第2話 暇なので実家にいってみた
授業の準備を整えるため、入学の日から三日間の休暇があった。
特にやる事もなかったため、あたしははスコーンを布団で簀巻きにしてロープで縛り、蹴りを入れて遊んでいた。
「はぁ、暇だねぇ」
あたしはスコーンを軽く蹴りながら、この三日どう過ごすか思案に暮れていた。
「実家に合格の連絡をしたの?」
スコーンがコロコロ転がりながら問いかけてきた。
「あっ、そうだね。手紙でもいいけど、あのトラックでいくかな。車なら実家がある村まで、往復で一日だし!!」
あたしはスコーンのロープを解いて、布団をベッドに戻した。
「私もいくよ。ここにいても面白くないし」
スコーンが笑った。
「よし、確か外出届けは学生課だったね。よく分からないから、ビスコッティに聞こう!!」
あたしは内線電話の電話帳のページを捲り、ビスコッティの部屋を探した。
ちなみに、ここカリーナでは外出は届け出制だ。
外は危険なので、これは当然の措置といえた。
「あった。さっそく……」
あたしは電話機のプッシュボタンを押し、ビスコッティを呼び出した。
『はい、ビスコッティです』
改まった声で、ビスコッティが電話にでた。
「リズだけど、一度実家に帰りたくて。外出の届け出ってどうやるか分からないから教えて」
『はい、分かりました。部屋で待っていて下さい。急いでいきます』
電話が切れ、あたしは笑みを浮かべた。
「ビスコッティがきてくれるって。準備しよう!!」
「分かった」
まあ、準備といっても大した事ではない。
小さな鞄一つで事足りる程度だ。
「スコーン、終わった?」
「うん、終わった!!」
スコーンもやはり小さな鞄一つで、ニコニコ笑みを浮かべていた。
扉の鍵を開けてしばらく待っていると、ノックと共にビスコッティが笑み浮かべて入ってきた。
「入学三日間の休暇は、みんな予習で大変なんですよ。それなのに、外出とは余裕ですね」
ビスコッティが笑った。
「うん、予習はしっかりやったし、もう大丈夫だと思うよ」
あたしは小さく笑った。
「そうですか。通常、この期間に外出届を出しても受理されません。私の弟子と助手で薬草採取という体で、届け出を出します。移動手段は?」
「せっかく巨大トラックを手に入れたし、車移動を考えてるよ」
あたしが笑みを浮かべると、ビスコッティは制服のポケットから小さな箱のようなものを取りだし、独り言のようにどこかに指示を飛ばしはじめた。
「ああ、これは無線です。遠くと話しが出来るので、便利ですよ」
不思議そうにみているあたしとスコーンに気が付いたようで、ビスコッティが笑み浮かべて教えてくれた。
「へぇ、購買に置いてあるかな……」
「はい、ありますよ。今度、案内します」
あたしの呟きに、ビスコッティが笑みを浮かべた。
「では、いきましょう。先程の指示は、護衛の者たちに車で待機するように伝えたのです」
ビスコッティが笑み浮かべた。
まだ寒い時期。待たせてはいけない。
私とスコーンは鞄を持ち、ビスコッティに続いて部屋を出た。
いつもそうなのか、たまたまそうなのか。学生課の窓口はなかなか混雑していた。
ビスコッティが外出届を書いて提出し、それが受理されて三人分の外出証が発行されるまで、十五分くらい時間が掛かった。
「お待たせしました。いきましょう」
ビスコティが私とスコーンに外出証を手渡してくれた。
思えば初めて通る正面出入り口の扉を開け、外に出ると春とは思えない寒さだった。
「これは辛いね。護衛の人たちは大丈夫かな……」
あたしは寒さに身震いした。
「車にはヒーターが付いていました。すでに暖気も終わっているでしょうし、十分暖かいはずですよ。いきましょう」
学校指定のPコートの前を閉じ、ビスコッティが先陣を切って歩きはじめた。
校庭に出てしばらく進むと、すでに準備完了という感じで、小型車とトラックのエンジン音が響いていた。
「あれ、トラックのエンジン切り忘れたかな……」
あたしは不審に思いながらも、自動的に扉が空いた運転席に腰を滑り込ませた。
同じように助手席に座ったスコーンが笑みを浮かべた。
『精神波チャンネルで出かけるという事が分かったので、ヒーターを入れておきました。エンジンの切り忘れではありませんよ』
キットが淡々と報告してくれた。
「そっか、ありがとう。ってことは、目的地も分かっている?」
あたしが聞くと、ダッシュパネルにある赤い光が少し照度を増した。
『当然です。おっと護衛車から無線が入っています。繋げましょう』
『あっ、トラックにも無線機があるようですね。目的地を聞いていませんでした。どこですか?』
ビスコッティの声がスピーカーから聞こえてきた。
「ラパト村だよ。山間の小さな場所!!」
私は笑った。
『ラパトといえば、高品質な魔法薬の材料が手に入る場所として有名です。実際にいくのは初めてですが、楽しみです。これから地図をみてルートを調べますね』
『ノープロブレム。昨夜中にこの界隈のマップを叩き込んであります。後方からお願いします』
いうが早く、トラックが轟音と共に走り始めた。
窓を開けて後方を確認すると、ビスコッティをはじめとした、護衛チームがぴったりあとからついてきていた。
「校庭から表にどう出るの。段差があって、上るのはちょっと……」
『馬鹿野郎、そんなバチクレ冒険者みてぇな事するか!!』
……なぜかキレたキット。
「じゃあ、どうすんのよ!!」
『馬鹿野郎。裏門だよ。裏門。パンフの三十ページだ。ちゃんと読め!!』
……残念ながら。今日はパンフレットは持っていなかった。
「そ、その、急にはち切れたね」
『お澄まししているよりいいでしょ。健康によくありません。さて、裏門ですよ』
あたしたちの前に遮断棒が置かれた門があり、守衛さんが全身で停止というジャスチャーをした。
その裏門に到着すると、守衛さんが外出証を提示するようにといってきたので、私はスコーンの分もまとめて提示した。
「確かに。しかし、大きい車だね。気をつけて」
人が良さそうな守衛さん遮断棒を上げ、もう一人の守衛さんがビスコッティたちのチェックを終えたようで、あたしたちは裏門を抜けてカリーナの前を通る街道へと入った。
「それにしても、自動操縦って不思議だね。勝手にハンドルが回るし」
あたしは笑った。
「そうだね。リズの村って、こんな大きな車が入れるの?」
スコーンが笑った。
「一応、村まではそこそこ広い道だよ。長距離大型バスもくるし、魔法薬の材料を運ぶトラックも通る。でも、ここまでデカいボディで乗り付けたら、さすがにみんなビビると思うよ!!」
あたしは笑みを浮かべた。
トラックは街道を走り始め、あたしたちの小さな旅がはじまった。
前にも述べた通り、カリーナの周囲二十キロはなにもない草原だ。
ただ真っ直ぐ伸びる街道を、トラックは順調に進んでいた。
「それでさぁ、あたしが股間に蹴りを入れてやったら、それっきり二度と近寄らなくなっちゃって。根性が足らん。興味なし」
「そうなの、そうなの? 私なんて、生まれて初めて告られて、ビックリして思わず攻撃魔法をぶち込んじゃって。そいつ逃げた!!」
「こりゃまた熱いねぇ」
……なんの話だ。
とまあ、スコーンと雑談を交わしているとトラックが急停止した。
『警告:九時方向距離二千に装甲車六両。盗賊と見なしていいでしょう。なお、この情報は無線ですでに護衛車両にも伝えてあります』
サイドミラーをみると、後方車両の全員が早くも戦闘態勢を整えていた。
「あたしたちも降りよう!!」
「うん!!」
あたしとスコーンは、トラックの運転室から素早く飛び下り、護衛チームと交流した。
「M113です。降車展開されると面倒なので、今のうちに叩いておきましょう」
ビスコッティが笑み浮かべ、まだ距離があるせいか、地面においたよく分からない兵器は使わず、魔法でケリをつけるらしい。
全員がそれぞれ呪文を唱えはじめ、一斉に攻撃魔法を放った。
途中で相互魔法干渉が発生し、よく分からない物体となった攻撃魔法が、肉眼では見えない遙か遠くに飛んでいき、ド派手な爆音と振動が地面を揺るがした。
「……六両中生き残りが一両ですか。白旗を揚げていますが、盗賊にかける情けはありません」
厳しい口調でビスコッティが呟くようにいうと、まだ名前と顔が一致しないが他の五人が頷いた。
「……あっ、こんな時に便利な魔法!!」
あたしは呪文を唱え、虚空に浮いて表示された『窓』にいくつもの点が浮かんでいる様子が表示された。
「なんですか、その魔法?」
ビスコッティが不思議そうに問いかけてきた。
「あたしを中心に、半径百キロまでなにがあるかが分かる魔法。探査魔法って呼んでるけど、距離を短くすれば車両か人かまで分かるよ!!」
あたしは胸を張った。
「なるほど、こういう時に便利ですね。最小の状態で使ってみて下さい」
「分かった。最小っていうと二十キロだけど、やってみようか」
あたしは魔法をコントロールして、ぐぐっと探査範囲を狭めた結果が虚空の窓に表示された。
「……なるほど、アジトと思われる場所が分かりました。小バエを叩き落とすより、本体を叩く方がいいでしょう。もっとも、あの白旗は潰しますけどね」
いうが早く、ビスコッティが冷たい笑み浮かべて攻撃魔法を放った。
肉眼では見えないが、ビスコッティが放った三本ある氷の矢が、逃げ行く装甲車に命中した様子で、探査魔法でみた範囲では車両が粉々に飛び散った様子がみてとれた。
「うぉ、怖ぇぇ……」
あたしは額に浮いた変な汗を拭った。
「ダメだよ。盗賊でも人なんだから……」
口ではそういったものの、良心との呵責を隠そうともせず、頭を掻きながらスコーンが小さくため息を吐いた。
「手段を問わず、他人から金品を強奪する輩です。それで勝てないから白旗など笑ってしまいますね。冗談にもなりません。ところで、先程の敵アジト位置は把握しました。距離はおよそ三千五百ですね。寄り道してきます。ここで待っていて下さい」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「あっ、この距離ならあたしの攻撃魔法が届くよ。えっと……」
