第5話 情報分析
目の前には特殊ガラスがある。
特殊ガラス越しに見える景色は、朱に染まった太陽を頂くなんてことのない夕方の風景だ。しかしこれがターミナルの映写機から投影されている偽りの光景であることは、セイレンに住まう人々であれば当たり前のように知っている普遍の知識ではあるのだが、都市を取り囲む隔壁とそこから延びるドーム状の特殊ガラスの向こう側を実際に自分の目で確認したことのある者はそういない。
「よっし、じゃあ行くぞお前ら」
二メートル四方に切り取られた夕方の風景。そこから六人と六機が特殊ガラスの向こう側へと歩み出す。そして全員が通り抜けたころにはすでに退路は塞がれているという塩梅だ。六人と六機が再び都市へと入るためには、ターミナルにいる帰還部隊に無線で隔壁外に来るように呼ばなければいけない。まるで都市外へと追放された罪人のような気分にハルヒトは陥る。
しかし目の前の光景を見れば、ただの罪人を飛び越して死刑囚のような気分に陥るのはなにもハルヒトだけの感慨ではないだろう。
だって目に映る一面の景色が禍々しい紫色の瘴気に埋め尽くされている。
これはもう見たまんまの害ある毒であることは疑いようのない事実であり、二百年ほど前に行われていたとされる戦争にて、敵国を滅ぼすために使われた細菌兵器の影響が未だに残っているのだと言われている。まったく戦争なんてロクなものではないとハルヒトは思う。
「それじゃあハルヒト、いつも通りに下にいる奴らを探査(サーチ)してくれ。上の状況報告が間違ってるかもしれないし、あれから何体か追加されてるかもしれないしな」
ミツルギの言葉に「わかりました」と頷いたハルヒトは、見通しの悪い上空二百メートルから下の一帯にエコーロケーションの要領でゲンブから超音波を発生させる。発した音の反射を利用することで、ゲンブにNoahのいるだいたいの位置を演算処理させ割り出した。演算の結果は繋がれた脳波から送信させ、ハルヒトはその結果に怪訝な表情を見せる。
「どうだったよ?」
「司令官の言っていた情報にプラスがあります」
ミツルギはまじかあという表情を見せ、モミジもクビキも同じような表情をする中で、ジンだけは嬉しそうな表情を見せる。
「タイプは十六脚型の『アイランド』で、」
「おお、あのでっかいやつかあ、いいね!」
「隔壁の攻撃に参加せずに後ろのほうで身じろぎ一つしていません」
「は? どういうことよそれ。じっと見守ってるって感じなわけ?」
モミジの問いかけにハルヒトは「まあそんな感じかな」とだけ答えた。そうすると
「なによその曖昧な感じは」とモミジが突っかかろうとしたところに、ミツルギが諍いを仲裁するように話に割り込み、
「まあ十六脚型なんて自重に振り回される欠陥機だって言われてるし、できることなんて運搬程度のもんだからこいつは後回しだ。全然動かないのならさらに好都合だ。しかもこっちには飛び入りのおかげで戦力が増してるんだから本来の任務よりも楽だ。じゃあとりあえずの簡単な役割分担を決めようぜ。まずは空を飛んでるイーグルはハルヒトとキサラギが叩き落とし、そっから四人が降下、俺とジンはスパイダーを担当、クビキとモミジはウルフを担当して、その間にハルヒト組はアイランドを足止めして最後に全員で倒す。まあだいたいはこんなもんだろ。なにか意見は?」
声は上がらない。
「じゃあこれで行こう。クビキはいつものやつを頼んだ。それを合図にして作戦開始だ」
クビキの相棒機である妨害型のスザクは強力な妨害電波(ジャミング)を発信することができ、それはNoahの感覚器をしばらくの間混乱させることができる。ミツルギの言ういつものやつとはこれのことである。
もうじき戦闘が始まる。
ハルヒトは体内のナノマシン群を一気に覚醒させる。身体能力の向上はもちろん、視覚と聴覚を限界まで引き上げると同時、ことごとく沸き上がってくる感情を抑制しては鋭利な氷片のように思考を研ぎ澄ませていく。考えるべきは地表を覆いつくす毒と同様に戦争史における負の遺産であるNoahの排除である。戦闘用AIの搭載された主無き暴走機甲がNoahであり、人の集まる都市の気配を感じ取って決して少なくないペースでやつらは都市を囲う隔壁に攻撃を加えてくる。隔壁だってそう簡単に破壊される代物ではないが、うじゃうじゃと多く群れたやつらの破壊力には万が一の可能性だって断言して無いとは言えないのである。
そこでハルヒトたちの出番がやってくる。
鋭角なデザインの呼吸補助器と形状記憶素材を使ったコートはいずれも真っ黒で、隔壁の上に並び立つ六人の姿は群れた人間大のカラスに見えないこともないので、Noahとの戦闘を担当するC班は「クロウ」と呼称されることもしばしばだ。クロウの役割は、Noahが隔壁に接近した直後に破壊を行い、やつらを水槽に泳ぐイワシのようにうじゃうじゃと群れさせないようにすることである。
「スザク、おやりなさい」
スザクの背にある翼が開いたと同時に妨害電波が展開される。
「キサラギ、左の二体を頼む」
そう言って、ハルヒトはゲンブを残して隔壁から飛び降りる。
ついに戦闘が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます