。あくまでも武力行使は最終手段で、まず新世界連邦が行ったことは『観測者』との対話で、曰く、増えすぎた人類はこの星にとっての害であると、それを排除することこそが私の役目であると、ノイズのような見た目の謎の存在は遅効性の毒を止ますことなく世界にばら撒き続ける。


 ただ滅ぼされることをよしとしない人類は、当然、残された戦争という手段をつかみ取る。


 人的リソースを減らさないための無人機甲を大量生産し、それらをまるで神風特攻隊みたいに遮二無二戦場に投入した。データ収集の目的もあったのだろうが、どうにもこれが不味かった。地球創生から意思を持っているのだと真面目にのたまう『観測者』とかいう不届き物は、投入された無人機甲の操縦権を次々に奪い取りこれのせいで人類の敵は新しく追加されることになったのだ。このせいで世界人口の四割ほどがまたも失われることになる。 


 しかし、歴史的観点から見ると、戦争は人類が発展するための潤滑油となりえることを『観測者』は知らなかった。いや、知っていたとしてもそれを取るに足らぬと侮っていたに違いない。


 無人機甲が奪われてしまうということを知れば、どうしたらその事態に陥らないのかと思案してやがて脳波接続という機能が生まれる。指紋や声紋のように人によっての違いが脳波にもあり、それを利用して『観測者』に対しての機能的なロックを機甲にかけて事態を有利な方向へと傾ける。さらには、医療チームによるばら撒かれた毒への研究が進み、その抗体を作り出すと同時に防護スーツも作り出してさらなる戦場の有利を傾ける。機甲だけでなくて人であっても操ってしまう『観測者』がいるからこその防護服で、これは脳波接続の距離性の問題があり、人が戦場に出ることは珍しくもなかったことから発覚したのだが、そこに関してはクローンの技術の発展が大いに期待されてそして実質的な死者の数をゼロにしようとの試みがされた。まあその良いところまで進んだ試みは達せられる前に『観測者』の討伐という形で中断された。


 戦争が終わった。


 百年ほどの期間だった。


 世界の人口は四億程度になった。


 さらに山積みとなった問題はいくらでもある。


 戦争の爪痕の大きさといったら甚大で、『観測者』の残したそこらを漂う毒や操られた暴走機甲、その中に混じって地上を闊歩していた操られた人間はすぐに毒と機甲により殺されたので考慮外だが、このような世界で生きていくことは非常に未来性がないと新世界連邦の結論がされる。


 そうして人類が未来のために取った手段は、別の星への移住計画だった。


 これには反対の意見も挙がる。


 今まで過ごしてきた地球にはそれなりの愛着があるに決まっていて、それに別の星といってもどこに行くのかわからないし、その場所の安全性が確保されるのかもわからない。けれども地球上に毒が埋め尽くされた時点で、すでに移住計画は秘密裏に進められていた。


 太陽系外に存在する惑星アルブレヒト830j。


 これは天文学者であるドイツ人のアルブレヒトが発見した新惑星で、その質量、気温、公転周期がほぼ地球と同じの岩石質の惑星であることから一部から注目を浴びていた。そこに辿り着くための技術はすでに完成し、戦争中に発達したエネルギー技術に食糧事情を改善するためのプラント技術、環境に適応するための人体への研究だって十分に行われていた。ここまで条件が整えば当然反対の声も少なくなって、人々の意見も新たな星への生活について傾いていく。


 けれどそう事はうまく運ばない。


 惑星間移動を行うための宇宙船は、資源の問題から造船の数に限界がある。


 つまり、移住が可能な人数には限りがあるということで、実際に宇宙船は多くの人間を残して飛び立ったのである。


 ここまで来ればハルヒトにもわかる。


 毒の蔓延するこの世界に生きていること自体、自分たちが「見捨てられた」ことへの証明であるのだと。


 地球に残された人々は多大なコンプレックスを抱えて、戦争の防衛拠点として建てられた疑似的な都市に住むことになる。いつかは尽きてしまう資源に怯え、暴走している無人機甲に殺されてしまうことを怯え、それでもいつかは隔壁外の毒が消え去ってくれると願っている。


