第3話 授業前夜
あたしの村から帰ってからしばし。
母ちゃんお得意のサプライズ土産で、巨大なトラックの荷台一杯に積まれた魔法薬の材料や精製に使う器具類を下ろしたが、どこか保管場所があったかなと思った。
「この山、どうしようか?」
あたしは誰ともなく問いかけた。
「はい、大丈夫です。校庭の地下は保管庫になっていて、学生なら誰でも使えます。届け出が必要ですが、それはあとにして、保管庫を使うほどの荷物がある人は少数なので、誰も文句はいわないでしょう。それにしても、たくさん頂いてしまいましたね。どうやって、お礼をするか……」
ビスコッティが頤に指を当てて呟いた。
「いいっていいって、お礼なんかされたら母ちゃんが恐縮しちゃうから!!」
あたしは笑った。
「いえ、ここはしっかりお礼をしなければなりません。さっそく、父上……じゃなかった父に連絡する事にしましょう」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「……父上って、ビスコッティもよきお家柄?」
「いえ、とりあえず貴族は貴族ですが、なんの力もない田舎領主です。変な教育を受けたせいで、時々貴族っぽくなってしまって……。実際はこんなものです」
ビスコッティが笑み浮かべ、早口で呪文を唱えた。
「……ブリザードブレス!!」
突き出されたビスコッティの両手の平から青白い光線が放たれ、一瞬で校舎が氷りついた。
「なんかぶっ壊したくなった時は、事故を装って校舎を狙って下さい。強力な結界発生器が装備されているので、よほどの事がなければ破壊されることはありません」
ビスコッティが笑った。
「……それはいい」
あたしはニヤッとした。
「だ、ダメだよ。そういう時はドームだよ。正確には魔法試験機だけど、この学校にはないの?」
スコーンが慌てた様子で声を上げた。
「あっ、そういえば屋上でなにやら工事をしていました。警備員さんに聞いたところ、ドームがどうとか……。荷物を収納したら、さっそく屋上にいきましょう」
ビスコッティが笑み浮かべた。
集まってきたフォークリフトの大群に荷物運びと収納を任せ、あとは状況をみて適切に動いてとキットに伝え、あたしたちはビスコッティの案内で屋上に上がった。
想像以上に広大な屋上にはそここにベンチが置かれ、花壇や噴水まで整備されたちょっとした公園だった。
その端の方で、人の身長より二回り背丈のある、大きなカプセル状の機械が十台並び、数人の作業服をきたオッチャンたちが、なにやら点検しているようだった。
「あれがドームか。村の学校にも一台あったけど、あれはなんだって聞いても誰も知らなかったし、荷物置き場にされてたからね」
私は苦笑した。
「ダメだよ。荷物置き場にしたら。リズにいってもはじまらないけど!!」
スコーンが小さく笑った。
「まあ、これでドームがある事は確認できた。噂には聞いているけど、安全に魔法の練習ができるんでしょ?」
あたしが笑みを浮かべると、スコーンが笑った。
「本当はもっと前にあるべきものなんだけどね。これで、少ないかもしれないけど、事故死者が減るよ!!」
スコーンが笑みを浮かべた。
時刻は夜。
せっかくきたからと、先輩であるビスコッティをそのまま捕まえて、私たちは晩メシを食いに学食に向かった。
二十時からはパブタイムになってしまうので、まだ早すぎるくらいでちょうどよかった。
「スコーン、なに食べようか」
券売機に並んだあたしは、前にいるスコーンに声をかけた。
「そうだねぇ。『バリシャキもやし味噌ラーメン。ライス大盛り餃子煮込みうどん。デカデカバケツプリン』のセットにする!!」
……なんだそれは。
「そうきたか。あたしはどうするか。まず、オムライスは外せないな。あとは、カレーラスに牛丼に……」
気が付けば、あたしの手元には米のメシばかり集まってしまった。
「……まあ、いいか」
あたしがが食券機を空けると、最後にビスコッティがビシバシと迷うことなくボタンを押していった。
「教え忘れましたが、ここの夕食は定食を選ぶのがベストなんです。あとは、それに追加するだけで、豪華な食事になりますよ」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「……あたしのご飯たち」
全て米なので、あたしはこっそりため息を吐いた。
「はい、気にしないで食べましょう。トレー運びは手伝いますので」
ビスコッティが笑み浮かべた。
結局、メシを食いながらの会話も弾み、気が付けばパブタイムの時間になった。
「はい、ここから二十二時までは大人の時間です。食器はもう片付けてあるので、お二人は早く出ないと怒られてしまいますよ」
ビスコッティが、あたしたち背中を押すように優しく声をかけてくれ、異存もなにもないので、スコーンと一緒に学食をでた。
出入り口で学生証の提示が必要なようで、なかなかしっかり管理されてるようだった。
特にやる事もなくなったので、あたしはスコーンを誘ってこの学校自慢の図書館に向う事にした。
「東、西、中央ってあるらしいけど、中央が一番大きいみたいだから、まずは行ってみよう!!」