あたしは探査魔法の表示を元に目標を定め、呪文を唱えた。
「オメガ・ブラスト!!」
突き出した両手の平に目映い魔力光が生まれ、太い光線が放たれた。
遠く遠雷のようなものが響きが聞こえ、探査魔法ではアジトらしき建物と人たち、さらには駐車していた装甲車数台が、文字通り跡形もなく消滅していた。
「は、はい、驚きました……」
ビスコッティが目を点にして呟いた。
「リズ、なにそれ?」
スコーンが興味深そうに聞いてきた。
「うん、攻撃範囲にあるものを一瞬で消滅させる魔法だよ。あたしが使える中では最強クラスの攻撃魔法!!」
あたしは笑った。
「ダメだよ。いきなり切り札を使ったら。もったいないよ!!」
スコーンが笑った。
「効率重視だよ。さて、いこう!!」
あたしは笑った。
それ以降なにもなく、私たちは順調に進んでいた。
街道はコルキドという、カリーナの学生御用達の町に差し掛かったが、特に用事もなかったのでそのまま通過して、程なく低山を抜けるちょっとした山道に差し掛かった。
道幅が若干細くなったが、このトラックでもギリギリ一車線に入るほどで、特に問題はなかった。
「はぁ、実家か。父が魔法医で母が魔法薬師なんだよ。最強のタッグだけど、魔法薬師をやりながら魔法医もやれって無茶な事いわれててさ。まあ、ビスコッティのお陰で母は黙るか」
あたしは胸の記章をみた。
「そっか、大変だね。私の実家は王都にあるけど、あまり話したくないな」
スコーンが苦笑した。
「まあ、そういう事もあるか。無理には聞かないよ」
私は笑みを浮かべた。
トラックは進み、背後にいた護衛チームがクラクションと共に追い抜いていって、私たちを先導する形になった。
「もうすぐ分岐だよ。山登りだから、まだ雪が残ってるかも。大丈夫かな……」
『ノープロブレム。こんなこんな事もあろうかと、スタッドレスタイヤです。まあ、年中履き替えないので、まだ大丈夫かは分かりませんけどね』
「馬鹿野郎、手抜きするな!!」
キットのいう事に、あたしはツッコミを入れて笑った。
あまりメカに詳しくないあたしでも、スタッドレスタイヤは分かった。
「リズの村か、楽しみだよ!!」
スコーンが笑った。
「なにもないよ。特に今の時期は農作物も取れないし、せいぜい公共温泉がある程度かな」
私は笑った。
「えっ、温泉があるの。入る、入る!!」
どうやら温泉好きらしいスコーンが声を上げた。
「狭いけどね。あたしは昔から入ってるから、今さらなんだけど」
あたしは苦笑した。
トラックは本格的な山道に入ったが、長距離路線バスや魔法薬の原料を運ぶトラックなどが通るため、道路はしっかり石畳で舗装され、急カーブには村の警備員が立っていて誘導してくれるため、特に困るはなかった。
「問題は駐車場だね。あそこ、狭いからなぁ」
あたしは苦笑した。
『なんでしたら、駐車スペースの周囲にある山肌をぶっ壊しておきましょうか。まあ、非武装ですが無線で……』
「馬鹿野郎、なんでもぶっ壊すな!!」
あたしは笑った。
「そっか、こんなデカい車は駐まれないないかもしれないね。どうしようか?」
スコーンがあたしに問いかけてきた。
「大丈夫だと思うよ。誘導員もいるし、一番端っこなら邪魔にならないから」
あたしは笑った。
山道を登ることしばし、『ラパト村へようこそ』と見慣れた看板の脇を通過してしばし。
道路の終点を示すように、それなりに広い駐車スペースが姿を見せた。
さすがに誘導のオッチャンもビビったようだったが、それでもちゃんと誘導してくれ、一度前進でスペースに入り、切り替えしてバックで駐車スペースにバックで駐車した。
「へぇ、器用だね……」
『当たり前です。この程度はどうという事はありません。しばしの休暇をどうぞ。私は寝ています』
キットの声に笑い、あたしとスコーンはトラックを降りた。
隣のスペースに駐まった護衛チームの小型車からは、ビスコッティと共にぞろぞろ六人が降りてきた。
「お疲れさまです。さっそくいきましょう。お昼がまだだったのでお腹が空いてしまいました。サンドイッチですがお弁当は持参してるので、場所だけお借りしますね」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「そっか、楽しみだよ。欲をいえばタマゴサンドがあれば良かったかも。好物なんだ」
私は笑った。
「そうですか。事前に聞いておけばよかったですね。タマゴサンドもありますが、ほとんどがミックスサンドで……」
ビスコッティが苦笑した。
駐車場から村に入ると、見知った顔のオッチャンやオバチャンが笑顔で迎えてくれた。
「ねっ、小さいでしょ。住民はみんな顔見知りたから、どこの誰だかすぐ分かるんだよ」
あたしは笑った。
「いい雰囲気ですね。気に入りました」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「あたしの家はこっち。病院だから、他と比べてデカくてすぐ分かるよ」
道に迷いようがなく、三階建てのこの村としてはデカいあたしの家が見えてくると、迷わずそこに向かっていった。
「表から入ると怒られるから、裏口からね」
あたしはみんなを引き連れて裏口に回ると、扉を数回ノックした。
「はいはい、あれリズだ。無事に合格したみたいだね。お友達もたくさん。くるならくるって連絡してよ。さあ、上がりなさい」
黒髪短髪の母が笑みを浮かべて道を譲った。
「皆を代表してお邪魔します」
ビスコッティが笑み浮かべ、私たちは家に入った。
中は相変わらずで、病院スペースと魔法薬店が分離して設けられ、その後ろは処置室となっていた。
二階は入院施設なので寄らず、階段を三階まで上るとそこが居住空間だった。
「いいお家ですね」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「掃除もしてなくて悪い事しちゃったね。ここはキッチンとダイニング、寝室しかないけど、好きにしていいよ。まだ店じまいには早いから」
母が笑みを浮かべ、階段を下りていった。
「では、さっそくお弁当を食べましょう。このダイニングテーブルでいいですね」
ビスコッティが笑み浮かべ、バスケットをテーブルに置いて蓋をあけた。
中には色とりどりのサンドイッチが並び、食欲をくすぐる匂いがした。
ダイニングとはいっても、椅子が三脚しかないこぢんまりしたテーブルが置かれているだけ。
そこにバスケットを乗せ、自然と立ち食い形式になった。
「うん、タマゴサンドが美味い」
あたしは笑みを浮かべた。
「こちらのミックスサンドもなかなかですよ。出発前に、急いで学食のおばさんに作ってもらいました」
あの短時間で……。
あたしは素直に感心した。
バスケットは二つあったが、そこは大食いが売りの魔法使いの集まり。
あっという間にバスケットは空になった。
「さて、メシも食ったし、村の中を……」
あたしがいいかけた時、ドスドスと階段を上る重たい足音が聞こえ、筋骨隆々としたオッサンがひょこっと顔を出した。
「こら、リズ。お父さんには挨拶抜きか?」
スキンヘッドが光るオッサンはニマッと笑みを浮かべた。
「……コホン、父です」
あたしははみんなに短く紹介した。
「馬鹿野郎、カリーナかぶれしてるんじゃねぇ。俺の事はクソジジイで母ちゃんはクソババアだろ。今さら父なんて呼ぶんじゃねぇ。気持ち悪ぃ!!」
クソジジイは大笑いした。
「うるせぇ、クソジジイ。ちゃんと仕事しろ!!」
「患者がいねぇんだよ。なんならまた腕でも折ってやろうか。患者が出来る!!」
クソジジイは大声で笑った。
「あ、あのお腹が……」
今まで黙っていた護衛チームの……えっと、カボだったか。
辛そうにお腹を撫でながら、ため息を吐いた。
「そりゃいけねぇ。おい、クソ娘。運ぶの手伝え!!」
クソジジイが医師の顔になり、あたしがカボを背負って階段を下りていった。
そのまま一階の診察室にいくと、クソジジイが移動式の装置を持ってきて、ベッドに寝かせたカボのお腹の部分を診ているようだった。
その後、奥の方にある台でノートパソコンをカタカタやりながら、クソジジイは難しい顔をした。
「特に異常所見はないな。食あたりかなにかだと考えられるが、薬を飲ませて様子をみよう。おい!!」
クソジジイの声で、隣から……クソババアが姿をみせた。
「はい、分かっています。空腹で急に食べたらこうなりますよ。これが薬です」
クソババアが薬瓶をクソジジイに渡した。
「おう、そういう事か。早くいえ。薬を飲めば十分くらいでよくなるだろうな。しばらく、奥の処置室にあるベッドで休んでもらおう」
今度はクソジジイがカボを担いで奥の処置室のベッドに寝かせた。
その間、スコーンとビスコッティが下りてきて、心配そうにカボの様子を見守った。
「薬を飲んだから十分ぐらいで治るって!!」
私は笑みを浮かべた。
「それは良かったです。私はビスコッティです。ここがリズの実家ですか。落ち着いた感じでいいです」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「それは良かったです。聞いているかもしれませんが、私はリズの母親であり魔法薬師のテラと申します。認定魔法薬師の資格をお持ちなのですね」
クソババアがビスコッティの胸にある記章をみたようで、小さく笑みを浮かべた。
「はい、そうです。半ば強引ですが、リズを弟子にしました」
ビスコッティが笑み浮かべると、クソババアは目を丸くした。
「あら、どれだけ説得しても、魔法薬に興味を示さなかったリズが……本当ですね、胸に見習いの記章があります。あなた、大変です」
クソババアが慌てて診察室に飛び込んでいった。
「なに、魔法薬師の見習いだと。面白ぇじゃねぇか」
クソジジイがニッと笑みを浮かべた。
「この調子で魔法医の資格も取っちまえ。勉強するだけでもいい。魔法薬をやるなら、近けぇ事やるからよ!!」
「そりゃ分かってるけど、医師となると大変でしょ」
私は苦笑した。
「その通りですが、魔法薬師と魔法医の違いは、患者にメスを入れられるかどうかの違いだけだと、よくいわれる事です。難易度は高いですよ」
クソババアが笑みを浮かべた。
「はい、それをこれからみっちり教える予定です。それにしても、この装置は凄いですね。最低でも十穴……」
今まで見てもなんとも思わなかった、処置室にあるガラス管の山に感心したようで、ビスコッティが笑み浮かべた。
「はい、二十七穴です。大抵の魔法薬はこれで済みますよ。増設も出来るので、よほど厄介な魔法薬でなければ、精製可能です」
クソババアが小さく笑った。
「あのさ、『穴』ってなに?」
あたしが質問すると、ビスコッティが笑み浮かべた。
「材料を入れる穴のことです。数が増えるとより多くの材料がセットできて、高度な魔法薬が作れます。ここまでの装置となると、ほぼなんでも出来てしまうでしょう。スペースさえあれば私も作りたいのですが、器具代もかかりますし、なかなか難しいです」
ビスコッティが笑った。
「魔法薬って小難しくて苦手だよ。面白そうだけど」
スコーンが笑った。
「まあ、小難しいのは確かです。あなたは?」
クソババアが笑みを浮かべた。
「うん、ルームメイトのスコーンだよ。魔法医と魔法薬師なんて、最強のタッグだね」
スコーンが笑った。
「そうですね、滅多にないでしょう。それはそうと、もう夕方ですし今日は泊まっていって下さい。雑魚寝になってしまいますが、広さは十分あります。リビングを使って下さい」
クソババアは笑みを浮かべた。
三階のダイニングを仕切る扉を開けば、そこは広いリビングだった。
「なにも仕切る事ないのにね。毎回思うんだけど」
私は苦笑した。
「いえ、素敵なお部屋ですね。これなら、全員寝られそうです」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「ごめんなさいね。散らかっているので片付けます。その間に、温泉にでも入ってきて下さい」
クソババアが笑った。
「はい、そうします。お手数をお掛けして申し訳ありません」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「いえいえ……。ところで、リズ。心の中で私の事をクソババアと呼んでいませんか?」
「ンギッ、なんで分かるの!?」
あたしはは顔から血の気が引くのを感じた。
「ほら、やっぱり。まあ、今さらなのでなんとも思いませんし、多感な時期ですからね。ビスコッティさん、温泉の前にこのバカに魔法薬の技を教えて頂けませんか。六穴合成で、薬の種類は問いません」
クソババア……やばい、母ちゃんがビスコッティに向けて笑みを浮かべた。
「はい、分かりました。私のテストも兼ねていますね。六穴合成なら、私は肩こりの薬を作ります。これ、高度なんです」
「はい、六穴合成なら最上級ですね。ついでに十本くらい作っておいて下さい。お店で売りますので」
母ちゃんが笑った。
「分かりました。リズ、いきましょう」
ビスコッティが笑み浮かべた。
一階の魔法薬コーナーにいくと、母ちゃんはビスコッティのオーダー通りに材料を取りだしては渡した。
「今は材料を覚える必要はありません。装置の使い方だけ、みていて下さい」
ビスコッティは笑みを浮かべながら、ガラスのオブジェにしかみえない装置の各所に材料を置いていった。
「あら、そんなに冷却時間をおいたら……」
「大丈夫です。こうしないと苦みが強くなってしまいます。効果は変わりません」
思わず声をかけてしまったという感じの母ちゃんに笑みを浮かべ、ビスコッティがさらに準備を進めていった。
最後に、装置の中ほどにある丸底フラスコにアルコールランプを仕掛け末端にあるビーカーを見つめた。
「丸底フラスコがそこら中にあるけど、ここでいいの?
あたしが問いかけると、ビスコッティが笑み浮かべた。
「今回使うのは六穴です。それに見合った箇所があるんですよ。そうでないと、蒸気が届きません」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「そっか、考えてみれば分かる事か」
魔法薬とは、一般的に魔力を持った材料を煎じて作る。
つまり、蒸気が当たらないと意味がないのだ。
「いい手つきですね。かなりの手練れとみました」
母ちゃんが笑った。
「いえ、まだまだです。さて、もういいですね」
ビーカーに溜まった使わないお湯を捨て、ビスコッティは濃い黄色の薬液が溜まったそれをテーブルに乗せた。
「さて、まずは冷ますところからです。十分くらいでちょうどいいでしょう」
ビスコッティは一匙薬を舐めた。
「冷却の魔法を使えるよ!!」
あたしが笑うと、ビスコッティが笑み浮かべた。
「急ぎなのでお願いします。あと二十本くらい作りましょう」
ビスコッティに頷き、私は冷却の魔法で徐々にビーカーを冷やしていった。
「はい、終わり。これを薬瓶に入れて……あれ、うまく……」
ビーカーの口と薬瓶の口のサイズが合わず苦労していると、母ちゃんがあたしの頭を引っぱたいた。
「なんのために漏斗があるのですか。まだまだ甘い!!」
「甘いもなにも、まだ本格的に習ってないっての!!」
あたしは母ちゃんが台においた漏斗をよく洗い、水気を切ってから細い方を薬瓶の口に差しこみ、ビーカーの中身を注いだ。
ビーカー一つで五本の薬瓶……。これをそこそこの値段で売る。それが商売だと分かっているか、なんかぼったくりっぽい。
というのは心に秘めて、私はひたすら冷却と瓶詰めに精をだした。
「はい、お疲れさまです。こんなバカ娘ですが、みっちり鍛えて下さいね。
母ちゃんが笑った。
ビスコッティがいうには、質のいい材料だったらしく、通常はこの材料一式を煎じて五回精製できればいいかな……というところを、交換もなしに二十回も精製出来たと喜んでいた。
それで、その結果大量の肩こりの薬が出来てしまったが、魔法薬としては安価で売れる商品らしく母ちゃんは喜んだ。
「さて、洗浄しましょう。ここまでやって、魔法薬師です」
ビスコッティが笑み浮かべ、装置の細かい部分を外しはじめた。
「この装置は複雑なので、私が分解と組み立てをやります。リズは洗浄を。いずれ、このような装置を組んでもらいますからね」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「ウギッ……で、出来かな」
「私が出来るように指導するのです。厳しいかもしれませんよ」
ビスコッティが笑った。
「お、お手柔らかに……」
わたしは苦笑した。
「これでビスコッティさんの腕が分かりました。リズ、二番の山を開放します。ちゃんと案内して下さいね」
「えっ、そんなに気に入ったの?」
私の声に母ちゃんが笑い、あたしに鍵を手渡してきた。
「あれ、どうかしましたか?」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「あのね、この村ってみんなが最低でも一つ山を持っているような場所なんだよ。うちは三つあるんだけど、魔法薬に使う原料の宝庫が二番の山なんだ。こりゃ気に入られたね!!」
あたしは笑った。
「えっ、そんな貴重な場所に……。ありがとうございます」
ビスコッティが頭を下げた。
「はい、この時期は少ないと思いますが、なにかの足しにどうぞ」
母ちゃんが笑った。
「リズ、明日は早起きですよ。案内、よろしくお願いします」
ビスコッティが笑み浮かべた。
山間の村は夜が早い。
なにせ大食い揃いのあたしたちなので、母ちゃんが商隊を呼びつけてまで材料を用意して、リビングを使って晩飯をみんなで食った。
久々に実家の味を堪能し、みんなからも好評だったのでよかった。
「よし、メシが済んだら温泉だね。腹ごなしにいく?」
「はい、いきましょう。みんなに異存がなければ」
ビスコッティが笑み浮かべた。
特に反対意見もなく、あたしたちは家をでた。
街灯らしい街灯もなく、段差でコケないように気をつけて進み、村の中心にある六角形をした広い建物に到着した。
「ここだよ。この時間なら空いてると思うよ」
あたしは笑った。
「露天はあるの、あるの?」
スコーンが目を輝かせて問いかけて。
「うーん、ここは温泉保養施設じゃなくて、家の風呂感覚だからね。村も小さいし、露天はないよ」
「ないんだ……」
スコーンがため息を吐いた。
「あと、危険だからって理由で入浴中は禁酒だよ!!」
あたしは笑った。
「そ、そんなの横暴です。ダメです、ダメです!!」
ビスコッティが抗弁してきたが、あたしにいわれても困る。
「まあ、普通に入ろう。あくまで、無料公衆浴場なんだから。本当は村外の人は小銭程度の入湯料が必要なんだけど、そこはあたしの顔パスで」
私は笑って、みんなで浴場に入った。
浴場の中は古き良きというか、ぶっちゃけボロい感じだった。
あたしの顔で全員無料でカウンターの前を通り過ぎ、女湯の脱衣所に入ると、時間帯のせいかガラガラで、あたしたちは適当に制服を脱いでカゴに放り込んだ。
空間ポケットを開いて入浴セットを取り出すと、いきなりスコーンが声を上げた。
「しまった、レモン石鹸しかなかった!!」
いわれてみれば、昨日シャワーを浴びた時に、レモン石鹸しかなかった。
どうやら、本当にレモン石鹸しかないようで、スコーンは小さくため息を吐いた。
「肌質に合わないっていうか、手洗いくらいならいいんだけど、これで体を洗っちゃうとゴワゴワになっちゃうんだよね」
「あたしが知る限り、シャンプー、リンス、ボディソープが設置されているから、それを使えばいいよ」
あたしは笑みを浮かべた。
「ホント!?」
スコーンが笑みを浮かべた。
「まあ、安物だけどね。ないよりはいいでしょ」
あたしは笑った。
「うん、早く入ろう!!」
スコーンのせっつくままに、あたしたちは浴室へと入った。
入り口にあるかけ湯で体を流し、洗い場でせっせと体を洗った。
「よし、こんなもんか」
あたしは立ち上がり、数人しか使っていない湯船に入った。
「あら、誰かと思えばリズちゃんじゃない。帰ってきたの?」
オバチャンが声をかけていた。
「合格報告を兼ねて、休日の暇つぶしだよ!!」
あたしは笑った。
「そうなんだね、合格おめでとう。これで、この村も少し有名になるかな。魔法薬原料の採取地として。当然、やるんでしょ?」
オバチャンが笑った。
「ま、まあ……」
あたしは苦笑した。
「さて、私たちは先にあがるよ。茹だっちゃうから」
オバチャンたちは和やかに笑みを浮かべ、湯船から出ていった。
「お知り合いですか?」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「うん、この村は全員顔なじみだからね。それはそうと……」
あたしは湯船の端っこをチラッとみた。
「……あの浮き輪で浮いて、天井を眺めてるお姉さんは知らない」
「あら、変わった嗜好だと思ったのですが、なにか訳ありのようですね」
ビスコッティが小さく息を吐いた。
器用にお尻から中央の輪に体を入れて温泉に浮くお姉さん。
そのシュールな光景に、あたしはなにもいえなかった。
「……なにか、疲れ果てているんだろうなぁ」
あたしがいえる事は、それだけだった。
温泉から上がると、スコーンがもっと村の中を見たいといいはじめた。
「せっかくの機会だもん、見なきゃ損だよ!!」
乗り気のスコーンにビスコッティが笑った。
「そうですね。温泉でお湯に浸かりすぎました。湯冷ましにちょうどいいです」
「なにもないよ。せいぜい、温泉玉子と温泉饅頭を売っている店が一軒かな。まだ開いてるはずだけど……」
あたしは足早に、その店に向かった。
よくいえば風情がある、悪くいえばクソボロい店はちょうど店じまいの支度に入っていた。
「オバチャン、ちょっと待って。大人数でくるから!!」
「なんだリズじゃないの。だったら、断れないね」
オバチャンは笑みを浮かべると、店内に戻って準備をはじめた。
「みんな、急いで!!」
あたしが声をかけると、みんながな店内にだれ込んできた。
「オバチャン、とりあえず人数分の温玉と饅頭三個ずつ!!」
あたしは笑った。
「リズ、温玉って食べた事ないよ。どんなの?」
スコーンが笑みを浮かべた。
「温泉で茹でた、半熟のゆで玉子みたいなものだよ。容器に出汁を入れて食べるんだけど、好き嫌いがでるかもね。饅頭は温泉の蒸気で蒸したものだよ」
あたしは小さく笑み浮かべた。
店内の簡単な座敷に座って待つ事しばし。
人数分の温玉と一人三個ずつをオバチャンが持ってくると、みんなは揃って食べはじめた。
「うん、ちゅるんとして美味しい」
スコーンが笑った。
「私は二度目ですが、こちらの方が美味しいです。どこに違いがあるのか……」
ビスコッティが笑った。
「はい、茹で時間と出汁の違いです。私の舌は誤魔化せません」
えっと……トロキだったか。護衛チームの一人が笑った。
「トロキは料理好きなので、味にはうるさいですよ」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「そうでもないです。ところで、リズさんの家で頂いた食事ですが、パーフェクトですよ。ハッシュドビーフですか。難しいんです」
トロキが笑った。
「そりゃ、母ちゃんが聞いたら喜ぶよ。そういえば、ゆっくり話す機会がなかったね。えっと……」
あたしがそこまでいった時、オバチャンが素早く拳銃を構えて、アリスだったか。彼女に向かって引き金を引いた。
さすがにこれにはぶったまげたらしく、アリスの体が固まってしまった。
「いや、この時期にしては珍しく『G』がくっついていたから、鉛玉をくれてやったんだよ。ここらのは固いから叩いても無駄だし、殺虫剤なんて効かないから、拳銃を使うのが当たり前でね。ビックリさせてごめんね!!」
オバチャンが笑った。
「……今ので死んだな。迂闊」
饅頭を囓りながら、アリスが悔しそうな顔をした。
あとは改めて自己紹介をして、リナ、ララ、シノ、カボ、トロキの名前と顔を一致させた。
全員中等科三年で、ビスコッティとは仲がいいわけだと思った。
あまり遅くなると迷惑になってしまうので、お土産に残っていた饅頭二十個を買って、あたしの家に戻った。
家に帰ると、リビングのテーブルが片付けられ、広い空間が出来上がっていた。
「ごめんなさいね。お客さん用の布団がなくて」
母ちゃんが申し訳なさそうにした。
「はい、大丈夫です。準備はありますので、気を遣わなくて下さい」
ビスコッティが笑み浮かべ、空間ポケットから寝袋を取り出すと、それを床に広げた。 他のみんなも寝袋を広げ、その上に座った。
「私は寝袋なんてないよ。どうしようかな……」
スコーンが困ったように頭を掻いた。
「あたしの部屋を使おう。ベッドとソファもあるから、二人で寝るのに困らないよ!!」
あたしは笑みを浮かべた。
「それでは、お休みなさい」
ビスコッティが笑み浮かべ、あたしはスコーンを連れて自分の寝室に入った。
そこそこ広い部屋で、女の子の部屋にしてはシンプルなもの。
ちゃんと掃除してくれていたようで、部屋の状態はよかった。
「ここがリズの部屋かぁ。広くていいね。私はソファで寝るよ!!」
スコーンが少し大きめのソファに座った。
「えっ、いいの。ベッドの方が広いよ」
「私はちっこいからこっちでいいよ。それに、リズの部屋なのに私がベッドを使ったらおかしいでしょ!!」
スコーンは笑ってソファに横になり、そのまま眠りについた。
「……飲んじゃうか」
あたしはニマッと笑み浮かべ、こっそり隠してある『取っておき』を取りだした。
……あっ、お酒じゃないよ。熟睡するための眠剤だぞ。
実はこれ、魔法薬の手習いで最初に作った薬だったりする。
「さてと……」
あたしは少量をグラスに注ぎ、金色に輝くそれを眺めた。
多分、変質はしていない。問題ない。
それを飲もうとした時、部屋の扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
あたしが応じると、ビスコッティが笑み浮かべて入ってきた。
「なにか、薬品臭がすると思ったら……それはなんですか?」
「あたしが手習いで作った、生涯初の魔法薬だよ。触媒に入れたアルコールが多かったせいか、今じゃお酒みたいになっちゃってるけど……」
あたしは苦笑した。
「そうですか。確かにもの凄いアルコール臭です。どんな薬だったのですか?」
ビスコッティが興味深そうに聞いてきた。
「軽い眠剤だよ。まあ、正確には睡眠導入薬。当時はなかなか寝付けなくてね」
「ダメです。子供がそんなものを飲んでは。まあ、調整してみますか。これでは、お酒にもなりません」
ビスコッティは空間ポケットからガラス管などを取りだし、あっという間に装置を作り上げた。
「まずは、余分なアルコールを飛ばしましょう」
ビスコッティはあたしの魔法薬を大きな丸底フラスコに注ぎ、アルコールランプで沸騰させた。
「眠剤はダメです。ないと寝られなくなってしまう恐れがあります。その代わり、気分を落ちつける効果のある薬にしましょう。私のいう通りにやってみてください。まずは、そこの材料を入れる場所……正式にはホールといいますが、そこにこの材料を入れて下さい。
あたしはいわれるままに、乾燥した草のようなものを、指示された通りにセットした。
「あとはこちらですね。これを……」
今度は赤い木の実のようなものを差し出されたので、あたしは装置の空いているホールにセットした。
「あとは、まず最後のビーカーに溜まった薬液を捨てて下さい。ボウルを用意したので、ここに」
あたしはビスコッティの指示通り、ビーカーの中に溜まった液体をボウルに捨てた。
「これを何度か繰り返すと、黒い薬液が出てきます。それが当たりですよ。それにしても、かなりアルコールを使いましたね。よく無事でした」
ビスコッティが苦笑した。
半分は自分で作った魔法薬を飲んで、すっきり早朝に目覚めたあたしは、山を守るために設置されている扉の鍵が、テーブルの上に乗せられている事に気が付いた。
「そうだ、今日は山登りの日だった」
あたしはは小さく笑みを浮かべた。
帰りの旅程もあるので、余裕を持って今日の夕方にはここを発って、カリーナに向かわないといけないだろう。
「おーい、スコーン。起きろ!!」
あたしはまだ寝ているスコーンを手荒に揺らした。
「ダメだよリズ。そんな事したら、繊維が縮んじゃう。ドラゴンに綿パンツはいらないよ……ムニャムニャ」
……どんなファンタジーな世界を旅してるのか不明だ。
「いいから起きろ。このドラパン野郎!!」
あたしはスコーンのほっぺたを両手で叩くように、思い切りビンタをかました。
「ホギョ~……ブッ!!」
変な声を上げて一瞬上体を起こしたスコーンだったが、一発屁をこいてまた眠りについてしまった。
「ったく、疲れているのか、元々そうなのか。これは、ルームメイトとして観察が必要だな」
あたしは笑みを浮かべ、しばらく様子を観察する事にして、下手くそながらスケッチをはじめた。
「よし、こんなもんか。下手くそ過ぎて、逆にアートだね」
あたしは苦笑した。
スケッチブックと画材を空間ポケットに放り込み、代わりにポテトチップコンソメ味をと取りだして、ポリポリ囓りはじめた。
「これでも起きないか……お腹空いているはずなのに。一気に食っちゃおう」
あたしはポテトチップを一気に口に流し込み、空間ポケットから水鉄砲でも取り出そうとして、ポテトチップのり塩を床に落としてしまった。
と、それは一瞬の事だった。
いきなり跳ね起きたスコーンが、のり塩の袋を奪ってソファに座り、嬉しそうにポリポリやりはじめた。