 なんとみじめだろう。


 歴史消失(ロスト)の真実とは、嫌な事実から目を逸らし、それを元から無かったかのように扱う、いい大人たちの哀れな負け犬根性の染みついた「逃げ」の手段であったのだ。



「——なあ、これからどうするんだよ」


 声をかけられてはっとする。


 我に返ると猫目の男が目の前にいる。


 薄闇に紛れた青熱灯の光は、男の後ろの巨大な扉を照らしだしている。この中には都市の一部しか知らない真の歴史が隠されていることを思いながら、


「とにかく装備を整えたい。だからブリーフィングルームのある階に行こうと思っているけど、ええっと君は、」


「コウシだ」


「コウシは銃を持っているかな?」


「ああ持ってるぞ」


 腰の後ろに手を伸ばしたコウシという名の警備員は銃を取り出し、ハルヒトはすでに彼が銃を持っていることを知っていたけど、あたかも今初めて知ったみたいにうなずいて、

「じゃあいざという時はそれで俺を守ってほしい。あとは連絡もお願いしたい。できれば連絡できる限りで一番偉い人に。警備はA班の担当だったから、サチ司令官がC班との兼任で関わっていたはずだけど連絡はつきそう? それならサチ司令官が一番いいけど、まあとにかくやってほしい」


「まあいいけど、偉い人となに話すんだよ」


「偉い人ほど今の状況はよくわかってるはずだろ? だから直接聞くんだよ」


 そしてあの少女の正体について聞いてやろうとハルヒトは思っている。ハルヒトの頭の中では『観測者』とあの少女が被ってしまうがそんなわけはないし、そもそも『観測者』はとっくの昔に倒されている。けれどただの女の子が第一種警報を鳴らすほどの事態を引き起こせるとも思えない。彼女を隔壁外で見つけたのはハルヒトではあるが、それをターミナル内に入れようと判断を下したのは上層部である。そこの判断理由についても聞いてみたいところではあるが、そこに話を持っていくためには自分の持つ情報を開示する必要があるだろう。


「それもそうだな。じゃあとりあえず今から連絡してみるわ」


 ハルヒトとコウシは会話をしながら中央エレベーターへと向かっていて、コウシが胸ポケットの中から端末を急いで取り出したところで丁度エレベーターの前に着く。あごを少し上げると、B4から30までの数字が横並びになっている階層ランプの光の明滅でエレベーターが下降していることを教えてくれていた。光の明滅がちかちかとB3を灯したところで、いったいどこのどいつが上層部以外立ち入り禁止の区画に向かっているのかとハルヒトは考える。 


 結論は、上層部の誰かに決まっていた。


 地下の構造については簡単なことしか知らないが、逃げる場所としてはそう悪くはない判断だろう。


 コウシの端末がやけに軽快なメロディーを流し始める。


 ターミナルネットワークを経由した彼の端末が、どこかの端末と繋がったとの知らせだ。


 コウシが小声で問いかける。


「おいどうする。俺からなにか話したほうがいいのかな? それともお前が直接話したほうがいいのかな?」


「じゃあ俺から話すよ。それ、渡してもらってもいい?」


「おう、わかった」


 コウシから手渡された端末を耳に当て、ハルヒトは相手の反応を待つ。


 わずかなノイズが聞こえる。


 回線が混雑しているのかもしれない。


『——あ、』


 なにか聞こえた。


 会話のきっかけとするために頭に浮かべた自らの所属と名前、それを口に出そうとしたところで思わず端末を耳から遠ざけた。


『         あ———————————————————————        』


 およそ人の出すような声ではなかったと思う。男なのか女なのかもよくわからない。


 不可解そうな顔をしたコウシが「ど、どうかしたのか」とおっかなびっくり尋ねてくる。


 コウシの声などほとんど耳に入っていないハルヒトは怒鳴るように声を出した。


「上層部の誰に連絡をつけた⁉」


「え、いや、お前がサチさんがいいって言うからその通りに…………」


 ハルヒトの剣幕に驚きながらも質問に答えたコウシは、動揺した時のくせなのかは知らないがよれた襟を正して飾りボタンの位置を修正しはじめた。そんな彼に、突然の大声を出したことを謝りながらハルヒトは、——さっきの声はサチ司令官のものか? そんなことを考えて、だったら上層部の何人かは、もうちゃんと機能していないのではないかとも思うし、あの少女の魔の手にすでにかかっているかもしれないとも思う。それならばエレベーターで下降していった先の人物はいったい誰だ。