移動用の自転車をこぎながら、あたしは横に並んでいるスコーンに声をかけた。
「そうだね。まずは、どんな場所かみたい!!」
スコーンが笑った。
「よく分からないけど、一般開放されていないコーナーもあるらしいよ。そこに入るためには、上級生から推薦状をもらって、特別な許可を受けないといけないらしい。まあ、あたしたちにはまだ関係ないけど!!」
当然、あたしは気になるが、そういうルールということは、かなり危険な書物が収められているのだろう。
魔法書の中には、そういった本もあるので、油断は禁物だ。
図書館に向かう途中で、校内放送が流れた。
『新入生のみなさん、これから『力見』を行います。医務室に集合して下さい』
それを聞いて、あたしは小さく笑った。
力見とは、文字通り精霊力を計るもので、今後の魔法適性に繋がる重要なものだ。
ちなみに、ここでいう精霊力というのは体内にある潜在性霊力の事で、この世界にある全てのものに宿っている。
それと周囲を流れる自然の精霊力が影響しあって、様々な魔法が生まれるのだ。
「力見か。久々だな!!」
私は自転車を医務室に向け、一つ笑った。
「ねぇ、もう知ってるんでしょ。自分の潜在性霊力。私も知ってるけど!!」
スコーンが笑った。
まあ、どんなにクソボロい魔法学校でも、最初に力見をする。
一つでも一定の潜在精霊力があれば魔法を使えるというもので、あたしはもちろん村のボロ学校でこれを済ましている。
潜在性霊力は生来のもので、何度計ってもその値が変わることがない。
これは、努力や根性でどうにかならないので、魔法が使えない者は一生使えないという、恐怖のイベントでもあった。
「知ってるよ。これは、まだ魔法経験がない学生のためでしょ。何人弾かれちゃうか……」
この学校に入学するためには、一般入試を受けるか、推薦入試で少し楽ができるかしかないのが通常だが、いいところのご子息様を対象として、裏口入学も行われているのが実情だ。
この学校は、入れただけでも自慢になるのに、一般卒業と見なされる高等科を出て、初めて卒業証書がもらえる。
卒業したらもう名誉だが、裏口組の中で何人残れるか……。
この学校に入ってしまえば、貴族だろうと王族だろうと同じ扱いをされるので、どれだけシゴキに耐えられるかだ。
「まあ、力見で弾かれちゃったら合格取り消しだもんね。無意味だから」
あたしは笑った。
医務室にいくと、みんなが大人しく行列を作って待っていて、巨大な病院を思わせる室内では、教師のみなさんがフル稼働で力見をやっていた。
「なんか久しぶりだな。大丈夫だって分かっていても、緊張するよ」
あたしは苦笑した。
「私も久々だよ。学会で講演する時みたい!!」
スコーンが笑った。
「……学会なんて出た事ない。そもそも、どこで講演しているのか分からん」
あたしは小さくため息を吐いた。
「王都の魔法研究所でしょっちゅうやってるよ。聞いた話だけど、ここが会場になる場合もあるから、討論でもしてみたらいいよ」
スコーンが笑った。
そんな調子で列は進み、あたしの順番が回ってきた。
ブース状にカーテンで個室のようにして、疲れた様子の教師がお茶を飲んでいた。
「さて、次はリズさんね。すぐに終わるから動かないで」
あたしは勧められるままに椅子に座り、教師と向かい合った。
教師が小さく呪文を唱えると、あたしの前の空中に四つの玉が浮かび、赤、青、黄、緑に色が変化して、まるで燃え上がったかのように激しい光を放った。
「これは驚いたな。四つの潜在性霊力がほぼ均等に、しかもかなりの強さだ。これは、どんな魔法でも作れるようになる。頑張れよ」
教師の笑みに、あたしは椅子から立ち上がって一礼して、ブースの外に出た。
すると、こちらも終わったようで、スコーンがニコニコして立っていた。
「こっちにも声が聞こえたよ。私も同じ四つ。いいなぁ、私なんてメインの火属性以外は、微妙っていわれちゃったよ!!」
スコーンが笑った。
「そっか、それじゃ用件は終わったし、思わぬ予定変更はあったけど、図書館にいこう!!」
あたしは笑みを浮かべた。
医務室から一階に下り、そのまま外に出て案内マップ片手に進むことしばし。
中央図書館の巨大な建物の前で、私たちは自転車を降りた。
「ここか……。デカいな」
あたしは見上げるような高さの壁に、思わず圧倒されてしまった。
「あらゆる魔法書が集められているんだって。楽しみ!!」
スコーンが笑った。
「よし、いくか!!」
あたしは笑った。
開け放ってあった図書館の重厚な扉を抜けると、入り口になにやら機械を乗せた台が置かれていた。
「えっと……」
壁に貼ってある案内板によれば、この機械に学生証をかざして入館を記録しないと、けたたましいアラームがなるということが分かった。
「そういう事か。分かった」
あたしは笑みを浮かべ、機械に学生証をかざした。
ピッと音が鳴り、あたしは図書館内に足を進めた。
やや遅れてきたスコーンが、あまりに膨大な蔵書の多さに目を丸くした。
多分、あたしも同じ様子だったはずだ。
ぎっしり書架に収められた本……。何冊あるか分からないが、テーブルなどがおいてある閲覧コーナーを中心に、ドーナツ状に円を描いて書架が無数にあり、これでは選ぶだけで一苦労だろう。
「まいったね。試しに魔法初歩の参考書でも読もうかと思っていたんだけど」
あたしが苦笑すると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おっ、いたいた。部屋にいないからみんなで探していたんだけど、魔法使いなら勉強大事!!」
今のところあまり話す機会がなかったが、リナが笑みを浮かべながら、どうしていいか分からず、ただ呆然と立ち尽くしていたあたしたちに近寄ってきた。
「あのさ、ここって読みたい本を全部探すの?」
「そんなわけないじゃん。その辺の空いてる場所に座ってみて!!」
あたしとスコーンはリナにいわれたままに、空いているテーブルが置かれた席に座った。
すると、空中を何冊も書物が滑ってきて、テーブルの上に山が築かれた。
「これって……」
「そう。ここって思念を拾うようにできているんだよ。だから、読みたい本を勝手に席まで運んでくれるんだ。ちなみに、持ち出し不可だから気をつけてね。みんなには無線で連絡しておく。図書館から出ないと、無線も通じないんだよね」
リナが笑みを浮かべた。
「みんなで探してるって、どうしたの?」
少なくとも、あたしに心当たりはなかった。
「うん、屋上で天体観測しようって、カボが珍しく提案してきたから、全員一致で決まったんだよ。二人とも強制参加で。カボがお二人さんに興味があるって!!」
リナが笑った。
「そっか、屋上だね。せっかく図書館にきたから、少し読んでからいくよ」
あたしは笑った。
「分かった、そう伝えるよ。じゃあ、また!!」
リナが笑って図書館を出ていった。
「さて、どんな本がきたのかな……」
あたしは積み上がった本をみて、思わずコケそうになった。
「な、なんじゃこりゃ!?」
集まった本はいわゆるエロ本ばかりで、なぜかSM寄りのものしかなかった。
「なに、溜まってるの?」
スコーンが笑った。
……そういういい方をするな。
「ち、違うって。ムカついたから、トイレ行ってくる!!」
あたしは席を立ち、奥にあるトイレに向かった。
トイレで用を足して出ようとすると、どこにでもいる頭が悪そうな三人組が道を塞いだ。
「おい、お前が話題になっている『カルテット』か。先公の間で持ちきりだぜ」
「放っておくと調子に乗りそうだからな。一発締めておこうと思ってよ」
頭の悪そうな男子お二人さんがあたしにメンチを切ってきたが、逆に睨み返して黙らせた。
カルテットとは、四大精霊全ての潜在性霊力が一定ラインを越えいる者の事をいう。
通常はなにか一つだけだが、中には二つ持っている『デュエット』、三つ持っている『トリオ』というパターンもある
「それで、あとの一人はなにしてく……うぐっ!?」
言葉の途中で急に息ができなくなり、あたしは思わず床に転がってしまった。
……窒息魔法。ここは魔法厳禁のエリアだったはず。
しかし、そんなこともいえるわけがなく、呼吸ができずに床に転がってしまったあたしの末路はいうまでもない。
せめて、スコーンが気が付いてくれる事を願いつつ、あたしの意識は暗転していった。
ふと意識を取り戻すとあたしはまだ図書館にいて、床に寝かされた『あたし』と鎖のようなもので結ばれていた。
「……死んだか。初めてじゃないから落ち着いていられるけど、この鎖がやせ細って切れてしまうまで二十四時間。そうなったらもう戻れないし、そこで初めて死亡と見なされる。なんかスカスカして嫌になるよ」
これが魂。あたしは苦笑した。
眼下では、どうやら気が付いてくれたスコーンが、あたしの肉体にしがみついて大泣きしているようで、何事かと思ったのだろう。様子を見にきた職員が慌てて近くに壁掛けで設置されている電話の受話器を取り、どこかに連絡しているようだった。
「この状態だとお互いに会話もできないし、外部の音も聞こえないんだよね。ハラハラするよ」
あたしはため息を吐いた。
まあ、向こうからこっちのあたしは見えないので、お互い様ではあった。
「おっ、きたきた」
しばらくして、担架を持った医務室の一団がやってきて、まずは容態を確認しているようだった。
それが終わると、空っぽの肉体を担架に乗せて急いで搬送が行われ、私は鎖に引かれるままに、フヨフヨと上空を進んでいった。
運んでくれた皆さんが、医務室のベッドにあたしの肉体を寝かせ、なにやら呪文を唱えはじめた。
ちなみに、この状態の時は肉体は仮死状態になっているので、厳密にいえば死ではないのだが、医療現場ではそういういい方をする。
「さて、覚悟の時がきたね……」
あたしは魂なりに全力で身を丸め、思い切り歯を食いしばった。
しばらく待っていると、鎖が急に引っ張られる感覚を味わい、そして激痛が走った。
「いってぇ!!」
ベッドから転がり落ちるほど、あたしはジタバタ悶え苦しんだ。
「り、リズ!?」
スコーンが慌てて床のあたしに抱きついた。
「ああもう、なんでこんなに痛いんだか……」
あたしはスコーンを抱きしめてから、そっと離して立ち上がって、ベッドに腰を下ろした。
「大丈夫、大丈夫!?」