「な、なに、のり塩好きなの?」
「うん、おはよう。のり塩じゃなかったら、ポテチじゃないよ!!」
スコーンが笑った。
「おはよう、さて、今日は山登りの日だよ。この時期だとロクに薬草がないと思うけれど、運動不足解消にはいいよ!!」
あたしは笑った。
寝室を出ると、早朝なのにすでに全員起きていて、寝袋を畳む作業に入っていた。
「あっ、おはようございます。眠れましたか?」
ビスコッティが笑み浮かべ、あたしたちに問いかけてきた。
「うん、バッチリ!!」
あたしは笑った。
「まだ眠い……。おかしいな、寝起きはいいはずのに……」
スコーンがあたしのビンタで真っ赤に腫れた様子をみて、気が付かない事をなにかに祈った。
「そうですか。気をつけて下さいね。キッチンをお借りして、トロキが朝食を作っています。手元の食材なので凝ったものは出来ないそうですが、料理好きなので期待して待ちましょう」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「そっか、楽しみだね。スコーン、起きた?」
「もうちょっと待って。顔を洗ってくる……」
スコーンは欠伸をしながら、シャワールームに入っていった。
「さてと、二番の山だったか。昔から遊んでいた場所だから、道案内は任せて!!」
あたしは笑った。
「よろしくお願いします。さて、なにが採れるか楽しみですね」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「キノコ類ならこの時期でも採れるけど……。あとはマンドラゴラみたいに、根っこを使う材料ね、葉物は期待しない方がいいよ」
あたしは小さく笑った。
「それは楽しみですね。キノコにしても根にしても、いくつも材料があります。期待しますね」
ビスコッティが笑み浮かべると同時に、スコーンがシャワールームから出てきた。
「やっと目が覚めたよ。山登りいくの?」
「うん、朝メシ食ったらね!!」
あたしは笑った。
メシ食って準備が整うと、あたしとスコーンは家の小型トラックに乗った。
護衛チームは自分たちの小型車でいくようで、早々に乗り込んで準備を終えたようだった。
「さて……」
久しぶりだが、このトラックの癖はよく知っている。
アクセルペダルを踏んで三秒後。キーを捻ると魔力エンジン特有の甲高い音が響いた。そして、このまま一分、アクセルペダルを全開で保持。
つまり、ぶっ壊れかけのポンコツなのだが、動けばよしといういたってシンプルな理由でまだ使っていた。
「リズ、このトラック年季が入ってるね。こういうのがいいんだよ」
スコーンが笑った。
「ただボロいだけだよ。さて、もういいかな……」
あたしがアクセルペダルから足を離すと、ガタガタと振動が起こり、無事にエンジンがかかった。
あたしは一度トラックから降りて右手を振って合図を出すと、控えていた護衛チームの車がクラクションを一回鳴らした。
「よし、いこう!!」
運転席に戻った私は、シートベルトを締めてクラッチペダルを踏み込み、ギアを一速に入れ、ゆっくり前進をはじめた。
バックミラーで後ろがついてきたことを確認しながら村内を進み、まさかこんなところに……という場所にある裏口にたどり着くと、肩にサブマシンガンを提げて見張りをしているオッチャンが笑みを浮かべた。
「リズ坊、久々だな。後ろのは家来か? 出世したな。もちろん、通っていいぞ」
「リズ坊はやめろっての。通るよ!!」
あたしは苦笑しながらアクセルを踏み、先へ続く林道に入った。
「よく分からないけど、ずいぶん物々しいね」
スコーンが苦笑した。
「みんなそうなんだけど、ここを通らないと山にいけないんだよ。ここには十二世帯あって、それぞれ山を持っている。どの山も勝手に入れないように柵で山を囲んでいるけど、一番心強いのはエルフの傭兵チームかな。今もどこかでみていて、じっと観察しながらわたしたち追いかけているはず。敵にすると怖いけど、味方につけると心強いよ」
あたしは笑った。
「そうなんだ、警戒厳重だね」
スコーンが苦笑した。
「まあ、魔法薬の材料の他にも、秋口になるとポロダケっていう高級キノコが生えるから、それを盗まれないように柵を立てているんだけどね。おっと、こっちだ!!」
あたしは林道の分岐点を左に曲がり、徐々に入り込んできた林道網を間違える事なく突っ走った。
「おっと……」
あたしは分岐点を曲がった直後に現れた、エルフの検問所に向かって、ゆっくりトラックを進めた。
遮断棒の前でトラックを止め、あたしは窓を開けて笑みを浮かべた。
「なんだ、お前か。この先ということは、ウィンド二番の山だな。頂上付近はまだ雪が残っている。気をつけてな」
そのエルフは笑みを浮かべ、遮断棒を上げてくれた。
「どうも、これあげる!!」
あたしは空間ポケットを開き、赤い色をしたフルーツをそのエルフに渡した。
「こ、これは、ラカラカではないか。どこで手入れたのだ?」
「うちの庭に生えてるよ。それ、差し入れ。それじゃまた」
あたしは片目を閉じて挨拶して、トラックをゆっくり走らせた。
ここから先は、道なりに進むだけだ。
「ねぇ、さっきの実ってなに?」
スコーンが興味津々という様子で問いかけてきた。
「エルフの大好物だけど、ここの森に自生していないから貴重品なんだ。うちの庭に木が植わっていてたくさん採れるから、お疲れさまの意味で時々渡すんだよ。うっかりして一個しか持ってなかったけど、きっと今頃は独り占めして食っちゃってると思うよ!!」
あたしは笑った。
「どんな味なの、どんな味なの!?」
スコーンがあたしをユサユサしながら、目の色を変えて問いかけてきた。
「こら、危ない。人間の舌では美味しくはないかな。あとで一個あげる」
あたしは苦笑した。
検問所からゆっくりトラックを走らせて、高い柵が見えてくると、あたしはトラックを邪魔にならない場所に駐めた。
後続の護衛チームも隣に車を駐め、全員が下りると大きく伸びをした。
「みんな、お疲れさま。ここが目的の二番目の山だよ。柵が物々しいしけど、これでも最低限の防御だから。あっ、一番上の有刺鉄線には死ぬほどじゃないけど、痛い思いはする程度の電流が流れてるから、触らないでといっておく!!」
あたしは笑って、家を出るときに寝室のテーブルにあった鍵束を取り出し、柵に設けられた大きな門扉の鍵を開けた。
「よし。それで、これがなんだけど、メチャメチャ重くて……」
あたしは体当たりするようにして、むりやり扉を押し開けにかかった。
押しても引いてもいいのだが、どちらが力をかけやすいかいうまでもないだろう。
なかなか開かずに困っていると、みんなが集まってきて一丸となって扉を押して、なんとか開けた。
「ふぅ、だいぶガタがきてるな……。あとで直してもらうとして、みんなここからは徒歩だよ。ゆっくり歩いて山頂まで一時間くらいかな。探し物をしながらだと、もっと掛かるけどね」
あたしは笑った。
「あの、危険な動物はいますか?」
恐る恐るという感じで、ララが問いかけてきた。
「禁本的にいないよ。いても冬眠中のはずだし。まあ、一応見ておくか」
あたしは呪文となえ、探査魔法で辺りを探った。
「えっと……今はいないね。これなら、安心して行動が出来るよ!!」
あたしは笑った。
みんなでぞろぞろ山を登りながら、ビスコッティからこれを背負うようにと渡された、まだ新しい背負いカゴを装備して、先頭を歩く私の後ろにビスコッティとスコーンが続き、今回はあまり出番がなさそうな護衛チームが、運動不足解消という感じでガヤガヤと喋りながら。最後部を歩いていた。
「凄いです。ムラサキホムラがこんなに群生しているなんて……。これは、高度な魔法薬によく使われます。かなり、高価なんですよ。では、少し……」
ビスコッティが、丁寧にニラに小さな白い花がついているような植物を採り、あたしの背負いカゴに入れた。
「もっと採っていいよ。季節の変わり目に業者が一斉に草刈りしちゃうからね。もったいない」
あたしは笑った。
「では、お言葉に甘えて……。もう、これだけでも、ここにきた甲斐があります」
ビスコッティが笑み浮かべて次々に採取していき、群生地の半分を残してやめた。
「私のせいで絶滅してしまったとあっては、悲しいですからね。では、ゆっくりいきましょう」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「ここってリズの山なんでしょ。なにか特徴はないの?」
スコーンが目を輝かせた。
「季節になればポロダケが採れるし、弄りたくないってのが正直なところ。退屈しちゃった?」
あたしは笑った。
「いや、聞いただけだよ。私だったら、温泉でも作っちゃってたから!!」
スコーンが笑った。
「私ならサーキットだな。環境破壊だとざわつくが、あれほど安全運転を守れる場所はない。車社会なら必要なものだ」
一応という感じで、後方を警戒している様子のアリスが、水飴を舐めながら笑みを浮かべた。
「ダメですよ。この山がなかったら、魔法薬の材料で生計を立てている村が干上がってしまいます。あと、もうこれだけの材料が集まってしまいました。この調子で、どんどんいきましょう!!」
ビスコッティが笑み浮かべた。
ビスコッティが途中でキノコや木の実、ただの葉っぱにしか見えないものを採りながら、あたしたちは雪が所々残っている山頂にたどり着いた。
時刻はちょうど昼くらいで、弁当を広げるにはちょうどよかった。
「今日はおにぎりにしてみました。具材もたくさん入れましたので、お好みにあえばと……」
トロキが笑み浮かべた。
「へぇ、その挑戦受けて立つ!!」
自分でも異常だと思うほど、タマゴサンドとおにぎりに対して凄まじく拘りがあるのだ。
「最初は、やっぱり塩むすびだね」
あたしはバスケットの中にある、海苔も巻いていない白いおにぎりを手にして囓った。
「……やりおる」
