第6話 戦闘

 微弱電流を流して硬質化させたコートはカラスの翼のように翻る。有翼型イーグルの飛び回る一定の範囲の気流を瞬時にゲンブに演算させて結果を送らせると、ハルヒトは錯乱して右側をぐるぐると飛び回るイーグルの背にちょうど降り立てるように一つの気流に乗った。基本的なイーグルの対処は随行式支援型機甲を使って地面にたたき落とすことから始まるが、そのようなまどろっこしい工程はハルヒトには必要ない。きっとキサラギだって同じことだろうと思ってちらりと様子を窺えば、やはりハルヒトと似た動きをキサラギが見せている。


 ハルヒトはすぐさま視線をイーグルに戻す。


 イーグルがハルヒトに気づいている素振りはないし、ハルヒトが行った未来予測演算にもほとんど誤差はない。ハルヒトの硬質ブーツがイーグルの鉄の体に接地すること残り一秒、ハルヒトは腰のホルダーから銃型デバイスを慣れた動作で抜き取り、イーグルの無防備な首元に射出した有線を繋げて、早々に脳処理ハッキングの準備をする。


 ほどほどにばらまいた機能停止ウイルスの効果が見る間に発揮されるのと同じくらいのタイミングで、ハルヒトはイーグルの背に降り立ちハッキング開始、イーグルの迷路みたいに入り組んだブログラムの経路を電撃のように駆け巡る。イーグルの行動を司る可動機能を最初のゴールに設定して、あからさますぎる偽装機能には脇目もふらずに無視をして、天災のごとき強引さでプログラムの経路をショートカット。


 見つけた。


 イーグルの可動機能を大した労力も使わずにハルヒトは掌握し、そくざに次のハッキングへと移行する。自爆機能を次のゴールに設定して、大した労力を使わずに設定したゴールにたどり着く。ハルヒトの設定した時間が経つことで、自爆機能は勝手に起動するように仕掛けた。


 脳処理ハッキング終了。


 ——爆発音。


 ハルヒトが起こしたものでは当然なくて、そうなると、この爆発音を轟かせた人物はたった一人に絞られる。


 キサラギだ。


 数秒前から現在に至るまでの視覚情報を、隔壁の上からキサラギの様子を見ていたゲンブに送らせて、ハルヒトはキサラギの行動を理解した。彼女は、一体のイーグルにハルヒトと同時に降り立って、行ったのはハルヒトと同じ工程の脳処理ハッキングで、そうすることで空を飛ぶイーグルの操縦権を獲得。するともう一体のイーグルに操縦権を奪ったイーグルで特攻をしかけ、瞬く間に二体のイーグルを自爆機能により破壊した。


 この行動における特出すべき点は、脳処理ハッキングをハルヒトが終わらせたその時には、キサラギのすべての行動が終わっているという点である。これはハルヒトの脳処理ハッキングの時間の倍する早さで、キサラギの脳処理ハッキングは終わっているということを意味しており、これほどの早さを叩きだすには、どれだけの訓練が必要になるのかとハルヒトは気が遠くなる。


 内心でため息を吐く。


 かつてはNoahとの戦闘における一から十をキサラギに教える立場にあったのに、いつのまにか彼女の背中を追いかける立場にハルヒトはいて、それは本当に情けなくなるぐらいの出来事ではあるが、どれほどにこれが異常なことであるかをハルヒトを含めたクロウの面々はよく知っている。およそ最年少で脳処理ハッキングの速度のトップに躍り出たハルヒトが、得体の知れない新人にとんでもなく大きな差を開かれてトップの座を奪われた。そんなものはおよそ「人」の領域ではないと、キサラギは周囲の人々から気味悪がられ、彼女を目指して精進を重ねようとする者はハルヒトやジンを除いて他にいなかった。この作戦に参加している面々はいわゆる変人と呼ばれる人種で、キサラギへの対応にあからさまなトゲなどほとんどないに等しいが、他のクロウの面々であればこうもスムーズに作戦に移行することすらできないだろう。


 無駄な思考が増えてきた。


 ——ナノマシンによる感情抑制を強める。


 作戦行動への冷静な対処を続ける。


 ハルヒトは全身を殴りつける風圧に耐えるために、ふくろはぎ付近のホルダーから熱振動ナイフを取り出して、それを体を支える支柱とするために思いっきりイーグルの背に突き刺した。そして奪い取ったイーグルの操縦権を利用しての急直下飛行を試み、隔壁の上に立っているゲンブにワイヤーを使って下まで降りてこいと脳波で指示を下す。ハルヒトは機動性に優れる四脚型のウルフに狙いを定めていた。スザクによる電波妨害の影響はわずかにしか残っておらず、肩からの小型バルカンを斉射しているウルフは、ハルヒトの接近に気づいてばっと顔を上げた。


 でも遅い。


 ハルヒトはすでにイーグルの背から降りていて、硬質化させたコートを使って空を飛びながらイーグルとウルフが共倒れする音を聞いていた。クビキとモミジの主な仕事はこれでなくなってしまい、その旨をインカムを通して全体に告げるとモミジからピンポイントで怒鳴られた。どうして怒鳴られたのかよくわからないままに地面に降り立ち、作戦通りにアイランドのいる場所に向かおうとしたハルヒトの側面から八脚型のスパイダーが飛びかかってくる。ハルヒトはこれにちらりと視線をよこしただけでその足取りになんら変わるところはない。