 この疑問を打ち消すように、端末越しから鈍い音が聞こえた。


 声も聞こえる。


『勝手に私のものに触るな』


 サチ司令官の声だ。


 たぶん。


「サチ司令官ですか?」


 ハルヒトが尋ねると、

『そういうお前は誰だ。まずは所属と名前を述べろ馬鹿者が』


 ほぼ確定的にサチ司令官であるとわかり、ハルヒトははきはきとした口調で彼女の言葉に答える。所属はC、名前はハルヒト、現在の状況を確認するべく連絡を取ったのだと。そこで疑問の声がサチ司令官からあがる。


『どうして他人の端末を使っている?』


 もしもサチ司令官の立場にハルヒトがいれば、当然ハルヒトだってこの疑問が浮かび上がってくる。これにはわけがあって、連絡はターミナルネットワークを通して行われる。この過程を行うことは、ターミナル側に端末の情報を明かすことになる。普段であればなにも気にすることはないが、上層部の秘密としている情報がハルヒトの端末には入っているから、おいそれと連絡を取って端末の中身を晒すわけにもいかない。


「俺の端末は調子が悪かったので、近くにいた警備員の彼から連絡を取りました」


「コウシの担当は最上階のはずだが、なぜお前がそこにいた」


 さすがに鋭い。


 コウシへの説明に生じる矛盾を案じたハルヒトは、それらしい言い訳を考えてみるが瞬時にはそれが思いつかない。だから台詞の前半はなるべく小声で、台詞の後半は話題をすり替えた。


「俺がエレベーターに乗っている時に警報が鳴って、一番安全なのは最上階だと思ってそのまま上に。焦っていたんでしょうね。それよりも初めに聞こえたあのうめき声のようなものはなんですか? まさかサチ司令官が出したものではないですよね?」


『馬鹿を言うな。あれは例の危険物に操られた者の声だ』


「操られた?」


『そうだ。奴はモミジの所有していた銃型デバイスを隠し持っていた。貫かれた胸に無理やりにねじ込んで、だ。そして医療チームの脳をハッキング、そいつらは最低限の思考能力だけ残されて思うままに暴れはじめた。さらには脳に誤覚情報をねじ込まれて多くの傷を負っている。 


 私も含めた上層部がその様子をすぐ傍で確認していた。そして医療チームと同じ状況に陥った。結局上層部のメンバーで指示を下せるような状態の者は私以外にはもう残っていない。指揮系統はぼろぼろで、そこから借りた端末で警備室に連絡してみるも応答なし。アナウンスは遅れて流れ、的確な避難指示もない。今は例の危険物がどうなっているのかもわからない。情けないことだ。そして落とした端末を命からがら拾いに来て、今に至るというわけだ』


 ハルヒトの胸の内から自責の念が込み上げる。ライブラリに安全に侵入を果たすために、警備室の人員の制圧に加えて多少だが監視映像にも手を加えた。あとでフォローするつもりだったとはいえ、それがまさしくターミナル内の混乱の一因となっている。だけど危険物と呼ばれる例の少女が、まさかこのような事態を引き起こすとはいったい誰が予想したのか。


 ハルヒトは自分の疑問点をサチ司令官に尋ねる。


「サチ司令官。上層部の方々はどうして一人の少女の治療を揃って眺めていたのですか? なにか俺たちの知らない情報をあなたたちは知っていたのではないですか。それにあの少女が関わっているからこそ、上層部が総出になって同じ場所に固まっていたのでは?」