あたしは小さく笑みを浮かべた。
まあ、そんなこんなで昼メシを終えて少し休憩をしてから、私たちは下山を開始した。
「それにしても、今日は大収穫でした。素晴らしい山です」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「そうだね。しっかり、荷物運びさせられているけど!!」
あたしは笑った。
「私の弟子使いは荒いかもしれませよ。今日の夕方にはカリーナに戻りましょう」
「それについては、あたしも異議はないよ。夜間走行か……」
よほどの急用でもない限り、夜間は村や町で夜明けを待つのがセオリーだった。
「はい、そうなりますね。体力は大丈夫ですか?」
「うん、そっちはなんとか……。問題は、夜の盗賊だよ。基本的に夜行性だから、暗くなると活発に行動するんだよね……」
私は鼻で小さく息を吐いた。
「そうですね。魔物除けの魔法薬でも、振りかけておきますか」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「それじゃ、あたしはいまのうちに毛虫でも集めておくかな。この時期でも動いている珍しい野郎がいやがるからね。それを、風の魔法で一気にぶっ飛ばす。まあ、その毛虫って全長が二メートル以上あるから、さすがにやらないけど!!」
私は笑った。
特に怪我人もなく、無事に下山したあたしたちは、まず柵の扉を閉める作業に入った。
「なんせヒンジが歪んじゃってもう。これを引っ張るとなると……。あっ、いいのがあった!!」
あたしは空間ポケットを開いて、中から人数分の青い手袋を取り出した。
「『キャッチンググローブMarkⅡ』。ラパト村の特産のお土産ナンバーワンだよ!!」
あたしは全員に一組二枚ずつ配布した。
「これ便利なんだよ。なんでも掴めるし、ツボだったかなんだったを刺激して、数秒間筋力が上がるんだよ。例えば……」
あたしは自分の家のクソボロいトラックの荷台に背負いカゴを置き、ブルーシートでカバーをかけ、前方に回ってバンパーに両手をかけた。
「ほい!!」
どう考えても、あたしの膂力で持ち上がらないはずのトラックの前部が浮いた。
そのままゆっくり戻そうとした時、いきなり鉄製バンパーが外れて、ドンという音と共に、トラックが地面に落ちた。
「……あれ、ぶっ壊しちゃった。まあ、元々ボロボロだしいっか。みんな、これで引っ張ろう!!」
あたしは笑った。
「分かりました、皆さん配置について、作業をはじめましょう」
ビスコッティが笑み浮かべ、みんなが門扉に取り付いた。
「いくよ!!」
あたしの声で、みんな一斉に門扉を引いた。
最初はビクともしなかった門扉だったが、気合いで引っ張っていると、ゆっくり閉じはじめ、最後は自重も加わった様子で誰も引っ張らなくても、ガンと音を立てて止まった。
「おっと……」
今度は門扉が反対側にいきそうだったので、あたしは慌てて押し返し、また動かないように鍵をかけた。
「これでよし。いい運動になったでしょ!!」
あたしは笑った。
元々ぶっ壊れかけのポンコツだったが、あたしがイタズラしたせいか、トラックの調子がさらに悪くなった。
しまいには小爆発が起こり、ボンネットが綺麗に吹き飛んだが、あたしは前を行く護衛チームの後ろを走っていった。
「な、なんかぶっ壊れたよ。ぶっ壊れたよ!?」
「まだボンネットが飛んでいっただけだよ。あの鉄材は、エルフの皆さんが大事に使うよ」
エンジンの水温計が異常に上がる中、あたしはメーターを見ない事にして、ゆっくり進んでいった。
「ねぇ、これ大丈夫なの?」
正面ガラスから見える白煙を上げるエンジンをみて、スコーンが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫に見えたら、クソジジイに診てもらった方がいいよ。大丈夫、爆発してもエンジンルームとの間は防爆板で防がれているし、あとは気合いと根性だよ!!」
「馬鹿野郎、機械に精神力が伝わるか!!」
スコーンが絶叫した時、ついにエンジンが大爆発を起こし、正面ウィンドウがヒビで真っ白になり、サイドウインドウが綺麗にどこかに吹き飛んでいった。
「……やべ、クソジジイに怒られる」
あたしは動けなくなったボロトラックの運転席から降りて、見るまでもなかったのだがエンジンルームを見ると、瞬間的な高エネルギー放射でほとんど部品どころか、エンジン抜きのどんがらになってしまっていた。
「こりゃ、まいったね」
思わず笑みを浮かべながら、あたしは前部に装着してあるトゥバーに手を掛けた。
「スコーン、ちょっと手伝って!!」
「分かった!!」
あたしはスコーンと一緒に、頑丈なトゥバーを正面に倒し、止まっていた護衛車がバックで近寄ってきた。
「また派手にやりましたね」
ビスコッティが笑み浮かべ、他のメンツと力を合わせて、護衛車に装着してあるヒッチメンバーに接続した。
「これいいですね。トラックのハンドルはこちらに合わせて下さい」
笑顔のビスコッティが笑み浮かべ、ポツポツと雨が降り出した中、あたしはビスコッティに頷いてから、ぶっ壊れたトラックにもどった。
「ちょっと待ってね」
あたしは後部に積んであるビニールシートを取りだし、運転席と助手席にカバーをかけた。
「えっと……ここがこうだから……。スコーン、ちょっとここ押さえってて」
「分かった!!」
あたしたちは、役立たずになった正面ガラスを外すことに成功した。
「やっぱり、工具は持っていないとね。さてと、寒いドライブにいくよ。ヒーターだけはやたら効くけど、寒いだろうね」
あたしは笑った。
「寒いの苦手なんだよね。えい!!」
スコーンの声と共に、オレンジ色の透明な結界が展開された。
「これで大丈夫!!」
スコーンが笑った。
「……『火』の結界魔法か。また珍しい事を」
あたしは思わず感心してしまった。
「うん、我ながら傑作だと思うよ!!」
スコーンが笑った。
降り出した雨は勢いを増し、林道のあちこちが泥濘路になってきた。
心配していた雨もスコーンの結界に遮られて、それはよかったのだが、牽引してくれている前方の護衛車との連携が難しくなってきていた。
「こりゃ、ついているんだかいないんだか。ラーメン食べたい!!」
あたしは笑った。
「私は山菜そばがいいよ。ちょっとだけ寒いし」
スコーンが呪文を唱え、虹色に染まったボールが助手席側の床に落ちた。
「簡易的なエアコンだよ。ちょっとはマシでしょ?」
スコーンが笑った。
「……研究だな」
あたしは密かに結界膜に手を添え、感じ取れる呪文の残滓を集め、それをノートに書き記していった。
「ふむ、なるほどね。まだ荒削り、開発の途上か。ここをこうして……はい、ヒント!!」
あたしはノートのページを破り、スコーンに手渡した。
「ん、なに?」
「この結界改善のヒント。磨く方法、困っていたでしょ?」
あたしが笑うと、スコーンはポカンとした表情を浮かべた。
「な、なんで分かったの?」
「あたしの専門は結界魔法だよ。余談だけど結界でガチガチに固まっているのに、近くに寄るとかってに壊れちゃうとか。あとは、王都に下駄足付きで呼ばれたんだけど、国王がムカつく事をいうから、結界膜で三重にコーティングして、素っ裸で城のエントランスホールの真ん中に『ヒヒ男』って書いて設置して、無理やり腰をピストンさせながらね。あとは、怖いから逃げたけど!!」
あたしは笑った。
「それで……コホン。なんでそうなったか、永遠の謎とかいわれていたけど」
スコーンが苦笑して、あたしが先程渡したノートの切れ端を読みはじめた。
「……そ、そうか!!」
スコーンが声を上げ、自分のノートになにやら書き込みをはじめた。
「さすがに早いね。あくまでも、あたしの意見だから、多角的に考えないと上手くいかないよ!!」
あたしは笑った。
もはやゴミといっていいほど、完全にぶっ壊れたトラックを牽引した小型車は、泥濘路を駆け抜け、砂利道に入って少し安心した。
「よし、ちょっと見てくる」
あたしは運転席から降り、小型車のヒッチメンバーとこちらのトゥバーの結合を確認し、ハンマーで軽くコンコン叩いて問題ないと判断した。
「大丈夫だね。さて、あとは多少時間はかかるけど、無事に……でもないな。このオンボロどうしよう……」
「リズ、回復魔法だよ。直せたって論文読んだよ!!」
スコーンが弾んだ声を出し、空間ポケットから紙束を取り出した。
「こら、パクってくるな。論旨『素晴らしき回復魔法の世界。分からんヤツにはビシバシ説教します!!』……大丈夫か。コイツ」
私は苦笑して、論旨の一番下に『ビスコッティ・G・メレンゲ』とサインがあった。
「えっと、一応、いっておこう。多分、これが正解だな……。なにやってるんですか、師匠。ビシバシして浣腸しますよ!!」
あたしは笑みを浮かべた。
「リズ、浣腸ってなに。なに!?」
「……世の中には、知ってるけど間違えた使い方する馬鹿が多い。あれ、医療行為なんだぞ」
……我ながら、答えになっていない。しかし、知らない方が多い事も事実だ。
「なんで、ケチ!!」
「……図書館で調べればいいよ。カリーナには図書館が三つあるらしい。それで、その論文には?」
「うん、回復魔法で機械も直せるって!!」
……まあ、理屈は分かった。でもね。
「もっかいエンジン見る?」
「見る!!」
私は苦笑してトラックを降りた。
「これ、直ると思うかな。エンジン本体まで半分溶けてるよ。失われたものは戻らない。これは、悲しい事実だ」
「試すだけ試してみる!!」
スコーンが呪文を唱え、オンボロが真っ白な光に包まれた。
「おわっ!?」
あまりのまぶしさに、あたしは思わずひっくり返ってしまった。
その光りが収まると、ボロボロだった車体が新品同様に光を放ち、運転室がなかった……。
「あ、あれ?」
スコーンが論文の束をひっくり返し、あたしは隠し持っていた棍棒で、床に足を付くだけのスペースしかなく、ペダルだけが浮いているような運転席を叩いてみた。