スコーンが隣に座った。
「もう平気だよ。これで何回目だか……。これが初めてじゃないんだよ。村のボロ学校で魔力の反射を食らってとか、崖から落っこちたりもしたな。肉体が著しく破壊されているとダメだけど、そこは運良くクリアしてきた。真似しちゃダメだぞ。痛いなんてもんじゃないから!!」
あたしは笑った。
「真似なんかしないよ。本当に平気なの?」
スコーンが心配そうに問いかけてきた。
「少し横になって休めば平気。しっかし、頭くるな。誰よ、あの三人組は……」
あたしは苦笑した。
「ビスコッティが調べてくれているよ。防犯カメラ画像もあるし、そんなに時間は掛からないと思うって!!」
スコーンが笑みを浮かべた。
「まあ、力見の結果を知ってるって事は、考えたくはないけど同じ新入生だよね。なんか恨み買ったかな」
あたしは苦笑した。
ベッドに横になって休んでいると、ビスコッティがやってきて笑み浮かべた。
「なんとかなったようで、私も安心しました。例の三人組が、現在なにをどこでやっているかも分かっています。私はこれから始末に行こうと思っています」
ビスコッティが腰に巻いた鞘からベルトの鞘からナイフを抜き、小さく笑みを浮かべた。
「ちょ、ちょっと、そこまでしなくても!?」
あたしは呆然としているスコーンの頭を引っぱたいた。
「甘いです、相手は有力な貴族の子のようです。もっとも、一貴族ごときがこの学校に手だしできるとは思っていません。しかし、暗殺という方法でリズを葬る事は可能でしょう。間違いなく放校処分の上、殺人罪に問われるでしょうが、ここでなにか横やりを入れる可能性があります。いっそ、今のうちに消してしまった方がいいです。ここで、待っていて下さいね」
ビスコッティがナイフをしまい、笑みを浮かべてベッドから離れていった。
「……例え誰が許しても、私は許しません。容赦はしませんよ」
そんな押し殺したような声と共に、ビスコッティの足音が遠ざかっていった。
「ま、マズい。死人が出る!!」
あたしは慌ててベッドから飛び下りたが、すでにどこかにいってしまったようで、ビスコッティの姿はなかった。
「は、速すぎるよ!!」
スコーンがアワアワしながら叫んだ。
「スコーン、行くよ!!」
あたしはスコーンを蹴り飛ば……そうとして、強烈な目眩に襲われてそのまま床に倒れてしまった。
「ああ、リズ!?」
スコーンが慌てて看護師を呼んで、私はベッドに横になった。
「いかん……。これは追跡できる状態じゃない」
あたしは天井を見上げ……追跡だけでもと、探査魔法でビスコッティの居場所を探った。
「なにしろ、学生だけでも数千人いる場所だからね。上手く拾えればいいけど……」
数千人もの人が密集しているのがこの学校だ。
あまりに対象が多すぎて発見は困難を極め、これは難しいと諦めた。
さて、どうしたものかと思っていると、いきなり私のポケットから声が聞こえた。
『ビスコッティです。リズのポケットに、こっそり予備の無線機を入れておきました。場所は屋上です。先日と同じメンバーで取り囲んで拘束してあります。蘇生術直後はしばらく動けないと思いますので、ゆっくり行動してください。それまで、待ちます』
ビスコッティの声を聞いて、あたしは一息吐いた。
「はぁ、良かった……」
まあ、正確には還蘇術と呼ぶのだが、事実上は蘇生術と同等に扱われている。
違いは魂を元の体に戻すだけか、適当な魂を肉体に封じ込めるため、あまりにも成功率が低く、また倫理上の問題で使用が禁止されているのが、本来の蘇生術という感じだ。
「うん、良かったよ。もしビスコッティがやっちゃったら、さすがに正当防衛にはならないだろうから」
スコーンが笑みを浮かべた。
「よし、まずは休もう。経験上、十分も休めば平気だから」
あたしはゆっくり目を閉じた。
「おーい、そろそろ起きて!!」
スコーンに揺り起こされ、あたしは目を覚ました。
「ありがとう。さてと……」
あたしはそっとベッドから下りて、特に問題ない事を確認した。
「よし、行こうか。もう、どうしてやろうかって、心に決めてはいるんだけどね」
私は笑みを浮かべた。
「……グロいのはやめてね。嫌いだから」
スコーンがため息を吐いた。
「グロくはないよ。むしろ、そっちの方が楽かもって感じだけど、これで完全にブチ切れているから!!」
私は普段帯びないショートソードを腰につけ、ホルスターから拳銃を抜いて残弾チェックをした。
ちなみに、この学校では自衛用としてある程度の武装は許可されていて、あたしは事前に基準をクリアしていた。
「リズ……剣なんて持って。今回はどう考えても向こうが悪いし、リズがどうしようと私はなにもいえないけど……。できる事なら血なまぐさい事は避けて欲しいな。ダメ?」
なにか悲しそうな顔をしたスコーンの頭を撫で、あたしは笑った。
「平気だよ。あたしも、あんなの相手に剣を汚したくないし。さて、行こう!!」
あたしは医務室の看護師さんにお礼を述べてから、医務室を出て急ぎ足で最寄りのエレベータに向かった。
壁に設置してあるパネルの上矢印ボタンを押し、扉が開いてカゴに乗ると、屋上を示すRボタンを押した。