 端末越しの声はためらうように沈黙している。


 本当は、このような事態に陥ることをわずかな可能性として予想していた者がいたはずだ。


「——観測者(トロイヤ)」


 ハルヒトは決定的な単語を静かに告げる。これはサチ司令官を揺さぶるための一言であり、実際、彼女が端末越しからでもわかるように息をのんだことでハルヒトの疑念は解消される。ハルヒトが得た情報、そして今回の騒動にはなにかしらの繋がりがあるに違いない。


『ハルヒト、最上階でお前がしていたことは、』


「ええそうです。もうその罪は隠しませんし、受けるべき処罰もちゃんと受けるつもりです。だから、本当のところを俺にも教えてほしい。あの子の正体と、あの子の目的がいったい何であるのかを?」


 短い沈黙が訪れた後に重くなった口をサチ司令官が開いた。


『私にもわからない』


 この場に至ってまだしらを切るのかとハルヒトは思った。しかしその思考を先読みするようにサチ司令官は言葉の切り出しを「違う」という否定から始めた。


『確かになにかしらの繋がりがあるかもしれないと思った。ボックスでのメディカルチェックの結果からも通常の人間とは体の構造も違っていた。しかしお前も見たかもしれないが、ヤツに関しての情報はとにかく少ない。見た目はおろかその思考さえもわからない。それに、体の構造うんぬんで言うのなら、キサラギだって他の者と比べて脳に解明できないブラックボックスが存在している。しかしキサラギ自身に記憶はないし、ヤツに繋がる情報はなにも得られなかった。それにヤツと関係がなかろうと、人が生きているという点で他の都市との関係はある。その情報もほしかったし、今回はそれらを得られるかもしれないと上層部も期待していた。そして今回の顛末が起こった。少女の正体もその目的もまだ私たちはそれをわかる段階には至ってはいなかったというわけだ。それで、だ。とにかくお前の件は後回しとして、あの危険物の排除を優先しろ。あれの危険性だけは私もよくわかっている』


 ハルヒトはキサラギのブラックボックスについてかなり気になったが、そのことはとりあえずさて置いてサチ司令官の言葉に嘘がないかどうかを考えてみる。しかしサチ司令官の嘘のついているところなんて聞いたことがないし、それが端末越しであろうとも変わることのない事実なんだろうとも考える。それにハルヒトだってこのままあの少女を放置するわけにもいかないと思うし、現にモミジが被害者になっているのだから少女に一矢を報いるぐらいのことはしてやろうと思う。


 ——だけどあの子は俺のことを庇ってくれた。


 目的がなにもわからないということはとても恐ろしいことだと思う。本当は、行動の理念についてなんてなにも考えないほうがいっそ楽になるはずで、だけども姿形が人であるのならばなにかしらの理由がその行動にはあるはずなのだと考えてしまう。ただターミナル内を混乱に貶めるだけの目的ではないと、ハルヒトはそれを前提にして少女の目的を察してみようとするが結論だけが出てこない。


 けれど今考えるべきことはこんなことではない。


「それでは、一度俺たちと合流しましょう。場所は二十四階のブリーフィングルームでいいですか?」


『諸々の装備もそこにあるからな。私は問題ない』


 ここでハルヒトはふと、


「そういえば中央エレベーターで地下に降りていく人がいたのですが、地下の安全はどうなのでしょう?」


 ハルヒトは何気ない質問のつもりではあったが、サチ司令官は明らかに言葉をつまらせて、

『——とにかく会ってから話をしよう。とにかく急げよ。私も急ぐ』


 ここでちょうど地下にまで行っていたエレベーターが最上階にまでやってきた。ハルヒトは「ええ、それではまた後ほど」と言って連絡を切り、勝手に話を進めたハルヒトに対して、ちょっとだけ不満を述べているコウシと共にエレベーターに乗り込んだ。揺れ一つなく下降を始めたエレベーター内で、ハルヒトは、隔壁外での出来事を何度も頭の中で反芻していた。あの行動、あの言葉、あの少女は、——君はいったい誰なんだ。


 動悸がまた、早まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る