「——ゲンブ」


 背中のブースターから推進力を得たゲンブがスパイダーの体勢をぐらつかせる勢いでタックルをかました。スパイダーの動きはハルヒトを襲うどころではなく酩酊状態の人間のようにたたらを踏んで、その頭上から銃型デバイスを構えたミツルギとナノマシンで感情を昂らせたジンの二人組が、コートをはためかせて降りてくる。スパイダーの担当はこの二人であるからハルヒトはこれに一切構うことなく、自分の相棒はどこであるのかとキサラギの位置情報を探ってみればすでにアイランドのすぐ近くにキサラギはいた。二人組での行動なんてなんの意味もなしていないし、ハルヒトとキサラギにとっては別々に行動をしたほうが効率がいいこともまた事実だ。


 草花の生えない乾いた大地をハルヒトは毒の瘴気を切り裂きながら走る。


 キサラギの背中が見えてくる。


 視線を少しだけ先のほうへと向けてみる。


 そこには、ぴくぴくと痙攣するように動いては、多くの損傷個所から青白いスパークと真っ黒い煙を放つ十六脚型アイランドがいる。さすがのハルヒトも驚いた。いくらなんでも早すぎるだろう。


 ハルヒトの接近に気づいたのかキサラギが振り向いて、


「戦闘状況終了しました。先輩」


 彼女に追いつくことは不可能ではないのかとハルヒトは思う。


 アイランドはたしかに自重に振り回される鈍重な機体ではある。それでもアイランドの名が示す通りの長大な体躯に加えて、弾幕の展開能力は他のNoahに比べて何歩だって抜きんでている。つまりは防衛機能に優れているのがアイランドの特徴で、だからこそミツルギもアイランドの防衛を六人全員で突破するつもりだったに違いない。それなのにキサラギは全員がそろうまでの短い時間に、ツキカゲの援護だけでアイランドを破壊してしまった。キサラギの腕に巻きついているツキカゲの手の甲から伸びているワイヤーは、しかしどのような攻略法をそれにより見出したのかがハルヒ

トにはさっぱりわからない。


「ああ! やっぱり全部終わってるじゃないの馬鹿ハルヒト。こんな気はしてたのよねー、あんたらがいるとなんでもすぐに終わっちゃうんだもん。降りてくるだけ骨折り損よねまったくもう、…………馬鹿」


 ばさりと降り立ったモミジは、二回目の馬鹿のところでハルヒトに走り寄ってはハルヒトの頭を叩こうとした。


 これを難なく回避するハルヒトだったが、それが気に喰わないモミジはキシャーと猫のような声を上げてハルヒトに襲いかかってくる。


「いやあお見事ですねキサラギ嬢にハルヒトさん。アイランドの自爆機能を起動させたようですが、炸薬の量が少なかったのかかなり原型が残っていますね。と、モミジ嬢も戯れはそこまでになさってはどうでしょうか? 確かに先行なされたことはあまり褒められたことでもないのでしょうが——」


 ——うっさい。やっちゃえニッコウ。


 モミジに続いて地面に降り立ったすまし顔のクビキは、モミジの相棒機である攻性型ニッコウに追われて、綺麗なフォームで逃げ惑いそのすまし顔を崩した。今日のクビキはハルヒトの目から見ても幸運に恵まれているとは言えないし、その間にモミジの引っ搔き攻撃を避けるハルヒトもあまり幸運に恵まれているとは言えない。どうして今日に限ってモミジの機嫌が悪いのか。そういえば、とハルヒトは今日の昼のことを思い出し、


「ねえモミジ。昨日のことなんだけど、もしかしてキサラギになにか言わなかった?」


 モミジの攻撃の手がピタリと止まる。


「あんた、気づいてたの」


 キサラギの裏にいた人物がモミジのこの反応から明らかになった。


「あのさ……」


 モミジはいまだに動かないし顔をわずかに伏せているしで、どのような表情をしているのかハルヒトにはモミジとの身長差のせいでわからず、しかしそれが噴火寸前の火山を思わせてそれが実際に正しい直感であったとすぐに思い知らされた。


「あんた! ちゃんと男になりなさいよ‼」


 躍動する火山の動きを表したキサラギの肩が、ハルヒトの元からずんずんと離れていく。その場に残されたハルヒトは唖然として立ち尽くす。男になれと言われてもハルヒトの性別はもとより男なのに——とそこまでハルヒトだって鈍感なわけでもないが、ゲンブから現在進行形で送られてくるサーモグラフィ情報にハルヒトは優先事項を据えた。


 ゲンブが見据えているのは十六脚型アイランド。


 その中央付近に熱源反応を確認。


 それは三十五度の温度を持ち、胎児のようにうずくまって液体のようなところに浮いている。


 ハルヒトは駆けた。


 ゲンブも連れていく。


 ニッコウに追いまわされるクビキを横目に追い越し、肩を震わせながらキサラギにも何かしらを言っているモミジも追い越し、倒れ伏している十六脚型アイランドの上に跳び乗ってゲンブに、その中央付近を塞いでいるひしゃげた鉄の外装をこじ開けさせる。この行動を不審に思ったキサラギとモミジが寄ってきて、こじ開けたその先にある卵形の水槽のようなものを二人は覗き見た。その瞬間、卵形の水槽が下から上に割れるように開かれて、黄身と白身のように緑色の液体がその内側からこぼれ始めた。


 そうして露わになっていく卵の中身には、ハルヒトが先ほどサーモグラフィによって確認した通りのうずくまった体勢で、まだ幼さを残した少女が眠るようにそこにいた。

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