「待たせちゃったね。急がないと……」
ここにきて、あたしのポケットにハンディタイプの小型無線機がある事を思いだした。
「これか。使い方はなんとなく分かるけど、もう着いちゃうな」
ポケットから取りだした赤い無線機を片手に、あたしは苦笑した。
「私も欲しいな。済んだら購買にいこう!!」
スコーンが笑みを浮かべた。
「そうだね。私も自分の無線機が欲しいな。嫌な事は、さっさと済ませちゃおう」
あたしは笑った。
屋上に着くと夜闇を照らす魔力灯がほのかに光り、屋上は幻想的な雰囲気に包まれていた。
「えっと、どこだ?」
異常に広い屋上なので、ビスコッティたちがどこにいるのか分からなかった。
「こんな時は探査魔法だな。えっと」
あたしの目の前にある空間に見慣れた画面が現れ、場所を屋上のみに設定してさっそく調べた。
「……いた、ここからはちょっと遠いな」
今日は多少冷えるせいか時間帯のせいか、屋上には人影があまりなく、その中で人が固まっている場所を探すのは容易かった。
「リズ、痛いのはいいけど、血なまぐさいのはダメだよ!!」
スコーンが笑みを浮かべた。
「だから、そんな事しないって。……まあ、そっちの方がマシかもしれないけど」
あたしは小さく笑みを浮かべた。
「リズ、目が笑ってないよ……」
スコーンが小さくため息を吐いた。
「そう? よし、走ろう!!」
「あっ、待って!!」
あたしとスコーンは屋上を走り、しばらくして見えてきたビスコッティの背中にそっとタッチした。
「あっ、もう大丈夫ですか?」
ビスコッティが心配そうな表情を浮かべた。
「うん、大丈夫。それより、パブタイムは?」
「お酒はこのあとで。今はこちらが先です」
私は六人に囲まれ、後ろ手で拘束されている見覚えのある三人組に面と向かった。
「……マジだ。生きてる」
「……お前の魔法、失敗したんじゃないか?」
「……そんなわけないだろ」
そんな三人組の声を聞いて、少し感じていた躊躇いも消えた。
「これは、あたしからのお返しだよ。一生反省してろ」
あたしが呪文を唱えた途端、屋上が揺れはじめた。
「ば、馬鹿野郎。俺はジッキンゲン公爵家の長男で……」
バカ三名のうち一人が叫んだ瞬間、あたしは剣を抜いてバサバサと空間を斬った。
三人が立方体のような形をした空間の中に閉じ込められ、最後にバサッとこの世界から剣で斬り離すと、そのまま視界から消えていった。
「……これ、地味だけど結界魔法を応用した攻撃魔法だよ。詳細は秘密だけど、あの三人はもうこの世界に戻ることはない。実はさらに酷いんだけど、これも秘密。さすがにドン引きされそうだから」
あたしが剣を鞘に収めると、バックアップをするつもりだったか、ララも抜いていた剣を鞘に収めた。
「えっ、気になるな。秘密なの?」
少し驚いた様子のスコーンが、なにか教えて欲しそうに聞いてきた。
「うん、これはダメ。真似されたら困るっていうか、怖い魔法は教えないのが普通でしょ!!」
あたしは笑った。
ビスコッティたちに深くお礼を述べて、あたしとスコーンで年中無休の購買へと出向いた。
「すっご……。巨大なマーケット並じゃん」
あたしは思わず唖然としてしまった。
「これは期待できるね。まずは、無線機を買おう。どこかな……」
私たちが購買に入ると、さっきまで屋上にいたビスコッティたちが、エプロン姿で店内に散って品出しをしていた。
「……速い」
「……バイト?」
あたしとスコーンはポカンとしてしまった。
「あっ、いらっしゃいませ」
ビスコッティが笑った。
「……なにしてんの?」
「はい、見ての通り世を忍ぶ姿で、あなた方の護衛です。リズがあんな目に遭った以上、警備体制を強化しなければと。この学校には、上級生が特定の下級生を見守る制度があって、これに参加すると評価ポイントがつくんです。今はリズとスコーンを対象にしています。今日は大失態でマイナスポイントですけれど」
ビスコッティが苦笑した。
「へぇ、色々あるね。そうだ、無線機を探しているんだけど……」
あたしが笑みを浮かべると、ビスコッティが頷いた。
「はい、それはこちらです。性能はどれもほとんど変わらないので、チョイスするポイントは色でしょう」
ビスコッティに案内され、あたしたちは購買の奥に入っていった。
「うわ、色々あるね!!」
あたしは笑った。
台の上に見本が並んだ無線機コーナは、この広い学校では必須アイテムなのか、かなりのスペースを取っていた。
「あっ、私これ!!」
スコーンがピンクに白玉模様の一台を見つけ、見本の奥にあるパッケージを取った。
「あたしはなんでもいいな。防水防塵対ショックのこれにするか」
あたしはみるからに頑丈そうな、その一台のパッケージを取った。
色が何種類かあったが、ブルーメタリックにした。
「はい、決まりましたね。私たちの周波数をプリセットしますので、ちょっと貸して下さい」
ビスコッティが笑み浮かべ、あたしたちの無線機をパッケージから出して弄った。
「これで、大丈夫です。こちらは引き取りますね」
ビスコッティが、私のポケットに入っていた予備の無線機を取り出した。
「ちゃんと充電しないとダメです。充電ケーブルもつけましょう」