なぜかシートが豪華な革張りに変わっていたが、これはこれで笑えてよし。
助手席側も同じように叩いてみたが、特に問題はなかった。
「よし、これなら問題ないね。早く乗って!!」
あたしは笑った。
……物質再構成の法。紛れもなく、新たな魔法の道への扉が開いた瞬間だった。
魔法への飽くなき探求。グッドラック。
なんだかもう分からない代物になってしまったオンボロだが、直ったかに思えたエンジンが不正燃焼を繰り返して、ボンボンうるさいどころか爆発の危険性すらあったので、自力での帰還は諦めて、このまま牽引してもらう事にした。
屋根もないむき出しの『鉄枠』に座ったあたしたちは、もう間もなく村というところに差し掛かった。
きた時に分かってはいたが、沢渡りを繰り返し、泥沼になった急坂を駆け上がり、それでも牽引という悲しい感じではあったが、泥まみれにびしょ濡れという環境が、変に楽しくなっていた。
「おら、次ぎきたぁ!!」
あたしは沢のど真ん中で叫んだ。
……恐怖に打ち勝つ方法。ユーモアと笑いだ。
「おぎょ!?」
川から飛んできたニジマスをつかみ取り、スコーンが声を上げた。
「おっ、さっそくキャッチンググローブだね」
あたしは笑った。
「あのね、キャッチンググローブって私も開発していたんだ。三年も前に。この仕様ってキャッチンググローブⅢで実装しようと思って、チマチマやっていたんだけど……パクった?」
「うん、面白いからパクった!!」
どこか怖かったスコーンが一瞬驚きの顔を見せ、すぐに笑顔になった。
「正直だね。でも、おかしいな。まだⅢは秘密のはずなのに……」
「それがね……。机の上に見知らぬ封筒が置いてあったでしょ。あれに資料が全部入っていたんだよね。さっきのビスコッティが書いた論文をも入ってなかった?」
私は苦笑した。
「うん、あった。リズの事を詳細に調べた資料が凄かったよ。もしかして、スコーンデータもリズに?」
スコーンが目を丸くした。
「うん、スコーンデータがあった。いいじゃん光のリング。結界魔法としてはいいけど、眩しすぎるかもね。こっちで国王を仕上げておけばよかったよ」
あたしは笑った。
「……結界より攻撃魔法を褒めて。ダメ?」
「そうだね。まず、よく使いそうな魔法……ファイアボールとか、なんかそんなのあるでしょ。あれを煮詰めていくといいよ。多分、なにか見える!!」
あたしは笑った。
護衛車と車輪と荷台がついた鉄枠は無事に沢を渡り、さらに先に進んでいった。
結局、村に帰ったのは十八時半頃で、メシなんか食ってる場合じゃなかった。
「これ、分けておいたんだ」
いつの間に作ったのか、スコーンが荷台に積まれた魔法薬の材料を種類別に分けて、戸棚のようなものに入れておいてあった。
どうやら、みんなで門の扉を閉めようとしていた時に、作業を進めたらしい。
「これは助かりました。トラックが素敵なデザインになってしまった時は、どうなるかと思いました」
ビスコッティが笑み浮かべた。
「てめぇ、うちのオンボロをスーパーカーにしやがって、お駄賃だ!!」
家から出てきたクソジジイが、右腕を大きく振りかぶって私の頭に毛虫をそっと乗せた。
「アマダレ蝶の幼虫だ。カリーナにでも放っておけ」
あたしは無言で毛虫を掴み、遠ざかるクソジジイの肩口に乗せた。
ちなみ、あたしは昔から慣れ親しんでいるので、この程度は痺れた程度の痛みだった。
「さて、午後はゆっくりしたかったのですが、そうもいかないのが冒険です。さて、帰りましょうか」
ビスコッティが笑み浮かべたが、家に誰もおらず、あたしたちは駐車場へと向かった。
村から外に出て駐車場に向かうと、トラックの周りでなにか騒ぎが起きていた。
まさかそうなるとは思っていなかったが、荷台の両サイドが上に大きくスィングして開き、村に一台しかないクソボロいフォークリフトでせっせと荷積み作業をしていた。
「なにしてんの?」
「はい、お土産です。これは目録。ビスコッティさんに渡しておきましょう」
母ちゃんが笑い、ビスコッティが笑み浮かべたまま倒れた。
「おぎょ!?」
「ぬぎゃ!?」
スコーンとあたしが変な声をしてしまったのと同時に、ビスコッティがズボッと立ち上がり、全身をワナワナ震わせた。
「これ、全部高級な魔法薬の原料じゃないですか。しかも、数ではなくトン単位で!?」
「はい、お近づきの印です。くれぐれも、ご内密に。あと魔法薬の装置の材料も差し上げます。なにかと便利でしょう」
母ちゃんが笑った。
「俺からはこれだ。まあ、カリーナには色々ツテがあってな。あそこの医務室に務めている医師が面倒見てくれるそうだ。手習いにやっておけ」
クソジジイが笑みを浮かべ、あたしの胸に魔法医を示す記章をつけた。
「ほぎゃぁぁぁぁ!?」
……なに考えてやがる。このクソ野郎。
「まあ、経験云々以前に年齢でアウトだが、逆にインターンから先にやっておけば、あとあと楽だろ。結局、腕がものをいう世界だからな!!」
本末転倒クソオヤジが、ド派手な笑い声がぶちまけられた。
「な、なに考えてるのよ……」
「ん、無茶振りはいつもの事だろ。ったく、お前は結界魔法馬鹿でブチ切れると空に向かって攻撃魔法だろ。何体たまたま飛んでいたドラゴンを撃墜したんだか。高射砲野郎もいいが、たまには人の役に立て!!」
クソオヤジが笑った。
そんなこんなで、やたら疲れた里帰りだったが、私たちは各車に分乗し、先に護衛車の方が出発した。
「なんか知らないけど、ゴツいお父さんと優しいお母さんだったね!!」
スコーンが笑った。
「スコーン、とーちゃんはあれだけど、かーちゃんは怖いぞ。あれでな、キュッと……おっといけねぇ。毛虫いる?」
私は空間ポケットを開き、中から毛虫が入った虫かごを取り出した。
「うん、可愛いからスケッチする。このモキュモキュしているところが、なんかキュート!!」
スコーンは虫かごを受け取ると、自分の空間ポケットにしまった。
トラックは護衛チームの車に次いで、下り道を慎重に走っていった。
「ん?」
いきなり護衛チームの速度が落ちはじめ、ハザードを点して路面の片隅に車を寄せて止めた。
「こ、こんなとこで止まるなんて!?」
「おぎょ!?」
あたしとスコーンが同時に声を上げたとき、すぐ脇を『スーパーカー』が駆け抜けていって止まった。
「な、なに、忘れ物?」
あたしの声が聞こえたかのように、荷台に積まれていた木箱の蓋がぶっ飛び、ポコッと二人の女の子が顔をだした。
「え、えっと……あたしの村にメイド喫茶なんてあったっけ?」
……ない。
「おぎゃー、おぎょー!?」
毛虫にでも刺されたか、スコーンが泣きながらあたしをユサユサしてきた。
「ど、どうしたの!?」
「お、鬼の侍従長とお転婆キャシーだよ。どうしよう……」
スコーンがなにか妙な事をいいだした。
「あ、あのさ、今なんていった」
「私のフルネームは『スコーン・J・R・ファン』なんだよ。どうしよう……」
……そうではない。しかし、読めた。
「ほら、ビスコッティが笑み浮かべて手招きしてるよ。降りよう」
あたしは笑った。
「嫌だよ。臭いよ。怖いよ。酷いよ。あんまりだよ。なんできちゃったの!?」
「そこまで嫌か。じゃあ、いってくる!!」
あたしは小さく笑い、トラックの運転席から降りた。
「あれ、スコーンは?」
「ひきこもっちゃった!!」
私はビスコッティに苦笑した。
「正直、私も無線で聞いて『このクソッタレ、嘘こいてるんじゃねぇ!!』と思わず怒鳴ってしまいましたが、ファン王国の第三王女ですよ。そういえば、失踪の噂は流れていたのですが……。先に行って下さい。くれぐれも、触れないように」
「分かってるよ、それよりそのスーパーカー気に入ったらしいね」
あたしはスーパーカーの運転席に座っているクソジジイと、助手席側に座っている母ちゃんに苦笑した。
「おう、最高だぜ。少し手を加えてな、エンジン剥きだしのホッドロッド仕様にしてやったらもう放せねぇよ。おい、ちょうどいいからカリーナまでいくぜ。お前の師匠に話がある。もうすぐ日暮れだ、こんな場所じゃシャレにならん!!」
クソオヤジが、チラッとあたしを見て、もう夜なのにサングラスをかけて、爆音を立てて山道を下っていった。
「……二分。そろそろいくか!!」
あたしは腕時計をチラッとみて、護衛チームを残して出発した。
すれ違い様にクラクションを鳴らすと、ビスコッティが投げキッスを送ってきた。
「よし、キット君。アレ」
『イエス。パーティやろうぜ!!』
運転室の全てのガラスが半透明化し、私はようやく落ち着いてきて、笑みを浮かべるようになったスコーンに笑った。
「まっ、一般人ではない事は分かっていたけどね。ん?」
あたしは制服のポケットに違和感を覚え、手をゴソゴソ突っ込んでみた。
「……ンギッ」
「ああああああああああああああ、それってぎゃああああ!?」
スコーンの裂帛の気合いが入った声が、強烈に鼓膜を揺らした。
「……おめでとう。ファン王家第二位のリズ・ウィンドです」
あたしはため息を吐き、不承不承に制服の相応な場所に記章をつけた。
「お、お姉ちゃんが生えた!?」
スコーンが笑みを浮かべた。
「……大丈夫か。この国」
私はそっと涙した。
……ちなみに、眼精疲労が原因だ。マジで。
山道を無事に下り、どっかでみたイカレホッドロッドが街道の道端で、ハザードを点して停車しているのをみて、あたしたちのトラックはその脇を通過していった。
「ったく、なにをやってるんだか」
あたしは苦笑した。
「ねぇ、お姉ちゃん!!」
スコーンが大笑いした。
「あのね、そういう事じゃないでしょ。絶対専制君主じゃないんだから」
「誰よりも分かってるよ。このまま二位に格上げされたら、私はもう逃げられないからね」
スコーンが笑み浮かべた。
「その代わりがあたしかい。ただの村娘だぞ!!」
私は笑った。