ビスコッティが黒いコードを、あたしとスコーンに手渡した。
「そういえば、夜は天体観測だよね。天体望遠鏡ももらっていこうかな……」
「あっ、それは準備してあります。カボがとても楽しみにしているので、盛り上がりましょう。場所は屋上で、時間はパブタイム後の二十二時くらいと決めています。詳しい事は、後ほど部屋の内線か無線で連絡しますので、よろしくお願いします」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「分かった。あたしたちは部屋に引っ込んで、ゆっくり休んでいるよ」
あたしは笑みを浮かべた。
あたしたちは、まず部屋に戻った。
とりあえず無線機の充電ということで、部屋のコンセントに充電器のプラグを差しこみ、反対側の小さな端子のようなものを本体に差しこんだ。
「これでよし……ん、どうした?」
同じように無線機の充電を開始した様子のスコーンが、自分のベッドに座って小さくため息を吐いた。
「うん、今日リズが酷い目に遭ったでしょ。だからって、怖いなんていわない。ただ、あれなら自分がって思っちゃって。大事なルームメイトを傷つけられるくらいなら、私がいいなって……」
スコーンは小さく息を吐いた。
「なに、それじゃあたしがスコーンと同じ思いをしてもいいって事?」
あたしは笑った。
「それはダメだけど……上手く言えないな」
スコーンが笑みを浮かべた。
「どっちがなっても同じ。それでいいじゃん。しっかし、あんな低級な魔法で油断したな。まさか、挨拶抜きで魔法を使ってくるとは思わなかったから。これからは、ここは戦場だって思っておこう」
あたしは苦笑した。
「それは嫌だな、楽しくないよ。でも、油断はしちゃダメだね。覚えておく!!」
スコーンが笑った。
「さて、なにするかな。少し動いたから、ちゃんと休もうかな」
あたしはベッドに横になった。
「うん、それがいいよ。私は魔法書でも読んでる。扉に鍵をかけておくね」
スコーンが笑みを浮かべ、扉を施錠した。
「リズ、カーテン閉めておく?」
「ん、いいよ。熟睡しちゃうから!!」
あたしは笑った。
「それじゃ、軽くおやすみ。晩ごはんのタイミングで起こすよ」
「よろしく!!」
スコーンが笑みを浮かべ、あたしはそっと目を閉じた。
「リズ、そろそろご飯だよ!!」
スコーンに揺り起こされ、あたしは上体を起こした。
「はぁ、もう晩メシか。色々あったけど、一日って結構長いね!!」
あたしは笑い、ベッドから下りた。
「さて、いこうか」
「鍵を開けるね!!」
スコーンが鍵を開け、あたしが扉を開けると、思わず声を上げそうになった。
「ん、メシか」
そこには……えっと、アリスが立って笑みを浮かべていた。
しかも、どうやって許可を取ったのか、肩にはアサルトライフルを提げ、制服とのミスマッチが半端なかった。
「う、うん、メシだけど……」
……ぶっちゃけ、怖い。
「まあ、そうビビるな。荒事ならお任せという感じだが、この恰好は威嚇のためにやっている。気にしないでくれ。警戒しろとビスコッティにいわれてな。私たちで分担して最低限はついて回る事にしたんだ。邪魔ならいってくれ。ビスコッティの事だ、計画を練り直すだろう」
アリスが小さく笑った。
「いや、邪魔じゃないけど、護衛する方が大変じゃないかと……」
あたしは頭を掻いた。
「無論、無理はしていない。私たちも授業はサボらないし、休み時間が違うからそっちの授業が始まったら、始終ついて回るわけにはいかない。無線機は常に持ち歩いてくれ」
アリスが笑みを浮かべた。
「分かった。あっ、さっそく……」
私は一度室内に戻り、充電が完了している無線機を取ってポケットに入れた。
「あっ……」
遅ればせながら、スコーンも無線機をポケットにいれ、準備が完了した。
「よし、いくぞ」
こうして、あたしたちは自転車で連れ添って、学食に向かった。
少々タイミングが悪く、パブタイム間際に学食に着いてしまったため、早くも行列を作って待っている人たちの脇を抜け、私たちは学食に入った。
「えっと、今日の定食は……」
食券発券機の前でA、B、Cとある定食に悩んでいると、アリスがそっとボタンを押した。
「唐揚げの甘酢がけはかなり美味いぞ。あとは普通だな。一度食っておくといい。日替わりだから、滅多に出ないしな」
アリスが笑った。
これで三人のメニューが決まり、あたしは特大ポテトサラダとカボチャの煮付けを追加でチョイスした。
スコーンは油攻めでいくようで、アジフライを筆頭とした揚げ物セットと揚げ餃子を追加でオーダーした。
そして……アリスはやはり定食プラス定食? という勢いで凄まじい量のメシをトレイに乗せてやってきた。
「なんだ、そんな女の子食で足りるのか?」
「お、女の子食って……」
あたしは苦笑した。
「これで十分だよ。なんでそんなに大食いなの?」
スコーンが大盛りご飯に挑みながら、アリスに問いかけた。
「中等科に上がると、それなりに難しい魔法に触れるからな。私たちは三年だから、そろそろ高等科に向けての準備運動に入っている。これだけ食っても、全然足りないんだ。お前たちも自然と大食いになるぞ」
アリスが笑った。
「それ、多分だけど魔力放出の効率が悪いせいだよ。なにか魔法をイメージして、魔力だけ放出してみて!!」
あたしは笑みを浮かべた。
「ん、こうか?」
アリスの体が光りに包まれた。
やはりムラが多く、光はきれいな繭型になるはずが歪な円形のようになっていた。
「やっぱり、それじゃ本来持っている力の半分も使えていないよ!!」
試しにあたしがやってみると、アリスが目を見開いた。
「なんだそれは。初等科の新入生に負けてしまったぞ。それだけか?」
アリスが目を丸くした。
「あたしは中等科の授業は知らないけど、少なくともこれでちょっとは楽になるはずだよ!!」
あたしは笑った。
「そうか……。まあ、中等科の授業は時に生身で撃ち合いもするしな。いいことを知った。どうやるんだ?」
「それは先生に聞いた方がいいよ。あたしは感覚で覚えたから」
あたしが笑うと、スコーンが顔を膨らました。
「私はそんなに綺麗にできない。なにが中央魔法学校だ!!」
一応知っているが、王都には三つ魔法学校があり、中央魔法学校はこの中では最難関とされているところだ。
「まあ、怒らないの。こればかりは、あたしも教えられないんだよ。教わってどうなるものでもないけど、コツは無心かな。力んだらダメ!!」
あたしは笑った。
メシを食って食器を返却口に戻したとき、ポケットの中に入れてある無線機ががなった。
『天体観測の時間を決めました。二十二時半に屋上で。すでに、トロキとカボが準備を開始しています。手空きの方は手伝って下さい』
アリスが笑い、了解の旨を返した。
「私が側にいることは知っているから、お前たちは返事を返さなくていい。では、屋上にいこう。ビスコッティは酒がないと動かないんだ。ここは学校だからな。酒はパブタイムの学食でしか飲めないから、あれで必死なんだ」
アリスが笑った。
「そうなんだ。それで、パブタイム明けなんだね」
あたしは笑った。
「そういう事だ。どれ、屋上で手伝いをしてこよう」
アリスが笑みを浮かべた。
アリスの先導でエレベータに乗り、屋上に着くと香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
「おっ、はじめてるな。トロキが簡単な料理を作っているんだ。直火でなければ、屋上でも火を使えるからな」
アリスが笑い、私たちは屋上を歩いた。
程なく、デカい屋外用コンロと天体望遠鏡が数台置かれているのが見えた。
「悪い、待たせたな」
アリスが笑みを浮かべた。
「そんな事はありません。まだ準備中です」
屋上の床に置かれた、魔力を利用したランタンにの照らされたカボが、静かに笑み浮かべた。
「夕食後でも張り切って作りますよ!!」
トロキがなにやら熱心に、屋外用コンロで料理していた。
「ほどほどでいいよ。それにしても、テントまで張っちゃって、ちょっとしたキャンプだね!!」
あたしは笑った。
「はい。ちなみに、今日はここでお泊まりですよ。授業がはじまったら、忙しくてなかなかこんな時間が取れないので」
カボが笑みを浮かべた。
「そうきたか。いいよ、嫌じゃないし!!」
「そうだね。学校でこんな事ができるなんて、ちょと驚いたよ」
あたしとスコーンが笑った。
「はい、ではテント内に寝袋を丸めて置いてあるので、それを広げて下さい。大型テントなので、六プラス二で八名でも余裕です」
カボが笑い、あたしたちは頷いてテントに入った。
確かに中は広く、この時期でも寒さを通さないほど、頑丈な布と断熱材を何枚も重ねて作られていた。
「これだけ布が厚いと、撤収も大変そうだね。さて、寝袋は……」
天井に吊された魔力ランタンの淡い光りの中、アタシたちは丸めて置いてあった黒い寝袋を、一枚ずつ床に広げてすぐに使えるようにした。
「よし、終わったね。田舎育ちだから、こういうのは慣れているんだ」
あたしは笑った。
「私は初めてだよ。なんか、ワクワクしてきた!!」
スコーンが笑みを浮かべた。
「よし、外にでよう。なんでまた、いきなり天体観測なんだか……」
あたしは笑った。
テントから出ると、パブタイムを楽しんでいた様子のビスコッティがやってきた。
「おい、飲み過ぎていないよな」
アリスがボソッと呟いた。
「はい、大丈夫です。樽一つで勘弁してあげました」
ビスコッティが笑った。
「……樽一つって」
私は苦笑した。
「まあ、コイツはザルだからな。いくら飲んでも酔わん。心配するな」
アリスが笑った。
「そ、そうなんだ。意外……」
しっかりした姉さんというタイプなので、これには少し驚いた。
「お酒を飲んでいいなら飲みますよ。魂の潤滑油です」
ビスコッティが笑った。
「さて、天体観測をはじめようか。カボ、望遠鏡の準備はできているのか?」
アリスが笑みを浮かべた。
「はい、自動追跡モードで様々な星を見る事ができるようにしてあります。もう観測できますよ」
天体望遠鏡を弄りながら、カボが笑みを浮かべた。
「お二人はお手軽なところで、月をお勧めします。この望遠鏡です」
カボは『月』と書いた紙が貼られた望遠鏡を指さした。