トラックはそのままゆったり走り、なんだか眠くなっていた時、バリバリ派手な音を立てて、母ちゃんと一緒にホットドッグを片手に持ったクソオヤジが、ホッドロッド野郎を片手で操りながら、ぶち抜いていった。
「なにやってるんだ、アレ?」
あたしは小首を傾げた。
「元気でいじゃん。それより、ビスコッティたちの車はどこいったのかな……」
スコーンの問いかけに、キットが答えた。
『……便所』
……あのな。
「なんだ、ならいいや。それにしても、意外と驚いてないね。私ならクソションベン漏らして、さらに巨大なおならを秒速九千発以上撃っちゃうけどな」
スコーンが苦笑した。
「だって、第一位はもう他界しているんだよ。この国は王権民主制だから、半端な村娘じゃ臣民は納得しない。これが男系直系だといざこざが起こるし、最悪内戦になっちゃう。そんな過去の反省から、総選挙で国王を決める方式に改められた。仮にあたしが表に出ても、せいぜい国王の奥さん役でしょ。それでもケツが痒いけど、まあ、いいじゃない」
あたしは笑った。
「強いねぇ、私のもあげる!!」
「だから、そういう問題じゃないって。本物の二位はどうしたの?」
あたしの問いに、スコーンは笑った。
「逃げた!!」
……あっそ。
「まあ、いいや。腹減った!!」
あたしは小さく笑った。
時刻は深夜になり、あたしはキットにトラックを道端に駐めるようにお願いした。
『だから、丁寧におネギ……じゃなかった、お願いしますとかいうなっての。ケツから屁が出るぜ!!』
……それはただの腐敗魔力だ。マフラーから出るあれだろ。
「馬鹿野郎、臭ぇよ。いい加減駐めろ!!」
『そりゃ臭ぇよ、魔力食い過ぎたからな!! ……あっ、ここにしよう』
トラックは街道の道端に入っていった。
「よし、ここで仮眠するよ。テントを張ろう!!」
あたしは笑い、運転席から飛び下りた。
「テントって、持ってないよ?」
助手席から転げ落ちたスコーンが、服をパタパタ叩きながら不思議そうに聞いてきた。
「あたしを誰だと思ってるの。えっと、湿度が……」
あたしは呪文を唱え、青白いプレハブ小屋のようなものを作った。
「スコーン、寒いから虹色ボールを何個か放り込んで。そこから入れるから」
「分かった!!」
スコーンがスライドドアを開け、さらに奥にあるスライドドアを開け虹色ボールを十個ほど放つ姿がみえた。
「準備はできたね。あとは、待とう」
あたしは笑みを浮かべ、スコーンが出てくるのを待った。
「終わった!!」
「ありがとう、さてとポテ食べる。のり塩味?」
あたしは笑った。
「うん、ポテろう!!」
スコーンが笑った。
あたしが空間ポケットから取り出した、のり塩味ビッグサイズをスコーンと一緒にポリポリしていると、もの凄い勢いで街道を一台の車が通過していき……そのまま、真っ直ぐ消えていった。
「……あれ、違うな。これだけデカかったら気が付くだろうし」
ものは試し。
あたしは運転席に乗り込もうと、ステップに足をかけた……瞬間、泥で汚れていたローファーが思い切り滑り、盛大にコケて上のステップに顔面を強打してしまい、たまらず草原に落ちてのたうち回った。
「あれ、なんか変な音が……オギョギョ!?」
様子を見にきてくれた様子のスコーンに顔面を踏まれ、さらに反対の足で腹を踏まれた。
「ご、ごめんなさい。メディーック!!」
スコーンが慌てた様子で叫び、顔面の足をグルグル抉った。
「す、スコーン、顔から足を退けて。あと、出来ればお腹も……」
「おぎゃー、ごめんなさい!!」
スコーンが飛び退くと、あたしは苦笑した。
「頑強に出来てるから平気。さてと……」
あたしは、再び操縦室にアクセスして座席に座った。
「えっと、設定はよく分からないから、このままマイクで……」
あたしは、吊り下げられた黒い箱のようなものを取り、大きなボタンを押した。
「おーい、ベスゴデェ。どこに消えた?」
『誰がベスゴデェですか。それはこちらのセリフです。どこですか?』
ビスコッティが無線越しに問いかけてきた。
「えっと……街道沿いなのは間違いないんだけど……」
『はい、クソリズがロストしたので代わりに答えます。えっと、ここは……』
……クソリズで悪かったな。
『分かりました。かなり行き過ぎてしまったので、少し待っていて下さい』
「うん、結界ででっかいテント作って青白く光っているから、分かると思うよ」
あたしは笑った。
スコーンと一緒にテントに入り、毛虫のお手入れをしていると、爆音と共に結界越しに一台の車が入ってきた様子がみえた。
「おっ、きたきた!!」
スコーンが虫かごをしまい、笑みを浮かべた。
「うん、どこまで行っちゃったんだか……」
あたしは笑った。
テントから出てみると、ビスコッティが笑み浮かべて車から降りてきた。
「二十キロほど先でした。それにしても、ずいぶん派手な結界魔法ですね。メモメモ……」
ビスコッティが、あたしが張った結界を、つぶさに観察しはじめた。
その間に、トロキが野外コンロをはじめとした調理セットを設置しはじめ、アリス、シノ、ララ、リナが銃を片手に警戒に入り、カボが結界テントの中に入って、小さなテーブルを三つほど並べた。
トロキが空間ポケットから食材を取りだし、手早く調理をはじめた。
「リズ、帰ったら修行ですよ。半端者にはしたくありません。二位殿!!」
ビスコッティが笑った。
「当たり前だよ。実質的には無名の村娘だもん。さて、スコーンはどこに行った?」
あたしは探査魔法を使った。
「あー……やめよう。可哀想だ」
あたしは苦笑した。
スコーンは近くの茂みの陰で……あとは分かれ。馬鹿野郎。
「まあ、生理現象ですからね。さて……」
ビスコッティが笑み浮かべ、トイレットペーパーを持って、鼻歌交じりに茂みに向かっていった。
「はい」
ビスコッティの声が聞こえ、探査魔法でトイレットペーパーをスコーンの頭上に置いた事が分かった。
「な、なんでそこ……」
あたしは苦笑した。
トロキの料理が出来るたびに、カボがせっせとテント内に運び、あたしとスコーンは中に入った。
青白い光が薄ほのかに照らすテント内は、メシの匂いで満ちあふれていて……。
「アハハ!!」
……やべ。
「なにやっているんですか。一気に一皿食べてしまうなんて!!」
ビスコッティが手早く縄であたしを縛り、口にテープを貼って転がした。
「全く……なんで、楽しみにしていたカボチャの煮物だけ食べちゃうんだか。ともあれ、そこでそうしてなさい。あとで汁くらいはあげます!!」
「……」
……またかい。
メシも終わり、あたしはビスコッティと腕相撲をして遊んでいた。
「甘いですね。これで任務達成率100%です」
「く、クソ……」
……なんかしらんが、やたら強い。
「もう飽きましたね。なにか別のものを……」
「カードならある。ポーカーで勝負だ。これならみんなで出来る!!」
私は笑みを浮かべた。
「いいですね。では……」
かくて、戦の焔は燃え上がった。
「アハハ!!」
ほぼ全員を坊主にしたあたしは、大変ご満悦だった。
「今だから明かすけど、あたしはポーカーで負けた事がない!!」
「こ、この丸っこいの……」
ビスコッティがなにか呪文を唱えたが、結界の効果でキャンセルされた。
「ノープロブレム。手抜かりはない!!」
あたしは笑い、ビスコッティは床にのの字を書きはじめた。
「リズ、お金貸して!!」
スコーンが笑った。
「いいけどトイチね!!」
あたしは笑みを浮かべた。
そんなこんなでメシ休憩を終え、あたしたちは再びカリーナを目指した。
トラックに乗って街道をいくうちに、空は段々白くなっていき、程なく夜明けを迎えた。
「そういえば、外出届けの有効期限っていつまでだっけ?」
「さぁ、知らないなぁ……」
あたしの問いにスコーンが小首を傾げた。
『パンフを読め。バカ』
……冷たいキット。
「はぁ、パンフね。あんなの持ち歩けってねぇ」
あたしはため息を吐き、空間ポケットの中に放り込んであった、ちょっとした魔法書を思わせるパンフレットを取りだし、パラパラと捲っていった。
「えーと、どこだ?」
『バカ、無線でビスコッティに聞け。届け出を申請したのは誰でしたか?』
……ぶっ壊れない程度にぶっ壊したい。
「あのね……。まあ、いいや。スコーンも無線を使ってみる?」
あたしは無線機のマイクをスコーンに渡した。
「えっと……」
「そのでっかいポッチ!!」
スコーンがマイクのボタンを押した。
「おーい、ビスコッティ。外出届の期限っていつまで?」
『はい、最大三ヶ月ですよ。もっとも、授業に出られなかった場合は、そのぶん補習の山が溜まりますが』
スコーンの声に続き、無線越しにビスコッティの声が返ってきた。
「へぇ、三ヶ月か。そんな暴挙はしないけど、意外と自由だね!!」
あたしは笑った。
「まあ、監獄じゃないしね」
スコーンが笑みを浮かべた。
珍しく対向車がきたと思ったら、どっかのホッドロッドが爆音と共に、あっという間に過ぎ去っていった。
「……なにやってるんだ。あのクソジジイ」
あたしは苦笑した。
陽が昇って昼手前。あたしたちはカリーナに帰ってきた。
裏門から校庭に入ると、いつの間にかトラックを駐めるスペースと思われる、石畳で舗装された一角が見えてきた。
「あれま、用意がいいね」
あたしは笑った。
トラックがその石畳の上に停車すると、校庭にバカッと穴が開き、ぞろぞろとフォークリフトが出てきた。
『ほう、小○が開発した一番いいヤツですなぁ。さすがに、やる事が違う』
「馬鹿野郎、ツッコミを入れる場所が違う。こんな準備いつやった!?」
あたしはこのカリーナという学校を、かなり過小評価していたらしい。
「な、なんか一杯出てきた!?」
スコーンが引きつった笑みを浮かべた。
「これから荷下ろしでしょ。ランチはいつになるかな」
あたしはブドウジュースのポケット瓶をスコーンに放ると、思いっきり嘆息してから苦笑したのだった。
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