「それじゃ、さっそく!!」
あたしが声を上げると同時に、スコーンがスルッと滑りこんで望遠鏡を占領した。
「……おい、コラ」
あたしはスコーンの頭にゲンコツを落としたが、全く効果がなかった。
「この野郎、よこせ!!」
「凄いよ、リズ凄いよ!!」
……だから、退け。
「はい、喧嘩しないで下さいね。月ながらすぐに合わせられます。少し待って下さい」
カボがもう一つ望遠鏡を操作して、月に照準を合わせてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!!」
あたしはその天体望遠鏡で、月の様子を観察した。
「へぇ、初めてみるけど、結構ゴツゴツしてるんだね……」
あたしは誰ともなく呟いた。
「はい、大気がないので、隕石がモロにハードヒットしてしまいます。ボコボコでゴツゴツしているのは、それが原因ですよ」
カボが笑った。
倍率を上げたり下げたりしていると、スコーンがスケッチをはじめた。
「これ、面白いね。次はどの星がいいかな」
スコーンが楽しそうに笑った。
ひとしきり天体観測で遊んだあと、トロキが作った焼きそばとフランクフルトをみんなで食べ、胃もたれで屋上の床に転がっていると、カボがそっとやってきてあたしの脇に座った。
「白状しますね。私はコモンエルフの一族です。この学校には、人間社会の魔法について探る、いわばスパイのような形で入学しました。今は十分に楽しんでいますが」
これが証明ですと言わんばかりに、カボが長い髪を掻き上げ、エルフ特有の長い耳をみせた。
「これ、みんな知ってるの?」
あたしは笑みを浮かべた。
「あなたの他には、ビスコッティだけです。あまり広めるとマズいので」
「分かった、スコーンにも秘密にしておく」
私は苦笑した。
「ありがとうございます。普通のエルフとしてなら構わないので、ぜひそのような形で紹介して下さると嬉しいです。お友達が増えるのは大歓迎なので」
カボが笑った。
「分かった。それにしても、コモンエルフとこんな気軽に会話できる日がくるとは、全く思っていなかったな」
あたしは笑った。
コモンエルフとは、全エルフを配下に置く、エルフ中のエルフという感じだ。
人間であるあたしなど、その姿を見る事すらできないだろう。
「まあ、あまり意識しないで下さい。そのコモンエルフの能力で、人の心を色分けして識別できるというものがあります。例えば、調子がいい時は青か緑で、調子が悪いと黄色など、色々なパターンがあります。あの三人の対処をした時、リズの心は真っ黒でした。今でもあとを引いているようですね。虚無感を示す透明になってますので」
カボが心配そうにあたしの片手に右手を乗せた。
「真っ黒になったか……。まあ、褒められない事をやったわけだし、そりゃ虚しいよ」
あたしは苦笑した。
「そうですか……。あの場合はそれがベストという判断したわけですし、気に病む事はないと思いますよ」
カボが笑った。
「まあ、そうなんだけどね。ちなみに、あの三人はこことは別世界の、なにもない草原だけが広がる世界に封じ込めた。畑でもつくって自炊しろってね。井戸と道具と種だけは。サービスで置いておいた!!」
あたしは笑った。
「なんというスローライフ……いえ、サバイバルですね。カボチャの種はありますか?」
カボが笑った。
「あるよ。色々混ぜておいた。まあ、あとは知らんって、覗き見すらしてない」
あたしは笑った。
メシ食って天体望遠鏡を片付ければ、あとは寝るだけになった。
ここが校舎の屋上とは思えなかったが、踏んでいるのは残念ながらコンクリート。一度、外でやってみたい。
そんな事を思いながら辺りを見回すと、テントがいくつか見えた。
「へぇ、他にいるんだ……」
あたしがなんとなく呟くと、たまたま近くにいたビスコッティが小さく笑った。
「許可制ですが、こうやってたまにキャンプする事も可能です。学校の周りが危険ゾーンでもあるので、こうやって解放しているんです」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「そうなんだ。まだ寒いけど、キャンプ好きだから楽しみが増えたよ!!」
あたしは笑った。
「そうだったのですね。今度、本格的なキャンプをしましょう。場所が問題ですが」
「それなら、あたしの山を使えばいいよ。危険な動物はほとんどいないし!!」
あたしは笑った。
「それは好都合です。もう少し暖かくなったら、魔法薬の材料を収穫するついでにキャンプしましょう」
ビスコッティが笑った。
「よし、テントに入ろう。ちょっと寒い……」
「はい、そうしましょう」
あたしとビスコッティがテント内に入ると、みなさん揃って寝袋に潜って、そろそろ 眠ろうかという感じだった。
腕時計をみると、約二時半といったところ。眠るにはちょうどいいだろう。
「それでは、私たちも休みましょう。リズとスコーンは寝坊しないように、気をつけて下さいね」
ビスコッティが笑み浮かべ、私は寝袋に入って静かに目を閉じたのだった。
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